参加作品





Road of Life

「あのときほど、冬が待ち遠しかった事は無かったわ…」

老女はつぶやくようにして言うと、目の前に置かれた黒パンをじっと見つめた。
皺だらけの手がナイフを取り、パンを切る。

「冬がくれば、大勢の人が死んでしまう事もわかっていたのにね」

手のひらに収まりきってしまうような一片を手渡された。
たった今、目の前で切られたばかりの黒パン。

「これが、一日分の食事だったのよ」

返す言葉が見つからなかった。
まっすぐに突き刺すような老女の視線に耐え切れず、私は窓の外へ目をそらした。
結露の先にかすかに見える窓の外では、いつの間に降り始めたのか、雪が舞っている。

「あの頃は、雨や雪のかわりに爆弾や砲弾が降り注いだわ…」

時計の針が時を刻む音だけが響き渡る。

ふと、数日前に郊外の湖畔でタクシーの運転手から、たどたどしい英語と手振りで言われた事を思い出した。

彼は凍りきっていない湖を指差し、言ったのだった。

「This way is “ Road of life” . Food, Clothes, many many track. Fascist …dadada,dadada 」



ここに、レニングラードの人びとが眠る

男も、女も、子どもたちも

となりに赤軍兵士が



老女は突然、力強い口調で語り始めた。詩、なのだろうか。
私の語力ではとても全てを理解する事は出来なかった。


みんな命にかえて

君を守った

レニングラード



老女の声が次第に大きくなる。


革命の火よ

彼らの誇り高き魂は

数える事も出来ず、

その名前を呼び上げることもできない

だが、墓石の下に眠る人びとのことを、

だれ一人忘れることはない

何ひとつ忘れることはない




外では変わらず雪が降り続ける。
60年前にも降ったように。

老女は、穏やかな表情でつぶやいた。




もう、湖の上は歩けるだろうか、と――


註*詩はオリガ・ベルゴリッツ 作
『ターニャの日記』(早乙女勝元 著 日本図書センター 2001年)
より引用


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