3日目:フランク・ロイド・ライトのフォーリングウォーター見学

7月17日(走行距離:孝明 267mile 美枝 61mile)
 さて今日はいよいよ友との束の間の再会を後にして先を急ぐこととなる.はずだったのが,郊外にあるフランク・ロイド・ライト設計の有名な別荘Fallingwater(日本語にすれば“滝”だが,滝を取り入れた別荘という意味)見学になってしまった.山口さんの薦めもあったし,建築家の父が好きだった建築家の建てた別荘.見ておかない手はないだろう,と予定変更.もう二度とここへはこないだろうから・・・という精神で(これはこの先もよく使うフレーズとなるが)ちょっと寄り道.山口さんと私たち3人で車に乗って出発.

  Fallingwaterは1936年建築.ピッツバーグからは車で約1時間半は走っただろう.緑多い森の中にあるエドガー・カウフマンという人の個人の別荘だ.他に何も無い土地だが,ここだけとにかく訪問者が多い.アメリカの誇る有名な建築家だから人が集まるのも無理はないけど.入り口でチケットを買って奥へ進むとビジター・センターがある.ここは公園か?と思うほどきちんとたシステムだ.別荘を見るにはツアーに参加しなければならない.結構待つことになるが,他に手はない.自分で勝手に見てまわることはできないシステムなのだ.ライトの保存財団がとてもしっかり運営している.日本だとこういうものの運営はすごくいい加減で,有名作家の居住地後とかいっても老人がほそぼそと少ない入場料でようやく運営してるってイメージだが,ここは若い人がバリバリと働き,資料や写真なども豊富で展示もおもしろいし,立派なお土産売場まである.きっと多くのボランティアが働いているのだろう.ここらへんが文化に対するアメリカの底力かな.

 さて,ツアーの順番が来た.係の女性が広い庭を案内しながら目指す別荘に近づく.もともとあった滝をうまく別荘の一部に取り入れ,建物の下に河を流している.普通なら滝が見えるところに別荘を建てるのだが,ライトは滝の上に建ててしまったわけである.写真では見たことあったけど実にうまくできてる.今はあまり水量が多くないが豪快な眺めだ.実際に工事をした職人さんも大変だったろうが,こんな建物を建てようとしたライトはやはりすごいのでしょう.一定でない水量と自然の景観を生かすには緻密な計算と正確な設計がなければすぐに欠陥が生じてしまうだろう.

 説明してくれた人は女性だったがやはりボランティア.非常に良く勉強している(ようだ).なんせ英語が細部までわからないので説明全部は理解できないのだが,結構長く丁寧な解説だった.こんなツアーはほとんど始めてだったが,ツアーのシステムと彼女の熱意に深く感心した.後に私はボストンの子供博物館でボランティアをすることなるのだが,この時の体験に大きく影響された結果である.

 ライトの設計はどれも一目でそれとわかる.いつか父と一緒に神戸の六碌荘あたりにあった別荘を見たときが始めてライトの建築にふれた時だったが,あの時と同じような感覚がよみがえってくる.薄い紙のような自然の石を積み上げて壁や柱をつくり,深い色の木材と組合わさって独特の家ができている.家具はほとんど作りつけでデザインされたものだが,どれも素敵だ.細かいとこまで考えられて他のいっさいのものと調和してる.こんな家に住めたらほんとに幸せだろうなあ,とため息ものの感想.ライトの建築物を直に見るのは始めてという夫もいたく気に入ったようだ.特にリビングから特別な階段を降りると河の流れをせき止めてある水たまりに降りられるのがおもしろいらしい.いわば自然のプールだものね.ほんとに夏の休暇でこのプールを使ったのだろうから贅沢っていうのはこういう所に住むことでしょうか?

 母屋の上,緩やかな坂を上るとゲストハウスと使用人の部屋がある.あとから増築したということだがこちらもなかなかの雰囲気.もともと母屋の方は個人の部屋はあまり重視せず,リビングや広いテラスなどのスペースに重点をおいたそうだ.皆がくつろぐ夜の雰囲気が伝わってくるようなリビングだ.大きい鉄の丸い釜がリビングの暖炉に付けられていたのが印象的だった.何か煮込み料理でもしたのだろうか?何十人ぶんも作れそうな大釜だった.そして天気の良い日にはテラスでのんびり日向ぼっこでもしたのだろう.

 素晴らしい別荘に感動しつつも旅の行程が気になる.もう午後になる.今日はなんとしても少し距離をかせいでおかないと,いつまでたっても国立公園に着かない.再び山口さんを乗せてピッツバーグへ戻る.ピッツバーグ最後の食事は日本料理の店で.各地の日本料理食べ比べって所かな.比較的簡単なセルフサービスの牛丼屋さん.いろんな店があるもんだ.外人も食べてるぞ.こんな店は他に無かった.味はちょっとアメリカ風になってる気がするが韓国人が経営しているからか?でも5〜6ドルなら仕方ないかな.一般的に高い日本食のことを思えば十分なものだ.

 さて,食事を済ませるといよいよピッツバーグともお別れ.山口さん忙しいのにありがとう.今度はボストンに来てね.とうわけで次の目的地に向けて出発!

 出発といっても,もう夕方.内心どこまで行けるのかあせる二人.ともかく車を走らせる.ピッツバーグはペンシルバニア州の西のはずれだが地図で見ると広いアメリカのほんの東にしかみえない.冷静になってもまだまだ道のりは遠い.

 道路の状況というのは州によって異なるが,ここペンシルバニア州のハイウェイはかなりひどい.その後走ったどこの州でも道路工事はさかんに行われていたが,路面のひどさから言ってはペンシルバニア州は1,2を争っただろう.ボストンも同じだが,緯度の高いこのあたりでは冬の雪で道路がやられる.融雪剤と凍った雪でアスファルトが割れ,ほっておくと穴があく.こうした道路を春から直すのが工事なのだが,まだここでは終わってないのだろう.穴を避け,揺れるハンドルをしっかり握りしめての奮闘だ.おまけにバーストしたタイヤの破片が道ばたによく転がっている.トラックのものが多いのだろうが破片も大きい.これを見てるとどうなったのか想像して恐くなる.無料で便利なハイウェイだが危険もいっぱい.時速70マイルから80マイル(100キロ以上)で走るし,重い荷物を積んでいるので,路面が悪いともろに車体に堪えるのだ.また,道路工事といってもかなり大胆な方法をとっていて,車線を完全につぶして新たな簡易道路を横に作って車を通す.二車線が一車線に減る.みんな渋滞なんてがまんできない国柄らしく恐ろしいスピードで後ろから迫ってくる.ましてや日本ではお目にかかれない巨大なトラックがバックミラー場でみるみるうちに大きくなってくるその迫力!慣れるまではほんとに息を呑みながら,心臓をバクバクいわせて走り抜けた.

 ここの道路は!と悪態を吐きながら79号から70号に入り,オハイオ州に入る.首都はコロンブス.70号沿いの最初の大都市はコロンブスになるので,ともかくここを目指すことにする.田舎の風景が続く.途中に寄った休憩所の裏手からはなにやら人声と音楽.柵の向こうでカントリーミュージック・フェスティバルって感じの野外コンサートが行われていた.ウッドストックのカントリー版.へえ〜,って感心しながら見てしまった.大勢の人が夏の夜長を楽しむのだろう.ビールを片手に楽しそう.私たちも早く宿で休みたいよね.

 こうした休憩所にはその州の観光案内所もある.地図,いろんなお楽しみ施設のパンフ,モーテルのパンフ,割引チケット等々.疲れてキャンプをする気もおこらない時はこうしたモーテルの案内とAAAのツアーガイドを見て宿を決めた.今日はどうしようか.大都市にはキャンプ場って少ないので,モーテルにしよう.モーテル選びもまた楽しい.安くてきれいなモーテル探しに熱中する.ガイドには値段もサービスも書いてあるのでおおよその見当はつく.あとは道路からの便利さで選ぶ.たいてい1つの出口にはいくつかのモーーテルがあるので走りながら空き情報を確認して選ぶことができる.今日はパンフに載ってる1泊27.95ドル!というすごく安いモーテルをチェックする.大きなインターのすぐ側にあり,隣にはショッピングモールが見える.HOJO INNというそのモーテルは,Howard Jonson系のモーテルのようで,値段の割にはとてもきれいで感じがよい.さらにすごいことに,コンチネンタル・ブレックファスト付きなのだ.つまり簡単な朝食が付いているという事.即決.(あとにも先にもこんなに安くてきれいなモーテルはここしかなかった.)感激で疲れも吹っ飛ぶ.チェックインを済ませてから,隣のモールへ腹ごしらえに行く.

 アメリカのスーパーは多くは夜中まで開店している.こういう郊外型の大きなモールになるとたいていファストフード店やレストランも一緒になっている.簡単に食べたい時などは非常に便利.私たちは翌日に備えて飲み物や食料を調達しつつ,夕飯としてスープとサンドイッチ程度を食べる.開いてて良かったっていうのはこういう時のことを言うのだ,なーんて思ったりして.今日はほんとに先へは進めなかったが,きいれなモーテルでシャワーを浴びてゆっくり眠れて幸せ.


Written by Mie Takeuchi. Edited by Takaaki Takeuchi. Last Modified on April 30, 1997.

[2日目:友人を訪ねてピッツバーグへ(7/16/94)]

[4日目:本場のケンタッキーフライドチキンはハズレ!(7/18/94)]

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