夫は少々遅れ気味のスケジュールにあせりを感じてるようだ.確かに地図を見れば一目瞭然.目的とするグランドキャニオンなどの公園はまだまだ遠い.二人で話し合い,今回は残念だけどあきらめ,先を急ぐことにした.詳しい案内を見れば見るほどおもしろそうだったな.地下の世界ってのも心惹かれる魅力がある.きっとこの洞窟は日本では考えられないほどの規模なんだろう.後ろ髪を引かれる思いでマンモスケーブ国立公園を後にする.
さて気を取り直して今日の行程を考える.南に降りて来たのでこのままもう少し下って40号に入り,進路を西にとることにした.次はテネシー州.州都はナッシュビル.カントリーミュージックの本場である.気候,土地の雰囲気はまだそれほどボストンとの大きな違いはないような気もするが,気分的にはずいぶん田舎って感じ.やはり私たちの住む東海岸に及ぶ活気は感じられない.そしてここテネシー州に入ると時間が変わる.1時間戻さなければならない.1時間得するようなものだが,始めはこの時差に慣れず苦労した.同じ陸続きの国なのに州の違いによって時間が違うのだから体調も狂う.正確なのは腹時計.お腹すいたと思っていると前の時間ではもうお昼.よしお昼と思ってファストフードの店に入って時計を見ると,ここではまだ11時.あれっ,どうしたんだろう?と考えてようやく時差があることに気づくという感じだ. というわけで今日は1時間長く運転できるね.うれしいのか悲しいのかわからないけどこの時点では先を急ぐ身で得した気分だった.これで今日のお楽しみを入れられる.国立公園に行き着くまでも「移動日」も,長い一日の運転の中でも1カ所くらいは観光しようと決めていた.さて今日はどこに行こうか.
テネシー州はカントリー・ミュージックの本場.どのFM局に合わせてもバンジョーの音などが聞こえてくる.(別にそれほど好きなではないが,郷にいっては郷に従えというわけで,流れるままにしている.)ナッシュビルにはカントリーミュージックの殿堂やテーマパーク的な所があるそうだ.それからアメリカの産んだ偉大なプレスリーの生地,メンフィスがある.どちらかに寄ることにしよう.どっちも趣味じゃないけどね,とかなんとかいいながら,どうせならテーマが明確な(?)プレスリーに決定.一路メンフィスに向けて進む.メンフィスはテネシー州の南西の端にあってミシシッピ河に面している.世界3大河の一つ,ミシシッピ河である.なんだか地理の授業のおさらい会のようなものだ.以前ニュー・オーリンズに行った時はミシシッピ河の河口をうろうろしたり,蒸気船で川を遡ったりしたのだが,今回は車で河を渡るのだ.これも楽しみ.
さてエルビスの生地だがここもケンタ君に負けず劣らずのド田舎.大きな違いはエルビスのおかげで一大観光地になっていること.(他にはなにもないのだが.)道路も非常にわかりやすく迷わず行けた.迷いようもない.道路には笑ってしまうことにエルビス・プレスリー・ブルバードという名前が付いている.アメリカ人て単純!と笑っていたのも束の間,田舎道が渋滞し始めた.なぜか?みんな観光客でプレスリーの邸宅,グレイスランドを見学するために集まって来ているのだ.正直言ってびっくり!まさかこんなに観光客がいようとは想像もしなかったのだ.
ほとんどの車がグレイスランドの隣の大駐車場に吸い込まれていく.私たちも到着.いやー駐車場には北から南までアメリカのあらゆる州のナンバープレートを付けた車が泊まっている.カナダナンバーの車まである.あらためてプレスリーの人気を知ってしまった.ここグレイスランドはいわばプレスリーのテーマパークだ.辺り一帯はプレスリー一色.邸宅に始まり,墓,エルビスの愛車・専用飛行機の展示,ステージ衣装やギターなど身の回り品の博物館,映画上映ミニシアター,レコード・ビデオショップ,土産物屋などがぎっしり集まっている. 全米各地から観光客が集まってきていて,おじいちゃん,おばあちゃんもよく目に付く.この邸宅の中を見て回るツアーは結構な人気で待ち時間が長かったので残念ながらパスすることにした.それでも待たずに見られる博物館などを覗いて,土産物売場をひやかし,数時間がつぶれてしまった.半分あきれながら,半分おもしろがって過ごした時間だった.終わる頃にはいっぱしのプレスリーファン気取りである.
さて,午後も半ばになり,今日もたいして距離を稼いでいないことを二人で笑いあう.いい加減お楽しみを無くして走らなければ.テネシー州を脱出すべく車に乗り込む.走り始めるとまもなくミシシッピ河だ.岸は遥か彼方,さすがに広い.そして独特の色をしている.どちらかというと茶色っぽい水の色だった.北は遥か5大湖のスペリオール湖から始まるこの河は広大な合衆国を縦に二分している.全長何マイルか忘れてしまったが,長い長い歴史とともに流れ続け,アメリカの経済にさまざまな役割を果たしてきたのだろう.そんな気持ちをおこさせる風景だった.
コーラを買うためにふと立ち寄ったモールで,小一時間ほどして戻ってみると車のフロントガラスの左下にひび割れが入っていた.あれ?いつ傷ついたんだろう.気が付かなかった.今まで順調に進んで来た私たちの頭に不安がよぎる.予想もしなかった事態だ.どうもフリーウェイでトラックが跳ねた小石がフロントグラスに当たり,ひびが入ったようだ.素人判断ではこの先このまま走り続けて大丈夫なのか,という疑問があったが,ここでガラスを交換するというのは日にちがかかりすぎるということで様子をみながら走ることにする.走っていると,ひびが少しずつ成長しているような感じがする.スピードを出すと行けないのかな?70マイル以下で走ろうということにした.まだ旅が始まったばかりなのに.不安を抱えての道中になってしまった.
テネシー州を抜けるとアーカンサス州.現大統領クリントンの出馬地である.州都はリトル・ロック.とにかくまっすぐな道路が続く平坦な土地だった.アメリカの米所らしく緑の田がどこまでも続いていた.あまりの道路のまっすぐさにさすがの私も運転が楽.夫は眠くなって仕方がないらしい.こんなに起伏の少ない所もここが一番だった.そして道路の悪さも旅行一.(ペンシルバニア以下だ!)整備が悪く,路面がガタガタで路肩にバーストしたタイヤ片がたくさんころがっていた.税金ないのかな?と言いつつ,アメリカの大統領はいわば自分の故郷にもお金をかけないのか,そうした不公平ができないのかな,と感じた.日本の政治家は当選すると出身地に道路をつくったり,電車をひいたり,いかに税金を多く持ってくるかが能力みたいにされてるが,全く雰囲気の異なるアメリカ大統領の出身地だった.
日が暮れる.今日はリトル・ロックの付近のKOAのキャンプ場にしようと話し合う.でも州都のそんな側にあるんじゃうるさいんじゃないの?と心配だったのだが,答えは行ってみれば杞憂だった.州都といってもほんとに小さい田舎町.高速道路から近づくと普通州都は大都市でさすがに高層ビルが立ち並ぶものだが,ここはちょっと違った.ほんの申し訳程度のビルがいくつか見えるだけで非常に狭いという印象だった.だから州都の側でもすぐに緑の森になってしまう.高速を降りた時はもう日も暮れかかっていたが,車通りも少なく,家もほとんど見えず急に不安になる.お腹もすいたのに食べられるようなレストランも無い.ともかくキャンプ場を探して滑り込んだ.すいていたので難なく泊まれる.比較的きれいなサイトだった.
日が暮れてからテントを張り,疲れているので料理を作るのはやめて何か買いに行こうと再び車で出たのだが,探せども探せどもレストランが無い.参った!このまま食事にありつけなかったら腹ぺこで死にそう.仕方なく見つけたガソリンスタンド兼コンビニに入り,ハンバーガーとフライドチキン程度の食料を買い込む.こういう時ってとても情けない.夫は我慢強く,(ビールさえあれば)なんでも文句を言わないのだが,私はお腹がすくときれてしまうらしい.非常に機嫌が悪い.もっと早くに開いてるレストランに入れば良かった,とかなんとか言ってるらしい(が,本人はお腹がすきすぎて疲れきっているのでよく覚えていない).おまけに1日に2回ハンバーガーというのは辛いのだ.やってみればわかる.でもこのコンビニにはハンバーガーとドーナツしかないのだ.中華のテイクアウトでもあれば最高なのだが,そこまで需要がないのだろう.高速沿いの店と言ったらマックかバーガーキング,ダンキンドーナツと相場は決まっていて,昼はハンバーガーで簡単に済ませることが多いので,せめて夜はちゃんとしたものを食べよう,と決めてある.ところがところがなのだ!毎日ハンバーガーじゃね.アメリカ人のおにぎりなのだろうが,さすがに私たちは日本人なのだ,ここらへんで真にアメリカ人になれるかどうかが決まると言っても過言ではないだろう.私はダメだ.
ご飯がないと欲求不満になる.というわけで非常に機嫌の悪い晩を過ごすことになる.キャンプ場に戻ってももう真っ暗で,回りも静かだ.今更テーブルをセットして明かりをつけて食事をしようという気も起きない.車の中で食べる.惨めな夜.早く寝てしまおう.が悪い日には悪い事が重なる.とにかく蒸し暑いのだ.テントには湿気がこもる.これじゃ眠れないよ!冷静になれば,かなり南下してきているので,それくらいあたりまえと思えるのだが,こんな日に冷静になれるわけがない.さんざんなリトル・ロック,お店くらいもっとつくってよ!
[6日目:灼熱とスコール地獄の中,ひたすら移動でテキサスへ(7/20/94)]