凍てつく寒い朝.まわりのテントから人々が起き出す.夜が開けた.早々に目が覚めた私はテントを出てびっくり.霜が降りていた.これじゃあ寒い訳だ.テントもうっすら白くなっている.良く寝ていたような夫も「寒かったね」とさすがに私に同情してくれる.こんなに寒いなら,もうキャンプなんてやだ!とかなり本気で訴えた.しかしこれから行く公園は人気の公園.今更宿など取れるわけもない.夫は何か暖かくなるような毛布とか暖房器具でも買おうか,という.なんとか今日中にこの問題を解決しなくてはならない.朝から気が重い.ともかく冷えた体を暖かい飲み物で癒そうとするのだが,それぐらいではすぐに冷えてしまう.つい先日まで,あの灼熱の公園を旅してすっかり暑いのには嫌気がさしていたのに,今ではもうあの暑さが恋しい.暑さ,寒さに弱い私には本当に我慢大会だ.すっかり良くなっていた体調もまた悪くなるようだ.
日が昇るとさすがに夏.すぐに暑くなってくる.この温度変化の厳しい気候もなかなか辛い.体が慣れてくれることを待つばかりだ.食事を終えて出発する頃にはもういつもの暑さになった.今日はグランド・テトンのキャンプ場を確保しなければならないので,要領よくテントを片づけ,一路キャンプ場へと向かう.
面白いことがもう一つ.車のフロント・ガラスのヒビが急に伸びたのだ.灼熱のユタ州を走っているときは伸び続けていたヒビだが,コロラドに入って以来成長がとまっていたのだが,突然また伸びた.今回の原因は明らかに今朝の冷え込み.結局このヒビは暑さ,寒さの温度変化で成長していたのだ.いつか壊れてしまうんじゃないかとビクビクものだったが,原因が解ったのでなんとなく一安心.これからは寒さとの戦いになるのだろうが,なんとか帰るまで持ちこたえてくれそうな気がする.
グランド・テトンまではキャンプ場からはほんの6マイルだ.これは公園の東から入るルート.グランド・テトンは南北に細長い公園で,北にイエロー・ストーンがある.大きな湖とその後ろにそびえる険しい山々とのコントラストが美しい公園だ.なんとあの「シェーン」という映画の舞台にもなった所だそうだ.そしてここはアメリカの数ある公園の中でも有数の美しい景色をもっている.行くまではあまり聞いたことのない公園だったので,どんな所か想像もつかなかったが,ひとたびその景色を見れば感動せずにはいられない.またロッキーなどの大公園とはひと味違い,小さいながらも繊細な様子で,私には何やら日本の山を思い浮かべさせてくれた.
公園に入るとすぐに空いているキャンプ場をチェックしたが,一番大きいコルター・ベイはすでに満杯だ.その近くのシグナル・マウンテンという所に入れた.結果して正解.ここは90程のサイトで規模は小さいが静かで眼下に見えるジャクソン・レイクの眺めが抜群だ.テントを張る所には砂利が敷いてあり,丸太で囲まれている.四角いがまるで相撲の土俵のようだ.こんな設備は今まで見たこと無かったがテントが張りやすく,下もごろごろしてなくて寝やすかった.
テントを張って早速公園を探検.公園は先に書いたジャクソン・レイクという大きな湖が中心.その南に小さなジェニー・レイク.二つの湖の西側にグランド・テトン山を真ん中にして5つの険しい山がそびえている.健脚,登山家はこの山を登るそうだが,私たちのような素人には少々無理.簡単なコースを選んで散策する事にして,湖側からの景色を眺めるのを主にした.湖の東側には冬期閉鎖の道路を含めてドライブ・コースがある.ここからのビュー・ポイントを順に回る.どこから見ても素晴らしい眺めだ.どう素晴らしいかっていうと,グランド・テトン山を中心としてその山々に氷河が残っているところだ.アメリカではあまり見たことのない切り立った険しい山の峰に白い氷河が残る.ロッキーでは山の頂から氷河を眺めたが,こちらでは下から見上げる.そして美しい山の姿が澄んだ湖面に映っているのだ.旦那はこの景色がいたく気に入って,カメラを片手にあちこち動き回っては同じような景色を撮り続けていた.
朝が早かったおかげで時間がたっぷりとある.午後は湖を渡ってみようということになった.とはいえそびえ立つモラン山には行けない.ジャクソンレイクの南にある小さな可愛いジェニーレイクからボートに乗って,対岸の山を登り,滝を見物することにする.その名もHidden Fall.トレイルの距離も小一時間程でちょっとした散策にはもってこいだった.ちょうど昼時なのでハンバーガーを買い込み,滝の側で食べることにする.冬期は閉鎖されるというドライブコースをたどり南へと走る.冬期閉鎖ってそういえばロッキーでもあったけど,人間こういう言葉に弱いものだ.そうとなればかならず行っておきたくなるのが人情.迷わず選んだが,単に道が舗装されてないという感じだった.もちろん冬は雪と氷に閉ざされるのだろうが,辺りはまさに手つかずの自然といった様子だ.ここからの山々の景色も素晴らしい.どこまでも静かな静かな景色が眺められる.
たどり着いた可愛いジェニーレイクはどうしてどうして観光客が大勢いた.想像とは違って,皆同じ目的のようだ.小さな船着き場で観光客が次のボートを待っている.ここで時間を無駄にはしたくない.なんとか次の船に乗り込めた.所要時間は30分といったところか.小さな船に乗客はぎっしり.相変わらずの好天なので日差しが強くじりじりと日焼けしてくる.が,湖はとても澄んでいて美しく,辺りの緑を間近で見ることができ,たいへん楽しいボートの旅だ.灼熱地獄のレイク・パウエルとは一味も二味も違った雰囲気である.日差しは強くても切る風は涼しい.気持ちよい風に吹かれながらあっと言う間に対岸に到着.もう少し乗っててもいいなあ.
岸辺には小さな桟橋があるだけの観光地化されてない山だ.今までの巨大な公園とは違って,全てがこじんまりとしている.トレイルも道は狭く,一人か二人で歩くくらいだ.なんだか日本的.滝までは数マイルなので簡単,簡単と思っていたが,傾斜が急なところが何カ所かあった.ゴロゴロ岩の道をてくてく歩いていくと川が見えてくる.ふうん,これが滝に続くんだな.豪快な川ではなく,ロッキに行く途中で出会ったような川幅の狭い,穏やかな流れと急な流れが入り交じる川だった.切り立った岩と針葉樹に囲まれた川に沿って上っていく.滝壷は意外にも小さく,岩だらけの斜面から滝がゴーゴーと落ちていた.森の中に隠れるようにしてある滝.ヨセミテや後に出てくるイエローストーンの豪快で巨大な滝とは比べるほどもない小さな小さな滝だった.でもなんだか心洗われるような,ほっとできる所だった.
さて目指す滝には着いたのだが,もう少し先まで足を伸ばすことにする.この滝までのトレイルは誰でも行ける簡単なもので,ここからずっと山を回ってくる長いトレイルが続いている.本格装備の登山者は何日かかかって行くのだろう.せめてもう少し,この先の「インスピレーション・ポイント」というところまで行こうと決心.道をたどると次第に岩だらけになる.道と言うより岩山を上る雰囲気.かつてヨセミテで巨大な滝の脇の岩を下りてくるトレイルを歩いた事があるが,岩の感じはそれに匹敵した.もちろん柵などないので,すぐ下は断崖絶壁.岩幅はそれなりにあるのだが,なんだか足がすくむような気がする.大丈夫,大丈夫,ゆっくり,ゆっくり.そんな道を上っていくと急に視界が大きく開ける.真っ青な空と真っ青な水が眼下に広がる.今渡ってきたジェニー湖を見おろす地点まで来たのだ.ここがインスピレーション・ポイント.なるほど素晴らしい眺めだ.特に休憩所というわけではないが,ここでゆっくり休む人,お昼を食べる人がかなりいた.なるべく岩の先端まで出ていって眺めを二人占め.私たちの前には空と湖と木しか見えない.お昼を広げてゆっくり食事.さっきまで向こう側から見上げていた氷河をかぶった山の中腹にいるんだなあ,と思うとなんだか不思議だ.まったく違った風景だが,この山側からの眺めもなかなかだ.私たちのまわりではチップマンク(りすの一種)がちょこちょことしている.みんなのお裾分けをつまんでいるのだ.
お昼を済ませて再び下山.帰りのボートも順番待ちが長い.そんなわけで岸に戻るとそろそろ夕方だ.今日は洗濯とシャワーをする日.ぐずぐずしてはいられない.日が暮れる前に両方こなさなければならないのは結構大変.国立公園内のシャワーは,たいてい施設の数が少ないうえ,キャンプ場から離れていることも多く,車で行かないといけない.女性用はかなりの混雑になる.時間も限られているので激戦.それが面倒で,あまり汗をかかないことをいいことに2〜3日に一回という風にしてきた.しかし今日は洗濯もある.これからのキャンプを考えて大量の洗濯だ.幸いランドリーはかなり広くて待たずに洗濯機にほおりこめた.よしよし.その間に旦那がまずシャワーへ行く.洗濯はだいたい20〜30分なので女性にはその間にシャワーを済ませるのは困難.私が洗濯当番.待ってる間に突如空が暗くなって土砂降りの雨が降ってきた.うわー,久しぶりだ.こんな雨はコロラド州に入ってからお目にかかってない.傘なんて用意してないけど大丈夫かな.心配しながら待っていると,せっかくのシャワーも無駄になってしまったような旦那が帰ってくる.まだ外は大雨だ.かわいそうだが仕方ない.気の毒だね,といいつつ顔は笑ってしまう.今度は私が行く番だ.乾燥機を任せてシャワーへ.こういう所のシャワー室は実に合理的にできている.個室になっていて(あたりまえだけど),手前が脱衣所.椅子が一個置かれていて荷物が置けるし,壁にはフックがついているのでタオルも服もかけられる.狭いながらも完璧.カーテンで仕切って合って向こう側がシャワー.熱いお湯ががんがん出るのでシャワーだけとはいいながら十分気持ちよい.久しぶりに汗と疲れを洗い落として生き返った気分だ.個室を出ると,大きな洗面所があって鏡とコンセントがついている.ドイラヤーもかけられる.ふんふんこれも完璧.てな感じでしごくご満悦になれるのだ.こうした自然を存分に楽しむための公園で,しかも環境的に気を使っていると思われるのに,こんなところはとても現代的で快適になっている.湿度が低いせいか湿気が無くいつもさっらとしているのが気持ちいい.
ところでドライヤーについて一言.アメリカ人はよくトイレについている手を乾かすためにあるドライヤー,あれで髪を乾かす人が多い.最初その光景を見たときはあまりのことにびっくりして,この人だけなんだろうな,と思ったのだが,その後同じ光景を幾度も目にすることになり,これはアメリカ人の常識?と考え直すようになった.女性だけかと思いきや,旦那に話すと男性も同様だそうだ.まさにアメリカの常識.合理的といえばいたって合理的.簡単だ.とはいえ私は右へ習いはしなかった.
こんな感じでシャワーを済ませて再び洗濯室へ.旦那が乾燥機の順番待ちで時間がかかっていると言う.二人で次第に小雨になっていく外を眺めながら今晩の夕食を考え,仕上がった洗濯物を二人でせっせとたたむ.どうやら雨も止みそうだ.雨が止んでくれれば料理もできるし,何にしようか.しかし私はなんとも食欲がない.胃が疲れている感じだ.今朝の冷えが堪えたのか,少しだるい.何か暖かいものが食べたいなあ,と話しあい,思いついてお雑煮を作ることにした.ごそごそとお餅を取り出し,鳥肉と少々の野菜を煮て暖かいお雑煮の出来上がり.暖かいスープが体中に染み渡ってあったまる.こんなにおいしいとは!と感激するほどのものだった.旦那もおいしいと言って二人で頬張った.食べ終わる頃には先ほどの疲れは消えていた.
それにしても寒い公園に来たんだなあ,と実感する.さっそく焚き火.火おこしが上手になった旦那が早々と火を入れてくれる.しかし思った通りの寒さで,日が沈む頃には3〜4枚重ねて着込んでいた.キャンプ場から歩いて数分の所から湖の向こうの山に沈む夕日が見えた.二人で岩の上に腰掛けて,暮れゆく日を見つめる.あたりはとても静かだ.虫の音が聞こえてくる.なんだかとってもロマンチックな雰囲気だ.お雑煮で気分も良くなった私たちはすっかり気を良くしていた.あとは熱いコーヒーでも入れて久々にゆっくりしよう.