夜明けとともに目覚める.昨夜の雨雲のせいか湖の向こうには霧が立ちこめている.不思議な朝焼けだ.その幻想的な光景に二人とも見とれていたいのだが今日の予定を考え,必死で支度に励む.朝食は抜き.テントをしまい,7時キャンプ場を出発.名残惜しそうに山を眺める旦那だが回りでも同様のキャンパー達が続々と北を目指して車を飛ばしている.遅れたら大変.だいたい9時までに並ばなければキャンプ場は全て一杯になってしまうらしい.とにかくビジター・センター目指してとばす.
しかしこの巨大な公園は公園入り口を入ってからが長い.なんせ四国の約半分の面積を持つ(ほんとにびっくり).私たちは比較的大規模なキャンプ場をということで公園のほぼ中心,キャニオンキャンプ場を第一候補にした.しかしそこまで約100キロ近く.猛スピードで飛ばしていくのだがなにせ山道.結局たどり着いたのは9時ぎりぎり.車で近づくと既に人の長蛇の列が見える.あわてて私だけ車から降りて列に走り,旦那は車を止めにいく.旦那を待つ間にも列は伸びていく.取れなかったらどうしようと心配になる.どこのキャンプ場でもキャンピングカーでない私たちはすんなりサイトを取れることが多かったのだが,今日ばかりは冷や汗物.1時間ほど並んでなんとか滑り込みセーフってところで取れることがわかった.あー,ほんとに良かったね,危なかったね.二人でしみじみ喜んで1泊8ドルのキャンプ場,4泊の予約完了.これは大げさでなく本当に大変な作業だった.私たちの後に並んでいた人たちも多く,サイトを取れなかった人も大勢いた.こんな広い公園で宿泊できないとすると大変な時間のロスだし,もう他のキャンプ場を取ろうと思ってもまず無理だ.お気の毒としか言いようがない.ほっと一安心の私たちはテントを張りに移動する.
ビジターセンターから車ですぐの所にあるキャニオン・キャンプ場は280サイトもある.イエローストーンの中では中規模クラスのキャンプ場だ.シャワー,水洗トイレ,電話,焚き火用鉄格子などを備えている.割り当てられたサイトは入り口のすぐ近くで,トイレも近く,飲料水も近かったが,かといってうるさいわけでもなく木立の中でとても良い所だった.まわりにはやはりキャンピングカーが多かったが,珍しくテントを張った家族も数件見られ,心強かった.早速テントを張って,遅ればせながらの朝食をとる.早起きとキャンプ場の確保ですっかり腹ペコ,体も冷え切っていたのでこの朝食のおいしかったこと!この頃には日もすっかり高くなってまた夏の暑さが戻ってきたようだ.とはいえ私は結構長袖で過ごしていた.アメリカ人はご多分に漏れず半袖・短パンなのだが(旦那ももちろん),湿度が低くて風が涼しいせいか私は日陰に入るとすぐに寒くなってしまう.いつも長袖を用意しての生活となる.
もう一つ,キャンプ場での注意は「クマ」.イエロー・ストーンだけでなく,ロッキーやグランドテトンなどでももちろん同じなのだが,熊がでるので絶対に食料や調理器具を外に置きっぱなしにしてはいけないのだ.どこのキャンプ場でも机の上に熊のための注意事項がしっかり張られている.ほんとかー!と言いたいところだが実際本当だ.幸い私たちはキャンプ場で遭遇することはなかったが,こんなビニールのテントで寝泊まりする身にとっては命がけの問題だ.テント禁止というキャンプ場もあるぐらいなのだ.決して侮ってはいけない.熊は食料だけでなく,それらを調理する器具の臭い,化粧品なども敏感にかぎとるそうだ.だからもちろんテントの中に置いておくのも御法度.どんなにめんどうくさくても,毎回食事の後は必ず全てのものを車の中にしまうのだ.夜寝るときも熊がでたら死ぬなあ,と本気で思うこともあった.考え始めたら寝られないけど・・・でもまあ,隣にも同じ様なテントの人がいるし大丈夫,と言い聞かせていた.
さて腹ごなしが済むと,本日の観光開始.と言いたいところだが,まずこの巨大な公園をどう見て回るか,計画を立てなければならない.先ほども書いたがこの公園は四国の半分.ワイオミング州の北西部を占め,モンタナ,アイダホ州まで入り込んでいるのだ.全部見て回るだけでも最低4日は欲しいといわれる.私たちも最低限に近い4泊.効率良く回らなければならない.おおよそ5つの区域に分けられるので一日1つか2つ回るとこにする.その5つとは間欠泉で有名なカイザー,白い温泉地帯のマンモス,バイソンなどの動物が見られるルーズベルト,滝と渓谷のキャニオン,イエロー・ストーン湖のレイクである.それぞれの特徴は個別に述べるとして,今日はキャンプ場の近くのエリアから攻めることにした.
このキャニオン・カントリーはイエロー・ストーン湖から流れる川を中心にした巨大な大渓谷,滝からなる.公園の名にもなるイエロー・ストーンとはこの渓谷から取られた.その名の通り「黄色い岩」の絶壁が約30kmも続く.なぜ黄色いのか,ここへ来るまでわからなかったが,一目瞭然,硫黄のためだ.ここはいわゆる火山の公園なのだ.日本では非常にポピュラーな火山,温泉,硫黄といったものなのだがなぜかアメリカにはあまり無い.というか今まで見てこなかった.だから火山と知った時にはなんだか急に親しみを感じてしまった.いわゆる日本の「温泉地獄」を四国の半分にしたってことだ.が,「温泉地獄」は限りなく広く全てのスケールが巨大.久しぶりに(グランドキャニオン以来かな)ポカンと口を開けてしまうような公園に来てしまったのだ.
さてキャニオン・ビレッジから北のルーズベルト・カントリーまで約20マイルを進む.その間の道はまるで禿げ山のように枯れ木が続く.これは1988年に起こった山火事のためで,その際数カ月間で公園の大半が焼けたそうだ.噂には聞いていたが,その姿は見るまで想像もできなかった.本当に見渡す限り枯れ木の山.緑の葉などいっさいない所々黒く焼けこげのある茶色い幹と枝だけの木々である.緑の公園を想像していた私には少々驚きの光景だった.以前ヨセミテ公園でも同様の山火事の後を見たことがあるが,その規模の何倍になるのだろう,想像もつかない.しかし,そんな枯れ木の足下にも小さな木や下草が青々と育っている.こんなに丸裸になっても森は必ず再生するのだという証明だ.その生命力にはただ脱帽するだけだ.ちなみにアメリカではこうした山火事にはいっさい手を加えない.消化活動もしない.そもそも暑さと乾燥のせいで火事そのものが自然に起こる.そうした自然のものは自然にまかせるのが彼らの考え.当然と言えば当然だが数カ月も続く火事をほっとくというのも勇気がいることだろう.でもこうして森が再生していくのだから,その考えは正しいのだ.そんなことを考えながら私たちは進んだ.
途中,一カ所Petrified Tree(化石化した木)を見るため車を降りた.公園巡りをしていると土産物売場に必ずあるのだが,中が水晶のようにきれいな紫や青,緑などの色の石に変化した木のことだ.最初はなんだかよくわからなかったのだが,その木を薄く輪切りにするとこうした土産物になるのだ.今回はその原木を見る.車を降りて少し森を入っていくと1本の木がロープに囲まれて立っている.何の変哲もない枯れ木に見えるのだがこれがその“化石の木”(ややこしい).ふーん,と思ったがこれはやっぱり中を見るから感心するのであって,外から見ても感動は無い(当たり前と言えば当たり前).素人の私たちには言われなければ見過ごしてしまうものだった.でも中がどうなふうになっているのか想像するのは楽しいものだ.
そんな枯れ木の山を過ぎると小さな滝に出くわす.Tower Fall.駐車場からてくてくと斜面を下りていく.ほんの5分程のトレイルだが滝壷まで歩いていける.途中,ミュール鹿に遭遇.鹿は見慣れてきてはいたが,この公園では初めてなのでちょっと興奮.もっと動物に会えるかと期待に胸膨らむ.さて,滝は切り立った岩の間から垂直に流れ落ちている.その高さ約40m.すべてが巨大な公園の中では比較的かわいらしい滝だった.しかし,水の勢いは激しく,滝の落ちる際はごつごつした岩で囲まれている.再びトレイルを上って今度は上から滝壷を眺めてみるが,その岩の感じは鋭利な刺のようだ.また,火山性の岩であることがはっきりとわかる色だった.川沿いの斜面からはあちこち湯気がもくもくと立ち上っている.ここはまさに生きた火山なのだ.温泉が吹き出しているわけだ.さらに車を止めた側の山の斜面はそんな火山岩が崩れた斜面らしく,四角い棒状の氷柱が垂れているようだった.あまりに珍しい様子なのでカメラにパチリ.いけないこととは知りつつ,崩れ落ちた破片を一つ記念に持ち帰った.今でも我が家の飾り戸棚に立てかけてあるが,鋭い切っ先の石である.
滝見物を済ませて,車を先へと進ませる.このルーズベルト・カントリーと呼ばれるエリアには他のエリアのように,ビジターセンターなどの設備が無い.一カ所あるルーズベルト・ロッジも丸太小屋風の小さなものでとても鄙びた雰囲気だ.私たちは一目で気に入ってしまい,最終日にここで夕食を取ることになる.このあたりからはずっとなだらかな草原が続き,乗馬ツアーが出発していた.旦那はいいなあ,と言っていたが,乗馬はもうこりごり.手を引っ張って先を急がせる.とはいえ,ここは東の出口に続いてしまうので,いい加減にして今日はキャンプ場へと引き返すことにする.近いようで意外と遠いのが難点だ.帰り道では何度となく渋滞にあう.なんでこんな所で渋滞に遭うの?と疑問だったが,この時はわからなくても後でいやというほど思い知らされた.動物の移動.これが渋滞の原因.この夕方は山羊のグループに遭遇.たぶん偶然だったのだろうが,渋滞で車が止まっていた時に,前方から路肩をとことこと数頭の山羊が歩いてきた.角は比較的短い山羊なのでたぶんメスだったのだろう.とはいえ山羊は始めて.結構あせってシャッターを切る.旦那は私からカメラをもぎ取って必死に取りまくる.山羊のほうも車のは慣れているらしいが,カメラを向けられるとそそくさと走って林の中に消えてしまう.惜しいなあ.でもしっかり撮影は成功.こんなふうに動物が現れる度に車は止まってしまう.気が付くとあたりの車は皆止まって同様に撮影大会だ.後ろの方の人たちはさぞかし渋滞で迷惑してるだろうが,そんなことはお構いなし.なんせ公園に来ているのだから.こういうことがこれから4日間続くことになるとは,この時は想像もしてなかったけれど.
この日は初日ということもあって結構疲れた.キャンプ場で夕食を取る頃にはすっかり日も落ちて冷え込みが厳しくなった.覚悟はしていたけれど,焚き火をしていても火の側を離れるとすぐに寒さを感じる.今日は始めて「うどん」にチャレンジ.心底体が暖まった.が,私は冷え切ってしまう前にそそくさと布団にもぐり込む.消灯9時.すっかり体が早寝早起きのリズムになる.
[27日目:ガイザーカントリーでバッファローの群に感動(8/10/94)]