シカゴ観光の2日目.今日は趣向を変えてフランク・ロイド・ライトのオフィスがあり,彼の設計した住宅が立ち並ぶというオーク・パークという町へ行ってみることにした.ライトの建築物の見学はこの旅で2回目.たぶん最初のピッツバーグで「フォーリング・ウオーター」を見なかったらこんなに何度も見ることはなかったと思う.そもそもシカゴの郊外にライトの住宅と設計事務所があると知ったのもその時だったから.運良く「地球の歩き方」にも紹介されていたのでまとめて見られるなら,ということで出発.
オーク・パークはシカゴ中心地の真西にあり,郊外の高級住宅地ということだ.車では昨日と同様90号を行く.相変わらず朝のラッシュはすごいが少しづつ都会の運転にも慣れてきた.今日は都心まで行かず,シカゴのオハラ空港を過ぎたあたりで高速を下りる.ここからは詳しい地図が無いので,旦那の勘に頼ってなんとかオーク・パークまでたどり着く.高速からここまでの町の雰囲気もまずまずで高級住宅地らしく大きな邸宅が並んでいる.町には観光案内所があるので近くまで車で行き,駐車していよいよ観光開始.と思いきや,少々早すぎたのか,まだ案内所が開いていない.ここはライト以外にもアメリカの代表的作家ヘミングウェイの生まれた所としても有名だ.小さい町ではあるが案内所があるのはそのためだろう.仕方ないので町をふらふらとして公園に入る.緑が豊かでベンチもきれい.荒れたところがないので座ってのんびりしても安全だ.やはり良い住宅街なのだろう.公園を通りすぎていくマダムも品の良い人だった.私たちの方がいつもの着古しのGパンとシャツで町にそぐわない雰囲気だ.
さて案内所の開く時間がきたの行ってみる.こんなところまで観光する人は少ないのではないかと思っていたが,意外や意外,結構な観光客がいる.私たちは朝早いほうの部類だったが,後から後からそれらしき人々がやってきていた.観光案内所では様々なツアーを用意していた.説明員のつくガイド・ツアーから自分で案内テープを聴きながら順路を回る個人ツアーまである.私たちは自分のペースで回れるテープ・ツアーを選択.イヤホンをつけ,テープ・レコーダーを肩にかけていざ出発.案内所を出てすぐの大きな通りを行くと町の公共施設,郵便局,図書館,教会がある.この教会はライトの設計によるものだ.四角いモダンな雰囲気で大きいため,一見教会とは思えないようなつくりだ.良く見るとライトらしい装飾が壁などに施されているのでなるほどなあ,と感じる.中へは簡単に入れないので外からのみ見学.
教会から北へ歩くとすぐに住宅街となり,ここからおよそ1ブロック四方の間にライトの設計した住宅が彼自身の家を含めて16ほど軒を連ねている.このあたりは今でも高級住宅街なので一軒一軒の家が大きい.ライトの設計は一目でそれとわかる典型的なものから,初期のこじんまりとして彼の特徴が少ししかでていないものまで実に様々だった.現在も実際に個人が所有して住んでいる所が大半なので,外から外観を眺めることしかできないのが残念だが,それでも16戸もあると壮観だ.人が住んでいるのであまりじろじろ見るのも失礼かと思って,簡単に見て回ったつもりだが,それでも一通り見て歩くと足はすっかり疲れていた.
私個人としてはどれもこれも素晴らしく感じられ,今でもちっとも古臭くなく,いやむしろ個性的でモダンな感じがした.アメリカ人は古い家でも何度も修理して長く住んでいるが,典型的なのはいわゆる日本人の言うところのアメリカン・スタイル(こんな言い方するのかどうか疑問だが,黄色や明るい色調の外壁で入り口のあたりにテラスがついてる住宅)だ.でもライトの家は全く違う.シックなレンガや石を使い,ステンドグラスや細かな装飾で飾られた外観はどこにも見たことのない新しい住宅というものを感じさせてくれる.細かな装飾のわりにはごてごてしてないし,かといって現代のマッチ箱のような無機質な住宅でもない.ほどほどの装飾を持った現代的な家,とでも言ったら良いのか.確かに今こんな住宅を作ろうと思ったらいくらかかるのか想像もできないが,こうした流れが無くなってしまっているのは寂しいことだと思う.だからこうして保存委員会があり,ボランティアが守っているのだが.
さて,ライト自身の家と事務所は解説付きのツアーで見ることができた.これまた英語の説明で詳細は不明だが,もらった資料によると,1889年に22才で結婚したライトは5000ドルで木造のコテージを買った.数年後に彼のプレイリー・スタイルに改造したという.家のほうは6人の子供がいたという割にはこじんまりとしていた.そのため1895年に彼のプレイリー・スタイルに改造し,ダイニング・ルームと大きなプレイ・ルームをつくった.プレイ・ルームはたぶん子供が遊ぶだけでなく様々な催しで使うことができるのだろうが,何も家具らしいものが無いひろびろとした空間だ.テーブルを置けば大きなパーティーでも開けるし,楽器をいれればちょっとしたコンサートもできる.実際壁で仕切られた中二階のような所にピアノが置いてあった.これらには部屋と調和した家具と細かなステンド・グラス,照明器具を備え付けた.ライトの設計した家には家具や照明器具がセットで考えられていることが多いが,これがその最初だそうだ.細かなところの工夫に感心感心.家の外は芝で覆われ,庭の端からは家全体が眺められる.三角形の屋根がシャープな印象で,一階はレンガを積み重ねたポーチでぐるりと取り囲まれている.
この家の北東に事務所が続いている.1898年に4部屋からなる事務所を増築した.中心となるのは2階建ての八角形の設計室とそれに続く図書室だ.これはまさしくライトのプレイリースタイルと言われる設計様式でできている.この事務所で以後150件もの設計を行ったという.もちろんその中にはこのオークパークの住宅31件も入っているのだ.というわけでこの事務所と住宅の構造と様式には彼の設計の基本となる思想が全て感じられるわけだ.
まず目を引くのは事務所の入り口.ここからすでにライトらしい雰囲気が伝わってくる.レンガの壁には両側に丸い水盤(植木鉢として花が植えられていたが)のようなものがつくられている.帝国ホテルの入り口にもこんなのがあったなあ,と思い返す.その上あたり(上に見えるというだけで実は玄関の両脇上に乗っていると言う方が正しい)には人間が足と頭を抱えてかがみ込んでいる像が乗っている.なんだか少し重苦しい雰囲気だ.部屋自体はどれもさほど広くはないが凝った工夫が随所に見られる.まず玄関にもあちこちの窓にもきれいな模様のステンドグラスが入っている花などの装飾的な模様ではなく,どちらかというと幾何学的な模様なのでとてもモダンだ.設計室は八角形という奇抜な形に加えて,天井の方まで続いた窓から光が差し込み,吹き抜けの空間はとても快適そうだ.部屋にマッチした設計机や書類入れが作りつけてあり,落ち着いた感じだ.オフィスという事務的な感じがしないのが良い.隣の図書室(というよりライトの部屋という感じ)には日本の浮世絵や置物,布類などが飾られていて,東洋的な趣味をもつ彼の一面がうかがえる.
ライト自身は妻と離婚し家族と別れるという結果になるので,この地を1909年に去り事務所をたたむことになる.ほんの10年という短い年月を過ごした地ではあるが,私はこのこじんまりとして落ち着いた,そして少しクラシックな雰囲気がとても好きだ.若かりし頃の意欲溢れる建築家ライトの精神に少しは触れられたような気がする.旦那と二人,予想以上に時間をかけてゆっくりと一軒一軒見て回り,いつのまにかまたライトのファンになった.しっかり本や土産物を買い込んで町のしゃれたカフェテリアでランチを済ませ,痛くなった足をゆっくり休ませる.来て良かったね.とても楽しかったね.満足満足の二人.
さて,午後は再びシカゴ中心地へと戻ることにしていた.ここで私たちの予想もしなかったハプニングがおこった.おそらくこれが滞米中最も危険でスリル満点,今でも恐かったと思い出せる事件だ.帰りの道はハイウェイに乗らなくてもオークパークの南の道路(たぶんマディソンかコロンブスかどちらかの道路)を東に東にと進めば良い,と思っていた.地図によればまっすぐシカゴ中心部に通じる道だ.往きとは違うがたぶんこれで行けるよ,と確信して車を進める.しばらくはライトの家の余韻に浸ってとても気分良くいく.運転は旦那なのでもっぱら私はナビなのだが,道の両側を観察しても町並みは先ほどとあまり変わらない.オークパーク自体は高級住宅地だったのでそれと比べれば少しづつ普通の住宅に変わっていく.これなら大丈夫そうだね.なんていっているうちに道の左側が少しづつ繁華街に入ってきた.地図でもだいぶシカゴに近づいてきたからね.とはいえその繁華街はいわゆる下町風だ.店が軒を連ねて道には人がいっぱいいるのだが,その様子はヒスパニック系中心といったところか.浅黒い肌で派手めな雰囲気だ.賑わっているのでまあ安全なのだろうな,とは思った.ボストンでいえばチャイナ・タウンかパーク・ストリートあたりの感じなのだが確かにあまり上品とは言えない.こんな雰囲気のところは都市では必ずあるから心配いらないよね,と言いながら地図を確認.道の右側には高架が見える.たぶん290号というハイウェイだろう.
ところどころ高架の橋桁が途切れていてその向こう側が見えた.何気なく見たその雰囲気はスラム街.とっさに「あっち側は雰囲気悪いよ,行かない方がいいね」と言った.その瞬間,今まで広くて両通だった道が突如右側一車線に減り,しかもあろうことかその先が行き止まりになっていて右折サインがでたのだ.旦那は「右しか行けないよ!」と叫んだ.「えー!!」そんなバカな.地図にはこんなところないぞ!いくらいってみても標識には逆らえない.車は仕方なく右へと曲がる.高架をくぐったその向こうは私の勘が的中.見たこともないような荒れ果てた町だった.まるでここはゴーストタウンなのかと目を疑うほど荒れていた.道路は両通で数車線あったが,その両側の建物といったらなんとも表現しようがない.どれもこれも窓が壊れたり,落書きがあったり,もとは店でもあったのだろうが今はその面影も無い.でこぼこの歩道にはゴミが散乱し汚い.時折見かける人は黒人の男性で目はうつろ,ぼろぼろの服を着て,あてどもなくただ立っているという感じだった.私たちはもうひたすらただ焦りまくった.なにせアメリカに住んでこのかた,こんな所は見たことが無い.前を走る車はバンパーがはずれている.旦那はすれ違う反対車線の車が一台としてまともなのが無いと言っている.本当に全て壊れた車だ.その壊れ方も尋常じゃない.アメリカでは少々壊れた車だって当たり前で平気のへいざで皆乗っているので少々のことでは驚かないが,この壊れ方はすごい.ドアミラー無し,車体でこぼこ,錆び付いて今にも崩れそうな車,ともかくそんな車ばかりが行き交う.そしてこんなこと言いたくないが皆黒人.道行く人も皆黒人.こんなところに見るからに東洋人の旅行者風の私たちは場違いで浮いている.車もきれいだし(ここでは)これじゃ目立っちゃうよ.ああこれが,いわゆる,「行っちゃ行けない街」なんだな.妙に冷静に考える.とはいえ,二人とも大焦りでここからの脱出を考える.なぜかいつまで走っても左折できるところが現れない.少し走れば良くなるかも,と思ってしばらく行ってはみたが状況は変わらない.ついに信号で停まってしまい,たのむから寄ってこないでー!と祈る.友人がロスのダウンタウンで浮浪者10人ぐらいに車を囲まれた話を思い出した.ああ,無事ここから出なくちゃ,ここで何かあったら旅は台無し!私はとても冷静に地図なんて見てられない.頭の中が真っ白になって試行回路は停止状態の私に対して,旦那は非常に冷静で,左折できるところを発見して左に曲がって再びハイウエイをくぐって北に出た.偉い,この時ほど頼もしく感じたことはない,といっても過言ではないでしょう.感謝感激.左に曲がるともうひたすらまっすぐ北に走った.町が安全と感じられるまで北に走った.ようやく人通りも町並みも普通に戻り,二人で全身虚脱状態.どんなに体がこわばっていたか,改めて感じた.これはこの旅行記に載せるようなことではないかもしれないが,ともかくこれから先,二度と無いような(体験したくない)体験だった.どんな都市でも必ずある「行ってはいけない場所」そこへまんまと入り込んでしまったのだ.無事に帰って来られたから良かったようなもの,あの道がまっすぐじゃなかったらと思うと冷や汗ものだ.私は探偵小説が好きでボストンを舞台にしたロバート・パーカーの「スペンサーシリーズ」を読んでいたが,こうした白人でさえ入り込めないような町の話があった.思い出しながらほっと一息.助かった,というのが大げさなようだがホントの気持ちだ.だからどんな所もくれぐれもご用心.
シカゴのビジネス・ディストリクトに入ると急に賑やかになり,人通りも多くなる.先ほどの悪夢のような体験の後だけになんだか妙にうれしくなってくる.これからどうしようか,帰りの車で考えるはずが,すっかり気を奪われていたのでまるで考えていない.思った以上にオーク・パークで時間をとったので観光といえるほどの時間がなくなってしまった.まあ満足できる体験だったので善しとしよう.今日がシカゴ最後の夜なので,町でゆっくり食事でもしようかと考えたり,アメリカ料理なら何もここで食べなくともいい,と思ったり.今一つ気が乗らないのは,私たちのキャンプ場がシカゴからは結構遠いことだった.ゆっくり食事をしてからあの道のりを帰るのはいささか気が重い.旦那はキャンプ場近くにできたというアウトレット・モールに目を付けていて,どうやらそこへ行きたい様子.買い物好きなこの夫婦.シカゴまできて買い物かと言われそうだが,今夜はそこへ行くことにして市内見物はそこそこにしよう. というわけで,これから昨日見られなかったミシガン湖へと行ってみることにした.湖の畔は大きな公園になっていたり,MBAで有名なノースウェスタン大学があったり,はたまた高級住宅地になっているとかで雰囲気は最高.昨日見学した美術館あたりの駐車場に車を入れて歩き回ってみる.このあたりはグランド・パークといい,美術館,音楽堂,劇場,大学などが集まっている.ちょうど野外音楽堂が設置されていて,なんとシカゴ交響楽団が夏の演奏会を開くそうだ.これはかなりラッキー.シカゴ交響楽団といえば全米でも3本の指に入る名門オーケストラだ.これは聞き逃す手はない.こういう野外音楽堂なら無料で聞けるというのもありがたい.それまでぶらぶらと散策.日も少しづつ暮れてきてあたりは夏の終わりの夕暮れだ.考えてみればもう8月も終わり.日が落ちれば涼しさが漂う季節だ.公園巡りですっかり季節感がなくなってしまったが,もうすぐ秋になるんだね.緯度の高いこのシカゴやボストンではそろそろ秋といってもいいような風情が感じられる.始めての夏.もうすぐ終わろうとしている.
お目当ての野外演奏会は仕事を終えた会社員からこのあたりに住むと思われる品の良い叔母様,叔父様達まで社交界の延長といった雰囲気の人々で賑わう.みなバスケットにワインやサンドイッチを入れてやってきて,親しげに会釈をし,会話をかわし,グラス片手に演奏が始まるまでのひと時を楽しむ.野外で行われるイベントはたいていどれもこんな風だ.決しておしゃれをしているとか,上流階級とかいうのではなく,アメリカってこういうもんだ.たぶん日本にいたらこんな風景はお目にかからないのだが,こちらではごく一般的.こうしたちょっとした事がとてもゆとりを感じさせてくれる.そういえば私たちもピクニックスタイルでタングルウッドの森に行って,小沢征爾の演奏に耳を傾けたなあ.そんな事を思い出すと,気分は次第に懐かしいボストンの家に向かう.明日はシカゴを離れるし,いよいよ後は家に帰るだけだ.ここまで来るとすでにイエロー・ストーンも砂漠の公園も遠い遠い世界のようだ.早く家に帰りたいなあ,などと思いながら最後のシカゴの夜は更ける.(ちなみに演奏の方はというと,なにしろクラシックを聞く耳を持たない二人なのでコメントは差し控える.ついでにアウトレットの方はというと,広い割にはたいしたことなく収穫はなし.モールを出る頃に夕立が降り,テントに帰ると濡れるのがおっくうなのですぐに寝てしまう.最後のシカゴの夜は昼間の騒動で疲れてぐっすり眠った.)
Written by Mie Takeuchi. Edited by Takaaki Takeuchi. Last Modified on June 21th, 1998.
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