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このアンプの音はなぜ魅力的なんだろう?ファインメット®搭載
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このページの内容:
[ * 「ファインメット®」「ファインメット(R)」は日立金属(株)の登録商標です]
パワーアンプの音の魅力を探るに当たって、まずは一般的な「周波数特性」を測定してみました。
このパワーアンプ「NS-211FM」は、初段/ドライバー段/出力段の3つに分かれていて、各段がCR結合になっているため、カップリング・コンデンサの前後に信号を入力したり、ACミリボルト・メーターを接続したりすることにより、容易に各段を単独で測定することができます。ここでは、その測定結果もご紹介します。
アンプ全体と各段の周波数特性のグラフは次のとおりです。8Ωのスピーカー端子に1Wの出力が得られる入力信号電圧で測定を行ないました。
グラフは、見やすくするために2dBずつ下へずらしながら描画してあります。
グラフ下方にある直線は、それぞれの周波数特性で「-2dB」までの範囲を直線で示したものです。
ちなみに、このデータは、2008年5月15日以降の出荷分である「アンプ回路の改良後」かつ「ドライバー管はロシア製Tung-SolのEL34で、約3dBのローカルNFBあり」のアンプの測定値です。出力管はGolden Dragon 211です。
このグラフから読み取れる事実としては、初段とドライバー段が低域から高域までよく伸びていること、アンプ全体の周波数特性は出力段の特性に大きく左右されていることなどがあります。
次にご紹介するのは、ドライバー管として以前に使用していたロシア製Mullardとロシア製Tung-Solについて、それぞれ局部帰還ありの場合と局部帰還なしの場合の周波数特性です。
周波数特性のブランドごとの違い、ローカルNFBの有無による違いは、かなり小さいことがわかります。また、このドライバー段は、高域が非常によく伸びていることにも注目できます。
最後にご紹介するのは、出力管として「Golden Dragon 211」を使用した場合のアンプ全体と出力段のみの周波数特性、「GE製VT4C/軍用NOS管」を使用した場合の同様のデータ、そしてファインメット出力トランス単独の周波数特性(1次側に低周波発振器の正弦波出力を入力し、2次側の8Ωタップに1Vrmsが出力される状態で測定)です。ドライバー管はロシア製Tung-Solで「局部帰還あり」の測定データをグラフにしました。
なお、出力管のプレート電圧は850V、プレート電流は約60mAです(自己バイアス、カソード抵抗680Ω)。また、ファインメット出力トランスの仕様は「10Hz〜50KHz(0, -3dB)」です。
GE NOS管を使用した場合のほうが低域も高域も若干伸びていますが、Golden Dragonと大きな違いはないようです。出力段単独よりも、アンプ全体のほうが高域の下降がやや急なのは、初段の高域が落ちていることとの兼ね合いと思われます。出力トランスの測定データは「仕様」に近いですが、低域が少し上昇している理由は不明です(測定条件の違いが考えられます)。
とまぁ、周波数特性を細かく測定してみましたが、これらのデータを「211無帰還シングルの音の魅力」と結び付けるのは難しそうです。これらのデータから、皆さんは何かお気づきの点があるでしょうか?
このセクションでは、アンプ全体や各段の歪率と歪みの内訳をご紹介します。これらのデータを、ドライバー管EL34をロシア製Mullardからロシア製Tung-Solに変更したときの聴感上の変化や、ドライバー段に局部帰還を掛けた場合の聴感上の変化と比較してみると、たいへん興味深い関連性が見つかりました。
研究開発段階では、ドライバー管EL34(6CA7)のブランド(メーカー)を何種類か比較試聴し、このアンプの比較的低いプレート電圧(270V)で三結/自己バイアス/無帰還動作の場合に、アンプの最終出力の音が最も好ましくなるブランドを選びました。その結果、製品の発売時点では「ロシア製Mullard」を標準添付することにしました。この段階での聴感上の違いをご紹介します。
| EL34のブランド | 聴感上の変化 |
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JJ製 E34L (EL34の上位互換球): 最初にJJブランドを試しました。このブランドは、クラシック音楽を鳴らしたときの音楽性豊かな再生音が気に入っています。 |
ドライバー管にKT88(JJ)を使っていたときよりも情報量がグンと増し、歪感もなく、好ましい音でした。 |
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ロシア製Mullard: いつも利用している通販ショップの紹介文に「ゴ−ジャスで切れのある鮮明なサウンド」とあるのに着目して購入してみました。 |
低域から高域までバランスの取れた、濃厚な音です。情報量も充分でした。このブランドと比べると、JJのE34Lでは僅かに中域が落ちていたことに気付きました。 この時点で比較試聴した他のブランドは、歪感があったり、音域のバランスが偏ったりしていたため、製品にはロシア製Mullardを搭載することに決めました。 |
製品発売から半年後の2008年5月上旬から6月上旬にかけて、NS-211FMのドライバー管のブランドを替えたり、アンプ回路を改善したりしました。この改良作業の結果、順次、聴感上の好ましい変化がありました。次の表のとおりです。
| 改良の内容 | 聴感上の変化 |
|---|---|
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改良(1): ドライバー管EL34を「ロシア製Mullard」から「ロシア製Tung-Sol」に変更。 このとき、ドライバー段は無帰還のまま。 |
音場の広がりがグンと増したように感じました。音の透明度も上がったように思います。変化が非常に大きいので驚きました。 |
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改良(2): ドライバー段に約3dBの局部帰還を掛けるように回路を変更。 |
とても滑らかでフンワリとした音になり、音場の奥行きが増したように感じました。また、低音楽器の弾むような音が心地よく響き、高域の伸びや音の透明感がさらに増しました。 |
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改良(3): 出力段のバイアス抵抗を微調整(今までより抵抗値を小さくした)。この改良の結果、最大出力が8Wから10Wにアップ。 |
高域の透明感を保ったまま低域の力感が増し、全体的に力強く、いっそうメリハリに富む音に変化しました。 |
この聴感上の違いや変化の要因を探るため、ドライバー段のみ(6種類のブランド)、初段のみ、出力段のみの歪率と歪みの内訳を測定してみました。測定条件は、各段のカップリング・コンデンサの前に1KHzの正弦波を入力し、スピーカー出力が1W(8Ω)になるレベルです。
このグラフから読み取れるとおり、(1) ドライバー段については、試作段階で不採用とした4ブランドだけでなく、採用したロシア製Mullardについても“どんぐりの背比べ”状態で、歪率は0.7%以上、内訳は3次以上の高次歪みが大半を占めています。(2) それに対して、製品化後の改良段階で新たに試聴して採用したロシア製Tung-SolのEL34は、歪率が0.4%と低く、内訳も2次歪みが約90%と、他のブランドと非常に大きく異なる測定結果でした。(3) 初段と出力段については、2次ひずみが大半を占めていることがわかりました(いずれも99.99%以上)。
このグラフだけでは「信じられない」結果に見えるかもしれませんね。そこで、スペクトル分析の結果も一部ご紹介します。なお、「5次以上」の計算に含めたのは10次歪み(10KHz)までです。また、グラフ上の線の長さは「対数(dB)」なので、実際の信号レベル量(ただし、相対的な値)に換算してから割合を算出しました。使用した測定器は(株)日本オーディオ製の「真空管アンプ総合測定器 UA-3S」で、歪みのスペクトル分析はこの測定器の歪み信号モニター出力をパソコンのスペクトル分析ソフトに入力して実施しました。
ドライバー管EL34の「EH(エレクトロ・ハーモニクス)」と「ロシア製Mullard」のスペクトル分析は「同じように高次の歪みが大量に出ている」ように見えます。しかし、EHの歪率は0.8%であるのに対して、Mullardの歪率は少し低い0.7%であることが幸いしたようで、EHは歪感が大きくて「不採用」、その時点で最も好ましい音だったMullardが「採用」となりました。
5月から新しく採用した「ロシア製Tung-Sol」は、スペクトル分析でも3次以上の歪みが他のブランドより少ないことが一見して分かります。しかも、歪率は0.4%で、他のブランドの半分です。
初段は、双三極管12AX7(ロシア製Tung-Sol)2本の三極管4ユニットをパラ接続という回路構成ですが、スペクトル分析では3次以上の歪みが「ほとんど出ていない」ところが興味深い結果です。
出力段は、Golden Dragonの211と、GEの軍用VT4Cのどちらについても、2次歪みが大半とはいえ、3次〜5次歪みも僅かに発生しています。
さらに、アンプ全体(スピーカーからの最終出力)の歪率と歪みの内訳をご紹介します。Clear、Rich、Realとは、6月中旬からNS-211FMに装備することになった「3段切換の音質モード」のことで、ドライバー段の局部帰還量を3dBから少しずつ減らすことで音質を切り換えています。Clear → Rich → Real の順にローカルNFB量が減ります。
このグラフから読み取れるとおり、(1) ドライバー段にローカルNFBを掛けないままEL34をロシア製Mullardからロシア製Tung-Solに挿し換えると、アンプ全体の歪率が0.3%から0.6%に高くなります。3次歪みの割合はどちらの銘柄でも10%前後で大差ありません。(2) ところが、Tung-Sol球を使用したドライバー段に約3dBのローカルNFBを掛けると、アンプ全体の歪率が1.0%とさらに高くなり、3次歪みはほとんど消滅します(歪みに占める割合は0.001%程度)。(3) 出力管をGE製VT4C軍用NOS管に挿し換えた場合、アンプ全体の歪率はGolden Dragon 211の場合と大差ありませんが、3次歪みの割合が僅かに多い(0.005%程度)という結果になりました。
こうした事実から推測されること、というより、管球アンプ自作の愛好家である私の“予感”として感じられることを挙げてみます(音響学などの確立された理論に厳密に基づいた推測ではないので、このWebページ内では“予感”という言葉を使うことにします)。
ドライバー段では、初段の出力(入力信号に対して位相が反転している)を増幅します(段間がCR結合なので低域では「位相の遅れ」が発生しますが、ほとんどの周波数帯域では「位相が反転している」と言ってよいと思います)。ということは、ドライバー段で発生する「ひずみ」は、初段で発生した「ひずみ」を打ち消す方向に働くことが考えられます。
そして、EL34をロシア製Mullardからロシア製Tung-Solに挿し換えたときにドライバー段の歪率が低くなり、その結果として音質や表現力が向上したことから、初段で発生している「ひずみ」は音楽信号を美しく響かせる効果を持っていて、ドライバー段でその「ひずみ」をあまり変化させずに出力段に送り出したほうが音質や表現力がアップするのだろう、という予感がします。
そこで、初段で発生していると予感される「音楽を美しく響かせる効果を持つひずみ」のことを、このWebページの中では「美音化ひずみ」と(勝手に)命名しようと思います。また、逆に「音楽の美しさを消してしまうひずみ」を「くせ者ひずみ」と呼ぶことにします。
一般に、真空管アンプ独特の温かで柔らかい音や、よく響く音に寄与しているのは「2次歪み(倍音成分)」をはじめとする偶数次の歪み(高調波)であると言われています。とはいえ、音質に悪影響を与えると一般に考えられている3次歪みなどの奇数次の歪みは必ずしも“悪者”ではないとの見方もあります(参考: CD音源で失われた超高域を擬似的に生成して補うアコースティック・ハーモネーター「AH-120K」の原理)。
このような“理屈”を総合して考えてみると、ドライバー管EL34をMullardからTung-Solに挿し換えたときに非常に大きな音質上の変化があったのは、アンプ全体の歪率が高くなり(0.3% → 0.6%)、その歪みの内訳が変化して“美音化ひずみ”の割合が増えた結果ではなかろうか…。そんな予感がします。これは、「ドライバー段の歪みの量だけでなく、歪みの内訳も大きく変化した」という測定データからの推理です。
それにしても、このアンプではドライバー段の歪率や歪みの内訳が微妙に変化しただけで、アンプの最終出力の音質や表現力に非常に大きな影響を与えていますね。
たとえば、表1でご紹介したとおり、このアンプの試作段階でドライバー管をE34L/JJからE34/Mullardに変更したとき、音域のバランスがよくなり、厚みのある音に変化しました。しかし、図4と図5(E34L/JJのスペアナ図はEL34/EHと大差なし)を見る限り、この2つの銘柄の歪率や歪みの内訳に大きな差はありません。歪みの微妙な差が大きく作用したのか、あるいは歪みの測定データには表現されていない別の要因が関係しているのか、この聴感上の変化の理由を推測することは、私の知識や理解の範囲では無理です。
表2でご紹介した「改良」のうち、ドライバー管をロシア製Mullardからロシア製Tung-Solに変更したときにアンプの最終出力に大きな聴感上の変化があったことについては、ドライバー段の歪率が下がったことと、歪みの内訳で2次歪みが大半を占めるようになったことが、その好ましい変化の要因と考えてよさそうです。図6を見ると、このとき、アンプ全体の歪率が0.3%から0.6%に上がったという測定データはたいへん興味深いと思います。“美音化ひずみ”が増えたことで、音場の広がりや音質が全体的に向上したのではなかろうか、という予感がします。
しかし、ドライバー段に約3dBの局部帰還を掛けたとき(音質 Clearモードに相当)の「測定データの変化」と「聴感上の変化」をと関連付けるのは非常に難しいと思います。ドライバー段の歪率が0.4%から0.45%に上がったのは、スピーカー出力1W時の歪率を測定しているため、3dBのNFBによる「信号レベル低下」を補うために「実質的な増幅率」が上がったからと思われます。しかし、歪みの内訳では、かえって5次以上の歪みの割合が増えています。五極管は3dBという僅かなローカルNFBでは歪みを劇的に減らすのは難しいのかもしれません。それでも、その僅かなローカルNFBの効果はアンプ全体の最終出力の歪みを大きく変化させています。歪率が0.6%から1.0%に上がり、しかも3次歪みが激減しています。私の予感としては、音質上の好ましい変化の要因は、この歪みの変化と関連がありそうです。“くせ者ひずみ”が減り、“美音化ひずみ”が増えたということなのでしょう。
なお、“くせ者ひずみ”に含まれるのは必ずしも「3次歪みのすべて」ではなく、さらには「局部帰還を掛ける前に発生していた2次歪みの一部」も“くせ者ひずみ”に含まれているのではないか、という予感がします。というのは、図6でアンプ全体の歪みデータを見ると、GE製軍用VT4Cを出力管に使ったとき、僅かに3次歪みが発生しています。聴感上は、GDよりGEのほうが明らかに音質や表現力が格上です。どのように違うかを言葉で書くのはなかなか難しいですが、音の滑らかさがアップし、メリハリのいっそう効いた迫力満点の音に聴こえます。GDの音も十二分に素晴らしいのですが、GEに挿し換えてみると、はっきりと違いを聴き分けられます(もっとも“セコイアの背比べ”のような僅差ですが…)。ということは、3次歪みの中にも、ちょうど料理に使う調味料(スパイス)のように「少しだけ含まれると美音化に貢献する」という“美音化3次ひずみ”もあるのかなぁ、という予感がします。
2次歪みがすべて“美音化ひずみ”とは限らず、かえって“くせ者ひずみ”になってしまうこともありそうだという、前の段落に書いた私の予感の根拠は、GE製VT4Cを使った場合のアンプ全体の歪率の変化にあります。GE管の場合、聴感上は「Realモード」が最も好ましい音に感じます。美しく滑らかな音であると同時に、音の細かい表情に着目すると、適度な毛羽立ちや荒々しさを含んでいるのです。GE管を使った場合の「Clearモード」も素晴らしい音ですが、やや物足りなく感じます。このClearモードではアンプ全体の歪率が1.0%と、3つの音質モードの中で最高値ですが、GE管の場合にはRealモードの0.8%の状態で発生している歪みで“美音化ひずみ”の割合が最も高いのではなかろうか、という予感がします。言い換えると、GE管のClearモードで発生している1.0%の歪み(大半は2次歪み)の中には“美音化ひずみ”とは呼ぶことのできない、余分な歪みが含まれているのかもしれません。
正真正銘のリアリティあふれるサウンドは、「毛羽立ちや荒々しさ」が適度に含まれていて初めて実現するようです。この点は、私のオーディオ・ライフの恩師、米国アラバマ大学の物理学教授・高橋義幸先生も強調しておられました。「素顔の211」、「適正に動作させた211無帰還シングル」の音には、人に感動を与える、感情をかき立てるような「毛羽立ち、荒々しさ」が含まれているのだそうです。
前のセクションでご紹介した歪みデータは、1KHzの正弦波を入力したときの測定値です。
しかし、実際の音楽信号は、測定に使用した1KHzの正弦波のように“滑らかな波形”であることは滅多になく、もっと“急激な変化を伴う複雑な波形”です。また、周期的でない変化をする信号も含まれていることでしょう。したがって、音楽信号を鳴らしたときの「歪みの発生状況」や「アンプ内の各段で歪みが打ち消し合う度合い」は、1KHz正弦波の測定データとは大きく異なると考えるのが道理にかなっていると思います。この点は、前のセクションの測定データを事前に高橋先生に見ていただいたときに指摘され、100Hzと10KHzを含めて「出力-歪率の特性曲線」を測定してみるよう勧められました。
この3本の歪率曲線を描いたグラフは、管球王国誌に連載されている上杉佳郎氏の真空管パワーアンプの製作記事や、MJ誌などに掲載されている真空管アンプの自作記事に掲載されていますよね。高橋先生からのメールを読んで、私は初めて「“このグラフ”は“この目的”のために測定しているのか!」と気付きました。つまり、低音域、中音域、高音域の代表として100Hz、1KHz、10KHzをアンプに入力したとき、出力が大きくなるにつれて歪率がどのように変化するかを測定すると、さまざまな周波数、さまざまな信号レベルが含まれ、それらの信号が時々刻々と変化する「実際の音楽信号」をアンプに入力して鳴らしたときにどんな音になるのかを推測する一助となる、ということです。皆さんは“この目的”があることをご存じだったでしょうか?
そこで、このセクションでは、ドライバー管の銘柄を換えたり、局部帰還の量を僅かに変化させたりしたときのアンプの歪率曲線をご紹介します。
ドライバー段が「局部帰還なし」の状態で、ドライバー管をロシア製Mullardからロシア製Tung-Solに変更し、さらに約3dBの局部帰還を掛けたとき(Clearモード)の「出力-歪率曲線」を測定したところ、次のようなグラフになりました。
この歪率曲線を上から順に見比べると分かるとおり、音質が好ましくなるほど、100Hz、1KHz、10KHzの歪率曲線が接近していき、Golden Dragon 211で最も好ましい音が鳴る状態(Clearモード)では「3つの線がほとんど重なるほど近接し、0.1Wから7Wまでの間がほとんど直線で、しかも傾斜がゆるやかな状態」になっています。
なおこのアンプの最大出力は公称10Wですが、実際のクリッピング・レベルは出力管ごとに多少の個体差があります。おおよそ10.2W前後とお考えください。
次に、Golden Dragon 211を使った場合に、3つの音質モードで測定した歪率曲線をご紹介します。音質モードがReal(アンプ全体の歪率0.8%)、Rich(0.9%)、Clear(1.0%)の順に並べてあります。
図8: GD 211を使用した場合の音質モードごとの歪率特性


高域が50KHzかそれ以上まで伸びているスピーカーを使用しているか、スーパーツイーターを併用している場合、GD製211で音質が最も好ましく感じるのは、ほとんどの皆さんにとって「Clearモード」だろうと思います。低域から高域までバランスよく音が出ており、透明感のある滑らかな音です。しかも、楽器の種類や演奏法によっては鋭い音や毛羽立ちを含む音を生々しく鳴らす潜在能力もあります。
上の3つの特性曲線を見比べると、Clearモードでは3つの曲線が非常に近接しており、特に10KHzと100Hzはほとんど重なっています。しかも、0.1Wから7Wまで傾斜のゆるやかな直線で、他の2つより直線度が高いことも分かります。とはいえ、本当に微妙な違いですね。
次に、GE製VT4Cを使った場合に、3つの音質モードで測定した歪率曲線をご紹介します。音質モードがReal(アンプ全体の歪率0.8%)、Rich(0.9%)、Clear(1.0%)の順に並べてあります。
図9: GE VT4Cを使用した場合の音質モードごとの歪率特性


Golden Dragonの特性曲線と比べて違うのは、1KHzの曲線が、100Hzと10KHzの曲線(この2つはGDと同じくほとんど重なっている)より少し下に離れていることです。しかし、1KHzの線は他の2つの線とほとんど同じ間隔で並行して推移しています。
この特性図を見て、最も好ましい音が鳴りそうなのはどのモードだと皆さんは推理なさるでしょうか?
実は、アンプ回路を最終的な状態まで改良したのち、この歪率特性を測定した時点で、GE製VT4Cの音をまだ鳴らしたことがありませんでした。そこで私はこの3つを見比べて、Realモードが最も音が良さそうだと直感しました。いちばん綺麗なグラフに見えたからです。さて、この直感は当たったでしょうか?
幸運にも「大当たり!」でした。最終的な改良の終わったアンプにGE製VT4Cを挿して音楽を聴いたところ、Realモードがいちばん好ましい音と感じたのです。透明感があり、低域の厚みも充分で、滑らかで美しい音、しかも適度な毛羽立ちも含んでいます。不思議なことですが、GD製とGE製では、真空管の個性の違いが影響しているためと思いますが、最も好ましいと感じる音質モードが異なるという結果になりました。この意味でも「音質3段切換」を装備して正解だったと思います。
それにしても、GDとGEの各3つのグラフ、合計6つを見比べると、大まかに言えば「大差なし」で、「測定誤差の範囲内」と言ってもよさそうなくらいですね。とはいえ、実際に音を聴いてみると、はっきり違いが分かりますから不思議です。
「出力-歪率特性」をグラフ化すると「さまざまな周波数、さまざまな信号レベルが含まれ、それらの信号が時々刻々と変化する実際の音楽信号をアンプに入力して鳴らしたときにどんな音になるのかを推測する一助となる」のだろうと、このセクションの最初に書きました。そして、実際に8つの特性曲線を作成してみたところ、聴感上の違いと、歪率特性曲線の微妙な違いに関連性があることも分かりました。
歪率特性が顕著に違っていたのは、ドライバー管の銘柄を換えたときと、ドライバー段に局部帰還を掛けたときです。図7で下2つのグラフを比較すると、局部帰還の効果が「3つの曲線がいっそう近くに寄り添うになった」という変化として現われています。
また、GD 211で3つの音質モードを切り換えた場合にも、GE VT4Cで3つの音質モードを切り換えた場合にも、それぞれ歪率特性に(僅かではありますが)差が出ました。
ちなみに、3つの音質モードの周波数特性は、測定データとしてはまったく同じ「15Hz〜33KHz(-3dB)」ですが、聴感上の印象では「Clear → Rich → Real」の順に音域のバランスが少しずつ低域寄りに傾いていきます。
それでは、歪率の特性図を見るだけで「そのアンプからどんな音が出るか」を推測、予測、あるいは“予感”することはできるのでしょうか?
このWebページで徹底分析しているファインメット®搭載211無帰還シングル・パワーアンプ「NS-211FM」の場合に限定すれば、各特性図に対応する音を実際に聴き、それぞれの聴感上の違いを感じ取り、その違いが歪率特性のどの部分に現われていると考えられるか、そのような“予感”をある程度もつことはできそうです。
前にも書いたとおり、GD 211で好ましい音はClearモードですが、GE VT4CではRealモードがいちばん好ましい音と感じます。そのことを念頭において歪率特性グラフを見比べると、確かにGD 211のClearモードと、GE VT4CのRealモードの曲線は「最も滑らかで綺麗なグラフ」に見えますよね?
別の違いとして、GE VT4CはGD 211よりダイナミックでメリハリの効いた音楽を堪能できます。フルオーケストラが弱奏部から急に盛り上がってフォルテシモに達するときなど、その「盛り上がりの度合い」「迫力感」が見事です。では、このようなGE管とGD管の違いが歪率特性グラフに現われているのだろうか、と考えながらグラフを凝視してみましたが、経験不足の私には解釈できませんでした。皆さんは何か「違い」にお気付きになるでしょうか?
というわけで、「天気図を見れば天気予報ができる」という程度まで、「歪率特性を見ればアンプの音の個性を予測できる」と言ってしまうのには無理がありそうです。もちろん、いろいろな歪率特性図とそのアンプの音の組み合わせを数多く実際に聴いた経験があれば、ある程度の予測は可能になることでしょう。ベテランの管球アンプ設計技術者や、管球アンプ自作愛好家の中には、そのようなツワモノが何人もおられるだろうと思います。
大型直熱三極管211/VT4Cの力をフルに引きだす初段/ドライバー段は、どのような役割を果たせばよいのか?
この「徹底分析」を通して測定データから解釈できた内容や、今まで愛用していた211無帰還シングル・アンプにファインメット®系トランス類を搭載し、アンプ回路を少しずつ改良し、真空管の銘柄をいろいろ試した経験から、211(あるいは845)の潜在能力をフルに引き出すために求められる初段/ドライバー段の役割が見えてきたように思います。
つまり、出力管を駆動するのに必要な電圧スイングを得ることだけを考えるのではなく、「いかに多くの情報量を出力段に送り込むか」を重要な役割とみなすわけです。真空管アンプ回路で「情報量が多い」とは少し不似合いな表現かもしれませんが、プレート電流の変化(=次段を駆動するグリッド電圧の変化)が精細である、つまり“変化の解像度が高い”ということです。
たとえば、デジカメの画素数が多い(解像度が高い)と、撮影した写真を大きい用紙にプリントアウトしたときに画像が粗くならず、精細で美しい写真を印刷できます。それと同じように、初段/ドライバー段で音楽信号の電圧変化を可能な限り精細に増幅して出力段に送り込めば、大型直熱三極管211/845がそれを最終的に大電力に増幅したとき、スピーカーから出力される音楽信号が粗くならず、音楽の微妙な表情まで表現された美しい音になるというわけです。
このアンプの初段は12AX7を2本、三極管4ユニットをパラ接続にしています。これは、まさに入力信号を精細に増幅するための手段です。三極管1ユニットで増幅した場合に比べると、入力電圧の変化に対するプレート電流の変化が4倍になるからです。ドライバー段の役割は、その豊富な情報量を決して損なわずに、また歪ませずに、できる限り正確に増幅して出力段をドライブすることです。大きな電圧スイングを必要とする211/845の場合、その役割に適任なのは、直線性の高い増幅を行なえる電力増幅用の五極管と言えるでしょう。
このようなアンプ回路は、多くの優秀なエンジニアがこれまで採用してきた正攻法の回路構成(電圧増幅部でなるべく歪みを発生させず、低インピーダンスのカソードフォロアで出力段をドライブする、など)ではありません。とはいえ、NS-211FMの試作・開発段階から現在に至るまでの改良作業の結果、今までで最高と思える音を実現できたことからして、「パワー管ドライブによる211/845アンプ」という(最近の製品で流行している)回路構成で好ましい音を鳴らすための「新たな妙策の1つ」として、このアンプで採用した手法を認めていただいてもよいのかなぁ、と私一人の勝手な希望的観測に過ぎませんが、そのように“予感”しております。
[ドライバー段ローカルNFBの不思議]
このアンプ「NS-211FM」の音質3段切換は、ドライバー段の局部帰還の量を僅かに変えることで実現しています。現状では、「Clear : 3dB(ドライバー段のみの歪率 0.44%)」、「Rich : 2.1dB(歪率 0.43%)」、「Real : 1.3dB(歪率 0.42%)」です。
このような僅かな変化をさせただけで、アンプ全体の歪率が1.0%、0.9%、0.8%と下がり、スピーカー出力に聴感上の明確な違いが現われるというのが、このアンプ回路の非常に不思議で、面白いところです。しかも、GD 211ではClearモードの音質を最も好ましく感じ、GE VT4CではRealモード最も好ましく感じるという違いもあります。なお、どの音質モードを「好ましい」と感じるかは、使用するスピーカーの高域特性や、聴く人の好みによって異なる可能性があります。
図4と図6からデータを抜き出してみると、ClearモードのGD 211の場合、初段から最終出力まで各段の歪率(1KHz)は次のように推移します:
初段 0.5% → ドライバー段 0.44% → 出力段 0.8% = アンプ全体 1.0%
それに対し、RealモードのGE VT4Cの場合は次のとおりです:
初段 0.5% → ドライバー段 0.42% → 出力段 0.9% = アンプ全体 0.8%
あくまでも1KHzの正弦波についてのデータですので、あまり詳細に解釈しようとしても無駄とは思いますが、少しだけ考えてみます。初段と出力段は「同位相」の関係にあるので、初段で発生した歪みは、ドライバー段で打ち消されたり変化させられたりした後、出力段の歪みに加算され、その結果がアンプ全体の歪率や歪みの内訳になると思われます。この「加算」は単純な加算というよりは、出力管内部で絶妙に処理され“味を調えられる”という意味で「調合」と言ったほうが当たっているかもしれません。
GD 211の場合、出力段のみの歪率0.8%よりアンプ全体の歪率が高くなるClearモード(歪率 1.0%)で最も好ましい音が鳴ります。この“増加分”は、どうやら初段で発生した歪みの一部が出力管211での増幅時に絶妙に加算・調合されて、“美音化ひずみ”として最終出力の魅力的な音に貢献しているのではなかろうか、そんな予感がします。
ところが、GE VT4Cの場合は、出力段のみの歪率0.9%より歪率が低くなるRealモード(歪率 0.8%)で最も好ましい音が鳴ります。この減少は何を意味しているのでしょうか? 聴感上の違いを大まかに書くとしたら、GD 211よりGD VT4Cのほうが滑らかさ、精細さ、迫力といった点で優れているように感じます。ということは、初段で発生した歪みのうち、ドライバー段を素通りしてきた“くせ者ひずみ”、あるいはドライバー段で“くせ者ひずみ”に変化した歪み成分が、GD VT4C内部での絶妙な調合過程で消滅し、アンプ全体の歪率が低下したのかもしれません。しかし、アンプ全体として発生する歪みの内訳では“美音化ひずみ”の割合がGD 211より高いのではないだろうか、そんな予感がします。GD 211を使った場合は、初段で発生した歪みがClearモードのドライバー段を通過し、それをGD 211内部の調合処理に掛けたときに最も好ましい音が鳴るわけですが、アンプ全体として発生する歪みの内訳には無駄な“くせ者ひずみ”が何割か残ってしまい、それがGD管とGE管で音の品位に差がつく要因になっているのかもしれません。
実際にはこんな単純な理屈ではないでしょうが、このアンプ回路のドライバー段は実に絶妙な働きをしているという予感がします。初段から流れ出る水から不純物を取り去る浄水フィルターのような役割と、魅力的な音に貢献する微量成分を付加する役割の2つを果たしているのでしょうか・・・。そして、その調合処理の内容は、ローカルNFB量を少し変えると微妙に変化し、アンプ全体の音を大きく変える働きをするのでしょうか・・・
いずれにしても、不思議な作用をするドライバー段ですね。
上杉佳郎氏の設計による管球パワーアンプといえば、出力管ごとの個性や特徴を活かしつつ、数値的にも優れた特性データの得られるパワーアンプの代表と言ってよいでしょう。そこで、過去の『管球王国』誌に掲載されたパワーアンプのデータを4種類だけ引用させていただきます。『別冊ステレオサウンド 上杉佳郎 設計|製作アンプ集』(2004/3/31発行)(→詳細・購入(Amazon)))の誌面からデータを読み取り、Excelでグラフ化しました。

[管球王国誌 Vol.14 掲載]
もしかしたら「これなら見慣れた曲線だ」とお感じになる皆さんも多いかもしれません。しかも、優秀なアンプだとお考えになるのではないでしょうか。3つの曲線がかなり近づいた状態で推移しており、滑らかなカーブを描いているからだろうと思います。実際、上杉氏ご自身、記事の中でこのように書いておられます。
第12図に歪率特性を示します。100Hz、1KHz、10KHzの値がほぼ同一です。約14dBのNFによりシングル・アンプとしては優れた値を示しています。300BシングルのノンNFアンプTAP-5の1W時の歪率は1%でしたが、TAP-11では1W時において0.3%以下の歪率を示しています。
私の感想: 3つの曲線がこの程度まで近接していると「ほぼ同一」とみなしていいものなんですね。ということは、NS-211FMは「限りなく同一」と言ってよい… のでしょうか? しかも優秀?
確かに、毎号たくさんの製作記事が掲載されているMJ誌を読むと、3つの歪率曲線がもっと離れた位置を複雑に推移する管球アンプも多いことが分かります。
また、この説明から、管球パワーアンプの場合にも歪率をなるぺく低くすることを目指して設計するものだという「常識」「通例」も読み取れます。なお、上の引用文にある「TAP-5」の歪率特性は、少し後でご紹介します。

[管球王国誌 Vol.16 掲載]
このアンプは「現代的でシンプルな回路を採用した低価格300Bシングルアンプ」とのことで、巧みなNFを利用した高性能アンプとなっています。そして、この歪率特性についても「100Hz、1KHz、10KHzの値がほぼ同一」で「きわめて優れた特性」と説明されています。
私の感想: 高橋先生からいただいたメールに「歪率曲線があまりクロスしないものの方が[音が]良い可能性が高い(竹末数馬氏)」と書かれていました。
その観点からすると、上記の2つのアンプの歪率特性で2つの曲線がクロスして“途中で上下が入れ替わっている箇所がある”ことに気づきます。このような場合、いろいろな周波数でさまざまな信号レベルの音が複雑に入り混じった実際の音楽信号を入力した場合に、少しクセのある音が鳴る恐れがあるようです。

[管球王国誌 Vol.7 掲載]
グラフ内の緑色の直線は、NS-211FMの歪率特性(0.1W〜7W)の位置と傾きを示しています。
次にご紹介するTAP-5は、TAP-13と同じ300Bシングルですが、初段12AU7パラ接続のあとトランス結合で300Bをドライブし、NFBをまったく掛けていないという無帰還アンプです。この歪率特性について、上杉氏は次のように説明しておられます。
300Bの歪みをNFや打ち消し動作によって少なくすることを意識的に行なっていませんので、NO・NF 3極管シングルアンプとしては一般的な値といえます。これは狙い通りの歪率特性です。
私の感想: 「NO・NF 3極管シングルアンプとしては一般的な値」という説明は、出力1W時の歪率が約1%であることを指しているようです。私にとってたいへん興味深いのは、オーバーオール無帰還の三極管シングルアンプでは、歪率曲線がほぼ直線になり、ほとんど均等な間隔を保って推移するもの、と分かったことです。
この製作記事には、他にも興味深い解説が載っていましたので、引用させていただきます。無帰還アンプの特徴について、また300BとUV211A(東芝やNECなどが製造していた日本製の211)の個性について次のように説明しておられます。
300Bはプレート特性のきれいなパワーチューブですが、プレート特性の美しさという点では、UV211Aの足元にも及びません。300Bの音を主観的に素晴らしいと思っておられる方は、歪みを含めたキャラクターを認めておられるのでしょう。
したがって、ここではそうした300Bの個性を前面に打ち出すために、NFをかけないNON・NFアンプとすることにしました。
今回のようなシンプルに徹したパワーアンプの設計は、エンジニアとして何のおもしろ味もないかもしれませんが、そのサウンドは個性的で、しかも瑞々しく、素晴らしいと思います。低歪率アンプの音を蒸留水に例えれば、TAP-5の音はまさしくミネラルウォーターです。
ちなみに、上杉佳郎氏は1967年5月号臨時増刊/無線と実験『3極管アンプの製作』でUV211Aシングル・ステレオ・パワーアンプを発表なさったそうです。「送信管として生まれたUV211Aを、かなり早い時点でオーディオ用として使用した製作記事ではないかと思います」と書いておられます(管球王国誌 Vol.14)。NS-211FMを含む大型直熱三極管パワーアンプの比較試聴記事が掲載された管球王国誌 Vol.48(2008年春号)に、寄寓にもそのUV211Aアンプの全回路図が載っているのを見つけました(99ページ)。
なお、211(軍用記号 VT4C)は確かに「送信管」ではありますが、当初から低周波増幅の用途も想定されていました。GE製VT4CのNOS管(元箱入り)などに入っている英文データシートには、A級シングルやB級プッシュプルの低周波増幅における動作例が記載されています。高橋先生から教えていただいた話では、映画館などの業務用アンプとして実際に利用されていた時期があり、そうしたアンプが米国のインターネット・オークションに出品されることがあるそうです。
私の感想: 無帰還アンプの音は“個性という雑味の混じったミネラルウォーター”であり、出力管の個性がアンプ全体のキャラクターを決定付けるとの解説が興味深いと思います。ここで敢えて私は「雑味」と書きました。出力管ごとの個性は聴く人によって“絶妙な うま味”と感じることもあれば、“気になる嫌な味”と感じることもあるだろうと思ったからです。300Bは個性が強いほうですよね。音楽に“300Bの味つけ”がかなり多く加わるように思います。それに対して211の個性(歪み)は“薄味”なので、音楽そのものの味を引き立ててくれるように私は感じています。
『300Bはプレート特性はきれいだが、211のプレート特性のほうがはるかに美しい』との説明にも注目したいと思います。上記のTAP-5の歪率特性グラフで、300B無帰還シングルの歪率曲線は直線的な推移をしていますが、少し凹凸があります。それに対して、グラフ内に緑色で書き加えた211無帰還シングル「NS-211FM」の歪率曲線は滑らかで、限りなく直線に近い線です(ただし図8や図9に定規を当てるとわかりますが、ほんの僅かだけ下方にへこんでいます)。このあたりに『プレート特性の美しさの度合い』が現われているのでしょうか。

[管球王国誌 Vol.4 掲載]
グラフ内の緑色の直線は、NS-211FMの歪率特性(0.1W〜7W)の位置と傾きを示しています。
このアンプTAP-3はシングルではなく、プッシュプルですが、EL34を3極管接続で使用しています(ちなみに、NS-211FMのトライバー段もEL34の三結です)。そして「EL34の3極管接続化によるプレート特性/Ep-Ip特性は、すこぶる優秀です」と書かれています。
私の感想: プッシュプルゆえに出力管の個性が弱まり、プレート特性が美しいというEL34の三結を利用していて、しかもオーバーオール無帰還であるこのアンプの歪率特性が(小出力領域を除いて)直線的であるのが興味深いと思います。そして、この製作記事のサブタイトルに「コンサートホールの雰囲気再現にすぐれた … 躍動感に富む生々しいサウンドが魅力的」とあるのに目が留まりました。この特徴は、ファインメット®搭載211無帰還シングル「NS-211FM」と同じです。ということは、個性が“薄味”の出力管をオーバーオール無帰還で動作させると、臨場感とリアリティーに優れたアンプになる可能性が高いわけですね?
ここまで、長い、長〜い文章や多数のグラフにおつき合いいただき、ありがとうございました。
ファインメット®搭載211無帰還シングル・パワーアンプ「NS-211FM」の各種特性を測定し、その数値データを聴感上の変化と合わせて考察しながら、私は『真空管アンプ製作ガイド(MJ無線と実験 編集部 編)』(誠文堂新光社、1996年発行)(→詳細・購入(Amazon)))の106ページにある、次のような解説を思い出しました。
これまでご紹介したとおり、NS-211FMの測定データにおいて、周波数特性は標準並みです(最近は高域がもっと伸びている真空管パワーアンプも多いので…)。歪率が高いとはいえ、上杉アンプTAP-5(300B無帰還シングル)で1W時の歪率が約1%というのは「一般的な値」と説明されていますので、これも標準的と考えられます。また、多くの大先輩たちが「211無帰還の歪みは2次歪みがほとんどで、その歪みがたいへん美しい」と説明してこられた事実とも一致していることを、測定によって確認できました(アンプの最終出力の歪みは大半が2次歪みです)。出力 対 歪率の特性曲線は、上杉佳郎氏が設計なさった無帰還シングルアンプと同じく「直線的な変化」を示し(最大出力より少し手前の7W時まで)、しかも3つの線がクロスせず限りなく一致に近いということから、たいへん優秀と考えてよさそうです。
プレート特性の最もきれいな3極管としてUV211A(本来は送信管)があります。このUV211Aの歪みは非常に少なく、かつ歪みの内容が素直です。 ― 上杉佳郎氏(管球王国誌 Vol.6)
というわけで、このアンプが「電気的に欠陥のないアンプ」であるのを「確かめる」ことができました。
さらには、このアンプの音がなぜ魅力的なのかについて、ある程度までは数値データと照らし合わせて「理由付けする」こともできました。
しかし、「GE製VT4C」が「Golden Dragon 211」より格上の音を鳴らすのはなぜか? という最後に残った疑問については、測定データから確実な根拠を見つけるのは難しいように思います。このことは、上記に引用した加銅鉄平氏の「現在の測定技術の完成度が、人間の耳の感度までは到達していない」、「ここしばらくは、微妙な音色の差を測定器のメーターに出すのは不可能」という言葉を裏付けていますね。
一般に管球アンプの周波数特性、歪率、SN比といった数値データは半導体製のアンプよりはるかに劣ります。それでも、音楽性豊かでリアルな音を聴けるのが管球アンプの“ありがたみ”だと思います。興味深いですね。
そして、211無帰還シングルというパワーアンプでは、歪率が一般の管球パワーアンプより高いことが、逆にそのパワーアンプの得も言われぬ美音、リアリティあふれる楽器の音色や雰囲気感に寄与しているに違いない、そんな予感がします。これもまた不思議なものですね。
一般に、超高音域を再生する「スーパーツイーター」を追加すると、再生される音楽の雰囲気感が向上したり、音に艶が出たりすると言われています。
私がファインメット211アンプ「NS-211FM」にスーパーツイーターを接続してみた直接のきっかけは、高橋先生からフィデリックス社のアコースティック・ハーモネーター「AH-120K」を試してみるように勧められたことでした。CD音源では失われている20KHzより上の超高音域を擬似的に生成する装置の効果や、その原理については、フィデリックス社のサイトにさまざまな観点から技術情報が掲載されていますので、関心をお持ちの方はどうぞ上記のWebサイトをご覧ください。
さっそく試用させていただいたところ、ファインメット211アンプ「NS-211FM」は「AH-120K」との相性が悪いようでした。しかし非常に不思議なことに、その装置を利用せずに、単にスーパーツイーターをメインスピーカーに並列接続しただけで、再生される音楽の雰囲気感が格段にアップし、中低域が活き活きとして、いっそうリアルな音に変化しました。コントラバスやティンパニ、ドラムス、大太鼓といった低音楽器の音が、弾むような心地よい音に変化するのには、本当に驚きます。
ちなみに、我が家のシステムでは、パイオニア製の普及価格帯のスーパーツイーター「PT-R4」に自作の「アッテネータ・ボックス」を接続して適度に音圧を下げてから、メインスピーカーに並列接続すると、ちょうど良い具合の音になります(今のところ、音圧を -4dB にしています)。
もしかして、211無帰還シングル・パワーアンプは、もともと超高音域の音を出力しているのでしょうか? ここから後の内容は、このWebページの中で最も理論的な裏づけに乏しく、私のまったくの“予感”であることを強調しておきます。「こんなことかもしれないなぁ…。不思議だなぁ…」といった程度の当て推量です。
歪みデータを紹介したセクション2で、211無帰還シングル・パワーアンプが僅かとはいえ2次〜4次の歪み(高調波)を出力しているデータをご紹介しました(1KHzの正弦波を入力した場合)。そこで、試しに10KHzの正弦波を入力したときのスペアナ分析を行なってみたところ、次のような結果になりました(EL34はロシア製Tung-Sol、出力管はGolden Dragon、音質はClearモード)。
2次歪みと3次歪みである20KHzと30KHzの高調波が検出されたほか、その前後の周波数にも10KHzの高調波以外の歪み成分が検出されました。これは正弦波という“滑らかな音波”を増幅した場合の出力ですので、もっと複雑で急激に変化する音楽信号を入力した場合には、歪みの量が増したり、単なる高調波以外の歪みがさらに多く発生することもあるのだろうなぁ、という“予感”がします。というわけで、CD音源(収録されているのは20Hz〜20KHzの信号)を再生した場合でも、ファインメット211アンプ「NS-211FM」にスーパーツイーターを接続した場合にその効果を明瞭に聴き分けられることには、こうした高調波成分が関係しているのかもしれません。しかも、音圧を下げたほうがちょうど良いのですから、なおさら不思議です・・・・・
その後、高橋先生が“超音波”の働きについて「音聴学」「音聴生理学」に基づく理解をメールで詳しく説明してくださいました。詳細は割愛しますが、耳に聴こえないような超高域の音がピンクノイズとして音楽信号に混ざっていると、ちょうど「カクテルパーティー効果」のような現象が起きて、雑音の中から“自分に関心のある音を鋭敏に聞き取れるようになる”のだそうです。
もう少し詳しく説明します。人間の耳に聴こえない超高域の音(“超音波”)でも、その振動は骨から耳の蝸牛管(内耳にあって、音の振動を神経信号に変換して脳へ送る器官の1つ)へと実際に伝わっています。そして、その振動には、耳にあって振動を感知するタンパク質(ステレオシリア)や、脳の聴覚を鋭敏化する働きがあります。その結果として、私たちの耳に“聴こえている音”を脳がいっそう鋭敏に聴き取れるようになり、非常に小さな音でも聴こえるようになるのだそうです(もっとも、“超音波”の振動そのものを脳が知覚することはないとのことです)。
ファインメット211アンプ「NS-211FM」で音楽を聴く場合に、スーパーツイーターを追加して“超音波”が空中に放出されるようにすると、そのような仕組みで私たちの聴覚が鋭敏になり、それまでは全く聴き取れなかった小さな音や、音の微妙な表情などが聴き取れるようになるのだろう、と高橋先生は説明してくださいました。
この説明をメールで読んだ私は、ようやく、ファインメット211無帰還シングル・パワーアンプの“魅力的な音”の全体像をイメージできるようになりました。
音圧を落としたスーパーツイーターから僅かに放出される“超音波”が私たちの聴覚を鋭敏にしてくれるので、今まで聴こえなかった かすかな音まで脳で認識できるようになり、「音の透明感が増した」「各楽器の音の美妙な表情までリアルに聴こえるようになった」と感じるわけですね。無帰還シングル動作の211/VT4Cという真空管が高調波歪み等として生成する“超音波”はごく低い音圧レベルでしかなさそうですが、それでも聴覚を鋭敏化するには十分な音圧なのだろう、という予感がします。
(公開: 2008/6/25)