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恵麻の物語


Chap.42
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−第四十二章 −ドレスアップ その1−

由飛の部屋のドアを開けた玲愛と仁は、思わずそのままの姿勢で固まってしまった。
確かに、いつも整理整頓には縁のない部屋ではあるが、今日のカオス状態は普段の5割増しという感じだった。

「あ、ふたりとも、どうしたの?遠慮しないで中に入ってよ」

ふたりに気付いた由飛が、入り口付近の段ボール箱を足で退かしながら、ふたりを手招きした。

「・・・あ、あの、姉さん?なにやってるの?」
「これ?うん。ドレスはすぐに見つかったんだけど、ドレスに合わせたバッグとか小物とか、どこに片付けたか忘れちゃってね。でも安心してよ。ほとんどのものは見つけたから」
「そ、そう。それはよかったね」
「えへへ。それより、ふたりとも早くこっちに来て」

そう言いながら由飛は何とか部屋の中に道をつくり、ふたりをピアノの前に案内した。
そこではピアノが臨時のドレス掛けになっていて、3着のドレスが広げられていた。

玲愛と仁は、由飛の言うドレスというのが、もしかしてステージ衣装のようなすごく派手なのだったり、あるいは背中の思いっきり開いたイブニングドレスだったりしたらどうしようと一抹の不安を抱いてきたのだったが、由飛の言ったとおり、どれもそれほど派手でないカクテルドレスっぽいものだったので、ふたりは思わず顔を見合わせ安堵した。

「玲愛ちゃんの言ってるドレスコードが良く分からないけど、とりあえずこんなところなら、いいんじゃないかなって」
「うん。ありがとう、姉さん」

「で、玲愛ちゃん、お風呂まだなんだよね?」
「うん。姉さんにお風呂入らないで来るように言われたから、シャワーも浴びずに急いで来たんだよ」
「そしたら、先にお風呂に入ってきて。そのあいだに、ひとしとドレス選んでおくから」
「え?そう?・・・うん。わかった」

多少、釈然としない玲愛であったが、言われるままに風呂に向かった。


由飛のマンションは、恵麻のマンションほどではないにしても、かなり広いものだった。
もちろん、リビングにピアノを置くだけのスペースが必要であるという特殊な事情もあるが、そのほかの部分、たとえばお風呂も、いわゆるユニットバスではなく、広さも一般的なワンルームマンションに比べるとゆったりとした作りだった。そのため、このマンションの他の部屋では、ベッドルームとリビングをふたりで別々に使っている、いわゆるルームシェアをしている娘も何人かいると言うことだった。

玲愛はお風呂の横の小さな脱衣場に入り、そこに置かれている洗濯機が洗濯物でほぼ満杯になっているのを見てちょっと顔をしかめたが、小さくため息をつくと服を脱ぎ始めた。

そして、お風呂の入り口の引き戸を開けた玲愛は、そのままの姿勢でその場に立ちつくしてしまった。

「なに・・・これ・・・」

ちょうどそのとき、脱衣場の入り口のアコーディオン・ドアを開けて由飛が入ってきて、玲愛に小さな容器を差し出しながら言った。

「忘れてた。玲愛ちゃん、シャンプーしたあとで、このコンディショナー付けてきてね。すごくヘアスタイルがまとまりやすくなるんだよ」
「姉さん、これ・・・」

玲愛は、由飛に顔を向けたままバスタブを指さした。そこには、薄いピンク色のお湯が、なみなみと張られていた。

「どうかした?玲愛ちゃん」
「これ・・・この入浴剤・・・」
「それ?おじいさまのフランスのおみやげだよ。玲愛ちゃんももらったじゃない」
「まだ使ってなかったんだ?」
「うん。玲愛ちゃん、あのとき家で使ったじゃない。わたしも後で入って、すごくいい香りだったから、とっておきのときに使おうって思って、しまっておいたんだ」
「とっておき?」
「うん」

「えっと、今日が・・・そうなの?」
「そうだよ。せっかく玲愛ちゃんが綺麗にドレスアップしてお出かけするんだから」
「・・・」
「じゃあ、わたしドレスの準備してるから。玲愛ちゃんは、ゆっくりお風呂入ってきてね。あ、でも、あまり時間無いけど」

そう言いながら脱衣所から出て行こうとする由飛を、玲愛はあわてて呼び止めた。

「姉さん!」
「うん?」
「あ、あの・・・ありがとう」

玲愛が言うと、由飛はちょっと驚いた様子だったが、すぐにニッコリ微笑むと小さくうなずいて出ていった。



玲愛がお風呂から出てTシャツ姿でリビングに入っていくと、そこでは玲愛の予想どおりの光景が展開されていた。すなわち、仁の強力な指導のもと、由飛が部屋の片付けをしていたのだった。

「あ、玲愛ちゃん!」

部屋に入っていった玲愛の姿に気付くと、由飛は部屋の片付けから解放されるのがよほど嬉しいのか、喜色満面という感じで「燃えないゴミ」の袋を放り出して玲愛のもとに走ってきた。

「玲愛ちゃん。ひとしと相談して、これかこれって言うことになったんだけど、やっぱり玲愛ちゃんが試着してみないと分からないんだよ」
「そ、そう」

由飛の勢いに押されて、少し引きながら玲愛が返事をすると、由飛はニッコリ笑って仁を振り返った。

「ほらあ、ひとしも。いつまでもそんなことしてないで、こっちに来て」
「はいはい」

リビングのあちこちに散乱した雑誌をまとめて縛っていた仁は、小さくため息をついて作業を中断すると、ふたりの方に歩いてきた。

「それで玲愛ちゃんとしては、どっちがいいと思う?」

そう言って由飛が広げて見せたドレスは、明るい空色のグラデーションのかかった白っぽいドレスと、ワインレッドをずっと濃くした色のドレスだった。

由飛の広げたドレスをちょっと見比べるようにして見ていた玲愛は、すぐに振り返ると言った。

「ひとしは、どっちがいいと思う?」
「うん?まあ・・・おまえの気に入った方でいいだろ」
「・・・それ、答えになってない」
「うん?」
「それで?ひとしのいいと思うのはどっち?」
「だから、おまえの好きな方で・・・」
「わたしはひとしの意見を聞いてるの!・・・それともひとしは、わたしのドレスになんか興味ないの?」

ちょっと上目遣い気味ににらむ玲愛に、仁はあわてて手を振った。

「そ、そんなことは無いぞ。うん」
「じゃあ、どっちよ?」
「俺は、そっちの濃い色のほうがいいと思う」
「こっち?」
「ああ。そっちのほうが、おまえの髪の色と肌の白さが引き立つと思ってさ」
「そう・・・」

そう言うと玲愛は、ちょっとそのドレスを眺めていたが、そのままTシャツの上から着てみようとした。
それを見た由飛は、ビニール袋の中から同じような色のキャミソールを取り出しながら言った。

「あ、玲愛ちゃん。どうせ着てみるんだったら、こっちのキャミ着てみてよ。一応、色の合うのを買ってきたんだ」
「・・・え?姉さん、わざわざ買ってきてくれたの?」
「うん。だって、わたしのじゃ胸のサイズ合わないから」
「そ、そう・・・だね」
「はい。ちゃんとAカップ用のを買ってきたんだよ」
「・・・あの、わたし、一応Bカップなんだけど」
「・・・え?あ、あはは。・・・ま、まあ、ゆったりしてるから、だいじょうぶだよ」

玲愛は、手渡されたキャミソールを見ながら多少釈然としない様子だったが、やがて小さくため息をつくと、仁に向き直った。

「じゃあ、わたし、ちょっと着替えるから」
「うん?そうか。じゃあ、俺はあっちの部屋で待ってるよ」

仁は、そう言いながら立ち上がると、由飛の寝室に向かって歩きはじめた。
それを見て、由飛があわてて仁の前に立ちふさがった。

「ひとし!だめだよ!レディの寝室に立ち入るなんて!」
「うん?いいだろ、別に。玲愛が着替えるあいだだけだから」
「あ、あの、玲愛ちゃん?ひとしだったら、着替えるところを見られてもかまわないよね?一緒に住んでるんだし。ね?」
「あのなあ。そう言うもんじゃないんだよ。仮に玲愛がかまわなくても俺がかまうの!」
「え?あ、あの、でも、ほら、こっちの部屋、ちょっと散らかってるから・・・」
「そんなの別に、いま始まったことじゃないだろ。何だったら俺が片付けてやるよ」
「あ、えっと・・・ちょっと下着とかも散らかってるから・・・」

決まり悪そうに由飛が言うと、仁と玲愛は少しあきれたように顔を見合わせていたが、やがて仁はちょっとため息をついて言った。

「じゃあ、俺はコンビニで時間つぶしてくるから。そのあいだに着ておいてくれ。もうあまり時間も無いから」
「うん、わかった」

玲愛がうなずくと、仁は小さく手を振って部屋から出て行った。


Chap.43
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−第四十三章 −ドレスアップ その2−

仁の選んだ由飛のカクテルドレスは、予想どおり玲愛には全体的に多少オーバーサイズだったが、胸以外は何とか着こなしでごまかせる範囲だった。

玲愛はドレスを着たまま由飛のドレッサーの前に座ると、持参した裁縫セットを使って胸の部分の余った布を、鏡を見ながら器用にまとめ始めた。
そして由飛は、そんな玲愛の後ろでカーラーやらカール用アイロンを使って、玲愛の髪の先端を軽くカールさせようと奮闘していた。

ふたりは、しばらく無言で自分の作業に没頭していたが、やがて突然、由飛がクスクス笑い出した。
いぶかしげな顔をして手を止めた玲愛が鏡越しに由飛を見ると、由飛はあわてて言った。

「あ、ごめん。ほら、昔もこうやって玲愛ちゃんの髪の毛いじってたなって」
「うん。そうだったね」

「・・・あのね、玲愛ちゃん。むかし、玲愛ちゃんの髪の毛、わたしが「洗濯のり」で固めちゃったの、おぼえてる?」
「・・・忘れるわけないよ。大変だったんだから。あのときは」
「あはは。そうだったね」
「頭はかゆくなるし、髪の毛は引っ張られて痛いし。なのに母さんは大笑いしてるだけで役に立たないし。結局、風美のおばさまが、ひとりで謝りながら洗い流してくれたんだよね」
「えー?わたしも謝りながら手伝ったよね?」
「姉さんは、おばさまに怒られて、おばさまの横でワーワー泣いてただけじゃない」
「それは、ほら、気は心って言うじゃない」
「はあ。それって自分で言うことかなあ?」
「あはは。まあ、気にしないで」
「でも、わたしの髪を風美のおばさまがシャワーで流しているあいだ、母さん何やってたと思う?カメラ探してたんだよ。まったく」
「あ、あはは・・・お母さんらしいね」
「まだどこかにあるはずよ。あの後の写真、わたし見た記憶あるもの」

「じゃあ玲愛ちゃん、あのときのフランス人形も憶えてる?おじいさまのパリみやげの」
「もちろん。あのフランス人形が原因だったのよね。姉さんがわたしの髪の毛、のり付けしたの」
「あ、あはは」

「でも、どうして姉さん、あんなに「ロールパンみたいな髪型」に、こだわってたの?」
「それは、ほら、あれだよ。絵本に出てくるお姫様って、みんな金髪をロールパンみたいな髪型にしてるじゃない。だから、いろいろいじったりしたんだけど、どうもうまくいかなかったんだよ」
「あたりまえよ。あれはイラストだからできる髪型じゃない」
「まあ、当時は、金髪っていうのは、ああいう髪型になるのかなって思ってたんだよ。だから、あのフランス人形が金髪をクルクル巻いて、のりで固めてるのを見たとき、これだ!って思ってね」
「はあ・・・」
「でもでも、玲愛ちゃんも納得してたよ?わたしが「のり付けするんだ」って言ったとき」
「そうだったっけ?・・・でも、その調子で、何回姉さんにだまされたことか・・・」
「あ、あはは・・・そうそう。あのフランス人形、まだあるかなあ?」
「さあ・・・そう言えば最近、見てないわね。でも、どこかにしまってあるんじゃない?」

「あのお人形さん、とっても綺麗な白いドレス着てたよね」
「うん。そうだったね」
「ほら、あのころって、白いドレスだと何でもウエディングドレスだって思ってて。玲愛ちゃんとよく言ってたよね。将来なりたいものは、かわいいお嫁さんって」
「・・・うん」

「そう言えばね、このあいだ、お母さんと一緒にお昼食べたんだよ」
「え?そうなんだ」
「お母さんが大学に来てね。いっしょに学食でご飯食べたんだ」
「えっ?まさか姉さん、また保護者呼び出しを・・・」
「う、ううん。ちがうよちがうよ。お母さん、おじいさまの用事で来たんだって」
「・・・そう」

「それでね、そのとき、お母さん言ってたよ。お父さんもお母さんも、わたしの方が玲愛ちゃんより先に結婚するって思ってたって」
「・・・」
「玲愛ちゃんは、あんなに融通のきかない性格じゃ男は寄ってきそうにないから、恋愛結婚なんか無理だろうし、30過ぎてお見合いして、それでも無理なら、あきらめるつもりだったんだって」
「な、なによそれ!」
「だからね、ひとしのこと、すごくほめてたよ。なかなか勇気のある人だって」
「はあ?・・・どうしてわたしと付き合うと、勇気があることになるのよ」
「もちろん玲愛ちゃんのことも見直したって。あんなに良い人を見つけるなんて、玲愛ちゃんもなかなか大したものだって」
「・・・何だか素直に喜べないなあ・・・」

「そうそう。そう言えば、お母さん言ってたけど、今年の夏休みに、ひとしのお父さんとお母さんが、うちに挨拶に来るんだって?」
「う、うん。そうらしいわね」
「ふうん。玲愛ちゃん知ってたんだ」
「ま、まあ、ね」
「じゃあ、ひとしのお母さんと、うちのお母さんが、メル友だってのも知ってるんだ」
「うん」
「そうなんだ。じゃあ、ひとしのお母さんが、玲愛ちゃんのこと、すごいほめてるってのも聞いてる?」
「え?高村のおばさまが?・・・母さん、そんなこと言ってた?」
「うん」
「それは・・・聞いたこと無いけど」
「でも、ひとしのお母さんにしたら、玲愛ちゃんみたいな人がお嫁さんになってくれたら、やっぱり嬉しいよね。しっかりしてるし、かわいいし」
「ど、どうしたの?姉さん」

「ねえ、玲愛ちゃん」
「うん?」
「お互いの両親も賛成してるし、もちろんわたしも嬉しいんだよ」
「え?」
「もう、ひとしと結婚するのに、何の問題もないよね?」
「・・・」
「恵麻さんのことだったら、だいじょうぶだよ。こんなに綺麗な娘が妹になるんだから。喜ばない人は居ないよ」

そう言うと由飛は、玲愛の髪の毛を整えながら、鏡越しに玲愛に微笑みかけた。



Chap.44
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−第四十四章 −ドレスアップ その3−

仁が戻ってきたのは、玲愛の準備がほぼ終わったころだった。

「どう?ひとし。玲愛ちゃん、綺麗でしょ?」
「あ、ああ」

仁が、ちょっとのあいだ玲愛に見とれるようにボーッとしていると、玲愛は少し顔を赤くしながら言った。

「ほら、ひとしも。はやくスーツ着ちゃってよ。時間ないんだから」
「お、おう。あ、由飛。これ、コンビニで買ったアイスクリームだけど」
「わあ、3つも。ありがとう、ひとし」
「い、いや。それ、1人に1つずつ・・・」
「ほら、ひとし。もう時間ないから。姉さん、これ、冷蔵庫に入れておくね」
「うん。ありがとう、玲愛ちゃん。それで、もうタクシー呼んじゃっていい?」
「そうね。おねがい、姉さん」

仁の着替えに玲愛があれこれと世話を焼いていると、電話を終えた由飛が言った。

「タクシー10分くらいかかるって」
「そう。ありがとう、姉さん」
「どうする?ちょっと時間あるけど、下で待ってる?」
「うん。そうだね」



由飛のマンションは、エントランスを入ってすぐがエレベーターホールになっていた。

このエレベーターホールは、仁のワンルームマンションと比べて、かなり広いものだった。
なぜなら、普通の大きさのエレベーターの横に、かなり大きな、グランドピアノが一台載るだけの広さの貨物用エレベーターが付いていたからだった。

その広いエレベーターホールの壁には、鏡面仕上げのステンレス板が装飾用にはめ込まれていて、玲愛はそのステンレス板を姿見がわりにして、自分の衣装をチェックするように、体を動かしながら眺めていた。
由飛は、そんな玲愛を後ろからステンレス板の鏡越しに見ていたが、やがて突然言った。

「ねえ、玲愛ちゃん。ちょっと待っててくれる?」
「どうしたの?姉さん」
「その胸のコサージュ、ちょっと邪魔だから、ブローチ持ってくるね」
「え?姉さん?」

驚いて振り返った玲愛に、由飛は小さく手を振ると、一階で待機中のエレベーターに乗り込んでいってしまった。


あとに残された仁と玲愛は、ちょっと顔を見合わせたが、すぐに玲愛はステンレス板に向き直ってチェックの続きを始めた。
仁は、そんな玲愛の後ろでステンレス板の鏡越しに玲愛を見ていたが、やがて、ちょっと小さな声で言った。

「あ、あのさ。よく似合ってるぞ」
「うん?そう?ありがと」

鏡越しに玲愛がニッコリ笑うと、仁は少し顔を赤くしながら、あわてて鏡越しの視線をそらした。

「なあ。おまえって、そういうドレス、何着か持ってるのか?」
「え?うん。実家に戻れば何枚かあるよ。昔のだけど、あまり体型も変わってないから、まだ着られるんじゃないかな」
「そっか。・・・あのさ」
「うん?」
「そういうドレス、1着くらい部屋に置いておいてもいいかなって、思ってさ」
「どうして?滅多に着るもんじゃないし、ジャマになるだけじゃない」
「ま、まあ、そうだけどさ」
「?」

「ほ、ほら。外に着ていく機会は無いかもしれないけど、部屋の中なら着ていてもいいかなって・・・」
「部屋の中って・・・こんなの着てたら、お掃除もできないわよ」
「い、いや。昼じゃなくて、ほら・・・」

もぞもぞ言う仁に、鏡越しに不審そうな視線を送っていた玲愛は、急に意地悪くニヤッと笑うと、後ろを振り向いて仁の顔を正面から見つめ、あきれ果てたという感じで言った。

「ねえ、ひとし。いったい何を考えているの?」
「い、いや、だから・・・」
「わたしにこんなドレスを着せて、そのまま・・・なんて・・・」
「い、いや、もちろん、おまえがイヤだって言うなら、あきらめるけど・・・」
「はあ・・・しかたないわね。まあ、ひとしがどうしてもって言うなら、考えてあげないこともないけど」
「い、いや、その・・・いいのか?」
「しょうがないわね」

「あ、なんだったら、いま着てるドレスでもいいぞ?」
「あのねえ。姉さんから借りたドレスで、そんなことできるわけ無いじゃない」
「・・・最初のバレンタインの制服交換のときは、借り物の制服で平気でやったくせに・・・」
「何か言った?ひ・と・し?」
「いいえ。なんでもありません」
「まったく・・・」

そう言って、少しふくれっ面をしている玲愛に、仁はゆっくりと正面から近づくと、そのまま玲愛の腰に手をまわした。

「そのルージュ、初めて見る色だな」
「うん。ドレスに合う色って言って、姉さんがプレゼントしてくれたんだ」
「そっか」
「うん」
「あのさ、それ、食事しても落ちないやつ?」
「どうかな」
「試してみようか」

そう言いながら、仁が玲愛に顔を近付けていった。
そして、お互いの顔が数センチまで接近したところで、急にエレベーターの到着を告げるチャイムが鳴り、ふたりはあわてて体を離したのだった。

「・・・あれ?ひとし、なにやってるの?」
「え?え、えっと・・・」

しどろもどろの仁を不審そうに見た由飛は、すぐに玲愛に向き直るとニッコリ笑って言った。

「玲愛ちゃん。その胸のコサージュ、このブローチのほうがいいかなって」

そう言いながら由飛が取り出したのは、大きな翡翠が花弁のようにあしらわれた、バラの形のブローチだった。

「姉さん・・・これ・・・」
「うん?」
「これ・・・風美のおばさまの・・・」
「うん。そうだよ」
「だめだよ。こんな大切なもの」
「どうして?今日は、玲愛ちゃんにとって、とっても大切な日だから、ちょうどいいじゃない」
「そうじゃなくて・・・」
「あ、それとも玲愛ちゃん、これ気に入らない?」
「ううん。そんなことはないよ」
「じゃあ、いいじゃない」
「でも・・・」

「玲愛。せっかく由飛が貸してくれるって言ってるんだ。ありがたく借りておけよ」
「ひとし・・・」
「俺も、そのブローチ、とっても似合うと思うぞ」
「・・・わかった。姉さん、ありがとう。大切に使うから」

お礼を言いながら玲愛がブローチを受け取ると、由飛は嬉しそうな顔をしてうなずいた。


タクシーが到着したのは、それから数分後だった。
タクシーに乗り込もうとしている玲愛に、由飛が声をかけた。

「玲愛ちゃん。がんばってね。だいじょうぶ、きっとうまくいくよ」
「うん。ありがとう、姉さん。あの・・・」

玲愛は何か言いかけたが、結局そのまま言葉が出てこなかった。そして、そのままタクシーのドアが閉められた。

タクシーが走り出すと、由飛はエントランスの前から道路まで出てきて、タクシーの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
そして、交差点をタクシーが曲がって、その姿が見えなくなったところで、小さな声でつぶやいた。

「がんばれ・・・わたしの大切なふたり・・・」


Chap.45
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−第四十五章 −ポセイドンホテル−

ふたりを乗せたタクシーがホテルの玄関前に停車し、タクシーのドアが開くと同時に、いかにも高級ホテルと言った制服を着たホテルのスタッフの若い男性が、すっという感じでタクシーの横に来て、深々と頭を下げて言った。

「いらっしゃいませ。トランクにお荷物がございましたら、お持ちいたします」

先にタクシーから出てきた仁は、いきなり声をかけられて、あわてて答えた。

「え?あ、あの、俺達、あ、いえ、わたし達は、別に泊まりに来たんじゃないんで・・・」
「あの、わたし達、食事に来たんです。最上階のレストランに」

あとから降りてきた玲愛がフォローを入れると、男は表情を変えることなく、ふたたび深々と頭を下げた。

「ご利用、ありがとうございます。では、こちらにどうぞ」


スタッフの男性の先導でふたりが入っていったホテルのロビーは、ブリックモールのフードコートの共有スペースと同じくらいの広さがありそうだった。そして、そのロビーの中央にはホテルの玄関からフロントに続く広い通路があり、その両側は通路より一段低くなっていて、丸いテーブルとソファーが何組か置かれていた。

夕方という時間帯もあってかロビーはにぎわっていて、数十人ほどの客がロビーのあちこちに何組かのグループを作って談笑していた。
さすがに有名な高級ホテルということか、ほとんどの人が高級そうな服装をしていた。また海外からの来客も多いようで、中には金髪の女性の姿も何人か見えた。

そんななか、ロビーの通路を玲愛たち3人が通っていくと、それに気付いた人々が皆一様に視線を送り、一瞬、黙ってしまうのであった。

ふたりが連れて行かれたのは、ホテルのフロントの横にあるインフォメーションカウンターだった。

カウンターの中には、おそろいのワンピースの制服を着込んだ2人の女性スタッフが座っていた。そして、3人が近づくと静かに立ち上がった。

「こちらのお客様、展望レストランにお越しくださいました」

ふたりを案内してきた男性スタッフは、カウンターの中に声をかけると、ふたたび玲愛と仁に深々と頭を下げ、外に戻っていった。
カウンターの中の2人の女性スタッフが、シンクロナイズドスイミングのペアのように同じような角度で深々と頭を下げながら言った。

「いらっしゃいませ。本日はご利用ありがとうございます」
「失礼ですが、お客様のお名前をいただけますでしょうか」
「あ、えーと、高村仁と花鳥玲愛ですが」
「高村仁様と花鳥玲愛様ですね。少々お待ち下さい」

少し緊張気味の仁が答えると、右側の女性スタッフがニッコリ微笑んで内線電話を取り上げた。

女性スタッフが内線電話で何ごとか話し始め、仁が小さく安堵の息を吐いた、そのとき、仁のちょっと後ろに立っていた玲愛が、仁の上着のすそを軽く引っ張り、小さな声で話しかけた。

「あのさ」
「うん?」
「わたしの服装、おかしいかな?」
「どうして?」
「その、わたしの気のせいかもしれないけど、なんだか皆に見られているような気がするんだけど」
「・・・」
「ほら。あっちの金髪の女の人なんか、なんだか、にらんでるみたいなんだけど」
「まあ・・・おまえの金髪のほうが綺麗だからな・・・」
「え?」
「気にするなって。皆が見ているのは、おまえの服装がおかしいからじゃないよ」
「そう?でも・・・やっぱりサイズが合ってないから・・・」

なおも服装を気にする玲愛を振り返って見ながら、仁が小さい声でため息混じりに言った。

「こいつ、本当に、自分がどんなに美人か自覚無いからな・・・」

「うん?何か言った?」
「いや、何でもないよ」
「うそ。わたしに失礼なこと言わなかった?」
「何でもないって」
「・・・何でもないなら、教えてくれてもいいじゃない。やっぱりわたしに聞かれるとまずいことなんでしょ?」
「あのなあ」
「ひとし!」

玲愛は、ヒソヒソ声のまま仁を問い詰めようとしたが、残念ながらそれは、カウンターの中から出てきた女性スタッフによって中断されてしまった。

「大変お待たせしました。こちらへどうぞ」

そう言うと、その女性スタッフは、ふたりの先に立って歩きはじめた。

ロビーの中央を今度はエレベーターホールに向かって歩いていくと、ふたたびロビーで談笑している人々の視線が3人に集まった。そんな中、あいかわらず服装を気にしながら歩く玲愛は、ふたたびヒソヒソ声で仁に言った。

「ねえ、やっぱり見られてるよね?」
「だから、さっきも言ったろ。気にするなって」
「・・・ねえ、さっきの、わたしに聞かれると困ることって、なんなの?」
「はあ?おまえ、まだ言ってるのかよ」
「まあ、いいわ。エレベーターの中で、ゆっくり聞かせてもらうから」
「おい・・・」

だが、玲愛の希望は、ついにかなえられなかった。案内してきた女性スタッフが、エレベーターの中まで同行してきてしまったからである。

最上階に到着したエレベーターのドアが開くと、外には黒の蝶ネクタイに細身のベストという、いかにもレストランのフロアスタッフという感じのおそろいの服装をした男女のスタッフが立っていた。

「花鳥玲愛様と高村仁様をご案内しました」

同行してきた受付の女性スタッフが告げると、レストランのフロアスタッフが深々と頭を下げた。

「いらっしゃいませ。ご利用ありがとうございます。こちらへどうぞ」

フロアスタッフの1人が挨拶すると、玲愛と仁の先に立って歩きはじめた。


スタッフに案内されてふたりの入っていったレストランは、展望を売りにしているだけあって、壁の一面がおおきなガラス窓になっていて、そこからは美しい港の夜景が一望できた。
レストランの広さはロビーより二回りほど広く、フードコートの共有スペースにファミーユを足したくらいの広さがありそうだった。だが、フードコートとの大きな違いは、そのテーブルの数だった。すなわち、単位面積あたりのテーブルの数で言ったら、こちらはフードコートの半分以下だった。
こちらの方が全体的にテーブルが大きいというのも確かにあるが、それ以上に、テーブル同士の間隔が、隣の席の会話に煩わされないようにと言う配慮だろう、かなりゆったりと取ってあるのだった。ファミーユでこんな間隔でテーブルを置いたら、おそらく2、3脚くらいしか置くことができないだろう。

時間が早いためか、埋まっているテーブルは3割くらいで、あとのテーブルはまだ折りたたまれたナプキンが、人数分だけ席の上にきちんと置かれたままになっていた。

そんなレストランの中を3人が進むにつれ、ここでもロビーと同じ現象が起きた。
食事を楽しみながら談笑していた人々が、3人の姿、もっと正確に言うと、玲愛の姿を見ると、思わず視線を走らせて、黙り込んでしまうのだった。

恵麻の座っている席は、そんなレストランの一番奥のほうで、窓の反対側の壁際の席だった。
そこで、壁を背に窓の方を向いて座っていた恵麻は、近づいてくる3人に気付くと、玲愛の姿に少し驚いたようだったが、すぐに微笑むと小さく手を振った。

玲愛と仁の席は、恵麻の座っている位置から左右に90度の位置で、片側が窓、反対側が壁という席だった。そのため、スタッフに案内されて席に着いた2人は、お互いに正面から向かい合うかたちになった。
玲愛と仁のためにイスを引いたフロアスタッフが、2人が腰掛けたところで一礼して下がっていった。それを待ちかねるように、玲愛が小さな声で恵麻に言った

「あの、恵麻さん。その、ドレスコードがどんなのか良く分からなかったんで、こんな服で来たんですけど・・・」

そう言いながら玲愛は、恵麻の着ている、普段着とは言わないまでも、わりと普通っぽいクリーム色のワンピースに視線を向けた。

「ドレスコード?なにそれ?」
「え?あの・・・」

玲愛が簡単にいきさつを説明すると、恵麻は小さく吹き出した。

「クスクス。それ、板橋店長に騙されたのよ」
「・・・え?」

一瞬、玲愛はぽかんとしていたが、すぐに耳まで真っ赤になった。

「・・・あの野郎っ・・・」
「クスクス。だめよ、玲愛ちゃん。そんなキレイな格好してるのに、そんな言葉使っちゃ」
「え、えっと・・・はい」
「それに、とっても似合ってるわよ。そのドレス」
「あ・・・ありがとうございます」

「さてっと。さっそくだけど、ふたりとも。食前酒はシャンパンでいいかしら?」
「ああ。玲愛もいいよな?」

仁が答えると、恵麻は小さくうなずき、斜め後ろに控えている、タキシード姿のソムリエらしいスタッフに小さく合図を送った。

3人のシャンパングラスに細かく泡立つ琥珀色の液体がそそがれたところで、恵麻がグラスを持ち上げた。

「じゃ、乾杯しましょうか。もっとも、こんな所じゃ音頭とるわけにはいかないけど」

恵麻に合わせて、ふたりがグラスを持ち上げると、恵麻は微笑んで軽くグラスを当てた。

キン。と澄んだ音が響いた。



Chap.46
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−第四十六章 −不思議な月例会 その1−

乾杯のあと、仁と玲愛がシャンパンを半分くらい飲んでグラスをテーブルの上に置いたときには、恵麻のグラスはすでに空になっていた。
ふたたび恵麻のグラスにシャンパンを注ぐソムリエを見ながら仁が言った。

「ちょ、ちょっと、姉さん。ペース早くない?」
「あら、そう?」

ふたりが見つめるなか、恵麻は少しのあいだ、ふたりを平等に見つめるようにして微笑んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「さてっと。ちょっと悪いんだけど、お食事の前に姉ちゃんから、少しお話ししてもいいかな?」
「え?」

唐突な恵麻の言葉に、仁と玲愛が思わず顔を見合わせていると、恵麻はテーブルの下から茶色の紙の封筒を取り出した。それは、A4版くらいの大きさの、よく書類を入れるのに使うような封筒で、何が入っているのか厚さが2〜3センチはありそうだった。

恵麻は、その「伊達不動産」と大きく印刷された封筒を、静かに仁の前に置いた。

「これ、あなた達に預けておくわね」
「・・・え?えっと・・・姉さん、なに?これ」
「土地の権利証っていうものらしいわ」
「え?・・・それって・・・」
「前にファミーユが建っていた場所の土地の、関係書類一式よ」
「え?・・・だって姉さん、火事のあと、あの土地は売っちゃったんじゃなかったのか?もう見たくないって言って・・・」
「うん。そう。そのつもりだったんだけどね」
「だったら、どうしてそんなもの、まだ持ってるんだよ」

「うん。あのとき、本当に売ってしまうつもりだったんだけどね。でも、あんなことがあった直後だと買い叩かれるだろうし、時期的にもタイミングが悪いから、まだ売らない方がいいって、助言してくれた人がいたのよ」
「それって・・・だって、確かにあの場所は、売地の看板が出ていて・・・」
「それは、委託販売って言うらしいの。所有権は持ったままで、条件がよかったら売るってことなんだって」
「そんな・・・それって・・・だって、姉さん・・・」

それだけ言うと仁は絶句してしまい、あいかわらず微笑んでいる恵麻と、目の前の封筒とを、交互にボンヤリと見つめていた。

「本当はね、じんくん。姉ちゃん、値段はどうでもいいから、売っちゃいたかったのよ、あの土地。でもね、言われちゃった。かずとさんが、せっかく私のために残してくれたものなのに、それを、いいかげんに扱っていいのかって」

「・・・誰なんだよ」
「え?」
「さっきから言ってる、その助言したやつって、誰なんだよ」

「オレだよ」

その言葉を聞いた瞬間は、仁も玲愛も、その言葉をまったく気に留めなかった。なぜなら、この場所には仁と玲愛と恵麻の3人しか居ないからだ。
おそらく、となりのテーブルの会話が、タイミングよく聞こえてきただけだろう。ふたりは、そう結論づけようとした。

「何だよ。まだ分からないのか?オレだって言ってるだろ」

そこまで言われては認めないわけにはいかず、ふたりは言葉を発している人間を捜そうと、キョロキョロ周囲を見回し始めた。

「まったく。ガキの頃は、あんなに遊んでやったのに。ほんと情けないな」

そう言いながらシャンパンのボトルを持ったままニヤニヤしているソムリエの男を、仁は、あ然として見つめていた。

「元気そうだな。トシ坊」
「トシ坊って・・・ま、まさ兄!?」

驚きのあまり、思わずガタンと大きな音を立てて、仁がイスを蹴飛ばすような勢いで立ち上がってしまった。
周囲のテーブルの客達が何ごとかと注目する中で、女性のフロアスタッフがすっと仁の後ろに近づき、仁をうながして、ふたたびイスを定位置に戻した。

「な・・・まさ兄、どうして・・・ヒゲはどうしたんだよ」
「まあ、この商売じゃ、あんな無精ヒゲ生やしてるわけにもいかないだろ」
「だって・・・大学出てから大手の開発会社に入ったはずだろ?そこは辞めちゃったのかよ?」
「辞めてないぞ。このホテルは同じ会社の系列だよ」
「そんな・・・だからって、ソムリエのまねごとなんか・・・」
「おいおい。一応オレはソムリエの試験に合格してるんだぞ。本物のソムリエだよ」
「まさ兄・・・それってホテルに出向ってこと?ってことは、左遷?」
「へぇー、左遷なんて、トシ坊もむずかしい言葉を言うようになったんだな。左遷かどうかは知らないけど、まだ身分は本社の社員だよ。新しいホテルチェーンを展開することになったんで、ホテルのことを勉強中ってとこだな」
「はあ・・・」

周囲から見れば、ソムリエが客にワインの説明をしているように見えるのだろう。脱力した仁が何気なく周囲を見渡したが、先ほど大きな音を立てたにもかかわらず、すでに仁に注意を払っている人間は、だれもいないようだった。

ソムリエは、そんな仁を少しニヤニヤしながら見ていたが、すぐに視線を玲愛に移すと、ちょっと微笑みながら、すっと玲愛の横に移動してきた。

「いらっしゃいませ。花鳥玲愛さま」
「え?あ、あの、あなたは・・・」

驚いて見つめる玲愛に、ソムリエの男は芝居がかったお辞儀をしながら自己紹介した。

「私、伊達 正臣と申します」
「伊達・・・え?そうすると、ひとしのお兄さんのお友達の・・・」
「おや、ご存じでしたか」
「あ、はい。その、ひとしからちょっとだけ聞いてまして・・・」
「ふうん。じんくん、いつの間に玲愛ちゃんに、そんなことまで話したの?」

不審そうに言う恵麻の疑問を誤魔化すように、仁が強引に話題を変えた。

「あ、いや、ちょっと、ね。それより、まさ兄、どうして玲愛の名前知ってるんだ?」
「そりゃ、恵麻さんに教えてもらったからに決まってるだろ。まあ、もっとも、初めて花鳥さんに会ったのは、彼女がまだブリックモールのライバル店で働いていた頃だけどね」

思わぬ言葉に、仁と玲愛は顔を見合わせた。

「まさ兄、ブリックモールに来たの?」
「おいおい、本当に気付かなかったのか?まあ、花鳥さんがオレのことを憶えてないのは仕方ないけど、トシ坊が気付かなかったのはショックだよな」
「い、いや、だって、ヒゲも無いし、髪の毛だって短くなってるし、その・・・」
「そうか?でも恵麻さんは、すぐに気付いてくれたぜ?」

伊達にそう言われて、仁はバツが悪そうに黙ってしまった。そんな仁を見ながら、恵麻が少し笑いながら言った。

「あのね、じんくん。正臣さん、ブリックモール店が開店したときも心配して来てくれたのよ。もちろん私がファミーユに復帰した後も、何回も来てくれてるんだけど」
「・・・そうだったの?ところで、玲愛に会ってるって?」
「会ってるって言うか、一応、敵情視察のつもりでキュリオに行ったんだよ。で、そのときにオレにサービスしてくれたのが、花鳥さんだったってことだけど」
「そ、そう。でも、よく玲愛のこと憶えてたよな?」
「そりゃ、こんな美人、忘れるわけないだろ。それに花鳥さんの金髪って、あの中だと目立つしな」

それを聞いて、玲愛が少し顔を赤くして言った。

「そんな、美人だなんて・・・」
「いやいや。謙遜することはないですよ。今日だってキレイなもんじゃないですか」
「そんなこと・・・今日は、ちょっと手違いで、おかしな服装だし・・・」
「そうですか?そのドレス、とってもよくお似合いですよ」
「え?いえ、これ借り物のドレスだし、サイズだって合ってないんです」
「問題ないですよ。十分に美人ですから。なあ、おまえもそう思うだろ?」
「えっ?あ、いや、それは・・・ああ」

いきなり話を振られて、あわてた仁は動揺しながら意味不明の返事を返した。玲愛は、そんな仁を少し上目遣い気味ににらんだが、伊達がまだ自分のことを見ているのに気付き、こちらもあわてて少しうつむいたのだった。


Chap.47
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−第四十七章 −不思議な月例会−その2−

伊達は、そろって少しうつむき気味の仁と玲愛をニヤニヤしながら見ていたが、やがて改まって言った。

「さてっと。トシ坊、ちょっとオレから話していいか?」
「え?う、うん」

「恵麻さんから、だいたいのことは聞いたよ。ファミーユを再建するんだって?」
「あ、ああ。そのつもりだけど」
「そうか。で、具体的にはどうするつもりだ?」
「いや、まだ全然具体的にはなってないんだけど、どんなに時間がかかっても再建するつもりだよ」

「ふーん。で、大学はどうするんだよ」
「辞めるつもりだよ」
「それ、高村のおじさんは了解してるのか?」
「ああ。最初は反対してたけど、今は認めてくれてる」

「そうか・・・あのな、これは、あくまでも世間一般の常識ある大人って人の意見なんだけどな。大学卒業まで、あと2、3年、待てないのか?」
「うん。・・・こんなこと言うと先生や同級生に怒られるかもしれないけど、俺が八ツ橋に入った理由って、たまたま模試の判定で入れそうだったからっていうだけだったし。もう、これ以上大学に行っても、意味ないんじゃないかって思うんだ」
「だけど、八ツ橋大卒って肩書きは、将来的にはいろいろと役に立つんじゃないのか?」
「そうかなあ?喫茶店の店主に大卒の肩書きが役に立つとも思えないけど」

「トシ坊。本当に喫茶店の店主一本で、これからの人生を生きていくつもりか?」
「ああ。そのつもりだけど」
「まあ、ブリックモールで店を立ち上げた実績は買うけどさ。でも、これからもずっとあの調子でうまくいくとは限らないし、おまけに本店も立ち上げるんだろ?苦労するぞ?」
「覚悟はしてるよ」

それを聞くと、伊達は小さくため息をついて、玲愛のほうに少し向き直った。

「トシ坊はあんなこと言ってるけど、花鳥さんはどう思う?俺が思うに、このままトシ坊と付き合ってると、花鳥さんも、巻き添えでとんでもない苦労することになると思うよ?」

急に話を振られた玲愛は、少し驚いたようだったが、すぐに微笑むと答えた。

「ええ。どんな苦労をするのか、とっても楽しみです」

それを聞いた伊達は、ちょっと絶句すると、あきれたように玲愛を見た。

「はあ・・・花鳥さんほどの人なら、付き合う相手だって「よりどりみどり」ってやつでしょ?だったら、もっと安楽な生活だってできるだろうに・・・」

伊達が後半は独り言のように言うと、玲愛はニッコリ笑って言い足した。

「あ、さっきのわたしの言葉、ちょっと訂正させてください。ひとしと一緒に苦労するなら。って」

その玲愛の言葉に、今まで黙って聞いていた恵麻が、小さく吹き出してしまった。
そんな恵麻を見て、玲愛は「しまった」という感じでアセった顔になったが、恵麻は微笑むと伊達に言った。

「ね?私の言ったとおりでしょ?」
「はい・・・まあ、これじゃ、仕方ないですねえ・・・」

「な、なんだよ。まさ兄も姉さんも。ふたりだけで、なに納得してるんだよ」

お互い納得した様子で小さくうなずく恵麻と伊達を見て、仁が不審そうに問いただしたが、それには答えず伊達が言った。


「なあ、トシ坊。ちょっと聞きたいんだけど、今のファミーユって、利益はどのくらい出てるんだ?」

唐突な伊達の言葉に、仁と玲愛は思わず顔を見合わせた。

「はあ?まさ兄、何を・・・」
「いや、だから、売り上げと粗利、それから、もし分かったら営業利益と経常利益も、どのくらいなのか聞きたいんだが」
「えっと・・・玲愛、おぼえてるか?」
「前年度の下半期のだいたいの数字でいいですか?」

うなずく伊達に、玲愛がいくつかの数字を言うと、伊達は感心したように玲愛を見た。

「へえ。よくおぼえてるね」
「いえ。ちょうどこのまえ、ブリックモールに提出する資料を作ったところだったんです」
「それでもたいしたもんだよ。なあ、答えられなかった高村店長も、そう思うだろ?」
「ぐ・・・」

「それから、その売り上げの数字も、なかなかのものじゃないか。さすが恵麻さんのケーキってとこだな」
「あの、まさ兄。そんなこと聞いて、どうするんだよ」
「いやなに。それだけ利益が上がっていれば、かなり借金してもだいじょうぶだなって思ってな」
「はあ?」


「なあ、トシ坊。おまえ、本当にファミーユの本店を再建するつもりか?」
「え?なんだよ、急に」
「どうなんだ?再建するのか?」
「ああ、もちろん。さっきも言ったじゃないか。どんなに時間がかかっても、もう一度、再建するつもりだ」
「ふうん。まあ、時間をかけてコツコツとお金を貯めて、そうして再建ってのもひとつの方法だけどな。オレが思うに、それなら、借金してでも早いとこ本店を再建しちまった方がいいと思うんだがな」
「え?」

「まあ、あれだな。結局のところ商売で儲けようと思ったら、売り値を上げるか原価を下げるか、それとも売る数を増やすか、ってことだろ?だけど、ファミーユじゃ値段を上げるってのは難しいし、原価を下げるのも限界があるし、結局、数を増やすってことしかないだろ?」
「まあ・・・そうかな」
「ところが、すでにブリックモールのファミーユでは、その数が上限に近づきつつある、と。どうかな?花鳥さん」
「えっと・・・はい」

「まあ、オレも、ショッピングモールじゃないけど、地下街のテナント関連の仕事やったことがあるから分かるんだけどさ。ああいう所って、もともと集客力があるから、いちど上限まで行っちゃうと、あまり下がることもないかわりに、それ以上、上がることもないんだよな。もちろん、品質を落とさないって言うのが大前提だけど」
「そうなのか?まさ兄」
「ああ。だから、ファミーユをこれ以上成長させようと思ったら、販売チャンネルをブリックモールだけじゃなくて、他の所にも増やすことを考えるほうがいいと思うんだ。たとえば、ファミーユの本店とか、な」

仁は伊達の言葉を驚いたような顔をして聞いていたが、やがて小さく首を横に振ると言った。

「・・・いや、やっぱりそれは無理だよ。まさ兄。実は今回、あの店を開くとき、ブリックモールからお金を借りてるんだ。これ以上の借金なんて・・・」
「そうなのか?」
「ああ」
「そうか・・・なあ、いまどのくらい借金があるんだ?」
「えっと・・・」

伊達の問いに仁が答えると、伊達は驚いて言った。

「そんな大金を?ちょっと待て。それで、年利はどのくらいなんだ?っていうか、おまえ、担保はどうしたんだよ?」

「それは・・・」

仁の返答を聞いて、伊達はあきれたように首を振った。

「おいおい、学生相手にそんな大金を、しかもそんな低い金利で、担保も無しで貸したって言うのか?とんでもないところだな。ブリックモールってのは」
「いや、まさ兄だから正直に言うと、あ、これは他所では言わないで欲しいんだけど、このファミーユへの融資って、ほとんどキュリオの社長から出てるみたいなんだよ」
「キュリオの社長って・・・結城社長か?」
「まさ兄、結城社長を知ってるの?」
「まあな。あの人は業界では有名人だからな。そうか、そう言えば、結城社長ってブリックモールでも偉い人をやってたな」

「ねえ、じんくん。それって、本当なの?」
「うん。ごめん、姉さん。いままで黙ってて」
「ううん。それはいいんだけど・・・玲愛ちゃんは知ってたんだ。そのこと」
「あ、えっと・・・はい」
「そう・・・玲愛ちゃんは知ってたのに、じんくん、姉ちゃんには話してくれなかったんだ・・・」


Chap.48
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−第四十八章 −不思議な月例会−その3−

伊達は、空気が重くなってきたのを敏感に察すると、あわてて話に割り込んできた。

「あ、えーと、それで、トシ坊。まあ、借金のことだけど、それくらいなら何とかなるんじゃないか?まあ、それだけ条件がいいと、借り換えってのは難しいかもしれないけどな」
「え?でも、まさ兄もさっき言ってたじゃないか。俺はまだ学生だし、そんなにお金貸してくれる所なんか・・・」
「恵麻さんから預かった、それがあるだろ」

そう言いながら伊達が指さしたのは、先ほど恵麻が取り出した茶封筒だった。

「これって・・・」
「それを担保にすればいい」
「え?だって、これって姉さんの土地だろ?」
「さっき恵麻さん言ってただろ。おまえ達に預けるって」
「けど・・・」

「じんくん」
「なに?」
「あの土地、姉ちゃんのものじゃないわよ」
「え?」
「あれは、かずとさんのものでしょ?」
「・・・」
「だったら、かずとさんの一番大切にしていた、じんくんが使うって言うのが、本当じゃないかしら?」
「姉さん・・・でも・・・」
「それに、じんくんも聞いてるでしょ?あの土地は、一部は本当にじんくんのものになるはずだったんだから」

それを聞いて、玲愛が不思議そうな顔をして恵麻と仁を見つめた。それに気付いた恵麻が、少し微笑みながら玲愛に解説した。

「本当はね、じんくんも遺産相続の権利があったのよ。でも遺産相続の相談をしたとき、杉澤の実家から「高村の家に行った者が相続するのはおかしい」とか何とか、イチャモン付けられてね」
「そんなことがあったんですか」
「うん。そうしたら父さんがキレちゃって、「だったら仁には相続放棄させる。それなら文句ないだろっ!」ってなタンカ切っちゃったのよ。まあ、おかげで、それからは杉澤の実家からは何も言ってこなくなったから、かえってよかったのかもしれないけどね。・・・だから、じんくん」
「え?」
「杉澤の実家から何か言ってきても姉ちゃんと父さんで何とかするから。だから、じんくんは安心してていいのよ。ね?」

「いや・・・もちろん、杉澤の実家の話もあるけど、でも・・・」
「でも?」
「姉さんの名義の土地でお金を借りるってことは、名義上は姉さんが借金することになるんだろ?そのお金で本店を建てても、俺たちが建てたことにはならないよ」
「じんくん・・・」

「だから俺は、どんなに時間がかかってもいい。自分のちからでファミーユ本店を再建したいんだ。そうでなかったら・・・」
「・・・そうでなかったら?」
「兄貴は自分ひとりであの家を建てたんだ。それなのに、俺がいつまでも姉さんに頼ってばかりいたら、そうしたら、いつまでたっても兄貴を超えることはできないだろ?」


その言葉を聞いた恵麻は少しのあいだ仁を見ていたが、やがて玲愛がいままで聞いたことの無いような、静かな冷たい口調で言った。

「じんくん・・・かずとさんを超えるって、そんなことを考えていたの?」
「なんだよ。そんなことって、おかしいか?」
「無理よ。じんくんだけのちからでファミーユ本店を再建するなんて、そんなことできないわ」
「できるかどうか、やって見なきゃわからないだろ!」
「じゃあ聞くけど、どうやって再建するつもりなの?そのお金、どうやって稼ぐの?」
「それは、ブリックモールで一生懸命に働いて・・・」
「それって、ファミーユで一生懸命にケーキ売るってことよね?でも、そのケーキ作ってるの、かすりちゃんと私よ?」
「・・・え?」
「それに販売だって、じんくんひとりでやってるわけじゃないでしょ?玲愛ちゃんはもちろんだけど、明日香ちゃんが居なかったら、販売だって回っていかないわよね?」

「・・・じゃあ姉さんは、俺は、ずっと兄貴を超えることはできないって、そう言いたいのか?」
「そうね」
「そんな・・・」
「でも、いいんじゃない?じんくんには、かずとさんには絶対にできないことができるんだから」
「え?」
「ファミーユの再建。かずとさんには絶対にできないわ」
「・・・」

「それにね、こんな仮定って意味ないけど、もし、かずとさんが生きていたとしても、ブリックモールでファミーユを開くなんてこと、かずとさんにはできなかったと思うわ。正臣さんもそう思わない?」
「そうですね。あいつじゃ、そんな「考え無しのムチャ」は到底できないでしょうね」
「そうよね」

「あのな、トシ坊」
「・・・なに?」
「おまえ、あいつを超えられないって思ってるみたいだけどな、あいつも同じことを思ってたと思うよ」
「え?兄さんが?」
「あいつは頭が良すぎたんだな。いつでも考えすぎるくらい考えてから行動するから、絶対にムチャするなんてことは無かったんだよ」
「・・・ああ」
「それで、本人もそれを分かっていてな。酒飲んだときなんか、ときどきオレに言ってたよ。こんな性格じゃなかったら、人生はもう少し楽しいんだろうなってな」
「・・・」

「あのときのことも・・・あいつは本当に悔やんでたよ。もちろん、高村のおじさんはすごくいい人だし、そのおじさんが是非にって言ってくれて、それでおまえを託したんだから、あいつが悔やむことはないんだけどな。だけど、それでも言ってたよ。たとえムチャだって分かっていても、おまえのことを手放すべきじゃなかったんじゃないかって」
「兄さんが、そんなことを・・・」
「だから、おまえに負い目を感じていたから、だからなおさら、おまえの前では立派な兄貴だったのかもしれないな。あいつは」
「・・・」

「ねえ、じんくん」
「うん?」
「これは、ただ姉ちゃんが思い込んでるだけかもしれないけど。・・・姉ちゃん、本当はとても嬉しかったのよ。じんくんが姉ちゃんのために、ファミーユのブリックモール店を開いてくれたこと」
「・・・」
「姉ちゃんは、それだけで十分よ。だから、ファミーユの本店は、じんくん自身のために、じんくんの一番大切な人のために、再開すればいいと思う」
「・・・」

「でも、これも姉ちゃんの思い込みかもしれないけど、これだけは言わせてね」
「・・・なんだよ」

「ファミーユは、ファミリー・・・家族みんなのものだと思うの。あ、この家族って言うのは、血縁関係はもちろんだけど、それだけじゃなくて、仲間って言う意味ね。だから、みんなが再開に手を貸すのは当然じゃない?」
「・・・」
「かずとさんの残してくれた土地の上に、わたしの名前でお金を借りて、あなた達がお店を開いて。
そのあとは、みんなで協力して借金を返していくってことになるのかな。
でも、かすりちゃんも明日香ちゃんも、それに由飛ちゃんも、みんなファミーユの仲間なんだから、たとえブリックモール店のもうけを全部つぎ込むことになっても、きっとみんな賛成してくれるわよ」
「姉さん・・・」

「もちろん、最後は、じんくんと玲愛ちゃんが決めることだけど、もし再開するんだったら、わたしは正臣さんの言うとおり、早く再建した方がいいと思うけどね」
「・・・」

「それからな、トシ坊。不動産屋のセガレの立場として言わせてもらうと、あの土地、いままではあれこれ小細工して売れないようにしてきたけど、そろそろ空き地にしておくの限界なんだよ。まあ、一等地とは言わないけど、そこそこ条件のいい土地だからな。それに実は、お役所からもご指導が入ってるんだ」
「え?どうして?」
「そりゃ、行政としては、さっさと家の一軒でも建って新しく住んだ人間から税金もらった方が良いだろ。空き地にしておいても、住環境ってやつは悪くなっても良くなることはないし、地上げ屋にでも目を付けられたら面倒だからな」
「そうなんだ・・・」
「まあ、あの土地にこだわらないって言うんなら、問題ないけどな」
「・・・」

仁は、目の前に置かれた茶色の封筒を手に取ると少しのあいだ眺めていたが、すぐに顔を上げると正面に座っている玲愛を見つめた。

「玲愛、おまえはどう思う?」

急に声をかけられた玲愛は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑むと、ゆっくりと頭を何回か横に振って静かに言った。

「それはひとしの決めるべきことだよ。わたしじゃない」

玲愛のその言葉は、突き放すような内容とは裏腹に、仁に対して優しく包み込むように語りかけられた。

仁は、そう言ってニッコリ笑う玲愛の笑顔を、まぶしいものでも見るように見ていたが、やがて自分も微笑むと、玲愛と小さくうなずきあった。そして、テーブルの横の席に座る恵麻に体ごと向き直った。

「姉さん」
「うん?」
「この封筒、俺に使わせて欲しい」
「・・・」

「もちろん、かすりさんや明日香ちゃんや由飛、父さんや母さん、それに、玲愛も巻き込んじゃうから玲愛のご両親にも相談しなくちゃいけないけど、俺はファミーユ本店、兄さんの残してくれたあの場所に、再建したい」
「そう・・・」
「だから、姉さんにも協力して欲しい」

そう言うと、仁は深々と恵麻に頭を下げた。同時に、玲愛も仁にならうように恵麻に深々と頭を下げた。
そんなふたりを見て、恵麻は少し微笑むと、伊達と小さくうなずきあった。

「じんくん、玲愛ちゃん」

呼びかけられたふたりが頭を上げると、恵麻はニッコリ微笑んで言った。

「ふふ。姉ちゃん嬉しいわ」
「・・・うん」
「それから、正臣さんにもお願いしておいたほうがいいわよ。前のファミーユを建てるときも、随分お世話になったんだから」
「ああ。まさ兄、よろしくお願いします」
「おう。まかせとけ」

そう言うと伊達はニヤッと笑って、急にうやうやしく頭を下げて言った。

「では、お客様。お料理の準備をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いね」

恵麻が答えると、伊達はもう一度ニヤッと笑ってバックヤードに引っ込んでいった。そして、入れ違いになるように何人かのフロアスタッフがカートを押して出てくると、3人の座るテーブルの上にテーブルクロスやらナイフ、フォークやらを並べ始めた。
だが、それが自分たちの前にだけ用意され、恵麻の前には置かれていないことに気付いた仁と玲愛が、不審そうに恵麻を見ると、恵麻はニッコリ笑って言った。

「ねえ、じんくん」
「なに?」
「わたし達の月例会、これで最後にしましょう」
「えっ!」
「じんくんは、これからは玲愛ちゃんを大切にしなきゃ。姉ちゃんよりも。ね?」
「で、でも、姉さん・・・」

仁は何か言いかけたが、恵麻はちょっと微笑むと、まっすぐに伸ばした右手の人差し指を仁の唇に軽く当て、強引に言葉を切ってしまった。

「あの、恵麻さん。わたしも・・・」

あわてて玲愛が何か言いかけたが、恵麻は仁の唇に当てていた指を今度はそのまま玲愛の唇に軽く当てて微笑みかけた。

「玲愛ちゃんも、じんくんをよろしくお願いね」

それだけ言うと恵麻は、あぜんとしているふたりに軽く微笑みかけ、ゆっくり立ち上がって言った。

「ここの支払いは済ませてるから。ふたりでゆっくりお食事してきなさいな」
「あ・・・ああ」
「そのかわりと言ってはなんだけど、じんくんにお願いがあるんだけど」
「・・・なに?」
「あした・・・は定休日だから、あさっての木曜日から、姉ちゃんまたファミーユに出勤するから、そのこと、かすりちゃんと明日香ちゃんに連絡しておいて欲しいの」
「・・・ああ」
「本当は自分で言うべきなんだろうけど、ちょっとバツが悪いでしょ。ふたりには木曜日に会ったときにちゃんと謝るから。ね?」
「うん。わかった」

仁が答えると、恵麻はふたりにニッコリ微笑んだ。そして、すぐに出口の方向に向き直ると、まっすぐそちらに向かって歩きはじめた。

To Be Continued.

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第四十八章:08/04/06 新規
第四十七章:08/03/29 新規
第四十六章:08/01/19 新規
第四十五章:08/01/07 新規
第四十四章:08/01/01 新規
第四十三章:07/12/28 新規
第四十二章:07/12/16 新規

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