親父の昔ばなし
鳴門海峡でのアジ釣り
鳴門海峡での夏の釣りといえばマルアジ釣りだが、潮流が早く一流しすれば、すぐに場所を移動する釣りだ。特に潮が速くならないと釣れないので、場所移動は沢山の船が競争のようになる。プレジャーボートなど全速で走っていくため、その波で私の小型ボートは揺られて釣りにくい。
エンジンのない頃はどうしていたかと、親父の話だと、ぐるっと一周してくるそうだ。つまり、鳴門海峡を北泊沖まで流すと、島田島沖の方は潮流が逆に流れているのでそちらまでこいでいって、また流すということらしい。これは大変な作業だっただろう。ほとんど櫓をこいでいる方が釣りをする時間よりも長い。
風があれば、帆を張っていたそうだが。それでも、かつては沢山魚がいたのだろう。
スナメリクジラ
鳴門海峡にはかつて沢山のスナメリクジラがいて、淡路島と鳴門市を連絡していたフェリーからも良くスナメリクジラの群れを見ることができた。
親父の話によると、釣りに行っていて、スナメリクジラの群れからボラの大群が船の下に逃げ込んできて、ボラを網ですくって沢山とったという。今では、スナメリクジラも鳴門海峡でボラの群れを見ることはない。
*スナメリクジラは、鯨といっても体長は1.5メートル程度で小さくてかわいらしい。
四国一周釣りの旅
親父による、祖父の話。堂浦の漁師の一本釣りの技はすばらしいものがある。それと、釣り糸のテグスを使うことを発見し、全国に広めたのも堂浦の漁師である。
かつての漁師の舟は、3枚の板を組み合わせた、カンコとか小さな櫓かい船で、実に細長く、不安定だが、早い潮にのせて流し釣りをするのには最適の構造である。
それと、簡単な帆を使って釣りに行っていた。祖父は、何のためか、どうゆうきっかけかは不明だが、そんな小さな船で、釣りをしながら四国を一周したらしい。釣りの餌は釣った魚で、途中の食料などは立ち寄った港で魚を売って、船の中で生活をしながらだそうで、帰ってきたときには、バケツいっぱいに小銭を稼いできたそうだ。なんともすごい話だ。
嘘っぽく聞こえるけど、本当だとしたらすごいし、作り話だとしても冒険心あふれる面白い話だ。あまり祖父の記憶はないが、中国に船で行っていたそうなので、四国一周ぐらいは 簡単だったのかもしれない。
ウタセエビ
堂浦の漁師は、鯛釣りにエビを使う。もっとも最近は、ゴムとかを盛んに使うが、やはり海のエビ「ウタセエビ」を使う。
このエビは、今では夜に底引き網で引いてとるのだが、エンジンのない昔は、船に帆を張り、横向きに網を風に流してとっていたそうだ。その帆を張った船が沢山北止まりの沖に
見られ、大変美しい景色であっただろう。
今では、このエビをとる専門の漁師もほとんどいなくなり、エビを買うことはとても難しくなってきた。漁師の人は、仕方ないので夕方、自ら餌を調達に網を引きにいっている。
ウタセ船
モブシ釣り専門の漁師
モブシとは、コブダイのことで、今でも小鳴門海峡筋では大型のコブダイがたま釣れる。かつては、これを専門に狙う漁師がいたとかで、イガイを沢山採ってきて、イガイの身を殻からはなさないように、貝柱だけを切って、身に針を仕掛け、海底に沈める。何本か同時に仕掛けて、釣り糸をまとめて持っておき、撒き餌は、イガイをぼちぼちと撒く。魚の値段は安いが、釣れると大型。大型のコブダイの引きはすさまじい。戸田渡船の桟橋にもコブダイの大きいのが泳いだりしているが、60センチはゆうにあるようなでっかいのを見かける。今では、イガイをトビエイが食い尽くしているので、餌が不足しているが、釣りを始めた頃、この釣りが面白くて、50pくらいまでのなら取り込めたけど、ずいぶんとハリスを切られた。3号くらいだったので、40pのチヌが釣れたときは、受け玉なしで釣れた。
コブダイ