2006年02月05日(日) 主日礼拝メッセージ「光への方向転換」
聖書箇所 マタイ4章12節から17節
東栄福音キリスト教会 遠藤稔牧師
聖書(新改訳2版)マタイ4章12節から17節
( 日本聖書刊行会発行の新改訳聖書から引用 )
12 ヨハネが捕らえられたと聞いてイエスは、ガリラヤへ立ちのかれた。
13 そしてナザレを去って、カペナウムに来て住まわれた。ゼブルンとナフタリとの境にある、湖のほとりの町である。
14 これは、預言者イザヤを通して言われた事が、成就するためであった。すなわち、
15 「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。
16 暗闇の中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の影にすわっていた人々に、光が上った。」
17 この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」
メッセージ「光への方向転換」 東栄福音キリスト教会 遠藤稔牧師
4章のはじめから読むと、イエス様は悪魔に勝利され、(4:1―11) 続いて、宣教
を開始されたことが分かります。その内容は「悔い改めなさい。天の御国が近づいた
から。」(17)というものです。御国とは王国を意味します。王が支配する世界です。
天の王、すなわち神様が支配する世界が近付いたから、方向を変えなさい、という宣
教です。そして、その王(支配者)がイエス様であることは、マタイの福音書の最初か
ら書かれていることです。(2:2,6)、(3:10,12)さらに、今日の箇所では、このイエス
様がユダヤ人だけでなく、異邦人にとっても光りであると書かれています。(15―16)
カペナウムは異邦人が多く住んだ所だと言われています。
イエス様はバプテスマのヨハネが逮捕されたことを聞いて、宣教を開始されました。
(12)ヨハネの役割はイエス様の準備をすることであることが旧約聖書に預言されてお
り、(3:3)その預言通りに、ヨハネの役目が終わった後にイエス様が宣教を始められ
ました。旧約聖書に示された預言は、ことごとくイエス様によって実現していること
がわかります。
さらに、イエス様がカペナウムに定住され(13)、ガリラヤで宣教されたことも旧約聖
書に示されたイザヤの預言の実現でした。(14)
イエス様が言われた「悔いあらためなさい」(17)という宣教は、希望のメッセージで
す。イエス様ご自身が闇の中にある人々への「偉大な光り」だからです。(ヨハネ1:14もご参照ください) 絶望し、暗闇を歩く人にこそ、「光りが上った」(16)と、
聖書はいいます。反対にいうと、神様からのものではない栄光(一時的なこの世での
栄え)に照らされ満足している人にはこの光りが見えないとも言えます。この世の栄
えは過ぎ去るものです。しかし、貧しいもの、悲しむものは幸いです。(マタイ5章)
また、この光りに照らされる人は「死の地と死の陰にすわっていた人々」(16)です。
命が自分にないことを知り、絶望している人々にこそ、光りが照ると聖書はいいます。
この箇所はイザヤ9章の引用ですが、イザヤ書からすると、この光り(イエス様)に出
会うことは、年に一回の刈り入れを喜ぶようであり、重荷からの解放であり、敵から
の解放であり、本当の安息です。
「悔い改めなさい、天の王国が近付いた。」というメッセージは、なくなってしまう
一時的な満足や栄えではない、また、なくなってしまうこの世の命ではなく、失われ
ることのない希望と命に浸されていくよう、方向転換しなさい、という命令です。こ
れは希望と喜びのメッセージです。このメッセージは、暗闇の中にある人々、死の陰
にある人々へ向けられた、喜びの知らせです。汚れと不義の奴隷である限り、その行
き着く先は死です。(ローマ6:19)しかし、王であるキリストは光りであり、与えてく
ださるものは命です。自分の中から命や光りを出そうとせず、全てを与える王である
キリストに方向を変えることが悔い改めです。これは喜びの知らせです。
[メッセージリストへ戻る][ホームへ戻る]