20日のANODE公演の曜日が間違っていました。すみません。地方は山口情報芸術センターとかすごい所でやるみたいですが、法政大学は音はどーかなー?明日3日は、ウィーンのミュージシャンのソロが円盤であります。楽しみです。5日のイトケンさんのソロの日は、私は京都でした。残念!
12/3(水) 3 solo(from Vienna)@高円寺円盤
ブルクハルト・シュタングル/ ヴェルナー・ダフェルデッカー/クリストフ・クルツマン
12/7(日) 大蔵雅彦(alto sax,tubes)+ヴェルナー・ダフェルデッカー(bass) / 秋山徹次(guitar)+杉本拓(guitar)+ブルクハルト・シュタングル(guitar)/ ショーン・ミーハン(snare drum)+Sachiko M(sine wave)/ ヴェルナー・ダフェルデッカー(bass)+ブルクハルト・シュタングル(guitar)+クリストフ・クルツマン(computer,etc)@明大前キッド・アイラック・アート・ホール
12/7(日) 姜泰煥(as)ブレス・パッセージ@立石・源寿院会館
共演:斉藤徹(bass)、高田みどり(percussion)、智鐘聖耀(声明)
12/8(月) 宇波拓(computer)+ブルクハルト・シュタングル(guitar)/中村としまる(no-input mixing board)+Sachiko M+ヴェルナー・ダフェルデッカー(bass)/ショーン・ミーハン(snare drum)+吉田アミ(voice)+クリストフ・クルツマン(computer,etc)@明大前キッド・アイラック・アート・ホール
12/17(水) 飛頭@入谷なってるハウス
12/18(木) 坂本弘道(cello,etc)・風巻隆(percussion)デュオ・イムプロヴィゼーション@新宿シアターPOO
12/20(土) ANODE@法政大学学生会舘大ホール
ANODE:大友良英(composition、electric guitar)、杉本拓(electric guitar)、西陽子(prepared 17-string koto)、秋山徹次(turntable without records,contact microphone)、Sachiko M(sinewaves,contact microphone)、芳垣安洋(percussion,drums)、一楽儀光(percussion,drums)、植村昌弘(percussion,drums)、イトケン(percussion,drums)、高良久美子(vibraphone,percussion)、恵良真理(percussion,crotales)
今日はヴェルナー・ダフェルデッカーのベース、クリストフ・クルツマンのラップトップ、ブルクハルト・シュタングルの2台のギターを使ったソロ演奏。確か90年代の始め頃、ウィーンのミュージシャンが静謐な即興演奏を始めたというのをerstwhileのサイトで読んだ覚えがあります。私が惹かれるのは、それがトレンドとしてあるのではなくて、これらのミュージシャンには独得の音色、独得の色彩があるからで、それはやはりイギリスの即興などとも違った色合いだと思います。
「安田さんは、ジュール・ラフォルグは好きですか?冬の感じがよく出ている」と思いがけない杉本拓さんの言葉。ラフォルグは、若い頃私が耽読した詩人だったのでした。「冬の時代だ」と宇波拓さん。例えば路上で歌のひとつを歌っても人は集まると思います。しかし、芸術は難しい......芸術性の高い音楽で人を集めるのは本当に難しい時代だと思います。冬の時代はいったい何時から?昔間章がマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』を褒めちぎった時に、誰かが「あなたは冬の時代にまやかしの希望をふりかざしている」と批判したその時代から冬は続いているのでしょうか?
帰りの電車の中で携帯電話を拾いました。落とした本人からすぐ電話。「今新宿の駅にいます」と私。「何口ですか」。「南口です」。「でしたら南口の改札の駅員さんに預けておいて下さい」。
5日は京都へ。紅葉はもう終わり近かったですが、真如堂とかまだ残っていて、もみじの赤い絨毯ができていました。6日パララックス・レコードへ行ってみたらカフェ・アンデパンダン内に移転したとのこと。近くは通ったようなのですが、カフェ・アンデパンダンは見つからず......予め調べておかないとダメですね、アンダーグラウンド・シーンというのは。
7日は葛飾立石の源寿院へ。少し歩いて少しバスに乗って行ける距離なのでありがたいです。会場はお寺のセレモニー・センターですが、明るい小さめのコンサート・ホールのようでした。お客さんもそこそこで、なかなか素晴らしい演奏だったと思います。お鈴(りん)や小さな鈴を使う声明は、そもそも音響的な何かを孕んでいると言っていいのか。声明が自然に音楽に溶け込んでいたのも驚きでした。姜さんのアルト・サックスは、「マルチフォニック奏法」や「サーキュレイト奏法」などの技術的な裏付けだけではないと思いますが、聴いていると私はいつもとても気持よくなってきて、コックリコックリとしてしまいます。この気持いいというのが実は難しくて、やはり深みがないと気持よくはならないのかなー。よく考えてみると自分を気持よくさせてくれる音楽はそう多くはないと思います。このサックスはまた、音が単一ではなくて響きが非常に遠くまで届くといった感じもします。ですから、ソロでも十分いけるし、ソロでこそ聴いてみたいと思いますが、jazz&NOWの寺内さんが世話人だったのらしら、6日に宇都宮の大谷石地下採掘場跡でソロ演奏があったようですね。しかし、私が今までに観た経験からすると、色々なものと共演する姜さんも素晴らしくて、いつも必ずと言っていいくらい内橋さんが言うところの"ひらめき"が、未知のいい瞬間がほとばしり出てくるのも魅力のひとつだと思います。今日は、声明が朗誦から歌に変わるような場面があって、そこに差しかかると私はグッとくるものがありました。高田さんは、一楽さんがやるみたいに銅鑼の周りを弦で擦ったりもしました。斉藤さんのベースは、やはりパーカッシヴだと思いました。
13日はイトケンさんのソロ。関西方面から帰ってきたばかりでお疲れのご様子でしたが、anode公演のお話なども少し聞けて良かったです。聴く立場の人間から少し言わせていただくと、こんな風にミュージシャンの方とお近づきになって少しお話させていただくのが意外にうれしくて、まあ来た人全部と話をするわけにもいかないし、演奏に集中するためにはそんな余裕はないかも知れませんが、せめてご挨拶くらいはできるといいなあというのがあります。結局のところ、そういう繋がりができて知り合いだから音楽を聴きに行くという面も出てきてしまうと思いますから。あまり人が多いとは言えないライヴに一人で出向いてじっとしているのは寂しいと感じることもあります。こういう音楽に興味があっても、一緒に行く人や感想を話し合ったりする人がいなくて足が遠のいてしまうという面もあると思います。
さて、ここは可愛らしいぬいぐるみやおもちゃのあるいい雰囲気の展覧会場。演奏の方は、玩具音をエレクトロニクスに通していくというもの。こういうのを観るのは初めてでしたが、何かころころとした気持のいい音でしたねー。よちよち歩きのイトケンファンも来ていて、イトケンさんに教えてもらっておもちゃを鳴らしたりしました。音のパンチをくらってぶっ倒れてしまう場面もあって......大丈夫だったかなー頭。
今年最後の飛頭。今日は「(演奏に)波がある」なんて話も出てどうしたものかなあと思いました。勿論、もともといいものがあって、最高のものが出せるかということだと思いますが、やはり演奏というのはやってみなければ分からないという偶然に負うところが大きいのかなと思ったりします。こんな風に一つのユニットを観続けるのは自分にとっては初めての体験ですが、インプロ寄りの耳を持つ私は、同じ曲でも毎回違った何かが出てくるのがむしろ楽しみでした。こういう体験をしていると「レコードなんて一回の記録に過ぎないよ」などと生意気なことを言ってみたくなりますが、やはり録音物を製作するとなると、取捨選択が必要になってくるのは仕方がないかなと思います。というわけで、レコーディングは色々な事情で来年に持ち越しですが、がんばりましょうよ、ねっ、ねっ、皆さま。私も応援しますから。
年末なので「良いお年を」と声を掛けてお別れ。なってるハウスの広沢さんもおられました。昔、数江先生という仏語の先生(こういう名前を挙げると、また「数江先生をご存じですか」ってメールが来るかな?)とクリスマスの少し前に「良いヴァカンスを」と挨拶を交わしたことがいつまでも記憶に残っていて......先生はその冬肺炎であっけなく亡くなってしまったのでした。
ANODE全曲の東京公演が終わりました。とても楽しかったです。どうもありがとうございました。一部(静寂の部)は、私はミュージシャンの円の中にいて、大友さん、高良さん、植村さんに割合近い場所でした。開演前に野田さんから、非常に静かな音だから携帯等の電源を切るようにという注意がありましたが、このパートは昨夏札幌で観た時とはちょっと印象が違うと思いました。札幌ではミュージシャンの出す一音一音がもっと積極的に前に出てきて自分の目の前や耳元を通過するという感じがしました。今日は札幌ヴァージョンよりも微少で繊細な音で、ミュージシャンの円が大きいということもあってか、そこまで音が届いて来ないというか、金属を叩く音はあったのかなー?ドラムの人は、ほとんど金属を擦る音だったような記憶がありますが。で、印象を比べてしまいますと、私は札幌の方が感覚を刺激する快感はあったと思いますが、ここ法政大学では音が発生する瞬間に非常に注意が引き付けられて、「何かいいもんだなー、こうやって音が生まれる瞬間というのは」と思いました。
二部(騒音の部)は 、もう楽しくてすっかりミーハーになってしまったという感じ。ほとんどのミュージシャンが日頃何らかの形で音楽に接している人たちだし、札幌とは違って少し高い位置にいたのがそういう気にさせたのか、それぞれの前に行っては「かっこいいー!頑張って!」と心の中で叫んでいました。特にドラムは、大変な分かっこ良かったです。植村さんのセット凄かったですねー。こうしてうろうろしていると、ここは人だかりのミュージアムで、眺めているのがアート作品ではなくて、演奏するミュージシャンだといった感じもしました。斬新な感じです。聞くところによると、杉本さん山口の方で「音を出さない人がいる」と言われてしまったようですが、トフなんかは、むしろこういう場所でいつ音が出てくるのか分からない"考える人"になっている方がインパクトがあって視覚的(アート的)にも面白かったと思いますが。
心に残る私の一年ということで、今年観た来日ミュージシャンのライヴについて、印象的なことを書いてみたいと思います。これは、フリー/アヴァンギャルド・ミュージック・シーンの凡てを射程に入れた総合的なものではなくて、私の視点と体験に基づいたパーソナルなものです。始めに、なかなかいいものが観られたと思うのはサックス。3月〜4月にミッシェル・ドネダ の春の旅2003があって、秋には姜泰煥のブレス・パッセージ2003がありました。私はとりわけ深みと気持良さが同居していた姜さんと声明の共演が新鮮でした。本格的な来日公演ではなかったですが、アレッサンドロ・ボセッティは、素晴らしい若手。これはもうレイシーに繋がる音、レイシーの息遣い、官能性、タイム/空間感覚がここにあると思いました。アルフレッド・ハルトの確かなサックスとセンスある前衛性も特筆すべき。昔ハイナー・ゲッペルスとの左翼過激派バンドに参加してアンガージュマンの音楽をやった彼がたどり着いた優しい境地("eShip sum")は、やはり韓国であることが必要だったのだろうか?またサックスとエレクトロニクスの関係も見逃せないと思います。エレクトロニクスに繋いで強度を増したトーマス・アンカーシュミットのサックス。ドネダ、ジョン・ブッチャーら第一級のインプロヴァイザーが、エレクトロニクスを使った実験的なアルバムを出しているのも興味深いところです("sopranino/radio")("invisible ear")。時代は、トフ的にはやはりエレクトロ・アコースティックだろうか?
先端ミュージックを次々に紹介してお客さんを集めるheadzは、若い人たちに影響力があるのだなと感心します。瑞々しいラップトップのクリスチャン・フェネス。延々と続く演奏に中枢神経がマヒする?ミニマルのラファエル・トラルとフィル・ニブロック。何を勘違いしたのか、トフはフィル・ニブロックさんに「Are you Sachiko?」と尋ねられてしまったのでした。「あの人おかしいよ」とある人が言ったマルタン・テトローは、狂気の?フリージャズの?ターンテーブリストか。
昨年観られなかったリュック・フェラーリは、傾聴すべき音の芸術家。ブロークン・コンソート(ロードリ・デイヴィーズ、マーク・ウォステル、マット・デイヴィス)の3人の演奏には、新しい形の即興演奏を感じました。
さて、国内のミュージシャンについては、あまり書くことがなくなってきているといった感じもしています。これは印象が薄いということではなくて、何度も演奏に接することによってどういう演奏をする人かが分かってくると、書きたいというよりもむしろその場でお馴染みの演奏を楽しむようになってくるからだと思います。強いて書くなら、私は今年はピアノが面白かったと思います。菊地雅章さんの曲の原形が分からない、しかしフリーとも違うソロ演奏。少しも色褪せない古いアルバムを聴くと、プーさんは作曲家としても第一級の人物だと思います。西脇順三郎と「私の詩は歌わないでほしい」と言った小野十三郎の詩を朗読する千野秀一さん。ピアノと詩の共存もしくは融合の試みは、非常にユニークで見ごたえがあると思いました。一方このパフォーマンスは、「you can never capture again」なところがあって、色々な意味でインプロはこれでいいんじゃないかと思わせる儚さも。ジャズピアノでは、ようやく聴きたいと思う新しい世代の人が現れてきたという感じです。ピアノにエフェクトを取り入れて、抑制された音響空間を創る坪口昌恭さん。本来のキーボーディストとしての活動はあまり知らなくてすみませんが、スタンダードとそれに準ずるオリジナル曲のピアノ演奏に魅力を感じました。塚本真一さんは、その表現のすべてに惚れ込んでいるジャズピアニスト。千野さんと同じく仏文出身だそうで、トフと詩の話ができるかなと思ったりしています。
さて、来年はどうなることやら。さしあたっては、トフは"聴く人"から一歩踏み出してCDを一枚製作します。
ジョン・ケージ
「沈黙はすでに音であり、あらためて音なのです。」
音ヲ離レテ
沈黙ガ在ルノデハナク
言葉ヲ離レテ
沈黙ガ在ルノデハナイ
世界ヲ対象物カラ
過程ヘト生成サセルコトガ
必要デアル
ソノ時生ハ音トトモニ在リ
沈黙二開カレル
目的モナシニ存在スル音ト生コソハ
瞬間トシテ産マレル騒音デアル
騒音ハ最モ束縛サレテイナイ
音デアル
騒音ノ中デ輝く生ハ
詩的デアル
安田雅文「灰の分有」より