ロングジャケット、完成していません。今着ないでいつ着る。
12/9(金) unbeltipo trio@新宿Pit-Inn
今堀恒雄(guitar)、ナスノミツル(bass)、佐野康夫(drums)
混んでいそうだったら止めます。
12/15(木) Billy Roisz & Dieter Kovacic (Dieb)来日公演@千駄ヶ谷loop line
出演:
堀尾寛太、宇波拓+大蔵雅彦+イトケン ユニット
伊東篤宏+中村としまる デュオ、arrp
DJ : ディープ13、ビリー・ロイス
宇波さん+大蔵さん+イトケンさんの ユニットがある!しかし、なってるハウスでは松本健一さんのソロ大会で三沢泉さんが出演。
12/18(日) 外山・大儀見duo@新宿Pit-Inn(昼の部)
外山明(ds,per)、大儀見元(per)
楽しいです。それと日曜の昼は行き易いかも。
12/19(月) 山内桂(sax)ソロ@入谷なってるハウス
ゲスト:
三浦陽子(piano)
8月に冷房なしのトラックで大分から東京を目指すというメールをいただいた山内さん。その顛末をお聞きしたい。
12月3日(土)
Who's Crazy@入谷なってるハウス
ミドリトモヒデ(as)、清水良憲(b)、木村勝利(ds)
初めて編むカーディガン(ロングジャケット)で物作りの楽しさと難しさを実感しています。セーターを完成させることができないという話もうなずけます。実際に自分がやってみると。でもコツコツやるのが私の性に合っているのか。先頃来日してワークショップを開いたケイフ・ファセットとブランドン・マブリーによると、編み物はリラックス、メディテーション(瞑想)のようなもの、「いろいろ想像力を膨らませて色を編みこむのは実にクリエイティブで愉しさに満ち溢れている」のだそうです。これは駆け出しの私にも理解できる感覚だと思います。ケイフ・ファセットによると編む時はどんな姿勢でもいいそうで、私は床にペタンと座って編むのが実は一番やり易い。そして音楽を聴きながら編むのが至福の時間。今日はどうしてもやりかけを続けたくて演奏を聴きながら編んでしまいました。
横浜から車で3時間かけてなってるハウスまでやってくるというキムカツさん。真剣な顔をして叩く真摯なドラムには心から拍手を送りたくなります。キムカツさんにとっては、多分かけがえのない時間、そして私にとってはぜいたくで心豊かな時間です。誰の作曲だろう?skylarkっていう曲をやりましたね。
さて、さて、最後にケイフ・ファセットについて。氏はrowanのニット・デザイナーですが、実はボストンの美術学校出身という変わり種。美しい色彩の毛糸に魅せられて手芸の世界に入ったそうですが、やはりなぜアートから手芸の世界に?と奇異の目で見られたそうです。手芸の世界はやはり低く見られているのですね。しかし、初めて編んだセーターは20色使ったものだそうで、全てはペインティングから発しているという氏の作品は独特のセンス。パッチワーク・ニットとか絶妙の色の組み合わせの作品を発表しています。ブランドン・マブリーとは「不可能な愛」の関係、つまり男同士のパートナー。ひたすら美しいものに身を捧げるという私の憧れの世界です。
12月15日(木)
ソロ大会@入谷なってるハウス
松本健一(sax)、三沢泉(per)、佐藤行衛(g)、臼井康浩(g)
角笛の音の、もの悲しい響きが、
もの悲しい響きが、
別の調子に変わって、
今まで聞いたことがない
音楽になる。
うさぎの耳をした15Bくらいの小さな人形が叩く小さな小さな太鼓。その小さな響きがエフェクターのループで反復し繰り返されると、それは私の内部で今まで誰も聴いたことのない音楽になる・・・。最初キーボードを少し使って、それからピアニカとあとは何だったか?太鼓やおもちゃやトイピアノを使って音を重ねていく・・・まるで"ブックストア"の世界かな。三沢さんは女イトケンさんか?と思ってしまいました。で、手つきと手さばきは、まるで鈴木昭男さん?きっと打楽器の奏法とかをきちんと勉強された方だと思いました、三沢さんは。
で、今日はソロ大会。昼まではloop lineへ行くつもりでしたが、ひどい咳が出てその度に肋骨のあたりが痛むので、ギリギリまで家にいて近場のなってるハウスへ。できたてほやほやの、まだボタンも付いていないニットのジャケットを羽織って出かけました。楽しかったですー。一人一人が全然違うことをやったので。で、その違いがはっきりとしていたのでとてもおもしろかったですー。佐藤さんは、エレキギターをテーブルの上に置いて、ガットの役割を果たす多種多彩なおもちゃ?を使って、それがまた見たことのないシロモノだったのでモノ珍しかったです。臼井さんは、エレキギターを普通に下げて、松本さんは、尺八とテナーをやりました。
冬が来る
感情の封鎖、東風の襲来。
ああ、雨が降り、日が暮れて、
風が吹いている。
聖霊祭、降誕祭、お正月、
ああ、煙突は雨の中に霞み、
それも、工場の煙突だ。
公園のベンチは濡れていて、もう腰掛けることが出来ない。
もう来年まで何もかもおしまいで、
ベンチは濡れているし、木の葉の色は変り、
角笛はもう吹けるだけ吹かれているのだ。
英国海峡の方から吹き寄せられた雲が
私達の最後の日曜日を台なしにしてしまった。
雨が降っている。
森は濡れて、蜘蛛の巣が
滴で重くなって破れて行く。
田舎の景色を金色に染める
麦畑の実りを守護した太陽は
どこに行ったのか。
今日は夕日が弱り切って丘の上に、
えにしだの花の中に外套を敷いて横たわり、
それは酒場の床に吐いた唾に似て白い太陽で、
えにしだの黄色い花の床に、
秋の黄色いえにしだの花の床に寝転がり、
角笛の音が響き渡っているのも甲斐がない。
太陽が、
太陽が元気を取り戻しますように、
と角笛の音は言っている。
その悲しい繰り言をもう止めてくれないか。
聞いていると頭が変になりそうだ。
そして太陽は、頚から取ったるいれきのようにそこに横たわり、
一人で震えている。
こうなれば、もうおしまいだ。
誰もがよく知っている冬が来るのだ。
ああ、街道の曲り角よ、
そしてそこに赤頭巾は歩いていない。
先月通った車の跡は
健気な二本の線になって、
無慈悲な風に追われて大西洋の方に
算を乱して走り去る雲の群に向かって登って行く。
急ごう、急ごう。今度こそ冬が来た。
そして風は昨晩、ひどい荒れ方をして、
小鳥の巣も、小さな家の庭も、目も当てられない有様だ。
私の胸には一晩中、木を倒す斧の音が響いていた。
木の小枝はこの間までまだ皆青い葉を着けていたのに、
森の木の下には今は枯葉が積もっている。
小さな木の葉よ、風が君達の長い列を
池の方に運んで行くように。
或は、猟番が焚き火をする時の材料に、
或は、フランスを遠く離れている兵隊達が
病院で使う枕に詰めるのに、風が君達を吹き寄せてくれるように。
冬が来て、銹が群衆を包み、
誰も通らない街道の、
何百キロにも続く電線の悲しみにも銹が食い入る。
角笛の音の、もの悲しい響きが、
もの悲しい響きが、
別の調子に変わって、
今まで聞いたことがない
音楽になる。
角笛の音は、
北風に吹き消されてしまった。
私は角笛の音を忘れることが出来ない。なんと多くの思い出がその音に籠っていることか。
冬が来て、取り入れは終った。
天使の忍従振りで降り続ける雨の季節になって、
取り入れも、取り入れの籠も、
栗の木陰で踊っているワットオ風の催しももうどこにもない。
学期が始まって戻ってきた生徒達の寄宿舎で誰かが咳をするのが聞え、
一人住いをしているものが薬湯を飲み、
肺病が一区の方々に拡がって行って、
大都会をみじめにするものが凡て始まる。
しかし、毛糸の下着にゴムの上靴、薬局、夢、
町の屋根の海に向かっている
露台の窓から引いたカーテン、
ランプの光、版画、紅茶、紅茶に合う菓子、
こういうものだけを愛していくわけには行かないだろうか。
(それから、どこからか聞こえて来るピアノの音のほかに、
新聞に毎週出ている
衛生関係の統計の
夕暮れに相応しい、厳粛に神秘的な味を君は知っているだろうか。)
いや、いや。この季節には地球までがどうかしている。
東南からの気違い染みた風が、
「時」が毛糸で編んだ上穿きを解きほぐしてしまうように。
冬が、我々の胸を掻きむしる冬が来たのだ。
私は毎年、その度に、
この冬の響きを伝えることにしたい。
ジュール・ラフォルグ 『最後の詩』(平凡社)より (……を省略。)
12月19日(月)
山内桂(sax)ソロ@入谷なってるハウス
ゲスト:三浦陽子(piano)
これを書き始めた今日は2006/1/4。強い印象を受けたライヴでしたが、レポートが遅くなってしまって申し訳ありません。夫の病気のことで色々とありまして。
で、端的に印象を申し上げますと、音があった(演奏があった)にもかかわらず、しかもその音数は少なくもなければ弱音でもないのにかかわらず、結果として静寂を、静謐さを感じさせる演奏だったと思います。これは自分にとってはパラドクシカルな不思議な体験でした。それと、サックスのある"響き"はレイシーの"the kiss"を思わせたりしました。そう、音がスーっと空気の中に消えていくような。空気と一体になるかのような。
自分は音楽をやらないので演奏者同士の相性とかはよく分からないのですが、三浦さんとの演奏がやはり静寂さを感じさせたのではないかと思います。
ページのトップへ
表紙に戻る