今月もまたライヴ・インフォメーションに無いライヴの話から始まります。実は今日は、先日のハンネスさん+杉本さんのデュオ(2/22@マンダラ2)について、「よかったです」と一言杉本さんに伝えたくて来たのですが、ナディッフの階段を降りる入り口のところで、ちょうど運良くお会いすることができたので少しお話をしました。ハンネスさんのレーベル Loewenhertz から杉本さんとのデュオCDがリリースされる予定だというので、「マンダラ2での演奏がそれですか」とお聞きしたところ、ウィーンでもセッションを重ねているが「決定打が出ない」というお言葉だったので驚いてしまいました。自分にはあんなに素敵に感じられたマンダラ2よりも、きっとさらに素晴らしい内容になっているであろうCDも期待したいと思います。
さて、ナディッフの中にあるカフェ・クレプスキュールの椅子を客席に利用して、スライド上映は始まりました。営業時間が終わって灯りを落とした店内は、ずらりと本が並んだ図書館のようでもあります。スライド上映は写真と違って、ガチャッとスライドを交換する音が結構耳障りで、音楽の音をかき消してしまうようなところがあってちょっと残念でした。それから、演奏と上映が始まっても気がつかないのか、ガチャガチャと洗い物をしながら平然とおしゃべりを続けるカフェのカウンター内の女性たちも。秋山さんが見かねて注意を促したようですが。
写真と音楽、こうした組み合わせのライヴの楽しむやり方はいろいろあると思います。若い頃でしたら、写真と音楽が合っているのかいないのか真剣に考えてしまう、そんな鑑賞の仕方をしたかもしれません。でも今は写真も音楽もそれぞれが独立したものとして、写真の移り変わりをボーッと観ながら、杉本さんの音、姿は見えなくてもどんなにわずかな音でも杉本さんらしい音を楽しむというのが今の自分のやり方です。恩田さんの写真は、全編がモノクロで、町の何でもないような風景やベッドの上の女性など。実際に観ていただかないと分かり難いと思いますが、ベストな一瞬を捉えて写真に封じ込めているというよりは、例えば、映画のワンショット、ひとつのシークエンスの中のワンショットを取り出したような、何か前後の動きやざわめきやささやきが感じられる映像のように思われました。
Kaffe Matthews & Andrea Neumann in Tokyo の初日。ブレットさんのソロ、爪で弦を軽くはじくような奏法で琴から微かな音を出した後、アンドレアさんと中村さんのデュオが始まりました。インサイド・ピアノというのは、ピアノの内部を取り出したというイメージからすると、もっと大掛かりな姿形が目の前に現われるのかと思ったのですが、チラシによると、ピアノを弦、共鳴板、金属の枠組みに限定した形に削ぎ落としたものだそうで、見た目は意外にシンプルで、弦が何本も張られてあるピアノの形をした枠組みがテーブルの上に置かれてあるといった感じです。で、現在使われているものは、ピアノ製作者によって軽量化をはかられて組み上げられたものだそうです。中村さんは、今日が初めてなのか?このところ取り組んでいるというプリペアド・ギターを披露しました。テーブルの上にエレキ・ギターが置いてあって、いろいろと金属が挟んであったり据え付けられていました。で、両者とも金属音を増幅させてノイズを生じさせていくのですが、この手のやり方に自分が期待することからすると、音がモヤモヤッとしているかなといった感じ。金属の弦を弾く音、擦る音、プリペアド・ギターのボヨヨ〜ンと共鳴させる音などが、もっと具体的な響きをもって迫ってきてもいいのになと思いました。
最後はコンピュータのデュオ。飽きずに聴けましたが、それでもちょっと演奏時間が長かったかなと思いました。帰りがけに、ブレットさんと「お久しぶりです」と挨拶を交わしてからデラックスを出ました。お会いするのは、昨年7月のインプロ・フェスティヴァルの時に「お元気で」とひと言声をかけて以来でした。
ところで、ライヴ・スケジュールによると、杉本さんは今ウィーンに行っているらしくて、ハンネスさんとセッションをしたのかしら、決定打は出たのかしらと気になってしまう。
Kaffe Matthews & Andrea Neumann in Tokyo の2日目。会場で購入した"Barcelona Series"を聴きながら、この文章を書き始めたのですが、そうしていると、ライヴの印象が霧の彼方に消えていってしまうようで、困ったなという感じもあります。
この日は前日のデラックスよりもよかったと思います。同じような音を出すところもあって、全体的に音が絞り込まれていたように思われました。中村さんとカフさん、秋山さんとアンドレアさんの順にやって最後は全員でした。秋山さん今日は実験的なことはやらないで演奏に徹していたようでした。アンドレアさんとの共演は、両者がそれぞれの弦を弾く音から始まりました。秋山さんのギターの音、今日は全くのノイズ音に聴こえてきて、ノイズのモードに変換した演奏みたいでした。渋いところに行ってるなあと思いました。それから、今までのこのシリーズでの秋山さんについて、ただ実験的なことをやっているのではなくて、相手に合わせていろいろと考えてやっているのが今日は伝わってくるようでした。
さて今日は、マッツ・グスタフソンのことから書き始めたい思います。マッツは、tenor sax、fluteophone、french flageolet とリード楽器を3種類使いました。テナー・サックスは、床に固定されていて椅子に座って吹いたり操ったりします。で、今までに観たことのないような奏者とテナーの関係性、マッツとテナーの関係性があまりにも深くて、親密なというのを通り越して官能的でエロティックなともいえるような光景が目の前に展開されるので、これは凄いなと思いました。サックスという楽器に特有のものなのか、よほど深く関わらないとこういう関係性は生まれてこないのではと思われました。
テナーは金ぴかではなくて、いぶし金のようなくすんだ色。3個所から黒いコードが垂れていて、エレクトロ二クスと繋がっているようでした。ひとつはテナー先端の右下あたり。そこに細い短かめの金属棒が固定してあって、一方の端を右手で持って左手で金属棒に弓を当てて弾くと音が増幅するようになっています。もうひとつは、テナー先端の左。そこには3〜4つのつまみのある黒いアダプタのようなものが固定してあって、つまみをひねるとエレクトロニクス音が出せるようになっているようでした。もう一カ所はテナーの底部で、テナーを少し持ち上げてゆすったり、撫でたりさすったりすることによってボディから出るノイズが増幅される仕組みになっているようでした。で、マウスピースの上にさらに何か金属をつけて先端を弓で弾いたり、マウスピースをしゃぶるようにパカパカやったり、口は使わないで引っ掻くようにランダムにキーの上に指を滑らしたりしました。バリー・ガイ的な緊密で目を釘付けにするようなパフォーマンス。かな?
演奏の始まりは、ジムのエレクトロニクス主導の音響的な音から始まりました。多分きっとかなりノイジーで、そこにリード楽器の鋭い一声が入るものとばかり思っていたのですが、意表をつく感じで、マッツは、テナーの先端右下の金属棒を弓で弾くことから始めました。最初はよくわからなくて、何をやっているのかなあと思いました。サーストンも、最初はほとんど同じ音を出しっ放し。サーストンのロックのギターは、ジムのエレクトロニクスとは親和性があると思いました。ジムは、前回と同じ洋服だそうで、「服一枚しか持ってないのか」という話が隣から洩れてきました。それも穴のあいたぼろぼろのカーディガンでしたが、それも匿名トリオの演出だったのもしれません。彼のエレクトロ二クスは、陶酔的な感じで何よりも本人がかなり陶酔しながらやっているようでした。エレクトロニクスのつまみやキーを動かす様子は、機器を操作しているというよりも、エモーショナルに楽器を演奏しているといった感じ。何かのめり込んでいくような感じで、機器の上に倒れ込んでいくようなしぐさも見せました。前半はこんな感じで、マッツは最初に書いたような要領でテナーをいじったり、あと少しフルートフォーンやフレンチ・フラジオレットもやったんだったかな?エレクトロニクス音の渦にすべての音が飲み込まれていくところが見せ場なのか、マッツは、テナー先端左のつまみをずっと動かしていて、サーストンもかなりノイジーで、そんな盛り上がりが延々と続くと私はちょっとばかし「はいはい、よくわかりました」という気持になりました。
後半は、マッツのフルートフォーンのソロによるフリー・インプロヴィゼーションから始まりました。フルートフォーンはフルートを縦にしたようなやつ。で、全身を使った吹き方がまた凄い。クリストフ・ガリオも全身を使いますが、それ以上といった感じで、前後左右に身体を揺り動かします。フルートフォーンをぶんぶん振り回したりもします。独特のブレス感覚があるみたいで、時々ワッとばかりに大きく口を開きます。で、これはソロかなと思っていると、しばらくしてサーストンが、次いでジムが加わりました。あとは、前半のような流れで終了後にアンコールがひとつありました。
マッツ・グスタフソンは、先月観たハンネス・レッシェルとひとつ違いの'64年生まれ。私が素晴らしいと思うのは、両者ともエレクトロ二クスに関心を示しながら、一方でフリー・インプロヴィゼーションによる楽器の新しい可能性の探究を怠っていないことです。「怠っていない」という言葉が出たのは、やってほしいという私の希望の裏返しだと思います。
会場は超満員の立ち見で、やはり「サーストン!」という掛け声が多く聴かれました。私は結局のところ"Diskaholics Anonymous Trio"のCDは買わないで、マッツ・グスタフソンのソロCDを2枚買い求めました。"Impropositions"と"Windows:The music of Steve Lacy"の素晴らしい内容については「CDを聴く」のコーナーで詳しくご紹介したいと思います。
アンドレア・ノイマンさんの最終日。現代ハイツは行きにくいところにありますが、今日は思ったよりもお客さんが多くてよかったと思いました。人が少ないとその分真剣に聴かなければならないような気持になって、必要以上に緊張してしまうようなところがあります。
今日は、何かとてもオーソドックスなフリー・インプロヴィゼーションのように感じられました。どの音が突出しているというような感じはあまりなくて、インサイド・ピアノとターンテーブルから出る音の区別がつかないようなところもありました。テンポも音の強弱もまるっきり違うのに、私はなぜか風巻さんのホンキートンク・アンサンブルを思い出していました。手探りしながら進んでいくようなところもあるし、盛り上がりを感じさせるところもある。しかし、未知の予測できないサウンドスケープが出現する瞬間はあったと思います。
ところで、"Barcelona Series"を聴いた自分の耳からすると、インサイド・ピアノは、はっきりとした響きを持った音との共演がよくって、それだったらSachiko さんのサインウェーヴとの共演がよかったかもしれないと思いました。それから、今日は出演しませんでしたが、カフ・マシュウズさんのラップトップについて。コンピュータはよほど特徴がないと、印象を言葉に表すのは難しいと思いました。