いよいよ春。いろいろなライヴがめじろ押しです。
3/1〜7 Alchemy Records Week in Uplink Factory 詳細はこちら
3/5 Frank Pahl & Itoken duo@Nadiff
3/15〜4/15 ミッシェル・ドネダ 斉藤徹 デュオツアー/春の旅2003 詳細はこちら
3/17 飛頭@入谷なってるハウス
ミドリトモヒデ(sax)、菊地雅晃(bass,electronics)、塚本真一(piano)、イトケン(drums)
3/29 ヤネク・シェファー@西麻布super deluxe
出演:ヤネク・シェファー、メイン、大友良英&竹村ノブカズ・デュオ、voima
「イギリスのFatCatやベルギーのK-raa-K3、ポルトガルのSirrといった要注意レーベル から次々とアルバムをリリースし、アームが幾つもある改造ターンテーブルや変形レコード盤を用いたDJプレイ、建築やデザインと音響の関係を考察したサウンド・インスタレーション、自伝的・物語的な内容の秀逸なエレクトロ・アコースティックなど、膨大なアイデアと卓抜なセンスを活かした脱領域的な活躍で俄に注目されている気鋭のサウンド・アーティスト、ヤネク・シェファーがロンドンより初来日を果たし、一日限りのパフォーマンスを披露します」。
残念!トフも春の旅で、この日は奈良でミッシェル・ドネダさんと斉藤徹さんの演奏を聴くことになっています。
アップリンクでニヒリスト・スパズム・バンド(以下NSB)のドキュメンタリー映画(2000年製作)を観てから、スペース・マシーンとメルツバウを聴きました。春なんですかねー、映画もライヴも途中でこっくりこっくりとしてしまいました。書けるのは覚えていることだけです。
チラシによると、NSBは'65年結成の現存する最古のインプロ・バンド。ミュージシャン自身に言わせるとノイズ音楽の父、パンクの叔父なんだそうです。既成のモノには一切興味を持たず、自作、改造を重ねたアイテムから奏でる音は、かなりデタラメかつ非音楽的であるとのこと。どのくらいデタラメかと言うと、今までにフリー・ミュージックと言われる音楽と共演してみたものの、フリー・ミュージックが持つ音楽性がじゃまをして上手くいかなかったというのですから、相当なもんじゃないかと思います。それがどうもJOJO広重さんあたりの日本のノイズとは接点を持つことができたというのが映画の内容の一部だったようです。映画での演奏場面はさほど長くはないし、CDも聴いたことがないので自分は何とも言えないと思いました。ただ、ひとりのミュージシャンが、演奏時に強力な耳栓をすること、ノイズ・ミュージシャンには耳栓が欠かせないと語る場面があって、自分が聴かない音を人に聴けって言うのもどんなもんか・・・かなり強引な話であることは間違いないと思いました。他にはジャパン・ツアーの映像とか、NSBが中心となって組織された「ノー・ミュージック・フェスティヴァル」の映像などもあって、シカゴのサックス奏者ケン・ヴァンダーマークとフレッド・ヴァン・ホーフの共演が少し聴けました。
4時から映画を観た後は、7時半からのライヴへ。山崎マゾさんによるspace machineは、アナログシンセによる電子音楽。映像をプロジェクトしながらの演奏で、トリップ・ミュージックという感じでしたが、それほどサイケデリックではなくて気持よくなるレトロな感じ、かな?'50〜'60年代の初期電子音楽、'60年代英米のサイケデリック・ミュージック、'70年代のジャーマン・ロックなどへの傾倒から方向性を見い出していったそうで、自分が良いと思うあたりの音楽はちゃんと若い世代にも受け継がれているのだなあと思いました。merzbowは、やはり素晴らしかったです。トフはそれほど聴き込んでいませんが、数年間で作風を変えるそうで、それをベートーベンに例えて何々時代という風に4つくらいに区分している書き込みをどこかのHPで見た覚えがあります。パワーブックを2台使っていましたが、聴きごたえがありました。ただひたすら音について行く、音を受容するという感じです。オールナイト&スタンディングではないライヴだったので、観に行けて良かったです。
イトケンさんとフランク・パールさんの才気溢れるデュオ。小物を使った演奏は、洋書やアート・グッズが並ぶミュージアム・ショップのようなナディッフの雰囲気にぴったり。生で観てこそ楽しいと思いました。ピアニカの合奏から始まって短かめな曲の連続。フランクさんは、他にはバンジョー、トイピアノ、ベルなど。ピンポンというドアフォンのような音が連続して出てくる自動演奏機もありました。アメリカのお兄さんらしく?口笛がとても上手で、変な歌も歌いました。イトケンさんは、ミニマルなドラムセットに足下にはタンバリンやステンレスの灰皿など、手元にはマラカスなど、すべて小さめなものを揃えているのがユニークでした。息もぴったりのしっかりとした演奏で、小物たちへの優しい気づかいがたっぷりの綺麗な音。こんな風に音を出してもらえれば、小物たちはさぞかしうれしいだろうなあと思わせるようでした。フランクさんは、結構ち密に構成していたのか、ピアニカ→トイピアノ→ベルをブー、バンジョー→ウクレレ?→ベルをブーといった順序で少しづつ音色を変えていくところが印象的でした。イトケンさんは、小物が得意なんだそうですが、間の取り方とか独特の変則的なリズムがあってインプロ的な観点からも面白いと思いました。
ミッシェル・ドネダさんと斉藤徹さんの「春の旅」が始まりました。私はさっそく佐藤さんのお店へ。今日は大勢のベースとの共演。肘が隣とぶつかりやしないかと心配しました。前半は、右に徹さん左に信義さんを配して全員での演奏。ベースが6人になりましたが、面白い音が聴こえてくると思うと徹さんや信義さんだったりして、やはりベテランは音が際立っていると思いました。ボキャブラリーが豊富だと感じたのはやはり徹さん。今日は金属の吊し物を一つだけ使用。それが揺れ動くとぶつかり合ってキラキラとした金属音が聴こえてきました。ランダムなとても良い音。マレットを使ったパーカッシヴな表現も徹さんのお得意。他のベースもこの音に引っ張られてか、皆がパタパタと手でボディを叩き始めました。
後半の最初は、徹さん、ミッシェルさん、信義さんのトリオ。次いで全員での長めのセッション。短かめのセッションと続きました。ミッシェルさんは2度目の来日。私は初来日で最初にライヴを観た時に「音そのものに生命のエネルギーを感じる」というような感想を抱いた覚えがありますが、今日の演奏ではそれは変わらない印象。表面的な音だけに留まらない何か生命感のようなものを感じます。そして徹さんとの間には交感を、インプロの呼吸のやりとりのようなものを感じたので、やはりデュオで観たいと思いました。
スティーヴ・レイシーが書いていましたが、サックスというのは無数の表現が可能なんだそうです。で、その表現を探ることができるのはやはり即興の分野、即興以外にはありえないのではと思いました。
飛頭は、今日はオール・アコースティック。菊地さんの新曲「ミッドナイト・オフィス」から始まって「ハッピイエンド」「クランブリング・ステープル」、後半は「プリンス・オブ・ダークネス」、「ソウル・カウボーイ」、パット・メセニーの曲、「夜の東京放射16号」で終わる構成。全体的に静か目でスローかつ押さえ気味な感じの演奏でしたが、その分繊細な感性とセンスが光っていてとても良かったと思います。菊地さんの曲はフワーッとしたいい感じの曲。最後の「夜の東京放射16号」は、いつもよりシックで大人っぽい雰囲気が漂っていたと思います。アコースティックだと特に輝きを増してくるのはピアノ。軽く触れるだけのような繊細なタッチ。魅力的な曲の始まりはピアノから感じます。菊地さんのベースも、今日はスコット・ラファロのような細かいフレーズが飛び出してきたりして、表現力とヴォキャブラリーの豊かさを感じました。パット・メセニーの曲だったか、少しだけエフェクターを使いました。4人の出す音が対等に複雑に入り混ざっていって、いつの間にかジャズともインプロヴィゼーションとも現代音楽ともつかない綾を織りなしていくところは、いつもながらトフがこのユニットに感じる魅力のひとつ。
それにしても今日は寒かった。「寒風吹きすさぶ」と書いた先月の飛頭から季節は一歩も進んでいないようでした。地下鉄の出口で地上からの突風に見舞われて冷えきった身体。体調いまひとつで頭はボー。なってるハウスでもコートを羽織って震え上がっていました。
ニューヨーク在住の加藤英樹さんの11年ぶりの帰朝コンファレンス。それはさておき、今日は久しぶりに観る坂本弘道さんがとてもおもしろかったです。パフォーマンスたっぷりの演奏で、シンバルでチェロをプリペアドしたり、電動工具を3本も使ったり、上から小石のようなものをまき散らしたり、オルゴールを鳴らしたり、チェロを抱えたり、逆さまにして床を擦りながらにじり寄ってきたり…、ヴォイス・パフォーマンスもあったりして、次々に色々なものを繰り出してきました。千野さんとの組み合わせが良かったのか、やはり千野さんが今日の要であったと思うのですが、ものすごーく前衛的な感じになって目が離せなくなりました。前半はデュオ、後半は3人での演奏。最後には春だからということで加藤さんと千野さんの上に紙吹雪をまき散らしました。千野さんも坂本さんの電動工具に「やってみたいな」と興味を示していました。加藤さんは、デュオでもトリオでもあまり出過ぎず自分を主張しすぎず、相手との関係性の中でとても良い位置をキープしているといった感じでした。
今日は、千野さんもシンセサイザーをやったりして、かなり色々な音やパフォーマンスがあったにもかかわらず、これといったつかみ所がまるでなくて、変に引っかかるところもなくて、押し付けがましさや無理な感じやがんばっているなーといった感じもなくて、終わってしまったら何の印象も残っていないというのがとても印象的でした。これは音や演奏がそれだけ自由だったからだということなのかどうか…、全体の中にある種の透明感やはかなさのようなものがあったかように感じられて、これもまたインプロのインプロたるところかと思いました。
24日にもらったチラシを見たら、どうしても観に行きたくなりました。千野さんの思いが込められた今日の演奏。長くやりたいという千野さんのご意向で、前半、後半共に1時間くらいのトリオでの演奏。好むと好まざるとにかかわらず、インプロらしい展開だったと思います。
最初確か千野さんが、パワーブックから川仁さんの演奏を流したと思います(記憶違いでなかったら)。で、演奏者は、相手の音に反応しつつ音をぶつけ合っていくような感じ。割と旧来的な感じがしました。やはり演奏時間が長いといろいろな局面が出てくるようで、途中は面白かったりそうでなかったり、ちょっと退屈になって眠気を感じてしまうところもありました。今井さんが、何とトフがポータブルオーケストラで使った炊飯器の内釜を使用。ひっくり返したりしてけっこうメインに使っていたのでびっくりしました。
後半になってくると、磁場のようなものができてきたのか「電気使わないでやりましょう」という千野さんの言葉で始まったアコースティックの演奏、サックスとギターとピアノの共演は、それはしばらくの間続いたのですが、濃厚な感じの引き込まれてしまうようなものになりました。寒河江さんのサックスが、混沌としたとても良い音で、この人の演奏にはまた観たいと思わせる何かがありました。途中から「電気使っていいよ」という千野さんのお言葉で、またパワーブックの音が入ってきたりして、川仁さんのパフォーマンスも聴けたりしました。
千野さんの隣には、川仁さんの演奏写真のパネルが置かれ、その前には白いバラの花が一輪と可愛らしいブリキの小箱がひとつ。後半の最後の方、川仁さんからいただいたという金平糖がガラスの瓶に移されて、千野さんがトングを使ってパフォーマンス的に客席の私たちに配って下さいました。白とブルーの金平糖の甘い味。千野さんの思いの込められた一夜。
週末夫は大阪出張、ならば私は奈良へ。翌日京都で落ち合うことにしました。ここは近鉄奈良駅近くの壷やギャラリー。にぎやかな商店街の2階にあるギャラリー=ライヴ・スペースは、障子紙の格子戸や生け花のある和風のとても落ち着いた雰囲気。お客さんが次々とやって来て、それも中高年の女性が多くてカップルの方もいらして、年齢層は比較的高かったようですが、地方はそれなりに人が集まるのだなあと思いました。
演奏時間は割と短かめで、トークを交えながら3曲80分くらいだったでしょうか。最初の久田さんの演目は、「春宵一刻価千金」。「いよ〜(ポンポン)」という掛け声で始まる久田さんの演奏に、徹さんとミッシェルさんが合わせていく感じになったと思います。異質のジャンルの音楽があって、そこに即興を重ね合わせていくという形になったと思います。で、この場合、即興演奏が久田さんの言葉や音に見えない影響をとても受けているという感じがしました。2曲目は徹さんとミッシェルさんのデュオ、3曲目には、また久田さんが加わりました。
徹さんのお話によると、ミッシェルさんは、納豆も食べられるし尺八や篳篥や龍笛などの日本の音も大好きなんだそうです。「音と音楽と人生は同じだ」といういかにもフランス人的な発言は、うらやましいような人生の楽しみ方を感じさせます。
思ったより早く終わったので、ホテルに戻る前に駅のスターバックスへ。東京と違って人が少なくてよかったです。