3月に引き続いて、もう少し千野さんが見たいと思ってPlanBへ出かけた。ベースとドラムのトリオだったので、ひょっとしてジャズかと思ったのだが、当てがはずれた。演奏はアコースティックのフリー。千野さん、こういう演奏だともう全面的にひたすら自分を解放していくような感じ。アップライトピアノを持ち込んで、なぜか客席からは千野さんの背面が見える位置だったのだが、この角度からだと手の動きがよく見えておもしろかった。ピアノを弾いているというよりも「指が鍵盤の上で舞踏しているわい!」って感じで、音そっちのけでしばし縦横無尽の指の舞踏に見入ってしまった。そういえば、昔ある同人誌でセロニアス・モンクのピアノについて書いた人がいて、やはり指の動きを舞踏家のステップに例えて、地上に舞い降りる瞬間の舞踏家のステップのように強いタッチを踏む、というようなことを書いていたっけ? ***
ベースは、3年以上生の音を聴いていなかったので、単純に「いい音がする」と思った。ドラムは若い方で、こういう演奏性の高いスポンタネアス・ミュージックに挑む若い世代の人も稀にはいると思ったが、時代に勢いがなくなっているので、これからの世代では先細りになっていくだろうと感じたりもした。やはり土取さんが言っていたように、"スポンタネアス"ということが失われつつあるのだろうか?
演奏の後、偶然ある人にお会いして少し話をした。音楽についてではあるけれど、自分のことばかり話してしまった。一人暮らしになり、人と会話する機会がなくなってしまったので、きっかけがあると思わぬ所でベラベラとしゃべってしまうというのがあるのかもしれない。しかし、後で考えたら相手の言葉の端々から切実な思いが伝わってきてとても胸が傷んだ。
夫が残した大量の書籍の処分にも頭を痛めているが、昔の音楽雑誌を見つけるとやはり時代のエネルギーや勢いを感じる。間章の文章が連載されていた70年代のjazz誌。夫は高校時代にこの雑誌を読んで既に間章に注目していたという。法政大学学館大ホールで自主コンサートを開いていたrocks-offが出した雑誌。今手元にないのであやふやな記憶だが、'82年か'83年のもので、千野さんの写真が載っていた。シンセサイザーを下げて長髪を束ねた姿で、オールナイトのコンサートをやったようだ。千野さんは最初からアヴァンギャルドな人ではなかったので、この当時私は全く知らなかった。'86年には知り合いが作った雑誌に自分もコンサートの感想を書いたようだが、今読んでみると当時は間章の強い影響を受けていたのがよくわかる。で、その雑誌を先代のjazz & NOWの中村邦雄さんに送ったみたいで、いただいた丁寧なお返事の手紙と入手可能なフリーのレコードのリストが大事にとってあった。
確か小雨だったと思うのですが、帰りにエレベーターを降りた所で、誰かが「止んでるわ」って言ったのを思い出しました。弦楽器2つとピアノがかもし出す心地よい時間の流れに身を任せると、引っかかるところがなくて、演奏をあまりはっきりとは思い出せなくなるというのがあるのかもしれません。
このホールとしては、お客さんも一杯で楽しいおしゃべりや笑いもありました。とてもフレンドリーな方々で、太田さんとか、個性はあるけれど嫌味がなくて、リラックスして自然体なのが伸びやかで自由闊達な演奏につながっているのかしらと思いました。黒田さんはメンバーを統率するのに苦労されている?みたいでしたが、苦労というか、お客さんにもとても細やかな気遣いをされる方でした。
演奏したのは曲で、最新のCDに収められているもののようです。1曲1曲がどうだったかというのは、あまりよく覚えていないのですが、冨樫雅彦さんの曲『バレンシアガ』というのをやって、演奏の第一線を退いた後に作られたものでしょうか、冨樫さんらしい繊細な曲でした。これはCDにはないです。家でじっくり聴くにはいいかしらと思ってCD『ホルトノキ』を買いました。
このところ月に一度こちらを訪れているのですが、この日は窓の景色がずいぶん変わっていました。新緑の若芽がモコモコと育っていたので、木立が窓に迫ってきているように感じられたのです。エレクトロニクスの機材にかなりスペースを取られてしまいましたが、それでもここは音を聴く環境にこだわりがあります。ダウンライトだけでは少し暗いようで、中村さんの手元を照らすのに、マスターが家から持ってきたというテーブルランプを置いてみましたが、60Wでは明るすぎるということで、別のスタンドを持ってきたりして・・・実に楽しいです。こういうところにこだわりがあって工夫したりするのって。
で、演奏の始まり、始まりー。パチパチパチ。心の中で拍手しましょう。最初に中村さんと島田さんがやって、次にビデオが入って3人でやりました。島田さんは初めて聴く人で、出だしは「ああ、こうやってランダムに弾くのね」と思いましたが、進んでいくにつれて・・・鋭いものが感じられ、自分としてはとてもいい刺激を受けました。ヴァイオリンを弾くというよりも、ヴァイオリンで音を刻むというような感じに見受けられました。後でお聞きすればよかったのですが、電子変調されたヴァイオリンだったのでしょうか?中村さんには後でお聞きしたのですが、ノー・インプット・ミキシング・ボードから出る音をある装置で映像に変換してビデオに流していたそうです。映像といってもノイズが変化するもので、私はちょっと目がやられる感じだったので、ずっと注視はできませんでしたが。ノー・インプット・ミキシング・ボードは、私は過去に微音から爆音まで聴いてきましたが、ブブーっといきなり音が出てしまう性質のもののようなので、コントロールするのがかなり難しいのではと思いました。
家に帰ってから思い出したら、何が楽しかったのか?面白くてひとりで笑い転げてしまいました。