ライヴを観る


2001年6月〜7月
6月9日(土)
Carl Stone(laptop computer) @Deluxe

カール・ストーンは、手元に"Kamiya Bar"がありますが、正直言って何回聴いても飽きないというのではない感じ。今日のライヴもそうですが、コンピュータで作り込んだ音という感じがありありとするように思います。相変わらず日本や日本の音に関心が深いのか、民謡と三味線を解体し反復/再構築したようなものもありましたが、何かこう打開できない機械的なリズムに支配されているようで、気持ち良くなってしまってうとうととしてしまいました。コンピュータ音楽は、できるものなら作る側に回った方が面白いのかなとも思います。コンピュータ世代の若い人たちが集まって興味を引いていたようでした。

6月11日(月)
Annette Krebs(g) @Off Site
杉本拓(g)

アネッタ・クレプスは、アンドレア・ノイマンとの共演作"rotophormen"の音がユニークで、この人は一体どうやって音を出しているんだろうと思っていました。ちなみにこのアルバムは、ノイマンによるピアノの内部を取り出したインサイド・ピアノとアネッタのテーブル・トップ・ギターの共演ですが、音的にはピアノとギターという楽器の面影は微塵もなくて、私はこのアルバムを聴くと二匹の正体不明の未確認生物/物体が呻きうごめいているような感じがして、とても奇妙な未知の感覚が頭をもたげてくるように思います。
今日初めてアネッタのテーブルを観ると思ったよりもシンプルな感じ。もっと沢山の小道具が所狭しと並べられているのかと思っていました。で、実際の演奏はというと、綿棒や金属タワシや食器洗い用のスポンジの一種?などを使って、ギターのネックあたりの弦から下のボディーまでを使って音を出します。チラシには、ギターをサウンド生成装置とみなしているとありましたがまさにそんな感じ。従来のギターから出る音という概念が完全に粉砕されている感じです。
今日聴いたアネッタの演奏は、杉本くんとのデュオ"a duo in Berlin"よりはむしろ"rotophormen" に近いような感じ。静というよりは動を感じさせました。杉本くんの演奏は、言葉では説明し難いのですが、端の方を螺旋状に曲げた針金のようなものを使ったり、いつものピンクの玉を使って音を響かせることに的を絞っているように見えました。ミュゼ誌のインタビューによると、彼は共演する相手にフォーカスして演奏を変化させているとのこと。確かに、アルバムの中でも相手によってまるっきり違う切り口のアプローチをしています。凄いなあと思います。

6月13日(水)
秋山徹次・杉本拓・Burkhard Stangle/Acoustic Guitar Trio@ 現代ハイツ
ゲスト:Annette Krebs(g)、大友良英(g)

現代ハイツの地下のギャラリーは、私の家からはかなり遠いですが、今日のような演奏を聴くにはやはり最適な場所。入り口のイリュミネーションが見える頃には小雨が降ってきました。階段の下を覗くと大友さんやSachikoさんの姿が見えました。関係者ばかりで他にあまりお客さんがいないような雰囲気がして、ちょっと入り難いような感じになりました。
ブルクハルト・シュタングルは、'60年生まれ。ウィーンの即興/エクスペリメンタル・シーンの中心人物だそうです。私は既に4月に演奏を聴いていますが、とても自由度が高い演奏という印象。エクスペリメンタルという言葉は自分なりに「自由度が高い」と解釈したいと思います。文化人類学や音楽学を学んだ教養のある人のようで、今回CDは買い逃しましたが、詩人Oswald Egger との共作のオペラがあるそうで、クラシックではないエクスペリメンタルなオペラ?とはどういうものなのか、詩の好きな自分としては興味深いものがあります。
前半は秋山さん、杉本くん、ブルクハルトのトリオ。演奏しているというよりは、小道具を使ったりしてみんなでデタラメをやっているといった感じ(秋山さんも結構デタラメな人なんですねえ、ギターに関しては^_^)。それもデタラメほど難しいものはないという意味での自由なデタラメで、それぞれの音は生かされていました。杉本くんは、本当に自分がやりたいことをやりたい人たちとやっているといった感じで、生き生きとしていて楽しくて仕方がないといった様子でした。後半は、大友さんとアネッタさんがゲストで入りました。アネッタさんは綿棒を使っている場面が記憶に残っています。大友さんもちゃんとギターを弾いていて、2人は自分の演奏をしている感じ。この3人ほどデタラメではなかったように見えました。
会場で3枚ほど買ったCDがとても面白かったです。「CDを聴く」のコーナーで余力があったら紹介してみたいと思います。

6月15日(金)
Vienna-Tokyo-Berlin -Chicago/8 Improvisers from 4 cities@Uplink Factory
Annette Krebs from Berlin ギタリスト/作曲家
Burkhard Stangle from Vienna ギタリスト/作曲家
Gene Coleman from Chicago 作曲家/バスクラリネット奏者
Michael Moser from Vienna チェロ奏者
Werner Dafeldecker from Vienna ダブル・ベース、ギター、エレクトロニクス奏者/作曲家
大友良英 ターンテーブル奏者/ギタリスト、作曲家
Sachiko M/松原幸子 sampler with sine wave
杉本拓 ギタリスト/作曲家

4つの都市の8人のミュージシャンが集まって演奏するという、なかなか接することのできないコンサートがありました。彼らが一同に会するのは多分初めてで、部分的には既に海外などでの共演を経てきたメンバーのようです。
最初全員で演奏した後、2〜3人の組み合わせでやって、最後にまた全員でやりました。私は一番後ろの席にいたのでステージがほとんど見えなかったのですが、3人くらいで演奏している時に、とにかくアネッタさんの音が突出していて、何の音か全くわからないような、ライヴ・エレクトロニクスか何かのようにも聴こえて、どうやって音を出しているのだろうという興味がむくむくと湧いてきました。
すべてのミュージシャンを音響系という言葉でくくってしまって良いものかどうか、そうではないと思いますが、とにかく全員の音に対する意識の高さがうかがえるような感じで、紙を破く音とかその他諸々の小さな音が重なったり打ち消し合ったりしないで生かされているようでした。今日のような演奏を聴くと、自分が今まで即興について見聞きしてきた言葉、例えば、間とか変化とか意外性とか、他者に対する必死の働きかけとか荒々しく前進する力とかそういった言葉ですが、そんな言葉だけではなくて、それ以上にもっともっと現在の即興について語る言葉がありそうで、それが今自分には見つからないのがもどかしいような気持ちになりました。
会場に通じるエレベーターの入り口で、Deluxe のインプロシリーズを企画してきたブレットさんに偶然お会いしたので、その流れから隣の席に座ることになってあれこれと会話を楽しみました(日本語で^_^;)。Deluxe では7月20/21日とインプロフェスティヴァルがあって、5000円の前売券で2日観られた上に、今までのシリーズを録音したCDが2枚付いてくるのは安いと言ったところ、CDはブレットさんからのプレゼントとのことでした。日頃はお中元やお歳暮しか頭になくて、人に何かを贈ることがすっかり儀礼化してしまっている私は、この「プレゼント」という言葉にちょっとしたカルチャーショックを受けました。

6月16日(土)
Cellule d'Intervention METAMUKINE/干渉する細胞メタムキン@NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
ゲスト:カソード(大友良英、Sachiko M、石川高、杉本拓)

「メタムキン」は映画作家クリストフ・オージェとザヴィエ・ケレル、音楽家ジェローム・ノタンジェの3人 によって1987年に結成された、映像と音響とを組み合わせたパフォーマンスを行うグループです。 アナログ・シンセサイザーや磁気テープによる電子音楽のライヴ演奏とスーパー8ミリや16ミリ映写機を多数使用した極度に抽象化されたフィルムの上映による即興パフォーマンスを繰り広げ、いままでに主にヨーロッパを中心にカナダやアメリカなどでも数多くの音楽フェスティヴァルに参加していますが、日本での公演は今回が初めてになります。まるで映写機を演奏するかのような「メタムキン」のパフォーマンスはギャラリー空間を光と音とで満たし、私たちの視覚と聴覚を刺激することでしょう。
上記のチラシに書かれたメタムキンについての解説を読むと、これ以上付け加えることもあまりないような気がします。映像作品を鑑賞するというような、作品と見る者との距離がないと言うかぐっと縮まっていて、とにかくダイレクトに身体に働きかけてきて視覚や聴覚を刺激する感じ。観客の反応も良かったようです。自分には少し刺激が強すぎるかなという感じもしました。
ジェローム・ノタンジェは、「耳のための映画(Cinema Pour L'oreille)」というテーマを掲げてレーベル「メタムキン」を運営していますが、私の手元にも一枚、ジム・オルークの"Rules of Reduction"がありました。小さいCDで、3"CDのフォーマットと言うそうです。
メタムキンに先立ってカソードの演奏がありましたが、素晴らしかったです。音楽というのは、聴く人のこれまでの音楽体験とか好みなどで色々に聴こえてくると思いますが、私は今日はなぜか文学作品がそれも完読したわけでもないのにダンテの『神曲』が浮かんできてしまって、こういう風にある音楽を聴いて映像や文学を連想する自分の感覚の回路はどんな風になっているのかと思う。
広い会場にたった4人なのに、それぞれの音がよく立っていて、大友さんの音は、湖の水面に陽の光が当たってきらきらと光り揺らめいているような美しさがありました。「アブストラクトとはいかにして音を具体的に響かせるかだと思う」と言った杉本くんのコンセプトもカソードには大きく働いているように感じられました。

6月17日(日)
David Grubbs & Friends@吉祥寺Star Pine's Cafe
David Grubbs(g,etc)
Noel Akchote(g)
Quentin Rollet(sax)
山本精一(g)
大友良英(g)
Sachiko.M(sampler with sine wave)
杉本拓(g)

Star Pine's Cafe はさほど広いライヴハウスではないと思いますが、椅子が小さくて詰め込もうと思えば結構人が入る感じ。今日は2〜300人くらいはいたのではないでしょうか。以前地下1階の後ろの席ではステージがほとんど見えなかったので地下の2階に行ってみました。2階はおまけで設けられた席のようで椅子の数はごくわずか。天井桟敷みたいでステージは良く見えるのですが、真上が天井でいかんせん空調の音がものすごくうるさい。Sachikoさんのソロが始まった時は、わけがわからなくて早くこの音を止めてほしいと思いました。
今日は異なる個性のギターが楽しめました。ソロではデイヴィッド・グラブスが歌とギターを披露、ちょっとジョン・グリーヴス風の歌心のあるもの。大友さんは大友流ロンリー・ウーマン。杉本くんは空間にぽっぽっと音を配置しているような感じでした。ノエル・アクショテはちょっと顔に険があるような雰囲気で、近しい人の話では頭がよくて物知りで繊細でわがままでいじわるな人物らしい。口ではうまく説明できないのですが、そう言われると何となくそういう人物像なんだろうなあというのが推察できるような演奏でした。ある種のノリやリズムがあると言って良いのかどうか、とにかく前へ前へと進む流れに身を任せて行くような感じ。ノンシャランでアナーキーな感じがしました。テーブル・トップ・ギターのようにギターを膝の上に乗せてコードをはめたり外したり、好き勝手にノイズを出しまくる場面もあって、こういうめちゃくちゃなこともできるんだなあと思いました。カンタンは昔のフリージャズみたいな音を出していました。
ソロの後は何人かずつの組み合わせで演奏しましたが、ノエル+大友さん、デイヴィッド+大友さん+杉本くん+カンタンの組み合わせが面白かったです。この時デイヴィッドはCDを流していましたが、ライヴの時に自分で演奏しないでCDを流すのを観るのは初めてで、これは反則か技ありのどちらかだろうなあと思いました。デイヴィッドは他の組み合わせでも、アコーディオン(かな?)を床に置いて軽く音を流したりして、新感覚のわりと聞き易くて耳に心地よい音を聴かせるような感じがしました。
最後は全員での演奏ですが、どんなことをやるといった決めが全くなかったのか、デイヴィッドがアンビエントなCDを流したら、ノエルと山本さんが左右でそれに合うミニマルなギターを弾きはじめて、そうしたらもう音楽が完成してしまったような感じになって、Sachikoさんはあのサイン波で何とか入って行けたものの、大友さん、杉本くん、カンタンの出番がなくなってしまって3人は音を出さないままでステージに留まることになりました。

6月20日(水)
大友良英とジーン・コールマン@国際文化会館スペシャルレセプションルーム
日米の現代音楽作曲家による特別コンサート
西洋の前衛音楽と日本の古典楽器との融合の試み
ゲスト奏者
笙:石川高
篳篥(ひちりき):本橋文
龍笛:八木千暁
チェロ:ミハエル・モーザー
ベース:ヴェルナー・ダーフェルデッカー
ギター:杉本拓/ブルクハルト・シュタングル

国際文化会館はdeluxe と同じ麻布十番にあるらしい。今日は大江戸線には乗らないで、六本木から歩いて行ってみることにしました。東京タワーを目印に坂を下って行くとジョナサンの所に出てDeluxe は目と鼻の 先。迷わずにここまで来ることができました。大通りに出て右手の鳥居坂を上って行くと左手が国際文化会館。一見ホテルのようなエントランスには何々様ご一行みたいに札が幾つか表示してあって、あちこちの部屋でさまざまな国際交流が行われているようです。
ジーン・コールマンは、日米芸術家交換計画フェローとして滞在中。彼の名前は手元にある2枚のアルバム、ガスター・デル・ソルの"The Harp Factory on Lake Street"とトニー・コンラッドの"Slapping Pythagoras"でしか知らなかったのですが、チラシによると作曲やバスクラの演奏だけではなくてビジュアルアートの面でも活躍しているアーティストとのこと。即興と複雑な音階・音符を取り入れた作品を40曲以上作曲していて楽器が本来出せる音の限界を越え、「音(ノイズ)」と「音楽」の間にある新しい音色を追求しているそうです。生演奏に接してみると、確かに音に対してとても意識の高い解体/構築的な演奏を展開しているように感じられました。ジョンとシュテファンのライヴの時だったか、deluxe に行った時開演前にバスクラのソロのCDが流れていて、それがとても面白くて聴いたことのないものだったのですが、多分それはジーンのCDではなかったかと思います。入手できるものならぜひ聴いてみたいと思います。
今日は雅楽器を取り入れたジーンの作曲による作品"Cloud Cut"が披露されました。ゲストは、雅楽団体「伶楽舎」のメンバーとオーストリアの実験音楽グループ「ポルヴェクセル」のメンバーです。
皆が楽譜を前にして、ベースのヴェルナーのワンツースリーという掛け声で始まったのですが、実は自分はライヴで作曲による演奏というのはほとんどというくらい観ないので、皆が一斉に音を出し始めたり一斉に止めたりするのを観るのが最初はおかしくて困りました。何だか軍隊みたいな形式性が感じられました。でもだんだんと進んでいくうちにとても面白い発見がありました。というのは、ジーンのバスクラが尺八のように聴こえて笙や篳篥や龍笛などの日本の楽器との境界がなくなってしまったこと、それからギターの音が琴の音のように聴こえてきたことです。これは私の耳の錯覚なのかジーンの作曲のなせる技なのかはわかりませんが、こんな風に聴こえる現象を一種の融合と言っても良いのではないかと自分なりに納得しました。
大友さんの作品"Concento" の方が先に演奏されたのですが、大友さんの方は譜面を見ながら一斉にというのではなかったです。結構自由にやっているみたいで、不自然さはなくてダイナミズムが感じられました。エレキギターの爆音?みたいなものがいきなり背後から聴こえてくるという意表をつく音作りもあって面白かったです。チラシによると大友さんはさまざまな楽器を使って新しい音楽を作る「音響系」の先駆者の一人だそうです。特にそういうこと考えずにコンピュータや笙の入った演奏を自然なものとして聴いていた私は、なるほどそうなのかと思いました。
最後は大友さんとジーンによる"Remix" が演奏されました。

6月26日(火)
Off Site Composed Music Series volume 6
Kerbs-Sugimoto compositions
Annette Kreds(g,etc)
杉本拓(g,etc)
Sachiko.M(sampler with sine wave,etc)

Off Site の作曲シリーズは、杉本くんを中心に出し合ったアイディアを演奏の現場で即興的に実践する試みのようです。私はまだVol.2 のポータブル・オーケストラしか観ていませんが、Vol.3 は電波演奏会でラジオ、テレビ、蛍光灯等の発する電磁波を音響化する試みだったとか。できるだけ足を運びたいと思うシリーズです。
今日は来日中のアネッタさんと杉本くんによるVol.6。ギターを使わないという予告だったので、どんなことをやるのか楽しみでした。この時期になると扇風機しかないOff Site の一階は蒸し風呂のような暑さ。演奏する人も観る人も我慢比べのようになります。細かい記憶があいまいで間違いがあるかもしれませんが、やったことを書いてみます。最初3人がギターとサンプラーを使ってそれぞれがその人らしい演奏を少しやった後、皆が7〜8cmくらいの小さなラジオを取り出して軽くチューニングしたりして音を出し合いました。ストップウォッチをかけて時間を決めていたようで、最後は左右にいたアネッタさんとSachikoさんが真ん中の杉本くんのテーブルにラジオを持ち寄りました。休憩の後は、ギターやサンプラーを使ったかよく覚えていないのですが、メインとなったのは紙の音を音響化する試みのようでした。杉本くんは怖いくらい真剣な顔をして紙を丸めたり破いたりしていました。終わった後、足下の床をぐちゃぐちゃになった紙で散らかしてしまって、Sachikoさんに「拓ちゃんきたない。私はちゃんと一カ所にまとまるようにやったんだから」なんて言われていました。杉本くんは、初日と同じようにアネッタさんを「素晴らしい」と讃えていました。今月は何時になく杉本くんの演奏を観る機会に恵まれましたが、今この人には心を打たれる何かがあります。
今日やったことはケージの"Radio Music"('56年) と小杉さんの"Micro 1"(61年)、これはマイクを一枚の紙で包み込んでその音を最大限にアンプして聴かせるというパフォーマンスですが、両者の現代音楽の今や古典的手法とも言えるものを自分たちなりのテイストで料理しているといった感じでした。
会場にいらしていた坂本弘道さんの話だと、昨年シカラムータでヨーロッパ公演をした際ベルリンでアネッタさんと共演しているそうです。坂本さんが火花を散らしたらとても怖がっておびえてしまったそうで、かわいそうなことをしたなどと話していました。そうか、せっかくだから坂本さんとアネッタさんの共演も観たかったなあと思いました。

7月8日(日)
ヴァチェスラフ・ガイヴォロンスキー(tp)@in"F"
エヴァリン・ペトローヴァ(accord)
ゲスト:小宮いちゆう(tp)、小川圭一(as)

ロシアのミュージシャンをもっと聴いてみたいと思ったのは Misha Feigin(g,balalaika,voice) を聴いたからです。牧原さんのエッセイによると、ロシアのフォークに出自を持つミシャは、'91年に政治的理由でアメリカに渡った人物だとか。 Spontaneous Folksongs ということもやっているそうで、ジャズではない音楽ジャンルからフリー.インプロに関わってくるというのは大変新鮮で興味深いことのように思われます。 昨秋 Leo から出た"They are We are" は、やはりジャズ色が全くなくて、 Craig Hultgren(cello) と LaDonna Smith(viola,violine) の複雑に変化してからみ合う音が、ミシャ独特のポエジーの世界を支えている美しいアルバムだと思います。何となく土や雨の匂いがするような感じがします。Craig Hultgren は確か交響楽団の一員でもあると聞いたように記憶していますが、クラシック/現代音楽の世界で仕事をしている人が、即興音楽の世界で演奏性の高いフリー・インプロを聴かせるのもまた素晴らしいことのように思われます。
さて、今日のライヴに話を戻しますが、今日はニコライ・ドミートリエフというロシアの前衛音楽のプロデューサー/批評家の方がご夫妻で、また日本からは副島輝人さんがお見えになっていて、ミュージシャンの世話をやいたりロシアのジャズの宣伝に余念がないようでした。副島さんのガイヴォロンスキーを紹介するお話から始まって、ロシアの第一級のミュージシャンでジャズマン・オブ・ジ・イヤーを受賞した人物であるというのですが、自分はそういった類いの話には全くと言っていいくらい関心がないので、例えばジャズマン・オブ・ジ・イヤーの受賞というのを日本に当てはめて考えてみると、個人的にはかえって興味が失せていってしまうような気がしました。
演奏の方は、前半は2人で譜面を前にしてちょっとテーマを演奏してから自由にやるような感じで短いセッションの連続でした。最初はガイヴォロンスキーがトランペットではなくて何ていう楽器だろう?小さくて短い銀色のたて笛で高い音が出ますが、それを使って演奏。ペトローヴァはアコーディオンよりもヴォイス・パフォーマンスが主で、シェリー・ハーシュみたいで結構前衛的に聴こえて面白かった。その後のセッションはだんだんとコール&レスポンスのようになっていきました。
後半は即興の部分が大きくなるという副島さんのお話で、何曲目かに小宮さんと小川さんがゲストで加わりました。基本的にはやはりコール&レスポンスが主で音の掛け合いみたいになっていったと思います。彼らの表面的な音について、例えば透明感のあるトランペットであるとかのびやかな声であるとか色々と形容する言葉はあると思います。また彼らの音楽のバックグラウンドについても。ただ私は先月ずいぶんと音響系のドライで現代音楽の領域にまたがるような音を多く聴いたせいか、今日の演奏は、ホットで濃密なコール&レスポンス、音の掛け合いといったジャズの文脈にある音楽であることがはっきりと聴き取れたような気がしました。
ガイヴォロンスキーは、CDや本が棚にたくさん並べられてある佐藤さんの家の居間のようなin"F"のアットホームな雰囲気がとても気に入った様子でした。"F"というお店でやるから作った"F"という曲をアンコールにピアノで披露しました。「エフ(拍手)!エフ(拍手)!」と皆で掛け声をかけるシンプルな曲で、佐藤さんもベースで加わったのですが、このシンプルなコード進行の中で自由に吹いた小宮さんのトランペットと小川さんのアルトサックスには、とてもジャズっぽい節回しのようなものが感じられました。

7月14日(土)
Collective Improvisation / Marginal Consort'01@法政大学学館大ホール
多田正美
椎啓
越川知尚
小沢靖
今井和雄

マージナル・コンソート/ 集団即興のためのプロジェクトは、小杉さんのタージ・マハル旅行団を踏襲しているのかどうか、ライヴを観た後 CD を聴いてみてもはっきり「こうだ」と言うことはできないのですが、タージ・マハル旅行団の方が楽器の音がしっかりと聴こえてくるような感じがします。今日のメンバーはいずれも'70年代の半ばに美学校の小杉武久音楽教場に参加経験のある人たちで、小杉さんはどんなことを教えられたのか、機会があったら自分ももっともっと小杉さんの音楽についての話を聞いてみたいと思います。
「このプロジェクトは、異なるフィールドで活動するメンバーの異なる活動を同時に進行させるというスタイルで作られている。各自のスタイルを同時に提示することでそれぞれの違いを明確にすると共に、その重なりが個人の作業では作ることのできない音空間が作られる」(今井和雄)。というのが演奏のコンセプトだそうです。
「多田正美は、竹、木などの自然素材を使ったサウンドパフォーマンスを行う他に様々な民族楽器や簡単なシンセサイザーなどを使ったパフォーマンス。椎啓は自作の発音楽器、電子発音具や火に反応して変化する様々なセンサーを使ったエレクトロニクスなどを使ったパフォーマンス。越川知尚はトロンボーン、バイオリンなどの西洋楽器、シャーナイや尺八などの東洋楽器を独自の奏法で演奏するスタイル。小沢靖はリアルタイムでサンプリングした音を加工して演奏したり、簡単なエレクトロニクスのシステムを使っての演奏。今井は石、鉄、ガラス、水などの素材や日常雑貨を電気的に増幅させたり、様々な西洋楽器、東洋楽器を使ったパフォーマンスです」(今井和雄)。実際に演奏を観てみると、アコースティックだけの人もいれば(越川さん)、ヴォイス以外はエレクトロニクスだけの人や(小沢さん)、アコースティック・パートとエレクトロニック・パートの両方を持っている人がいます(椎さん、多田さん、今井さん)。今井さんの演奏を例にとってみますと、ギターやトーキング・ドラムのようなタイコを集中的に演奏したり、金属板やバネなどを組み合わせて作った金属オブジェのようなものを擦ったりピンクの玉でたたいたりして音を増幅させます。また、ステンレスの薄い紙状のものをひらひらさせたり、料理用のステンレスボールの上に鎖を落としてジャラジャラと音を出したりします。今井さんを観ていると、ブレットさんが今井さんが好きなのがわかるような気がします。 ずっと聴いていると、それぞれのスタイルの違いというほど明確なものは感じられなくて、楽器も演奏するという言葉の意味ほどしっかりと演奏している感じはなくて、色々な音を出す試みが次から次ぎへと行われていくような感じです。エレクトロニクスが割と持続的な音の層のようなものを形作っていて、その中で色々な音が立ち上がってくる感じです。3時間くらいの演奏で、最後はドローンのような感じになります。

7月20/21日(金/土)
デラックス・インプロヴィゼーション・フェスティヴァル@Deluxe

ブレット・ラーナーさんの企画によるImprovisation series を締めくくるインプロヴィゼーション・フェスティヴァルが終わりました。思ったよりも沢山の人たちが集まって、単純に内容は比較できませんが、神戸のビヨンドイノセンスのようなフリーミュージック中心のフェスティヴァルが東京で開催されても手ごたえが得られることの証明にもなったのではないでしょうか。
全体的な印象から書いてみますと、音を出す手段の多様化を反映してか、若手では特にエレクトロニクスとコンピュータの使用が目立ちました。それからこれも昨今の傾向なのか、エレクトロニクスやコンピュータに生楽器の演奏を組み合わせるのも印象的でした。むしろストレートに楽器を演奏する割合の方が少なくて、それも弦楽器の場合は、わずかな例を除いてほとんどと言っていいくらいプリペイドしたり小道具を使うと言った感じでした。
以前即興会議室をやっていた時に、フリーミュージックについての疑問、確か楽器の演奏性をどう評価するかみたいな質問ではっきりと覚えていないのですが、それに対する意見「予め何らかの条件をつけてフリーミュージックの間口を狭めてはいけない。自分が共振できるものを聴いて行けば良い」といったような主旨のものがあって目からウロコの思いがしたのですが、フェスティヴァルを観て思い出したのはこの言葉でした。今回のような様々な手段を使っての音を出す試み、それらすべての試みをケージのように「あらゆる音は音楽であり、あらゆる行為は音楽である」と言い切れる人は言いきってしまってもいいと思いますし、あるいは音(ノイズ)と演奏(音楽)とに分けて考えるのも言葉の綾でありその人なりの解釈だと思います。そんな中で、共振できるものに自分の心を傾けて行けば良いのではないかと思います。それは多分、音楽体験や世代や好みなどで共振の仕方そのものさえも当然のように違ったものになってくるのではないでしょうか。そして何よりもこのようなインプロヴィゼーション・フェスティヴァルという形を通して、「即興」=デレク・ベイリー流に言うなら音楽を追求する最良の形式である「即興」による、音(音楽)を追求する試みの現場が与えられたのはとても素晴らしいことだと思います。
さて、ここからは出演順に私の個人的な感想を書けるところだけ書いてみたいと思います。

20日
ブレット・ラーナー(箏、ジャイロスコープ)

神田佳子(打物)、一の瀬響(コンピュータ)

ジーン・コールマン(バスクラ)、石川高(笙)、本橋文(篳篥)、杉本拓(ギター)、ブレット・ラーナー(箏)

譜面を前にしての演奏で、フェスティヴァルの中では音楽らしい音楽だったと言っていいかもしれません。ジーンはマウスピースから少し口を離して空気を外に逃がすような感じで、スースーという不完全な音を出しました。石川さん、本橋さんもこの吹き方をやりました。

ヨン・ヴィッセル(エレクトロニクス)

大友良英(ギター)

大友さんのソロは、フィラメントのギター版?のような聴覚密着刺激ミュージックみたいになってとても面白かった。昨年のフィラメント公演、9月のエレ/アコ・カルテットのオープニング・アクトの時に、前に座っていた某ヴォイス系ミュージシャンの奥様が耳への刺激に耐えかねてか指で耳を塞いでいたのですが、今日は隣に座っていたジーン・コールマン関連の米国婦人らしき人がやはり手で耳を押さえていました。

スキスト:サム・べネット(エレクトロニクス)、いとうはるな(エレクトロニクス)

杉本拓ギターカルテット:秋山徹次、中村としまる、大友良英、杉本拓

進化したのか?アプローチが変わったのか?12月に聴いた時よりも音数がさらに少なくなっていました。

高橋悠治(大正琴、パーカッション、声)、ブレット・ラーナー(箏)、斉藤徹(ベース)、高田和子(三味線、声)

高橋悠治さんの最近の動向はあまり注目していなかったのですが、'90年以後高田和子さんとの出合いから、伝統楽器を演奏する身体の動きと声の色に関心を持っているそうです。大正琴を弾いてシンバルを二つ両手に持って軽く合わせたりしながら、「さ」行で始まる言葉を並べたり詩のようなものを読んだりしていました。そうですねえ、昔のやんごとなき人の優雅なお遊びみたいな感じで・・・。興味の対象がライフステージに関わってきているような感じもしました。つまり若い時には関心のなかったことが、年齢を経て興味が湧いてくるといったような。

大蔵雅彦(アルトサックス)、セス・ミスターカ(アルトサックス)

秋山徹次(ギター)、ピート・カファレラ(アコーディオン)

ブレット・ラーナー(箏)、大友良英(ギター)、杉本拓(ギター)

取りはこの3人のトリオ。杉本さんの今日の演奏のコンセプトは「デタラメ」だそうで、今までに観たことのないことをやって楽しませてくれました。ギターを膝に乗せてコードを外してその先端にぐちゃぐちゃな針金のようなものを当ててもう一方の先端で弦を掻き回したりしていました。もう裸足になって真剣な顔をして気合い十分で、その場限りの短い時間の中での音の生成にすべてを傾けているみたいでした。大友さんとブレットさんは、そう来られるとどう出たらいいものかといった感じでしたが、まあ好きなようにおやりなさいよみたいな感じで楽しんでいるようでした。


21日
tog:ロバート・ダックワース(コンピュータ)、ロディ・シュロック(コンピュータ)、ギヴリアナ・サッコ(ヴィデオ)

パリとニューヨークからインターネットで音が送られてきたそうです。ヴィデオはロードムービーのカットのような。

秋山徹次(ギター)

秋山さんは、以前日本刀を使ってギターの弦をゆっくり引くのを観た時、へんてこりんなことをする人だなあとしか思いませんでした。ところが、杉本さん、ブルクハルト・シュタングルとのトリオでは結構いけると思ったし、昨日聴いた時には音の配置感覚が面白いなあと思いました。ソロを聴くのは始めてですがとても良かったです。何と表現したらいいのか、構えがないというか固定観念がないように感じられます。フリーをやるという固定観念からも自由だと言ったらほめ過ぎか?

Astro Twin:ユタカワサキ(エレクトロニクス)+吉田アミ(ヴォイス)、安永哲郎(エレクトロニクス)

これもとても面白かったです。時々虫の鳴き声のように聴こえる音の連続なのですが、3人が出す音の境界がなくて、誰がどの音を出しているのかわからないくらいなんです。

大蔵雅彦(アルト・サックス)

今井和雄(ギター)

中村としまる(ノー・インプット・ミキシング・ボード)

CCM4:ピート・カファレラ(アコーディオン)、ラファエル・コーエン(オーボエ)、セス・ミスターカ(アルト・サックス)

最初コンピュータの大きな音から始まって、しばらくしてから3人が登場してきました。フリーらしいテンションの高い演奏場面もありましたが、楽器の演奏にエレクトロニクス、コンピュータというひねりを入れて「らしさ」を探っているような感じ。終わる時もコンピュータの音の終了に合わせて皆がスローモーションのようにゆっくりとした動作で楽器を置きました。

大友良英ポータブル・オーケストラ:秋山徹次、DJ-Peaky、伊東篤宏、イトケン、ユタカワサキ、ブレット・ラーナー、中村としまる、Nibo、大蔵雅彦、大島輝之、大谷能生、大谷安宏、大友良英、杉本拓、角田亜人、植村昌弘、宇波拓、安永哲郎、吉田アミ

イトケン、杉本さん、大友さんの順番にコンダクトしてリコーダーを使ったりして変わったことをやりました。私は直前にビールをこぼしてしまって、それが隣の人の録音機材にまで及んでいたのでほとんどパニック状態。あんまりよく覚えてないです。

伊東篤宏(オプトロン・サウンド・システム)

蛍光灯の点滅と轟音が連動したサウンド・システム。どんなものかは写真を見た方が早いかも。たくさん写真を撮っていたので、フェスティヴァルのフォトドキュメントがそのうちインターネットか雑誌に載ると思います。

斎藤徹(コントラバス、パーカッション)、澤井一恵(箏)

斉藤さんも澤井さんも小道具を使って弦楽器からダイナミックな「打」の要素をふんだんに引き出している演奏でした。

Yasunori Ikunishi (VJ)、Yasunori Kakegawa (VJ)、Kuknacke (DJ)

ブレット・ラーナー(箏)、杉本拓(ギター)

ブレットさん、杉本さんの今日の演奏は、はっきりとした明確な音になる寸前の音、音になるかならないかの音をすくいあげる試みのようでとても面白かった。

すべての演奏が終わった後、私は deluxe に通ううちに何となくお近づきになったようなブレットさんに感謝とお別れの挨拶に行きました。8月から奥様はサンフランシスコでお勤めになり、ブレットさんは9月からミルズ大学で作曲の勉強をなさるそうです。お別れといってもサンフランシスコから日本への格安チケットがあるそうで、こちらにはまたちょくちょく来られるそうです。ともあれ、自分が求める何かにかなうものが deluxe improvisation series にはありました。

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