神奈川県立近代美術館で小杉さんのサウンド・インスタレーションの展示があります(7/7日まで)。"catch-wave"の 2002年版は、自転車を利用した観客参加型になっているようです。鎌倉は遠いので多分行けないと思います。紫陽花が美しい季節ではありますが。
2日には、オランダのサウンド・アーティスト、パウル・パンハウゼンのコンサートがあります(ギャラリー・サージ@神田岩本町)。ギャラリーでのインスタレーション展示期間中のコンサートです。
7/5 Meeting at Off Site vol.24
o.blaat(Keiko Uenishi)(power book)、Sachiko M(sampler with sine wave)、秋山徹次(guitar)
7/6 in Concert/deluxe concert series 25
o.blaat(Keiko Uenishi)/恩田晃/upsets/sniff/minamo
deluxe improvisation series は concert series に名称が変わりました。
7/10 吉田アミ(voice)、宇波拓(lapsteel,computer)、一楽儀光(percussion)@現代ハイツ
山口市在住の松本晃弘氏の写真展でのライヴです。
7/29 Sound Junction 3@法政大学学生会館アトリエ15番
足立智美、伊東篤宏、今井和雄、永塚博之、江崎将史、河崎純、古池寿浩、越川知尚、進揚一郎、高橋琢哉、土岐拓未、ユタカワサキ
29日は、個人的にちょっと応援している「飛頭」のライヴが入谷なってるハウスであります。自分のHPの主旨からすると、Sound Junction 3 の方に行くべきなのですが。
パウル・パンハウゼンは、サウンド・アートの世界では名の通った人だそうです。私は予備知識がなくCDも聴いたことがなかったのですが、パフォーマンスを観て驚いてしまいました。この人を観たら、diskaholics anonymous trio のジム・オルークがひよっこみたいに感じられてきてしまいました。こちらは貫禄たっぷりの親鳥のような感じとでもいえばいいでしょうか。
パフォーマンスは、25個の小型ラジオを使ってリアルタイムでミキシングするというものでした。最初は1個のラジオから一つのチャンネル音が聴こえてきます。それが2個、3個となって、その後カオスに突入していく…それが実に幻想的、幻惑的な感じがしました。「25個のラジオでこれだけの魅力的なカオスが創出できるものなのだろうか」という思いと「25個も使えばこれだけのカオスは創り出せるかもしれない」という思いが自分の中で交錯しました。序盤と終盤に時折具体的に聴こえて来るJ-POP の女性ヴォーカルやDJ の話声がサンプリングのような効果を挙げていたと思います。
次ぎのパフォーマンスは、上記のラジオによるカオス音に、オルゴールの音とおもちゃの音を加えるというものでした。これは実際には、ラジオに繋がっていた幾つかのコードを機械から引き抜いて、代わりにオルゴールの音とおもちゃの音を繋ぐというものでした。オルゴールは2つあって、ひとつには小さめの三味線の飾りが付いていました。おもちゃについて説明しますと、お盆が5つくらい並べてあって、その中に亀のような形のおもちゃがそれぞれ一つずつ置いてあって、ネジか何かで動かすとお盆の縁にぶつかってガタンガタンと音を出すというものでした。この亀は、一旦止まった後も、近くでパーンと両手を打つと動き出すものでした。パフォーマンスの最後は、ラジオのカオスが消えかかったあたりから、オルゴールの音がにわかに存在感を増してきて、カオスが完全に消えた後、オルゴールの可愛らしい音が静寂に残るという演出でした。
パウル・パンハウゼンについては、『アヴァン・ミュージック・ガイド』(作品社)に詳しく紹介されています。それをちょっと書き出してみたいと思います。'34 年オランダ・ボルフハーレン生まれで、現在はエイントホーフェン在住。ヨーロッパにおけるサウンド・アーティストの有数のフィクサーとして知られている人だそうです。多くのサウンド・アーティストが、一貫した固有の方法で提示するのに対して、この人は異例ともいえるほど、マルティプルなやり方をとる人だそうです。「そのときどきにおいて、コンピュータのプリンターあり、一本のワイヤあり、チェロ演奏あり、カナリア・バンドのミキサーありというように、千変万化、幻惑せんばかりの多彩さを示す」人だそうです。もともとは、美術の領域から出発した人で、'60年代に、固定されていない作品、アクションや状況といった流動的なプロセスを重視した作品を発表したそうです。フルクサスと直接的な関係はないようですが、同じ時代の空気の中から出てきた人のようです。
ギャラリー・サージは、普通の狭めの画廊で観客はoffsite とどっこいどっこいでしょうか。千野秀一さんがお見えになっていて、パウルさんとお話をしたり、私と同じように?うれしそうな顔をしてパフォーマンスをご覧になっていました。

展示してある作品の一つ"Sound Scapes 2002"。
25個の箱の中にそれぞれ25個のラジオが内蔵してある。パフォーマンスは、これと同じ25個のラジオを使っている。
今日は結構音が絞り込まれていたと思います。さちこさんは、あんまりチョロチョロっと音を挿入するような感じではなくて、沈黙に少しだけ上乗せしたような微かな持続音。けいこさんも、ブチッ、ブチッと静かに進む接触不良音のような音やザーという小さな滝のような音。二人の音のはっきりとした対比が面白くて、それだけで音楽が完成したような感じになってしまったと思います。
で、これらの決まった音に合わせていかなければならない秋山さんが、難しい立場に立たされてしまったような感じがしました。ギターを使った演奏もしましたが、シューシューとスプレーを発射する音や、ミシミシとマジックテープを剥がしていたような音、などの微少で曖昧な音が彼女たちの音に合っていたと思います。秋山さんのギター、ステンレス製のようなピカピカの銀色のかっこいいギターでした。
今、台風7号が関東地方を通過しています。雷が鳴って雨が激しく窓を打ち付けていますが、一楽さんがこちらにお見えになった先週も厳しい気象条件でした。10日は台風6号の通過で、家を出る時雨は小止みでしたが、夜は風雨ともに激しくなりました。帰宅途中私は、家の近くの信号のところですべって転倒し激しく腰を打ち付けてしまいました。
松本さんの写真。
11日のoffsite では、大友さんの音にスリルを感じました。決して大きな音ではなくて、どちらかというと"静"なのですが、静かなのではなくて、"静"の中に"騒"が、ノイズがあるみたいな感じがしました。それから、私の席からはさちこさんの手元が見えたのですが、今までに観たことがないことをやっていました。人さし指で擦るようにクルクルやったり、竹串のような棒を立てて擦ったり…。それからピポピパみたいなプッシュフォンのような音、あんなにはっきりとした音ではないですが、ああいうリズムの音…で、サンプラーの領域を色々と拡張しているような様子でした。
「飛頭、行くぞ!」の私の一言で、会社帰りの夫を引っ張って行きました。今日は飛頭としては3回目のライヴ。変化や成長ぶりを観るのもまた楽しみです。最初にウェイン・ショーターの曲「fall(秋)」をやって、あとは菊地さんの曲が中心のようでした。やはり季節はずれの曲「snow piece」や「8分の13」、「夜の東京放射16号」など他にも色々とやりました。新曲もありました。パット・メセニーの曲も一曲、一番ジャズらしい曲で、その分面白みは少なかったです。
色を失った海の対岸に都市の夜景が広がる夕
翌11日は台風一過で抜けるような青空の晴天。気温はぐんぐん上昇して35℃位までになっていたのではないでしょうか。ありったけの涼しい格好をして扇子を持ってoffsiteに出向いたのですが、演奏中はエアコンを止めるので、あまりの暑さに意識を失う一歩手前のような感じになりました。演奏者、お客さん共に厳しい状況だったと思います。
さて、10日は松本さんの写真展でのライヴ。一楽さんの演奏を聴くのは久しぶりでした。シンバルを使って、縁を弓で弾いたり、手で軽く叩いたり、ネジをカチャカチャやったりしました。センスの良い細やかな金属音が聴こえてきました。宇波さんはちょっと凝ったことをやっていて、HPによると「ラップスティール・ギターのアコースティックなサウンドをコンピュータによってデジタルに切断、変調するスタイルで演奏している」そうです。これはちょっと奥行きがあるというか立体感のある音のように感じられました。いわゆる美しいというのでは全然ない異形な音が出ていると感じられるところがありました。変型し歪められていると感じられるような音でした。

港の風景はエキゾチズムを感じさせる。信州の田舎に生まれ育った私にとっては。
7月29日(月)
飛頭(とびあたま)@入谷なってるハウス
ミドリトモヒデ(sax)、菊地雅晃(bass)、塚本真一(piano)、イトケン(drums)
自分にとって、このユニットは観る度に魅力を増していきます。私はここにある微妙さと繊細さにとても心を惹かれます。私が聴くところでは、中心になっているのは菊地さんとイトケンさんで、ベースとドラムスが、スポンタネアスで創造的に、微妙で豊かなボキャブラリーで曲を引っ張り展開していく感じ。サックスとピアノは、むしろ脇にまわっているという言い方は語弊があるかも知れませんし、実際にはそうではないかも知れませんが、一歩引いたような所にいて、軽さとニュアンスを、陰影と雰囲気をかもし出しているような感じがします。
菊地さん、今日は弓を弾くシーンがあって、そこに塚本さんのピアノが少し入ったのですが、現代音楽のチェロを聴いているようなキレがありました。それから「夜の東京放射16号」という曲。それは今、この都市に生きる心と感覚から生まれた曲であるように感じられました。これを聴いた時、私は雅文の詩がオーバーラップしてきたので、それを書いてみたいと思います。
暮 高層ビルの無数の窓枠から明かりが溢れ
る 海沿いを走る電車が細長い光をなして水
平に音もなく移動する 自動車のテールラン
プの赤い連なりがついたり消えたり 高い塔
の外壁につけられた無数のライトがひときわ
目立つ 暗闇の中に浮かぶ人のいないミニチ
ュア都市 そのはるか上空には星がひっそり
と輝き 月が静かに海原を照らす この醒め
た時刻 人々から離れて心には光だけが映る