ライヴを観る


2002年9月のLive Information

8/23→10/27 dumb type Voyages/ダムタイプ:ヴォヤージュ 新作インスタレーション @NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]ギャラリーA
同時開催=池田亮司:db@ギャラリーB内 無響室+ラウンジ

9/6 Meeting at Off Site vol.26
Paul Hood(GP3=record player,etc)、中村としまる(no-input mixing board)、秋山徹次(acoustic guitar)

9/8 「誰でも参加できるポータブルオーケストラの試み」第3回 セッション編@中野planB
いよいよオリジナルポータブルオーケストラとのセッションです。

9/13 Taku Sugimoto Guitar Quartet@Off Site
秋山徹次、大友良英、杉本拓、中村としまる

9/14〜17 Jim O'Rourke & Mirror Japan Tour 詳細はこちら

9/18  大友良英プレゼンツ・キッドアイラック・ニューミュージック・コンファレンス Vol.1@明大前キッド・アイラック・アートホール
大友良英(handmade electronics)+広瀬淳二(selfmade instruments)/杉本拓ギター・ソロ/中村としまるテーブルトップギター・ソロ

9/19  大友良英プレゼンツ・キッドアイラック・ニューミュージック・コンファレンス Vol.2@明大前キッド・アイラック・アートホール
Core Anode:大友良英(guitar)+イトケン(drums)+植村昌弘(drums)+伊東篤宏(optron)/大蔵雅彦サックス・ソロ/秋山徹次ギター・ソロ




9月8日(日)
「誰でも参加できるポータブルオーケストラの試み」第3回セッション編@planB
講師:大友良英

トフは生徒として3回にわたるワークショップのレポートを鈴木さんに提出したので、ここでは自分の体験を書かせていただこうと思います。
今日はいよいよミュージシャンの皆さまとの共演だというのに、参加者が随分と減ってしまったのは残念でした。録音されるのを負担に感じた人がいたのかもしれません。最初に全員でワーっと思いっきり音を出して確かめた後2つのセットを演奏。余韻を基本にして音を出す時間を多く聴く時間を少なくした20分程度のセットから始まりました。トフは隅の方で炊飯器の内釜をチーンと叩いたり絵皿とコーヒーカップをチュルチュルとすり合わせたり、ラジオの音を出したりしてました(あまり音が出ていなかったかも)。始まったとたんルールに気がまわらなくなったかもしれません。次ぎは基本的にはルールなしで音を出す時間を少なく聴く時間を多くしたセット。こちらの方がうまくできたかもしれません。このセットは場所を移動して植村昌弘さんと江崎将史さんの間で演奏しました。向かいには杉本拓さんと岩手からやってきた「音楽の最果てへ」のnoizu さんがいました。杉本さんのポロンポロンと少し外すように音を立てるインプロには鋭い研ぎ澄まされたものがありました。最近は作曲/コントロールされた演奏が多くて音数も少ないので、こういう湧き上がってくるような演奏が聴けるのは珍しいのではないかと思います。それから私を含めてほとんどが誰が誰だか分からないアノニマスな演奏者になっているのに、「これは何の音だろう」と思わずあたりを見回したら吉田アミさんでした。
というわけで、トフにとっては2度とない貴重な体験になりましたが、やはりミュージシャンと共演することや「どうだったんだろう」という全体が見えないことに不安と緊張を感じる面もありました。

9月13日(金)
杉本拓ギター・カルテット@Off Site
秋山徹次、大友良英、杉本拓、中村としまる

今日は夏から秋への季節の移り変わりがはっきりと肌で感じられた日でした。ライヴはそんな一日のアトモスフェアも巻き込んでいるような感じがしました。あれほどの暑さで蒸し風呂のようだったオフサイトも、熱気が引いてライトも温かみのある秋の灯りに変わっているようでした。
演奏が始まったあたりから雨が降り出してきて、秋の虫の鳴き声と共に雨足は一層激しくなっていくようでした。間を置いて交代に生起してくるギターの音も心なしか温かみを増しているようです。そしてギターの響きの合間に外の音に耳を傾けて季節の移り変わりを感じる。それはある意味とても心豊かで贅沢な時間のように思えます。私は今この場所にきっと今が盛りの内山峠はコスモス街道のコスモスとススキの穂を飾ったら、この時間と季節をもっと楽しめるのにと思いました。帰りにできたてホヤホヤの"bject"を買い求めました。

追記
「日本フリージャズ史」(副島輝人著)の中で、冨樫雅彦さんの素晴らしく美しい一文に出会いました。それは、私が私だけの時間と場所と季節の中で音に耳を傾けて思いを綴ることを励ましてくれるものだったのでここに記したいと思います。
「僕たちのやっている音楽について、難しくて疲れたとか、一体どのように聴いたらいいのかと聞く人がときどきいる。僕は、どんな風に聴いてもらってもいい、ただ出来るだけ先入観を持たないで聴いて下さい、と答えることにしている。もっと自由に受け取ってもらいたいのです。例えば同じメンバーが同じ曲をやっていても、聴く人の一人一人が、その日その日によっていろいろな感じ方をしてもらいたいと思います。僕達は聴く人の肉体だけではなく、精神に何かを感じ取ってもらって、その人の内部に何かを残すような演奏を心がけているのです。(中略)
不確定性の持つ魅力、意外性、不安定な調和。これらのものは枠の中にあてはめられたものに対立するものです。枠の中にあてはめられたものは、例えば日常一般に使われている家具のようなもので、使い方が決められています。つまり人間の方で自由に扱えるものと云うよりも、それらの持つ条件や法則に従わなければならないことが多いのです。しかし僕たちの考えとやり方は、人間の方からそれらを自由に扱えて、聴く人達がそれぞれの精神領域の中で多様な想像性を生み出すために、前に述べたような方法をとっているのです。
こういう形態の音楽を聴く人達が、どういう風に分類しようと、それは自由なのです。フリー ─ 自由は、演奏する側よりむしろ聴く側にあるのです。そしてその時点で、奏者と聴衆が一体となって創造し、また想像し得るとき、両者の断絶は取り除かれる筈です。このことは、すべての音楽の形式を問わず、「コミュニケイトする」ための一番大切な条件なのではないでしょうか」。(冨樫雅彦/1969年)

9月18日(水)/19(木)
大友良英プレゼンツ・キッドアイラック・ニューミュージック・コンファレンス Vol.1/Vol.2@明大前キッド・アイラック・アートホール

この企画は、「われらは 未知の奥深く 新しいものを探したいのだ!」というボードレールの詩をエピグラムとして掲げたトフのHPにぴったりの内容でした。ここはスポットライトが当たるのでミュージシャンの顔が立体的に見えます。音を追求する真剣な表情が今も目に浮かびます。

9月29日(日)
飛頭(とびあたま)@入谷なってるハウス
ミドリトモヒデ(sax)、菊地雅晃(bass,electronics)、塚本真一(piano)、イトケン(drums)

ひとつのグループをずっと観続けていくのも面白いのではないかと思う。そう思わせるのはただ単に好きだというだけではなくて新しさを感じさせる何かがあるからだと思う。
今日感じたのは、ピアノがとても美しいということ。こんなに綺麗だと感じるピアノは、このところ聴いたことがありません。それから曲の題名は忘れましたが、テーマが終わった後フリーになった時、音数が少なくなって現代音楽のようなクールな展開を見せたこと。最初にやったウェイン・ショーターの曲「fall」は、夏に聴いた時の方が印象的。パラドックスの美だったのでしょうか。

訂正
菊地雅晃さんのエレクトロニクスについて、間違った情報を載せていたので訂正します。
ベースをエフェクターにかけるのではなくて、コルグのモジュラー・シンセサイザーに通して電子音を発散させるのだそうです。ついでにちょっとご紹介すると、菊地雅章さんの甥にあたる方で、ベースを井野信義さんとゲイリー・ピーコックに師事したそうです。

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