@@@ あ れ こ れ think now @@@日本と韓国の共催という変則的な形で主催されたサッカー・ワールド杯は、成功裡に終わったと報道は伝えている。
あの大会のおかげで、いささかなりとも僕の方にもおこぼれがあり、その意味で、僕にとってはワールドカップ様様であった。
ワールドカップが、僕にとって意味があったのは、つまり有意義であったのは、そこまでである。
サッカーというものが、嫌いだというのでもないし、好きだと言うのでもない。今までサッカーをやったことがないので、好きだとも嫌いだとも、そんなこと言えるはずもない。
スポーツは、たとえ下手であっても、やってこそのスポーツであって、やりもしないで見るだけのスポーツは、異常だ。
サッカーについて言えば、サポーターの存在が、スポーツとしてのサッカーの異常振りを、よく表わしている。
スポーツとしてのサッカーに「見るだけサッカー」の毒素がまわったのだろう、「スポーツとしてのサッカー」関係者までもが、サポーターの存在を恃(たの)みにしている。
個々人のサポーターは、まだ性質(たち)がいい。きわめて悪質なサポーターは、新聞・雑誌やテレビだ。これらの悪質振りは、サポーターの極限であるフーリガンの悪さを、はるかに上回る。
個々人のサポーターは、手弁当つまり自腹で、動きサポートする。
これらメデイアのサポート費用、つまり報道経費は、全て、この国に住む一人一人の懐からでたものだ。
稼いだ金は、どう使おうと俺達の自由さ、と彼らは言うのだろうが、皆、新聞・雑誌やテレビの「高さ」を信用していない。あの程度の「低さ」と決め付けている。惰性で、とりあえず新聞をとりテレビのスイッチをいれるだけだ。
とは言っても、テレビの、あの突出した狂態振りには、何とも不愉快な気分にさせられる。
一つ例をあげよう。カメルーンの到着が遅れたニュース。こんなことで大分の何とか村に取材チームを貼り付けることは、ねーだろう。こんな、どうでもいいことを連日取材させる経営幹部も馬鹿なら、こうした幹部の意向に従う取材陣も、低脳だ。
彼らが、事ほど左様に低脳かつ悪質であるとはわかっていても、
しかし「感動をありがとう」などと新聞・雑誌やテレビで、
これでもかこれでもかと重ね重ねて喧伝されれば、
こちらの気分は、どんどん重く沈んで行く。
かつて新聞・雑誌や放送は、戦争翼賛を煽りに煽った。
必ず、でてくる。先輩の道を辿る、何か物騒なことを煽る新聞・雑誌やテレビが。
ホーペー58号Weekly Inpho no.58
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