このまま、突っ走ろう。ツバメに替わる獲物を見つけよう。冬、虫いないよ。いや、いるな、
赤や青の誘蛾灯、焼き鳥の匂い、に、ついつい誘い込まれる飲み属、・けべ属、愚痴属の人虫(ひとむし)、
戦果と惜敗を実況中継さながらに喋りたい競馬はロマンの、赤属(正式名称:赤鉛筆属、別称:耳属、耳に赤鉛筆を挟むので、そう呼ばれるが、他属、たとえば職人や年取った店員なども鉛筆を耳に挟むので、最近は耳属はあまり使われない)の人虫、
国民の懐に手を突っ込んで金を盗む族議員やゼネコンの利権属の人虫、
渡り歩く、下り属(正式名称:天下り属)の人虫、
などなどいろんな人虫がいるじゃねえか。
それに、枯れ木だって、生き物だ。あ、枯れ木は生き物じゃないのか、こんなこと言うと生(き)真面目科コチ固(かた)属の人虫から、怒鳴られそう。いやいや、そんなことない、「枯れ木だって、生き物だ」と今言った自分の直感は、正しくないようにみえて、しかし正しい。今在るものはもちろん、消えてなくなる物・者・音・光・闇も、すべて生き物だ。まだ、在る。こうあれかしという想像の産物と、このように在ったという記憶の産物、これも生き物だ
お金なんか、お足と言ったり「羽が生えてどっかへ飛んでっちゃう」と言ったり「天下の廻り者」と言うから(ホントかね、とかくお金の話は、眉に唾つけて用心、用心)、これは、正真正銘の、生き物だろう。
「金は天下の廻り者」と言われるけれど、本当だろうか。「金が天下」をとっているから金にお追従を言って、「金は天下の廻り者」と言っているのだろう。「金は廻る」が、決して「廻り」の達人ではない。であればこそ、ご同輩の明察のとおり、「金が敵」と、誰もが、目の色変えて、金を追い求める。
何てたって、「廻り」の達人は、山手線の「忘れ傘」だろう、1時間で、一回転する。お金のほうは、だいたい、1ヶ月に一回というのが、標準とされているらしい。地球は、1日に一回転、いやこれは違う、一回転を1日か、24時間で一回転、いや一回転で24時間、要するに何とかいう属か科の人虫が、決めたことらしい。何だかこんがらかって、頭の中がまわって、分からない。まあ、いい、ここはパスしよう。
あ、そうか、回転寿司の廻りは、傘より速い。しかしだからといって、回転寿司が、廻りの達人であるとは、到底言えるはずもない。何故、か。回転寿司の廻りには、電気が使われている。傘は、電気零。ひとが、山手線の座席腕もたれに傘を引っかけて電車を降りれば、OK。あとは、自然に廻る。くどいようだが、電気はゼロ。傘は、廻るにあたって、砂一粒ほどのエネルギーも使っていない。もしかしたら、現代物理学で否定されている、永久運動機関の、傘は、その体現者ではあるまいか、となると大変だあ、大槻義彦さんの首が危ない。かねがね大槻人虫さんは、オカルト人虫との話し合いで「現代物理学が否定されたら、職を辞する」と明言していた。彼のキッパリした性格からいって、職を辞するどころじゃない、腹でも切るかもしれない。大半の学者人虫が、「おお傘よ、傘、汝傘のもとに我は馳せ参じた、疾く(とく)下地(げち)を」と胡麻摺っているのだが。
そうか、傘とは、そいうものであったのか。想えば傘は「傘貼り浪人」とか「傘のお化け」と、人虫から虚仮(こけ)にされ、敬遠されてきた。俄然、傘は永久運動機関を引っさげて、積年の恨みを晴らそうと、人虫を奴隷にした。
と、そうなっては人虫としては、困る。だから傘は「天下の廻り者」のチャンピオンとして祭り上げ、傘霊を鎮めよう。
ああ、またまた、駄洒落のオンパレードだ、どうして、こうなんだ。どうしよう。方法は、二つある。ひとつは、全部削除。一つは、何が何でもこれを活かす。
駄洒落は、喋っている人虫本人だけの楽しみだけれど、そんなことは本人はわかっているのに、ひとに聞かせたがる。
しかし、駄洒落が容認される理由は、例え末席ではあるにせよ、駄洒落が言葉の遊びの範囲内に辛うじて入っているということだ。もっとも、駄洒落を喋くる本人が駄洒落の正当性を主張するのは、たとえその主張が末席などと遠慮勝ちではあっても、利権属の人虫が自分の利権の正しさを主張するのと、同じことだが。
遊びの範囲に入らない困った「遊び」に、血液型の性格判断がある。「困った」というのは、血液型で性格判断をしている人虫当人が、遊びだと思っているからだ。カッコつきの「遊び」だとは、思っていないからだ。最悪なのは、信じ込んでしまう、そんな奴、オーム寸前、オーム予備軍だ。もう一押し肩を押されれば、そいつは、あっという間に、オカルト大大好き人虫になってしまう。さらに、もう一押し、二押しすれば、オームだ。
知り合いに、韓国籍や中国籍の人虫がいるが、その彼らは、座持ちに時々、あの虫、この虫の血液型性格判断をやらかす。日本の民放テレビの影響に由るものだろう。
彼らは、血液型性格判断の由来を、知らない。いったん知れば、この「遊び」から、彼らは解放される。
血液型性格判断の由来を、大まかに書いておこう。僕は大まか科駄属の人虫だから、正確なことは書けない。ただ、基本は押さえているはずだ。
(1)第一次大戦の後、兵隊の選抜基準としての血液型の違いを研究するよう、軍部は軍医に命じた。これは、ヨーロッパの黄禍論に影響されたのだろう。ヨーロッパの人虫とアジアの人虫とを比較すると、前者の人虫には、A型が多く、チンパンジーはA型、豚はB型、だからヨーロッパの人虫の方が、優秀だ、といいうのだ。日本では、B型人虫が兵隊として優秀である、とされた。さらに学者科インチキ属の人虫が、『血液型と気質』を著し、以後、この国では、現在に至るまで、血液型による性格判断が行われる。
(2)敗戦後、この考えは、インチキであるとして否定された。
(3)しかし、この考えを復活させた人虫と人虫利益社会・出版社が現れる。この人虫と人虫出版社の出した、何とかいう血液型による性格判断の本は、類似の本を呼ぶほどに、売れ、大儲けをした。つまり、彼らに、天下の金が、廻ってきたのである。<いくら僕が大まか科駄属の人虫であるからといって、内容が誤りでは困る。そこで、webを検索してみた。補陀落通信の第49回「血液型占いとレッテル貼り」などを参考にしました。『血液型と気質』という書名は、僕の記憶にありませんでした>
と、まあ、こういうことを彼ら韓国人虫、中国人虫に、僕人虫は言う。一瞬気まずい雰囲気が彼らと僕の間に漂うが、それもすぐ晴れる。
新聞・雑誌やテレビ・ラジオで、血液型性格判断を含めて占いを、もっともらしい口振りで喋るのは、大変悪い。理由は、もう書く必要はないでしょう。もしかしたら、まともな遊びも考えつかないほどにまで、これらメディアは、堕ちているのか。