@@@@ 街 の 生 き 物 @@@@
人虫としての僕の科をここではっきりさせておこう。
人虫図鑑を検索すれば、大ま科駄属の隅っこに僕はいるはずだ。駄属については、次号以降に回します。
大ま科・・・・正式名・大まか科。これは、大ま科の古老からの話。かつては、大ざ科を名乗っていた(正式名称:おおざっぱ・大雑把科)。ひとが聞けば、おおざ科→おうざ科→王座科に聞こえたらしく、当方を丁重にもてなしてくれた。これに味を占めて、以後、名乗り合いのときは、そのように聞こえるよう発音していた。
ところが、これがいけなかった。意図すれば、姿顕われる。下心が、透けて見えてしまったのだ。そのため、古老は「かたり・騙り」と後ろ指さされ、大変苦労した。
ところが、時代が下って今から50年ほど前の1953年変化が訪れた。J国のN新聞社が碁・将棋の王座戦を設けたのである。N新聞から使者があり、「おおざ」を譲ってくれまいか、との申し入れがあった。Nは、おおざ→おうざという過去の経緯を知っていたので、再びおおざ→おうざを巡る諍いが起きないよう、と主張した。
古老会議、拡大会議、さらに全体会議が開かれた。議論の眼目は、名前を譲るは領土を譲るに等しい、であった。すったもんだ40年余、ようやく現在の大ま科に決着した。
なお、これらの議事録は、完全公開されている。分量は、大雑把に言って、いや大まかに言って、A4の紙を重ねて富士山を越えるらしい。
大ま科駄属の人虫が、虫を尋ねて街を行く
8月16日金曜日、めっきり涼しくなった。それにしても昨日まで暑かった。34、5度。自転車を4、5時間漕いで帰ると、もう何もできない。
路上には、虫たちの骸(むくろ)が、そろそろ目立ちはじめた。
蝉、カナブン、ゴキブリが、街で見られる虫の置き土産の殆どだ。トンボや蝶は、どうした。トンボや蝶の胴体は、細いから、夏の炎天下、あっという間に、干乾びて、小さな木の小枝みたいになってしまう。人虫は、トンボや蝶の置き土産を、受け取ることは出来ないのだ。
蝉やカナブンの置き土産は、人虫からは。踏みつけられない。人虫は、避けているのだ。僕は、も少しお節介を焼いて、横に蹴っ飛ばして、人虫の通らないところに、移動させる、サッカーボールは蹴らないけれど、蝉やカナブンを蹴るなんて、人虫の人後に落ちてしまうのか。ま、いいや。ゴキブリの名前が出て来ない。ゴキちゃんは、薄べったいので、蹴飛ばし成功率が低い。さらに
技を磨いて、ゴキ飛ばしワールドカップで、絶妙のプレーを披露し名手ポカーンを撃破したい。「名手ポカーンが、ぽかーんと口を開けて、ゴキの行方をさがしている、」とテレビのポカン頭脳の喋り屋に喋らしたいもんだ。
ゴキちゃんには、この場を借りて、一つ謝っておきたい。昔社員旅行で
旅館に泊まりオシッコに行った。木のサンダルに履き替えて1歩踏み出した、その途端、凄い音がした。下は、タイル貼り、上は木、その中に
ゴキがいたのだ。風船を破裂させたときの音そっくりだ。タイル張りが、音を倍加させた。
ゴキちゃん、勘弁して下され。
それ以来かどうか分からないが、ゴキめは、こちら目掛けて飛んでくるし、
寝ているときは、顔の上に攀じ昇りやがる。
毛虫は、何とも思わないけれど、どうもゴキちゃんは、苦手だ。
黙った虫たちには、必ずと言っていいほど蟻の行列ができる。この行列は、しかし、黙った虫たちの葬列であるが、人虫の葬列とは違って、蟻たちの歓喜の渦でもあるのだ。蟻の行列をじっと見ていると、彼らの蟻語、歓喜・喝采のさんざめきが聞こえるではないか。
ツバメ雑記
台風xx号が接近して今日(19日、月)朝激しい雨降る中、ツバメが1羽、電線にとまっていた。
朝8時ころのこと、いつまでそこにいるのか気になって僕も見ることにした。いったん少し飛びまたとまる、降りしきる雨を払い落としたかのようだ。8時20分、飛んで、どこかへ行った。見つけたのが8時。飛び去ったのが20分。
何故、あの激しい雨のなか、ツバメはとまっていたのか。不思議だ。分からない。
とまって・・・・この「とまる」が、わからない。ツバメが電線に在るとき、人虫にはツバメのその行動を理解しにくい。「止まる」「停まる」「留まる」「泊まる」のどれだろう。また蝉が木にとまる、その時、(オス蝉が)鳴くときと、(メス蝉が)卵を木に産み付けるとき、どのような「とまる」であろう。難しくて、分からない。
人虫の「とまる」は、ツバメや蝉の「とまる」を、十分に説明しきれないということだ。
人虫の冠を取り払った人間、万物の霊長人間は、決して万物の霊長、などと、そんなご大層な代物じゃねーな。他の虫のこと、全く分からないことだらけだ。やはり人間は、人虫だ。
近くに、古巣があるじゃないか。
ちょっと、こっちへ、来いよ。少しばかり燕語、覚えたから、積もる話しようよ、お前(おめえ)だって、人虫語、カタコト喋るじゃねーか。お互い言葉を取りかえっ子して、漫才でもやろうよ。
そうか、こういうことか。ツバメにとっては、巣とは、子育て・子孫繁栄のためにのみ存在する、それほどに重いい意味をもつ、聖なる場所であるのだろうか。
手帳を見てみよう。
7月22日10時20分5羽飛来、5羽庭を2,3分翔ける、壮観、実に壮観。また、自分たちの巣の前をかすめて飛び、あるいはホバリングする。3羽去り、二羽電線にとまり、二羽の顔は、こちらに向いている。やがて二羽去る。11時頃たまたまツバメマンションの庭に僕が出ていたとき、突如、二羽僕の視界に入り、庭を翔ける。1分ほどで去る。8月1日朝9時ごろ、1羽飛来し、ツバメマンションの庭を、ほんの1分ほど飛び回る。
巣立ったのが、17日。以後、彼らは、ちょこちょこ、来ていたのだろう。
一方の僕の方は、どうかというと、これが、からきしだらしない。もう巣立った、終わりだ、あしたから寝坊できるわい、と、喜んでしまった。
たしかに、彼らの朝は早い。朝まだ暗いうちから、親は、雛に昆虫を与えている。僕も、どんなににおそくても6時にはツバメ屋敷の前に立ったものだ。
もうじき、南へ、飛び立つ、去っち(いっち、行っち)まうまえに、もう一度、会いたいな。そのためには、ここしばらく早起きしなきゃ、トホホのホ。(以上、19日23時)
と言うわけで、20日朝6時、行った、しかし今日は長くは居られない、7時まえにそこを出る。明日は、昼近くまで、ここに居よう。
ついでに、都内でツバメの居る人虫の家を、ここに書いておこう。ほんの2、3軒だ。
(1)日本橋茅場町のビル、運送会社の車が出入りする車庫に巣の台が5つくらい作られ、2つか3つ巣があった。2,3年前偶然ツバメの出入りを見つけた。巣だった翌日の18日、ここに自転車に乗って来てみた。が、ツバメの姿は見られなかった。二番子が巣だった後に、僕が来たのか、それとも一番子だけだったのか、どちらも無しの無人の巣は、一寸考えられない。来年もう一度来てみよう。
(2)6月30日(日)、サッカー決勝の日、そのサッカー関連の仕事のため15時ころ自転車を漕いでいると、音羽会館のあたりで、ツバメが1羽僕の目の前を横切った。
(3)7月22日、郵便局へ行く途中、お相撲さんの雷電の墓のある報土寺のそばで、ツバメの飛翔を見る。
(4)多分7月13日の土曜日、板橋の蓮沼町でツバメの出入りを見つける。もう何日か発見が遅ければ、巣立った後だった。運が良かった。土曜日は、競馬G誌の赤字チェックのため夕方、蓮沼町の写植屋さんに出向くが、全く運が良かった。ほんの5秒か10秒も時間が前後すれば、ツバメの出入りは見つけられなかった。いい運が、2つも重なった。2つあれば、3つあるそうだから、も一つよいことあるのか、しめしめ。
(5)その写植屋さんの人の話によると、文京区の春日町交差点にある真砂センターにツバメが居ると言う。何時か、そこへ行ってみよう。
茅場町と蓮沼町は、ツバメの家が特定できるので、ツバメ日記を郵便箱に放りこんでおいた。世の中には、うん万円をひとの家に放り込む素っ頓狂な奴もいるけれど、ツバメ日記を放りこむ馬鹿虫もいる。うふふ・・・・
都内で、ツバメを見かけたら、教えてください。お願いします。
なお,
表紙の赤っぽい色の線、文中の赤っぽい色の字は、臙脂色、ツバメの頬の色から、採りました。<以上、このページ8月20日23時>
ホーペー63号Weekly Inpho no.63
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