
虫を殺すという見方にたてば、役所は、成果をあげていることになる。しかしさらに、成果をあげるなら、何故蝉を殺さぬ。蝉の幼虫を殺さぬ。蝉の蛆虫を殺さぬ。一匹の蝉が何個の卵を木に産むのか、知らない。1本の木に何匹の蝉が卵を産みつけるのか。いずれにしても、蝉の幼虫、蝉の蛆虫が、頭を下に地上目指して、夏のある日一斉に移動している光景に出くわすものだ(一斉に移動、といってもも、長時間観察していないし、計測もしていないのではっきりしたことは言えないが、4、5秒に1ミリ移動くらいのスピード)。地上に降りてうまく地中にもぐりこみ、うまく・・・・またしても、うまく、だ・・・・自分の食料源・木の根に辿りつくまで、多くの殺し屋が待ち構える。蛆虫は抵抗手段を持たないだろうから、殺し屋に出会ったら、その蛆は即殺し屋の所有物になる(もしかしたら、蛆は体内から何かを分泌して殺し屋に対しての防護壁を作るかもしれない)。
木の根に辿りついた蛆は、数年間木から食料を給される。木の樹勢を、蝉蛆は、損ねる。役所は、だから、造園業者に、捕虫網を貸与して蝉の捕獲を命じ、木の根には蛆殺虫剤を撒かねばならぬ。予算分捕りの大義名分が、一つでっち上がったじゃないか。
前に戻って、1本だけ残った、毛虫のいたすずかけの木。この木を見つけたのは、14日。この木の毛虫をどうしようか、今撮るか明日撮るか、(毛虫と小枝つきの葉・食料を)今採るか明日採るか、明日にしよう、と決めたのが、間違いだった。翌日昼頃、その木には、毛虫はいなかった。彼らは、蛹へと転進したのだ。前日どっちにしようかと決め兼ねているとき、もうじき蛹になるな、とも思った。もちろん僕は、この毛虫が何という名の蛾・蝶になるか、知らない、ましてや、毛虫を見ただけで、こいつはもうじき蛹になるかなど分かりようもない。が、葉っぱの食いっ振り、木の立場から言えば、葉の食い荒らされっ振り、地上の青黒い毛虫の糞量を見れば、もうそろそろ蛹になるな、とある程度分かる。
しかし、よもや翌日蛹に変化し、葉っぱには人っ子一人見られない、そうなるとは思わなかった。人虫の時間観念で、毛虫を考えたのが間違いだった。毛虫には毛虫の時間がある。毛虫の一時間は、人虫の一年、二年にあたるのかもしれない(全くの当て推量。『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄、中公新書、1992)をまた読まなきゃいけないか。面白い本だけれど、難しい本だ)。
毛虫が居ないので撮れない、採れない、ならば、木に攀じ登って、蛹を何故採らなかった。この人虫は、他の人虫の目を気にしてしまった。全くだらしないことだ。なまじっか年を重ねてしまい、突進力が、失せた。
これでは、困る。何とかしなきゃ。
役所は、毛虫を皆殺しにする機能を、何日(いつ)持ったのであろう。皆が知っている、種の絶滅を。古典となった『沈黙の春』(1962 R.カーソン 新潮社)もある、皆、喋っている、種の絶滅を。僕も、役所のひとも、造園業者も、毛虫がいるから駆除してくれという住民や通行人も、種の絶滅を心配している。
カブトムシやクワガタのように養殖すればいいというものでは、ないだろう。
僕らの持っている知識、たとえば種の絶滅という知識は、街路樹の枝降ろし作業には、全くの無力である。僕らのもっている知識というものは、たんに百科事典の項目に過ぎないのか。
なお今回の風景は、主の居なくなった虫食い葉にしました。これが、ゴミ車に放りこまれた毛虫の遺影になりました。合掌。また、非命に倒れた毛虫を送る仲間としてオオスカシバの幼虫(毛がないから毛虫とは言いにくい、芋虫か)、スズメガ、何の虫か僕には分からない抜け殻を合わせて載せます。オオスカシバ、スズメガは都内でも毎年、年に3、4回は見かける。ツバメ日記59号のローソクトンボの記憶は、はるか彼方にあり、何年前かということも分からないが、6月のいつだったか、黄色のローソクトンボを見かけ、びっくりした(白と黒の胴体を持つのが、ローソクトンボのオス、黄色と黒がメス。これはシオカラトンボ・雄とムギワラトンボ・雌の関係に似ている。トンボの卵??は美味しそうだ、炒り卵を想像してもらえば良い。分量の少ないのが難か。トンボの糞は、シャープペンの芯を1ミリか1.5ミリくらいにポキポキ折ったようなもの、連続して出てくる)。それにしても、油蝉に先行して鳴くニイニイゼミも、記憶の彼方に行ってしまった。ほかにも、記憶だけの、かつてはありふれた昆虫は多い。昆虫ではないが、トカゲも、あれもこれも・・・・見えない。そうそう、2年ほど前ヤモリかイモリを見かけた(この区別は僕にはできない、ソーメンと冷麦の区別ができないように、だ)。<23日24時>