@@@@ 街 の 生 き 物 happenings@@@@
大ま科駄属の人虫が、虫を尋ねて街を行く
これだから、ほっつき歩きは、止められないんだ。
22日(木)僕は、自転車で千住大橋を目指した。早朝や深夜の人虫がいない時間帯(あれ、この時間帯という言葉、サッカー放送の影響に因るものだ)ならば、90分ほどで大橋まで行ける。8時出発だから、人虫は多い。昭和通りはクルマ虫も多いので、車道はご免だ。少し時間がかかるけれど、怪我でもしたら僕みたいな無職渡世虫はそれだけで一巻の終わり、だ。
9時15分に上野着。異変は、上野を過ぎて、間もなくして起こった。あ、異変でもないし、ましてや異常でもない、起こったでもない、ただ、久しぶりに、これはこれは善いものを目撃した、その意味で、僕にとっては異変が起こったのであった。
上野を過ぎて間もなく、遺跡らしき発掘の現場に出会った。現場の金網越しに、木杭らしきものに石灰か何かで白く囲っている。沢山見える。掘り下げたところもある。作業服を着た人虫が二人ほど、しゃがみこんで地面と睨めっこをしているように、見えた(ご免なさい、ずっこけた言い方をしてしまった)。ははーん、何か出たな。
僕の見た遺跡の発掘現場としては、新橋の汐留跡地があった。僕の近場なので、ときどき見るともなしに、見に行った。しかし、このときは、それほど、興味は湧かなかった。金網越しに見るのだが、何しろ現場までの距離があり過ぎて興が削がれたのだと思う。
今回は、違った。金網1枚というよりも、皮1枚向こうが、もう現場だ。凄いじゃねーか。こんな幸運は、めったにあるもんじゃない。この幸運に出会ったということ、これが凄いのだ。火事場が隣家だったら、幸運どころかおちおちしていられないが、遺跡の発掘現場なら、まことに興味津々、仕事なんか、放り出しちまえ。
となりそうだったが、まだ時間も早いので、作業開始までまだ間がある、予定通り千住大橋にとにかく行こう、ということになった。前号の毛虫の失敗もあるが、今度の相手は人虫だ、僕もれっきとした人虫だからおたがい時間の尺度は同じだ。
千住大橋に9時50分。10時50分大橋をあとにして、現場に11時20分着。



やってる、やってる。目の前1メートル足らずのところでツナギを着た若い女性が、測量機
を覗いて数値を読み取り叫んでいる。声の向こうに、書きこむ女性がいる。
この広くはない現場に10人以上の人虫が、それぞれ持ち場をこなし、あるいは話し合っている。金網越しに覗く通行人が、ちらほらいる。見知らぬもの同士がひそひそ喋っている。僕もその輪に入れてもらった。
汐留のときと、何かが違う、雰囲気が違うのだ。汐留の現場が遠くてこの現場が目と鼻の先だ、ということもあるだろう、しかしそれだけでは、とても納得できない。汐留の空気とここ上野の空気は、違う。こっちの方が騒がしい、ざわついている、空気が揺れている、空気が立ち揺れている。何故だろう。
測量中の目の前の人虫には、声をかけられない。向こうにに回ってみたら、折りよく現場の人虫が脇の置き場から出てきた。聞いてみたら、遺跡かどうか、まだ分からないそうだ。
あ、そうか、違いの理由が分かった、と思った。未確定であるからだ。遺跡とするか遺跡とはしないか、の作業(の基礎)を僕は目撃しているのだ。遺跡か遺跡ではないか、瀬戸際の、切羽詰った作業だ。どちらに結論が出ようと、この作業は、要だ。切所(せっしょ)の作業に没頭して、発掘作業員の気持ちも、張り詰めているのだ。その気持ちが、素人の見物人に伝わる。汐留とは、ちがうのだ。
遺跡の発掘現場を見学するよりも、未確定の現場に出会って、これはむしろ幸運であった、と思う。未確定の現場の雰囲気を、素人は素人なりに、少しでも知り得た、ように思う。
12時半はんころ、この現場をあとにし、帰ることにした。途中、危険な秋葉がある。うっかり秋葉に踏み込んだら、ピュー太の部品に、それも安い怪しげなものに、手がでてしまう。
現場を見て気分良く、しかし秋葉には用心して、自転車をころがしていると、その秋葉の近くで、また異変が起こった。思わず、うふふ・・・と笑いたくなるような、僕の頭のなかでの異変だ。言葉は不要だ、写真をみれば、すぐ分かる。こういうのを見るのは、実に嬉しい。

この人虫の工夫に対抗するのではないが、僕の工夫も紹介しておこう。このひとの工夫と似て僕のも自転車にまつわる工夫だ。写真がないので言葉で説明するが、自転車の荷台の高さと道路脇の柵・ガードレールの高さは、大体同じだ。自転車を柵・ガードレールに平行させる。次に、荷台と柵・ガードレールの上に洗濯板みたいな板を置く。これで、準備完了。この板の上に僕がのって眺めるもよし、写真を撮るもよし。つまり脚立だ。洗濯板みたいな板と自転車は、セットになっている。このセットに僕という人虫を加えた三点セットのトリオが、虫を尋ねて街を行く。ロバと槍とドンキホーテのようなもの、だ。
さきほどの自転車を追いかけているうちに、秋葉に踏み入ってしまった。ピントのあう射程距離に追いついては1枚撮り、また同じようにして1枚撮り、と繰り返していたら、万世橋を渡っていた。
ま、いいか、今日は、いい事が二つもあった、ちょっと覗いて行こう。ツクモ(九十九電気)に直行。ネズ公(マウス)とキー坊を買おう。キー坊は、ツクモに合わせた99円で売られている、この記憶があればこそ、ツクモに直行した。もちろん中古で保証なし。ここでキー坊を求め、ネズ公のほうは、「あぷあぷ」で一個100円のを2個買う。「どすぱら」や「じゃんぱら」は行かないほうがいい、危ない。2,980円で電源付新品5日間保証付ピュー太ケース、この値段に惑わされて手を出したら、あとは坂を転げ落ちるように、やれCPUだ、メモリだ・・・と、お金が芋蔓になって飛び出してしまう。たしかに、その場では、抑制が働いて、他の部品は買わない。しかし、だいたい1週間もたてば必要な部品は揃っている。禁煙と喫煙の繰り返し、みたいなものだ。2、3万円もあれば、そこそこのピュー太はできあがるが、そのお金は、今はデジカメに回したいのだ。
今、100円のネズミが、気分良く働いてくれている。99円のキー坊は、まだ出番はない、今までのキー坊がまだ元気だから。
なお、「街の生き物」、「人虫」については、60号「街の生き物」を、お読みください。
前号のこのページで、ヤモリかイモリを見たと書きましたが、これに枯葉蝶(羽が枯葉そっくりの蝶)を杉並区で見たことを付け加えます。4、5年年前であったか5、6年前であったか。この蝶は、僕は初めて見た。蝶の命は、人虫より短いのに、この蝶は、悠然としているように僕には思えて、飛んで行かない。羽を閉じたり開いたりしている。人虫の命は蝶より長いのに、急かされて、どこかへ行かねばならぬ。あの時、この矛盾にぶち当たって、ホトホト困った。10分ほど蝶を拝んで、泣く泣くこの人虫は、移動した。<26日06時>
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