〔出典:『Challenge』第65号/2001年1・2月〕
戦闘のただなかの子供たち−−「ライ麦畑でつかまえて」くれる人は誰も居ない
ミハール・シュワルツ
アル=アクサーのインティファーダには、子供たちの血が塗り込められている。最初の犠牲者はムハンマド・アル=ドゥーラ少年で、父の腕に抱かれたままイスラエル軍に撃ち殺された。この少年の死はテレビで放映され、イスラエル国内のアラブたちがインティファーダに立ち上がるきっかけとなった。その次には14歳のファーリス・オーデが石でイスラエル軍の戦車に立ち向かい、その写真が報道された。その一週間後にオーデ少年は殺された。彼の戦車との対決は、イスラエルの抑圧に立ち向かってゆくヒロイズムの象徴として有名になった。その写真はカレンダーになったり、ラーマッラーでは3階建てのビルに巨大な壁画として描かれたりもした。
そして数週間が経過するなかで、さらに多くの子供たちが殺され、PA〔パレスチナ(暫定自治)当局〕の方針についての議論がパレスチナ人たちの間で始まった。最初の〔1987年からの〕インティファーダでも子供たちは殺されたが、現在のような比率ではなかった。相違点は、当時のパレスチナ人たちが石だけで闘っていたという事実に、ある。彼らには明確な目的があった。つまり、占領を打ち破り、独立国家を建設することだった。現在では、しかしパレスチナ人たちと占領者たちとの間に第三の勢力が立ち現われている。PAそれ自体だ。この政治権力は、イスラエルの情報部と、そしてCIA〔米国中央情報局〕と協力していることで有名だ。民兵たちと同様に現在のインティファーダに参加している、このPAの警察部隊はオスロ合意が創りだしたものだ。そしてこのパレスチナの警察部隊は、他ならぬパレスチナ人たち自身の中に存在する〔オスロ合意に対する〕反対者たちを抑圧するために、イスラエルから財政支援され、また武器を供与されている。パレスチナのあちこちの通りを、死者の葬儀の列がひっきりなしに進んでいるというのに、PAは警察部隊の創造者と「パートナー」に対する明確な立場表明を行っていない。
危機的な叫び
投石するパレスチナの子供たちの間に銃を持った人々が現われた時、イスラエルは発砲する言い訳を得た。パレスチナ赤三日月社は、2000年12月26日段階での死者数を321人と発表している。負傷者数は10,523人。さらに同赤三日月社によると、死傷者の24%以上が18歳以下だという。ガザ回廊のパレスチナ人権センターによると、子供たちの割合はもっと高く、12月5日時点で死者の3分の1、負傷者の半数以上が子供たちであると発表している。イスラエルの人権団体ベ・ツェレムによると、12月27日段階での市民の死者(つまり治安部隊は含まない数)は239人で、そのうち79人が12歳から18歳なのだという。
パレスチナ人の民兵たちがイスラエル軍と対決しているときに、何故PAは、子供たちが銃撃戦の場に入ることを許しているのか?
戦略問題の専門家リヤード・カハワージーは、ロンドンで発行されている「Al-Hayat」紙の12月3日付に、「石に武器を浸透させることの困難さ」についての文章を掲載した。彼は、こう書いている。「パレスチナ人たちが銃火器を使用している、そのやり方は、彼ら自身を大きな危険に晒している。戦車やミサイル、戦闘機に対して自動小銃で立ち向かうことは無意味であり、自殺行為でしかない。その一方でイスラエルに対しては、デモ隊に発砲する口実を与えるのだ。」
カハワージーは、さらに続ける。「現在のインティファーダは、先のインティファーダと同様ではない。武器の使用が、抵抗する者たちから、かつての彼らの最大の強さを失わせる結果となっている。その最大の強さとは、パレスチナ人たちの弱さだったのだ。先のインティファーダにおいては、投石する子供たちのイメージは国際世論に対して大きな影響力を持っていた。しかし現在、このイメージは、銃で武装したパレスチナ人たちのイメージと混ざりあってしまっている。このことが現在のインティファーダから、大衆蜂起が持つ最良の武器を失わせている。その最良の武器とは、世論〔の支持〕だ。」
カハワージーも、武器の使用について全面的に反対なのでは、ない。ただ彼は、「明確な戦略の下で」武器が使用されるべきであり、現在のように突発的な形で使われるべきではない、と主張している。彼は、そのような戦略的段階というのは、「イスラエルが……PAの領土に対する侵略を決断する」場合に訪れるだろうと考えている。
PNC(パレスチナ民族評議会)の野党議員であるアブデル・ジャワド・サーレハは、インドでマハトマ・ガンジーが実行していたような平和的な政治闘争が望ましいと考えている。彼は、「占領軍が、非武装の市民を相手に戦うとなれば、困難に直面することとなるだろう」と考えている。〔昨年/2000年〕12月5日の、あるインタビューで彼は、私たちにこう語った。「いかなる大衆闘争においても、そこに武装して覆面をかぶった男たちが参加することは、非常に否定的な現象です。パレスチナの人々は、これに強く反対しています。またPAは、その武装部隊に対して、大衆的なデモンストレイションに介入しないようにと呼びかけています。ところが、ここには問題があります。単一の権力組織があるのではないからです。逆に様々な力関係が存在し、民兵組織もまた同様なのです。それぞれが独自の決定をしています。デモンストレイションの最中に、覆面をして銃を持った男たちに近づいて行き、『ちょっとすいません。あなたは、どこの組織の人なんですか? ここに参加した目的は何ですか?』なんて訊ねることは不可能です。」
ガザ回廊のラファハに住むジャーナリストのフアード・アブー・リブデによると、大部分の民族的な政治勢力、そしてイスラームを基盤とする政治勢力は、大衆的な蜂起と武装闘争を混同すべきではないという点での合意はあるのだという。この町にあるヌール・モスクのイマーム〔イスラーム教のコミュニティで指導的な立場にある人物〕であるアブデル・ラティーフ・ムーサは、子供たちに対してラファハの周辺で衝突の起きている場所に近づいてはならないと訴えていると、私たちに話してくれた。彼が言うには、そうした場所へ近づくことは「自殺行為」だからだ。
アブー・リブデは、彼自身の立場を次のように説明する。「私は、大衆的な座り込みや平和的なデモ行進といった形態による、人民反乱を支持します。もしも武装した民兵たちが戦いたいというのであれば、例えば〔イスラエルの〕入植地の中でとか、とにかく〔パレスチナ人の〕デモ隊のただなかではない、人々から遠く離れた場所で戦ってもらえばいいんです。」
家父長主義への反対
小さな子供たちが自ら進んで殉死してゆく、その熱望を私たちは、どのように説明することができるだろうか? 単なる仲間うちでの圧力ゆえなのか?
ジャーナリストのアブー・リブデは、子供たちが進んで殉死しようとする現象はガザ回廊の子供たち、とりわけ難民キャンプの子供たちに多い、と指摘する。こうした子供たちは、一つの行動パターンを身に付けている、というのだ。「多くの場合、同じ学校に通う、あるいは同じキャンプに住む、およそ300人ほどの13歳から15歳の子供たちが連れ立って、イスラエル兵士たちに向かって行きます。お互いに勇気づけ合って、子供たちの心は普段とは違った状態になります。それで、みじめな日常生活を生きるよりも殉死者となるほうが、より良いと思えてくるのです。子供たちは、家族の言うこともききません。実際、家族は子供に向き合った際には無力です。」
なぜ家族は、子供たちを止められないのだろう? アブー・リブデは説明する。「子供たちは、こう感じているのです。つまり大人たちには、子供の生活や名誉を守ることなど、ずっとできはしなかった、と。ここから結果するのは、子供たちの平穏さ〔平和〕や権威〔当局〕に対する不信、です。家庭の中でもそうですし、国家・社会というレベルでも同じです。小さな子供たちでさえ政治を語り、オスロ〔和平プロセス〕に対する反対意見を述べるのです。そうした会話の輪に加わったこともありますが、子供と話しているとは全く感じませんでした。大人同士の会話みたいだったんです。こうした子供たちは、幼年期を失ってしまったんです。」
PNC議員のアブデル・ジャワド・サーレハも、アブー・リブデと同様に考えている。あまりにも多くの子供たちが自ら殉死してゆこうとしていることについて、彼は、こう説明する。「イスラエル軍の兵士たちが、あるパレスチナ人の家に押し入って誰かを逮捕しようとする。そのとき、その家の子供は、自分を一人前の男性あるいは戦士というイメージに自己同一化させようとします。子供たちを守ることができなかった、そのような父親に、ではないのです。それゆえイスラエルに対する闘争は、同時に、家族や父権主義的な権威に対する革命という意味合いをも持つことになるのです。こうした子供たちの眼から見れば、家から外に出ないようにと子供たちに命じる権利を持つ人は、誰一人として居ないのです。もちろん暴力は、こうした子供たちの日常生活の、分かつことのできない一部分になっています。子供たちは占領という病に冒されており、またオスロ〔和平プロセス〕という病にも苦しんでいます。これら2つが共に、子供たちを自殺的な行動へと押しやっているのです。」
PAが非難されるべき理由
失敗したのはイスラエルだけではない。PAもまた失敗したのだ。設立されてからの7年間にPAは、安定も、あるいは治安の維持も実現することができなかった。逆にPAは、パレスチナの民衆に犠牲を押し付ける一方で、しかし明るい希望を一切提示することなく、腐敗・汚職の泥沼にはまりこんでいる。それゆえパレスチナ人社会の多数、とりわけ若者たちは、自らの今後を展望できない。
もしも、こうした子供たちに、守ってくれる家が、食事を与えてくれる稼ぎ手が、ちゃんと勉強のできる学校が、遊び場が、そして見通しが立てられるような確かな仕事があれば、その子供たちは殉死することを望んだりはしないだろう。もしも子供たちの生活が、彼らにとって何らかの意味があるのであれば、そしてひどい貧困と恥ずかしめの連鎖のかわりに互いの尊敬や安定があれば、子供たちは生きることを選ぶだろう。
時たまPAは〔イスラエルとの〕交渉で切り札がなくなってしまった際に、PAの交渉相手〔=イスラエル〕に反対して立ち上がるよう、パレスチナ人たちに呼びかけてきた。ところが現在のインティファーダの中での反乱は、PAの意図を越えて雪だるま式に大きくなっている。今やPAは、子供たち自身の欲求不満の一因ともなっている、そのような大衆的ムードに引きずられていることを認めざるを得ない状態に陥っている。誰も戦略を持っていない。街頭に出て抗議行動を行う人々の多くが考えているのは、政治指導者たちが降伏することを恐れるような騒乱状況を作り出すことなのである。
PAは、子供たちを危険な地域から遠ざけて守るべきなのに、そうした努力を払ってはいない。子供たちが検問所に向かって行進してゆく。銃で武装した人々も中に混じっている。そして子供たちが殉死する。するとPAは死者の写真をあちこちにバラまき、ヤーセル・アラファートが負傷者にキスする場面を撮影するのだ。
これは二重のゲーム。一方でPAは、パレスチナ人たちの希求を愚弄するような諸計画についてイスラエルと交渉し続け、しかし他方では、勝利することの不可能な戦争を継続している。PAは、PA自体にとっての交渉の真の目標を民衆に説明するかわりに、民衆を地獄の片隅にうち捨てている。子供たちは地獄の片隅に向かって殺到しているのに、その子供たちを押し止めようとする人は誰も居ない、のだ。◆