ある子供の証(あかし)
音楽とアートを活用したリクリエーションによる支援プログラム

インティファーダが与える影響に子供たちが抗してゆくための、
サーブリーンのキャンペーン

2000年11月

アートの発展のためのサーブリーン・アソシエイション
Sabreen Association for Artistic Development
P. O. Box 51875
91517 JERUSALEM
Tel: 972 2 5321393/5
Fax: 972 2 5321394


◆概論◆
 「アル=アクサーのインティファーダ」が開始されて以降、多くの組織―公共の組織であれ、私的な組織であれ―が解決しようと努力を注いできたのは、パレスチナ民衆の貧困や苦痛、孤立化、そして追い立てられ続ける状況である。こううした一連の状況は、実に残忍な形で過度の暴力がふるわれている、その直接的な結果だ。このことは、社会的・経済的な状況をますます悪化させるばかりでなく、社会全体に、とりわけ子供たちに対して不安な心理を植えつけることによって影響を及ぼしている。パレスチナの多くの家庭では、自分たち自身の生来の環境からの不断の疎外というプロセスを経験させられ続けている。昼も夜も繰り返される殺人、爆撃、そして交錯する銃撃、これが多くの家族にとっての現実なのだ。
 絶え間ない恐怖と不穏な状態を押しつけられるという環境は、誰にとっても健康に生きてゆくのに良い環境ではあり得ない。このような場合、大人たちはある程度苦しみゆえの傷に打ち勝つことができると思われるが、子供たちはその環境に対処する防衛メカニズムをまだもっていない。だからこそ、このような環境の否定的かつ不健康な影響によって傷つきやすいのだ。教師たち、そして専門家たちは特に、この現在のインティファーダが子供たちに与えるインパクトについて危惧している。現在のインティファーダは、まさに戦争状況とも言い得る―強烈さと被害の度合いが、以前のインティファーダよりも、はるかに大きい―ために、社会に対する影響も同様に大きいのだ。
 さらに、この紛争は、この地域での和平〔交渉〕の行く末について、インティファーダの成果、その持続期間、予想される結果について等の様々な疑念をも生じさせている。沈鬱な環境の中で、苦しめられた世代が育つことになる。混乱と恐怖に満ちた現実のただ中で、とりわけ子供たちのために安全な避難所を提供しようとする多くの個人的・集団的な取り組みや努力が様々なレベルでなされてきたが、しかしこれらは質的にも量的にも不十分であった。
 この暴力の繰り返しの中で子供たちは、その本来の性質とは全く逆の価値観に、その成長段階からして余りに早く晒される。子供たちの個人的なアイデンティティは、伝統と自衛の強大な文化の中に飲み込まれてしまっている。敵意に満ちた環境の中でのこうした社会的価値観が、子供の精神の上におおいかぶさっているのだ。こうした状況に対抗できない子供たちは内側に引きこもり、抑圧と孤立へと追いやられることになる。これらの、子供たちへの影響は、たとえ直ちに訪れるものではないとしても、それが取り返しのつかないものとなる危険性は高い。私たちはアーティストであるがゆえに、創造力と革新性が私たち自身の豊穣さの基礎であると考えるし、だからこそパレスチナの子供たちが自己表現のできない状況にあることを深く危惧している。今、子供たちがみる多くの夢が銃撃と爆撃の夢であることはあまりにも痛ましい。
 私たちはこの三年間、子供たち、そして大人たちのための様々な音楽とアートの訓練プログラムを実施してきたが、その取り組みを通じて音楽とアートが子供たちの発達のみならず、子供たちの人格が形成される過程にも大きな力があると考えるようになった。私たちのアプローチは子供たちの経験を重視し、また同時に一人ひとりの子供は多種多様なアートに接することができるのだという考え方に基づいているがゆえに、その訓練プログラムは、子供たちが伝統に囚われない挑戦的な方法で自己表現することをおおいに促す環境を用意するものとなっている。
 音楽教育というのもは、閉じたドアの内側でなされてはならない。また音楽の演奏は、大規模に多くの人々に行き渡るべきだ。それでこそ音楽は人々を感動させ得る。このこと自体が、音楽そのものの勢いをも生み出す。
 さらに私たちの訓練プログラムは、音楽、舞踏、演劇、絵画、その他の表現手段という多様なアートの形態での訓練という包括的なアプローチを採用することによって、私たち自身の固有の文化に非常に近しいものとなっている。だから子供たちは、私たちの社会の中にすでに広く行き渡っている音楽の概念を基にしてプログラムに参加することができる。子供たちは、多様な形態を組み合わせ、あるいはバラバラに利用して、子供たち自身の能力と内面的な感情を表現する術を身に付けるのだ。
 音楽教育を通じた全体論的な発達のための同様なアプローチとしての私たちが実践した最近の取り組みは、二〇〇〇年八月に行われた音楽サマー・キャンプであった。子供たちと共に地元の教師たちも、一連のワークショップに参加したが、これらのワークショップの最後を飾ったのは、子供たちの出し物だった。人々の前での演奏は、何人かの子供にとっては初めての経験であったが、すばらしいものであり、忘れがたい経験となった。
 同様の具体的なアプローチを活用し、これに頼ることで音楽とアートは、パレスチナの子供たちが自らの欲求不満、感情、混乱、そして同様に希望をも表現するのを手助けするような、落ち着いて静かな環境を提供し得る。楽器や音楽を使ったゲーム、色彩、ロール・プレイ、寸劇、詩と作文は、子供たちの自己表現の道具となる。個人的な作業と同様に、グループ作業も子供たち自身のためのものだ。子供たちは、自らが表現しようとするものを互いに分かち合う。グループ作業はまた、子供たちが互いに他の子供と共通の価値観や共通の恐れ、そして共通の希望を分かち合うことで、互いに同じ子供なのだという感覚を強めることにもなる。この場合にはアーティストがファシリテーターとなって、子供たちの創作の過程を導き、子供たちの創造をアート作品にする手助けをする。
 アーティストであり、また同時にこの同じ社会の成員である私たちは、このようして社会の様々な束縛と希求とを分かち合う。子供たちのための音楽プログラムで好評を得る経験を積み重ねてきた私たちは、ここに提案するプログラムを実行するのに好適な位置にあると言えるだろう。


◆目標◆
 音楽とアートを通じたリクリエーションによる救援プログラムを立ちあげること、紛争に伴う困難な状況を軽減する手だてを提供すること、そして地元の音楽やアートの教師たちとの、これまでの共同の取り組みを発展させてゆくこと。このプログラムは、救援と発展のための民間と公共の諸機関によって実践されてきた取り組みを基礎とし、また、それらを尊重する。音楽とアートを通じて私たちは、困難の中にある私たちの社会、とりわけその子供たちの導きを手助けし、また暴力的な状況に抗するのを助けたい。


◆方針◆
1:セラピーとして――子供たちは音楽、遊び、演劇、絵画、そして作文などの集中的なワークショップの、それぞれに参加する。これらのワークショップは、子供たちが解釈したいと思っているものを表現し、視覚化するのを手助けするためのものだ。それぞれのセッションは賑やかに行われ、子供たちがこれに参加することで怒りや欲求不満、不安や恐れを緩和し得るような手だてを提供する。音楽、そして多くの形態のアートは、怒り、そして他のトラウマによるストレスの治療に効果的であることが証明されている。
2:表現について――音楽とアートは本来、人の感情の直接的な表現である。そのアート作品は現実と空想との感情的・感覚的な相互作用の結果だ。ワークショップでの音楽とアートを通じて、子供たちは自己表現の力を伸ばし、自らの内的な感情を楽曲や肖像画、演劇、詩、あるいはそれら全ての組み合わせへと変換させ得る。様々なセッションは、子供たちを現実から遠ざけるためのものではなく、逆に伝統的ではない形態の中で連帯や愛着を表現させようとするものだ。
3:理由を了解すること――ワークショップは、子供たちが自らの内的な感情を自由に表現するための手助けをし、子供たちを触発するが、同時に子供たちのメッセージを両親や教師たち、友人たち、地域社会の全体、さらに国際社会に対しても伝えるものとなる。様々なセッションの成果としてのアート作品は、子供たちが何を感じ、何を表現したいかを反映したものだ。その作品は、子供たちが何を経験してきたか、何を恐れ、何を望んでいるかを表現している。このプログラムの一環として、セッションに参加した子供たちの作品を忠実に記録する。アート作品は学校に展示され、啓蒙的なキャンペーンや記録資料として利用することもできる。


◆方法◆
 ワークショップのセッションは、音楽や演劇、絵画、詩の分野でのプロフェッショナルなアーティストたちのチームによって行われ、訓練された複数のカウンセラーとソーシャルワーカーも参加する。このチームが、同じワークショップの日の間に、参加した子供たちが複数の異なるアートの形式に触れることができるように、そして、その子供たちのアイデアを多様な形態のアート作品として制作し、洗練させてゆくことができるように、セッションの構造や内容、時間配分を計画する。
 プログラムが子供たちにとって有益である一方、この具体的なトレーニングは教師たち、そして支援のためのファシリテーターたちにとっても同様に有益である。教師たちによって訓練された子供たちは、地元の人的資源を豊かにするし、教師たちは、その自らのクラスで手にした技術のいくつかを、さらに実践してゆくことができる。
 ワークショップは五時間続けられるように計画され、以下に従って準備される。
1:予備的なセッション―このセッションは一時間半で、全てのファシリテーターたちに対してワークショップの目的、そしてどのように子供たちが一緒に取り組みを行うかについて説明するためにある。音楽や演劇的な要素を含んだゲームを通じて、子供たち相互の自己紹介をするとともに、様々に異なったアートの形態と、それらの相互関係を子供たちに示す。子供たちは口頭で、何をどう感じたかを述べる。そして、このセッションと、これ以降のセッションで子供たちが取り組みたいと思う集団的なテーマや価値、感情、あるいは何らかのトピックにたどり着くことになる。ファシリテーターたちは、参加する学校教師たちに協力し、ワークショップの中に組み入れられる。
2:技術を発展させるためのセッション―子供たちは一〇〜一二人の小グループに分けられる。それぞれのグループの人数は、参加希望の多少や好みによって異なるだろう。しかし子供たちは、音楽、演劇、絵画、詩と作文という四つのアートのグループに分けられる。個々のファシリテーターは、それぞれ一つのグループを担当し、最初のセッションで選び取られたテーマを発展させてゆくために、それぞれのグループのアート形式を活用して子供たちに問いかけながら、二時間のセッションを行う。ファシリテーターの役割は、子供たちの直感と自発性をうながすことで、その創造性を手助けすることだ。
3:まとめの最終セッション―この最後のセッションは一時間で、ここまでの二つのセッションの間に子供たちが創り上げた様々なアート作品を展示し、あるいは実演する。こうした展示や実演は、同じ学校の中での他のクラスの子供たち全員の前で行われる。一つのアート作品の中に、異なるグループの子供たちが制作した異なるアート作品が組み合わされる場合もある。
4:全てのセッションは学校で行われ、その学校の設備を利用する。
5:その学校の生徒たちがプログラムに参加し、それぞれの学年/クラスから、めいめいが別々のワークショップに参加することができる。
6:最終セッションの以前にはファシリテーターの判断で、それぞれのセッションの間に、また個別のセッションの途中に休憩を挟むことができる。
7:ファシリテーターたちは、第二のセッション〔技術を発展させるためのセッション〕の後で、そこまでの取り組みの状況について評価するための会合を持つ。そして最終セッションを具体的に、どのように作っていったら良いかについて互いに検討する。


◆実行と調整◆
 ワークショップを行う学校:このワークショップのプログラムは、どんな学校でも行うことが可能である。私たちは、このプログラムの実行過程を、以下の2つの段階に分けて考えている。

【i】予備段階
 1:40のワークショップを10校に分けて行う。学校は、公立、市立、そしてUNRWA〔国連パレスチナ難民救済事業機関〕の学校である。この予備段階での生徒は、6年生から9年生の子供たちである。
 2:場所:主要にはラーマッラー、エルサレム、ベツレヘム、その他の都市を中心に行われる。もちろん、ワークショップの行われる場所までのアクセスは問題である。【訳注】
 3:個々のファシリテーターの下に、3〜5人から成るアシスタント・ファシリテーターのグループが置かれ、予備段階の間に訓練を受ける。
 4:この予備段階の期間は6週間とする。
 5:必要な器具:様々な色の絵の具、布、絵筆、ペンと鉛筆、打楽器など。
 6:設備:ワークショップのための4つの部屋、パフォーマンスのための大きな部屋かオープン・スペースが1つ。
 7:一連のワークショップとセッションは文書化され、このプロジェクトの評価段階での反省と議論のために編集される。啓蒙的なキャンペーンのための教育宣伝材料としても活用できる。

【ii】評価と、他の学校への適用
 1:評価のためのワークショップは、最初の6週間の最後に、この最初の段階に参加した全ての学校が合同して、ファシリテーター、教師たちと共に持たれる。子供たちも可能であれば参加する。
 2:この訓練プログラムを他の学校や地域社会の様々な組織、例えばクラブや慈善団体などに広げてゆく。
 3:12〜15人の訓練生がワークショップの構造と内容、そして方法についての訓練を終了すれば、プログラムを広げてゆくことが可能となる。プロジェクトを担うチームを各地に作ってゆき、こうしたチームが核となるトレーナーの支援の下でプログラムを継続させてゆく、というアイデアである。
 4:各地の学校からワークショップに参加した教師たちもまた、めいめいの学校で同様のワークショップを続けることができる。
 5:すでに〔パレスチナ(暫定自治)当局の〕教育省が、同様のアプローチを各地の公立学校に適用・拡大してゆく用意があると表明しているがゆえに、このワークショップは、各地の学校でのオルターナティヴな音楽とアートのセッションとして発展、拡大させてゆくことも可能である。


◆参加者(予備段階のみ)◆



◆進行スケジュール◆



◆予算(予備段階のみ)◆ (数字は全て米ドル)



◆開始の背景◆
 サーブリーンは、地域社会の中での音楽教育に長く携わってきた演奏グループであり、このようなプロジェクトを実行するのに最適な立場にある。
 プロフェッショナルな音楽グループとして活動してきたサーブリーンは、しかし当初は、多くの人々が望むような音楽環境を実現するために必要な社会的基盤と人的資源の圧倒的な欠落を経験した。イスラエルによる占領はもちろん、様々な内的・外的な力によってパレスチナの音楽市場が混乱させられ、また抑圧され続けてきたなかで、サーブリーンは自らの成長のために必要な環境を生み出し、また確固たる創造性と質的な向上のモデルを創り出すという目標を、自らに課したのだ。
 その当初からの問いは、次のようなものだった。つまり、パレスチナにおいて、また他のアラブ諸国において非常に商業主義的に、また見世物指向で助長されているものとは異なる音楽環境を、私たちはどうしたら創造できるか、である。このことは、音楽のパフォーマンスの重要性と必要性を重要視しないということを意味するのではなく、幅広い教育的な必要性との、より良いバランスを実現しようとするものだ。
 サーブリーンは、こうしたバランスのために必要となる基盤の建設に集中した。つまり、音楽教育と訓練プログラムを通じて地元の可能性を切り開き、技術訓練プログラムを通じて音響技師たちを育成し、サーブリーンやその他のエルサレムの音楽グループのために楽曲を創り、録音し、地元において、また国際的なレベルでも、これらの音楽テープやCDを制作し、流通・販売を行い、様々なフェスティヴァルの運営に協力し、さらに地元と海外での公演を行ってきた。
 私たちの経験からすると、音楽は、他の様々なアートの形式の発展のため、また同時に個々の地域社会における文化の発展のために相補的な役割を果たすことができる。サーブリーンは、音楽がパレスチナ社会の環境の直接的な反映であること、人間の自己表現のための一つの道具であること、そして私たちの伝統と歴史、経験に対しても働きかけることができるものであることを発見してきた。サーブリーンの音楽は、地理的・政治的な境界を乗り越えてきたし、世界各地のミュージシャンやアーティストたちとの交流を実現してきた。こうした経験が、パレスチナ人の音楽家たちへの訓練や指導に寄与したし、パレスチナ人の聴衆たちを前にしての演奏活動ともなり、さらには自らの民族的な政策を形成してゆこうとするパレスチナ人たちの努力にも寄与するものにもなった。
 地元のNPOとして登録したサーブリーンは、そのオリジナルな音楽と詩の中で、何よりもエルサレムの、そしてパレスチナ全体の音楽と文化の発展に寄与してゆこうという創造性と革新性のある心意気を具体的に表現した。地元と海外での多数の演奏経験を通じて、アートに関わる他の諸グループとの間で共有された一つのヴィジョンを確立してきた。さらに地元でアートやフェスティヴァル、支援などに関わる他の諸グループとの活発なコミュニケーションのネットワークも確立した。
 またサーブリーンはパレスチナ社会の中で、形式に囚われない音楽教育にも努力してきた。この取り組みは、パレスチナの、そして同様に海外の様々なアートに関わる諸グループとの間でのダイナミックな相互作用を生み出している。
 この3年間、サーブリーンは地元社会の様々なグループ、少年たち、若者と年輩者たち、母親たち、男性そして女性たちと共に幅広く活動してきた。社会の中で、その社会と共にあるアートに取り組むことは、サーブリーンの原則の中心にある。これは時間のかかる作業だ。なぜならば地域社会の側には、自らが主体なのだという意識を高めるための関係性を十分に強固なものとして築くことが求められ、そしてサーブリーンの側にはファシリテーターとしての役割が求められるからだ。


◆ジェンダーについて◆
 このプログラムは、社会のあらゆる人々の積極的な参加をうながすものである。プログラムの基本的な方針とその実行は、計画や宣伝、準備や実行という、ここに提案された取り組みの全体に対する、女性の主体的な参加を促進するものとなるだろう。


◆継続の可能性◆
 このプログラムの大部分は、その性格において、また成り行きにおいても試験的なものである。対象とされている地域社会は困窮し、プログラムが実現しようとする機能を奪われているという事実に着目するならば、とりわけプログラムの第一、第二段階においては外部からの支援に大きく依存することになる。
 この初期の段階以降においては、一定期間の訓練への参加費を徴収することを検討しており、また諸団体に対しては、そのメンバーの訓練への参加についての支援を要請したい。もちろん、このプロジェクトの開始段階では、こうした参加費収入によって、全体予算のどの程度の割合を賄うことができるかを見通すことはできない。
 もしも訓練と関連の取り組みから収入が生み出されるならば、このプロジェクトは自立的に拡大してゆくことができるし、プログラムに記された以上の数の生徒の受け入れも可能となるだろう。また、学校からの寄付があれば、まとまった数の資材をプールしておいて、財政基盤の弱い他の学校に回すこともできる。同様のことは、カンパの寄付にもあてはまる。資金提供によって、それがなければプログラムへの参加ができない人々の参加を可能とするからである。
 この訓練で採用された方法は、訓練を受けた地元の人々という人的資源を養成することを通じて、このプロジェクトに継続性を与えるというものだ。この人的資源、つまり教師や地域の労働者たち、ミュージシャン、そしてアーティストたちは、訓練を終えたならば、次には、それぞれの地域社会の中で同様の訓練を実施する側になってイニシアティヴを取り、それを継続・拡大してゆくことができるのだ。◆

【訳注】
 ここで言及されている「アクセスの問題」とは、当然(?)ながらイスラエル軍による封鎖措置や検問などを意味していると考える。サーブリーンからの、この間の電子メールでは、現在のインティファーダとイスラエル軍の様々な「措置」ゆえに、教師やファシリテーターたちがワークショップの行われる現場に行き着くために通常の二倍以上の時間を要するといったケースもあるという。