アラブ音楽の伝統と新しい具体的な試み
――パレスチナ音楽の今に注目する
岡田剛士(サーブリーン協会)
この2月、パレスチナ/東エルサレムの音楽グループ、サーブリーンの新CD『何処へ』(AAS002)の国内版が発売された。1992年の『預言者の死』(AAS001)、1995年の『ヒア・カム・ザ・ダブズ』(ON-3)に続く、3枚目だ。
この3枚それぞれの発売(と販売)に何やかやと関わってきてしまったがゆえに、サーブリーンとの交流が10年も続いてきたんだなあという感慨めいた気持ちも、ある。さらには、アラブのどこの/どんなバンドとも知らずに、「Sabreen」とローマ字で手書きされただけのコピー・カセットでサーブリーンを初めて聴いた時点からは13年ほどの時間が経っている【注1】。
そしてその時間は、1991年の湾岸戦争、その秋のマドリードから開始された中東和平交渉、1993年のオスロ合意、「アル=アクサーのインティファーダ」、さらには「9・11」以降の状況といった一連の事態が生起し続けた、そのような時間でもあった。しかもサーブリーンたちは、こうした時間を生きながら傑出した音楽作品を創造し続けた――だけでは、なかった。
そのグループ名を冠した「サーブリーン音楽センター」を1989年に立ち上げ、学校や地域コミュニティで音楽教育を行い、さらには楽器を手作りして音楽を演奏するというワークショップも続けてきた。また、彼らの手作りの音楽スタジオは、自らの音楽作品の制作だけでなく、他の様々なパレスチナの音楽グループの作品を制作するための音響技術センターともなっている。イスラエルの軍事占領下では、パレスチナ人たちの文化や音楽教育もまた抑圧され続けてきた、そうした状況の下での極めて意識的な取り組みなのだ【注2】。
さらにサーブリーンは2000年11月から、「ある子供の証(あかし)――音楽とアートを活用したリクリエーションによる支援プログラム/インティファーダが与える影響に子供たちが抗してゆくための、サーブリーンのキャンペーン」というワークショップを開始した。これはサーブリーンが、音楽や演劇、舞踏、絵画などの分野で様々な活動に取り組んできたパレスチナ人たちとともに、そうした複数の表現手段を同時に活用しながら子供たちに心理的なケアの場を提供しようとするワークショップだ。
サーブリーンは、その趣意書で次のように述べている【注3】。
「音楽とアートは、パレスチナの子供たちが自らの欲求不満、感情、混乱、そして同様に希望をも表現するのを手助けするような、落ち着いて静かな環境を提供し得る。楽器や音楽を使ったゲーム、色彩、ロール・プレイ、寸劇、詩と作文は、子供たちの自己表現の道具となる。個人的な作業と同様に、グループ作業も子供たち自身のためのものだ。子供たちは、自らが表現しようとするものを互いに分かち合う。グループ作業はまた、子供たちが互いに他の子供と共通の価値観や共通の恐れ、そして共通の希望を分かち合うことで、互いに同じ子供なのだという感覚を強めることにもなる。この場合にはアーティストがファシリテーターとなって、子供たちの創作の過程を導き、子供たちの創造をアート作品にする手助けをする。/アーティストであり、また同時にこの同じ社会の成員である私たちは、このようして社会の様々な束縛と希求とを分かち合う。」
こうした具体的な取り組みが、2000年9月末からの「アル=アクサーのインティファーダ」の直後から開始されていることには、大きな意味があるだろうと思う。そして、このサーブリーンの最新の作品に、今僕たちは触れることができる【注4】。
パレスチナの新しい音楽ということでは、オスロ合意以降の状況下で設立された「パレスチナ音楽院(The National Conservatory of Music)」制作のCDも興味深い。
僕は、JVC(日本国際ボランティア・センター)でパレスチナ・プロジェクト【注5】に取り組む佐藤真紀さんの東京都内での報告会で、そのCDを3枚を買ったのだけれど、現地パレスチナでは多分、様々な形で入手可能なのだろうと思う。
1枚は「Palestinian Sounds, A compilation of music & songs from Palestine」というタイトルで、サーブリーンも含めて14のバンドやミュージシャンの作品が収録されている。パレスチナの音楽の多様さを実感することができる。
あとの2枚は、この「パレスチナ音楽院」の「東洋音楽部門」の教師たちのバンド「Oriental Music Ensemble」の「Emm el Khilkhal」と、「KARLOMA」というバンドの同名のCD、だ。
この3枚には、実は全てスヘイル・フーリーさんという「パレスチナ音楽院」の代表者が関わっている。彼は、同音楽院の設立以前から様々な文化運動団体や音楽フェスティバルの運営に、また音楽や舞踏のグループの育成にも関わり続けてきた。もちろんサーブリーンとも交流がある。
そして僕は、彼自身もネイ(尺八と同系の笛)とクラリネットで参加している「Oriental Music Ensemble」のCDを聴いて驚いた。ここには、サマアイーやロンガなどアラブ古典音楽の(形式に則った)楽曲、またムハンマド・アブドゥ・ル=ワッハーブやムニール・バシールの名曲など、言わばアラブの「クラシック音楽」が多く収録されているのだ。彼が「代表プロデューサー」となっている「KARLOMA」のCDにも、こうした楽曲が含まれている。
古典といっても、タカーシーム(即興演奏)の部分や全体のアレンジなどは非常に柔軟かつ新鮮で、聴いて楽しい「クラシック音楽」に仕上がっているのだが、それでも僕なぞは「アラブ古典音楽」というと、どうしてもエジプトやシリアなどのバンドを思い浮かべてしまう。だから、パレスチナ人の音楽グループが大まじめにアラブ古典をやっている、ということ自体に驚いたのだ。
しかし考えてみれば、サーブリーンのメンバーたちも、実はアラブ古典や民謡などの伝統的な音楽を見事に演奏する。だから、サーブリーンのようにオリジナリティに溢れた音楽を追求するにせよ、あるいは世界各地からバンドを集めてパレスチナで音楽フェスティバルを主催するような取り組みに関わってきたスヘイルさんにせよ、それぞれの音楽的なベースには、歴史的なアラブ世界の古典音楽があるのだろう。
こうした背景を踏まえながら様々/具体的に取り組まれ続けているパレスチナ人たちの音楽に関わる努力は、同時に具体的な彼ら/彼女たちの社会の「強さ」や「豊かさ」にも結びついているのではないか――このかんの大変な状況についての報道に接しながら、そうであってほしいと、僕は思う。
【注】
1:このとき僕は、アラブの伝統楽器を使いながらも、そのオリジナリティに溢れた新鮮なアンサンブルと特徴的なボーカル、そしてパーカッションの多彩な音使いと奏法に驚かされた。
2:山本薫「サーブリーン――音楽のインティファーダ」本誌73号(1995年6月20日発行)は、サーブリーンの音楽活動について知るための貴重なレポートだ。
3:趣意書の全文は
http://homepage2.nifty.com/tokada/sabreen/1st_document.html
に掲載。
4:CDタイトル:何処へ/CD番号:AAS002/価格:2500円+税/発売元:ACT・AIN/配給・問い合わせ先:メタ・カンパニー:電話:03(5273)2821/FAX:03(5273)2831
5:JVCのパレスチナ・プロジェクトについては
http://www1.jca.apc.org/jvc/palestin/pale.html
を参照のこと。