●以下は、日本国際ボランティア・センター[JVC]東京事務所でパレスチナ・プロジェクト担当の中野恵美さんの報告文です。中野さんにお願いして、ここに収録させていただきました。(岡田)


インティファーダのただなかで迎えたパレスチナの早春
──エルサレムで文化活動に携わる人々の横顔──


中野恵美(日本国際ボランティア・センター[JVC]東京事務所)

 2月3日、エルサレムに入る。風は東京よりずっと暖かく、アーモンドの花がもう咲き始めていた。昨年9月末に起きたパレスチナとイスラエルの衝突により情勢が悪化し、一時は駐在スタッフの佐藤も日本に避難した。でも今街の空気は穏やかで、観光客が減ったためひっそりした感じはあるが、緊張感はない。ただし、ヘブロン、ラマッラー、エリコ、そしてガザ地区では、イスラエルによる厳しい自治区封鎖がまだ続いている。
 東エルサレム(パレスチナ人地区)で、演劇や人形劇など子ども向けの公演活動を行なっているパレスチナ・ナショナル・シアターを訪問した。9月に衝突が起きた後も、美術、音楽、手品など40の子ども向けプログラムを実施し、映画も25本上映したとのこと。東エルサレムには映画館などの娯楽施設がなく、子ども達にとって数少ない文化に触れる場となっている。麻薬やイスラエルへの協力者(collaborator:パレスチナ社会からは裏切り者と見なされる)など、難しいテーマも取り上げてきた。
 代表のジャマルさんは、この劇場を「抑圧された人々の劇場」と表現した。最近の様子を尋ねると、「状況はとても厳しい。特に政治的状況が。」と答えた。「紛争が子ども達に与える影響が心配だ。子ども達は本気でイスラエルに対抗しようと思っているわけではなく、石を投げることをゲームと思っている。エネルギーのはけ口のひとつなんだ。うちの子も石を投げに行きたがったが、止めた」と語る。
 さらに、「子ども達は、子ども時代を楽しむ必要がある。1987年に始まった前回のインティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)のとき6、7歳だった子ども達がいま20歳前後になって、今回のインティファーダでイスラエル兵に向かって石を投げ命を落としている。子ども時代に楽しみや教育が十分でなかったからではないか。」と分析し、「人々が殺され、街が封鎖されるというこの状況は、まだこれから数年間は続くだろう。そんな中でも、子ども達に楽しみやエネルギーのはけ口を提供するのが自分たちの使命だ」と、おだやかに、しかしきっぱりと語った。
 エルサレムではまた、「サーブリーン・アート・センター」というパレスチナ人の音楽グループを訪れた。サーブリーンはCDも出しているプロのバンドで、インティファーダなどをテーマに、音楽を通して社会にメッセージを送り続けている。一方、子どもや青年達がもっと身近に芸術を楽しむためのプログラムを、10年以上にわたって実施している。特に9月の衝突以降は、紛争による困難を軽減する手だてを子ども達に提供するプログラムに取り組んでいる。地元の学校とプロの芸術家達の協力によって、子ども達が音楽、ダンス、演劇、絵画、詩などの表現手段を使って楽しみながら癒され、自己表現していくというものだ。芸術家達は初歩の手ほどきをするだけで、あとは子ども達が芸術作品を作り上げていく。
 代表のサイードさんは、「この紛争で、すべてが壊れてしまった。でもこれは、自分達の方向性を考え直すいい機会かもしれない。また最初から、ゼロからのスタートだ」と話した。「子ども達に、石を投げるほかに選択肢を見つけて欲しい」とも言う。
 この地の平和を願って活動している私達は、人々を取り巻く厳しい対立の状況に、時としてどうにもならないという絶望感に立ち尽くす。しかし、コミュニティのために自らの使命を果たそうとする現地の人達がいることは、私達の大きな支えだ。道のりは遠くても、外部の者だからできる役割に地道に取り組んでいくことが、私達にも求められている。◆


*JVCの活動と、そのパレスチナ・プロジェクトについては;
http://www.jca.apc.org/jvc/index.html
http://www.jca.ax.apc.org/jvc/palestin/pale.html
http://www.jca.ax.apc.org/jvc/join/palestine/Palestine_jp.html
を参照してください。(岡田)