逢        坂

 
                                                  
逢坂標識 逢坂(おおさか)
築土神社 堀兼の井説明

             
            
坂の名には、 悲しい恋の伝説が込められています。
            坂道にある標識を見ますと
             
昔、 小野美作吾という人が武蔵守となり、 この地にきた時、 美
            しい娘と恋仲になり、のちに都へ帰って没したが、 娘の夢により
            この坂で再びあったという伝説に因み、逢坂と呼ばれるようにな
            ったという。
と書かれています。            
            他の書物などで調べてみましたところ、 時代は奈良朝の頃、 娘
            の名は「さねかずら」といい
夢枕で再会した男(小野美吾)の
            死を知って後を追ったとのことです。 坂の名は、 別名「大坂」、「
            美男坂」とも云われています。 「大坂」は大きな坂、 「美男坂」は
            植物の「サネカズラ」(マツブサ科)が、  一名「ビナンカズラ」と呼
            ばれることからきているようで、 いずれも「逢坂」との関連が想定
            られます。
            坂は、 外堀通り東京理科大と日仏学院の間の道を上ります。日
            仏学院に入る角に築土神社と「堀兼の井」の史跡があります。
            「堀兼の井」について、次の説明があります。
            
  史跡   堀兼の井
              所在地 新宿区市谷船河原町九番地              
            堀兼の井とは、「ほりかねる」からきており、掘っても掘ってもなか
            なか水が出ないため、 皆が苦労してやっと掘った井戸という意味
            である。  堀兼の井戸の名は、ほかの土地にもあるが、市谷船河
            原町の堀兼の井には次のような伝説がある。

            
昔、 妻に先立たれた男が息子と二人で暮らしていた。  男が後妻
            を迎えると、 後妻は息子をひどくいじめた。 ところが、 しだいにこ
            の男も
後妻と一緒に息子をいじめるようになりいたずらをしない
            ようにと言って庭先に井戸を掘らせた
  息子は朝から晩まで素手
            で井戸を掘ったが水は出ず、  とうとう精根つきて死んでしまったと
            いう。
              平成三年十一月  東京都新宿区教育委員会
            
痛ましい伝説です。
            坂は傾斜が急ですが、 両側には見事な石垣のある邸やマンション
            が建ち並んでいます。
            
(2003.6.14撮影)   

             〇 所  在  地    新宿区市谷船河原町                                                   
             ○ 交     通 
   東京メトロ南北線・有楽町線
                            飯田橋、
                           JR中央線・総武線飯田橋

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∽∽  このホームページ上の写真は、掲載者が撮影したものです  ∽∽