目黒川に架かる新橋からJR目黒駅へ向かって、目黒通り
を上っている坂です。 坂の名はよく知られていますが、 標
識はありません。 坂名の由来については書物等に載って
いますが、 歴史・文化のまちづくり研究会 「 歩いてみたい
東京の坂 」(地人書館刊)には
江戸時代の中期、 中目黒の田道に菅沼権之助という名主
がいて、生活の苦しい村人を代表し年貢米の取り立てを緩
めてもらおうとお上に直訴した。 当時直訴は御法度で、
死
罪を言い渡され処刑場へ引かれる途中、この坂のところで
「何か思い残すことはないか」と問われ、 「 自分の家をひと
目見たい 」と云い、 坂の上からわが家を見て喜んだという。
当時、この坂は「新坂」と呼ばれていたが、村人たちが権之
助の功績をたたえて「 権之助坂」と呼ぶようになったといわ
れている。
別の説では、当時白金方面から「目黒不動」方面への幹線
道路は「行人坂」しかなく回り道で傾斜が急だったため人々
は難儀だった。 そこで権之助が傾斜の緩い中目黒村への
近道となる新たな坂を拓いた。 この坂を「新坂」、目黒川に
架かる橋を「新橋」と呼んだ。 しかし、 許可を得ずに造った
めた罪に問われたというものである。
の2説が載っています。
「新橋」の写真は、川・橋の部「目黒川」(田道橋〜太鼓橋)
のページに掲載してあります。
(2004.2.14撮影)
〇 所 在 地 目黒区目黒1丁目と下目黒1丁目の間
○ 交 通 JR山手線目黒