日本における「シルバーバーチの霊訓」普及の史的考察
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| 7.注 |
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注1:「心霊と人生」は心霊科学研究会の機関誌(東京都世田谷区)
戦前の「心霊と人生」誌と戦後の「心霊と人生」誌との間に連続性が
あるかについては、別紙:「心霊科学研究会」と「日本心霊科学協会」
との関係について、参照
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| 注2:「心霊研究」は財団法人日本心霊科学協会の機関誌(東京都新宿区) |
注3:桑原啓善氏のシルバーバーチに関する翻訳掲載誌「心霊と人生」
1953年12月号P.11、1954年1月号P.13、1954年11月号P6、
1955年4月号P.16、1955年5月P.15、1957年9月号P.21、
1957年10月号P.21、1957年11月号P.12、
1957年12月号P.11、
1958年3月号P.11、1958年5月号P.15、1958年6月号P.15、
1958年7月号P.15、1958年10月号P.16、1959年6月号P.12、
1962年8月号P.5、
1962年9月号P.12、1962年10月号P.12、
1962年12月号P.14、
1963年1月号P.14 |
粕川章子氏のシルバーバーチに関する翻訳掲載誌「心霊研究」
1955年7月号P.8、1956年10月号、1957年1月号、1957年10月号、
1958年8月号、1960年3月号、1960年4月号、1960年9月号、
1961年4月号、1961年5月号、1961年8月号、1962年6月号、
1963年9月号、以上表紙裏のページ |
近藤千雄氏のシルバーバーチに関する翻訳掲載誌
「心霊研究」1965年10月号P.21、1966年1月号P.18、P.35、
1966年2月号P.12、1966年3月号P.15
「心霊と人生」誌には近藤千雄氏によるシルバーバーチ霊訓の翻訳は見当
たらず |
「心霊時報」1961年(昭和36年)10月号にシルバーバーチ霊言集「青年の
宗教教育は如何にあるべきか」の記事あり 心霊時報社発行、編集者は
間部詮敦氏
(資料提供者:日本心霊科学協会常任理事小池博子氏)
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「心霊月報」については、以下の文献からの記述を引用したもので「心霊
月報」の原本との照合はしておりません。したがって、発行主体(当時の
福岡支部、福岡支部の青年部発行か不明)いつの号に掲載されているか、 何回掲載されたか等は不明
・「古代霊は語る」のあとがき部分(P.287〜)
「1980年8月末のことであったが、福岡の手島逸郎氏
(日本心霊科学協会評議員)から、福岡支部で発行している
「心霊月報」に何か寄稿してほしいとの依頼があった。
〜中略〜「心霊月報」は4,5回連載したところで都合で休刊と
なったが、私の筆は自分でも不思議なほど捗るので、発表の場を
日本心霊科学協会の「心霊研究」に移して、もう一度最初から
連載していただいた。(当時の編集主幹梅原伸太郎氏の理解と
積極的好意に対し、ここに深甚なる謝意を表したい。それなくし
ては私の筆はその時点で挫折していたかもしれない。)」
・「心霊研究」誌1981年6月号P.9以下、近藤千雄氏の「ロンドン心霊の
旅」(1)
「福岡市在住の手嶋逸郎先生(筑紫交霊録の編者)から、青年部が発行
している「心霊月報」に投稿してくれないかという依頼が届いたのです。」
・「心霊研究」誌1980年3月号奥付、梅原伸太郎氏の編集後記
「龍英一郎氏は朝野氏らと共に「心霊月報」を興し〜」
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田中武氏のシルバーバーチに関する翻訳掲載誌「心霊研究」
1973年8月号P.5「永遠なる霊魂進化の道」、1976年1月号
P.33以降「ヴェールの彼方より」を連載、そのうち1978年6月号
P.46「ヴェールの彼方より(11)」、1980年2月号P.18「ヴェール
の彼方より(12)」、1980年3月号P.25「ヴェールの彼方より(13)」
にシルバーバーチの霊訓の引用あり
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桑原啓善氏、粕川章子氏、近藤千雄氏、田中武氏以外に、下記の翻訳あり
「心霊研究」1966年7月号P.13、1968年11月号P.46、1973年8月号P.5、
「心霊と人生」1958年1月号P.12、1959年1月号P.20、1961年4月号P.16、
1964年4月号P.13、1969年12月号P.10
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注4:シルバーバーチの霊界通信の座談会の様子が「心霊と人生」誌に
連載されている 1961年5月号P.14、1961年6月号P.14、1962年
4月号P.15、1962年7月号P.17、1962年10月号P.17、1962年11月号
P.15、1963年2月号P.15、1963年3月号P.12、1963年4月号P.14 |
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