「知財法の目的」1999.11.14 Top

制度はその根拠が確定されて初めて各々の制度がもたらす個々の問題についての解釈が展開されるから[1]、知財法の制定目的を明らかにすることは知的所有権の性質の考察に有益である。何故なら知財法の目的に従って権利は構築される(べき)だからである。文化・産業の発展を知財法の目的とする見解が通説だが、それは様々な手段によって達成されるものであり、その中のどれを知財法の具体的目的とするかによって種々の説に分かれている。工業所有権法の機能を競業秩序維持・創作者の権利擁護・産業発展促進の3機能に分類する見解もある[2]。しかし本論ではそれら全てを批判し、知財法の目的が創作者の利益保護にあることを明らかにする。

1        創作者の利益保護

知的財産は創作者の知的作業によって生み出されたものであり、そこから得られる利益は創作者に帰属させるのが、「各人に各人のものを(Cicero)」という正義の原則に適う。従って知財法は知的財産の利益を創作者に保障するために存在し、知的所有権はそれに適合するように構築しなければならない。これに対して創作者は多くの先達のなした成果を実際に利用できるようにするために最後の仕上げを行った者に過ぎないと考え、真の意味の知的財産の創作者は特定できないとする見解もある[3]。実際、知的財産は当時の文化・社会・政治の状態と連動して創作される[4]。しかも文化・産業の高度化・複雑化によって知的財産の創作は組織・協力的になったため、特定の人の寄与を創作として取り出すことは困難になった[5]

しかしHuman beings are too important to be treated as mere symptoms of the past. They have a value which is independent of any temporal process ─ which is eternal, and must be felt for its own sake.であり[6]、創作者とその人格の発露たる知的財産の関係も当時の文化・社会・政治の状態とは独立して捉えることができる。又、特定人の寄与を創作として取り出すことが困難だからといって全く無関係な人のfree rideを正当化することはできない。

2        標識の創作者

識別標識は、goodwill[7]が化体embodyしたものであり、知的創作物と異なり標識自体には価値がないから、標識の創作者とは標識自体を創作した人ではなく、goodwillを作り上げた人、つまり使用者である。標識の価値は使用者の営業努力によって創り出されるからそこから得られる利益は創作者に還元しなければならない。標識が権利者以外に用いられていても、自他商品識別機能・出所表示機能を果たしていない態様で使用されている場合は、標識の侵害が否定されるのも、標識法が標識そのものを保護するのではなく、その顧客吸引力を保護するものだからである。

尤も、標識自体は無価値とは言っても、吸引力を獲得するためには覚えやすく、親しみやすくなければならず、namingdesignsenseが要求される。hormone剤の「エナルモン」はenergyの素となるhormone剤であること、水虫薬の「カミックス」は病菌をかみつくす効力、歯痛薬の「ケロリン」は痛みがけろりと止まることを連想させる。調味料の「味の素」(商標411295-8)は、それが美味に不可欠であることを暗示しており[8]、これをグルタミン酸ソーダとして販売したらここまで普及したか疑問である。商号でも1989年に山陽相互銀行がトマト銀行に変更したら、全国各地から口座の申込が殺到した[9]。現実に著名商標は大抵、専門のコピーライターやデザイナーによって作成されている[10]。例えばメンソレタームの商標や関西電力の社章は画家・グラフィックデザイナーの今竹七郎によって制作された[11]。ツクダオリジナルの登録商標「オセロ」は英文学者長谷川四郎によってShakespeareの悲劇からつけられた[12]。これに対して消費者金融業アイフルの自動契約受付機の名称「お自動さん」は社内公募、アコムの「むじんくん」は開発チームがつけた愛称から採用された。

それ故、意匠等の知的創作物と明確に境界づけられるわけではないが、理念型としては標識自体は無価値と言える。

1        文化・産業の発展

実定知財法はその究極目的を「産業の発達に寄与すること」(特許法1条、実用新案法1条、意匠法1条、商標法1)、「国民経済の健全な発展」(不競法1条、半導体チップ保護法1)、「文化の発展」(著作権法1)、「農林水産業の発展」(種苗法1)とする。このため、産業・文化の発展を知財法の目的とする見解が通説である。

比較法上も、「産業発展」(韓国特許権法1)、「文化の向上発展」(韓国著作権法1)、「健全な取引秩序の維持」(韓国不正競争防止法(1991改正 法律4478)1)、「社会主義現代化建設」(中華人民共和国特許法(1992)1)等、大体同様である。尚、韓国特許法は日本法に倣って立法された沿革を持つ[13]

文化・産業の発展は、大局的に見れば万人の利益となるものだから、目的として妥当性をもつ。コンビニ産業の発達によって、個人商店が廃業に追い込まれたり、漫画文化の発達によって小説が読まれなくなるように、ある種の発展が特定の分野の不利益に働く場合もある。だが、ある産業なり文化なりが隆盛するのはそれなりの理由があるからであって、既存の文化・産業が生き残ろうとするならば、それらの長所を検討しそれらにはない付加価値を付けることによってでなければならない。既得権が脅かされるのを恐れて、新興文化・産業の発展を押さえつけるようなことをすれば、既存の文化・産業も革新の機会を奪われ、停滞してしまう[14]。人々のneedsを満たさなくなった分野が衰亡することは、成長する分野に人間や資源を移動させることになるから、文化・産業の発展にとって必要なことである[15]

又、グローバル化が進んだ現代世界ではある国が知財権を認めなければ、知的財産を保護する別の国に知的財産が蓄積することになるため、たとえ閉じた経済圏という前提においては知財権を認めないことが産業・文化の発達に好ましいとしても、相互依存関係の中では頭脳流出を招くだけである[16]

だが、社会全体のある目標goalを定める命題たる政策と、特定人の権利を定める命題たる権利は区別する必要があり、前者が後者を否定することは許されない[17]。制定法は憲法に基づいて制定されるものであり、広範な裁量権を有する立法府と雖も憲法に背くことはできず、その憲法は国民の権利を最大限尊重すべし(13)と定めており、産業・文化の発達という政策が、権利を本質的に侵害することはできない[18]

全て人は自己の創作した科学的・文学的又は美術的作品から生じる精神・物質的利益の保護を受ける権利を有しており(Universal Declaration of Human Rights of 1948§27(2))[19]、知的所有権は自然法に基づく正当な知的営為の成果に生ずる法益である[20]。各国憲法も知的財産権を人権として保障しており(Germany帝国(Frankfurt)憲法(1948)§164(3)Weimarer憲法§158East Germany憲法(1949)§22(3)Yugoslavia連邦人民共和国憲法(1946)§37、大韓民国憲法(1987)22(2)Russia連邦憲法(1993)44(1))[21]。日本国憲法にはこのような規定はないが、知財権は財産権であり財産権の保障(憲法29)の中に含まれている[22]。立法論としては明文規定を設けるのがよいのは勿論である。29条は知的人格権を認める根拠にはなり得ず、同じ知的財産に関する権利なのに財産権と人格権では根拠条文が別々になってしまうから、世界人権宣言のように単一の条文で知的財産権全体の根拠となるものがあった方がよい。現憲法では一般的人格権は憲法13条を根拠とするのが通説であり[23]、知的人格権の根拠もそこに求められる。

他方、人は芸術を鑑賞し、科学の進歩とその恩恵にあずかる権利を有している(Universal Declaration of Human Rights of 1948§27(1))。知的財産は文化性や公共性を担っており[24]、技術の発達によって多くの人々の知的財産利用機会が拡大することは望ましい。しかし人々に文化・技術の発達の恩恵を享受させる責任は政府にあり、この高貴な目的のために知的財産への自由なaccessを許容することは知的財産の創作者の義務ではない[25]。特定人による知的財産の独占は文化・技術の普及の妨げとなるが、知的所有権は本質的・固有の自然権であり、文化・技術水準の向上は知的所有権の否定、即ち創作者の犠牲によって達成されてはならない。

2        Incentive

知財法の目的を知的財産の創作の奨励とする見解がある。この説は知財権を創作のincentiveとなる報奨と考える。しかし創作は金儲けの手段ではなくそれ自体が目的であり喜びである[26]。友人や愛する人のために努力することに生きがいを感じるという発明家もいる[27]

故に知財法がなければ創作は生まれないものではない。しかも新規の創作が殆ど行われていない社会では創作の奨励は有用としても、現代のように文化・産業が高度な水準にまで到達し、知的財産の創作熱が十分に開発された社会では人為的に奨励しなくても社会的要請のある限り自然に創作されるものである[28]。ただ例え知財法の有無によって創作の総量が変わらないとしても、知財法が創作者に利益を保証するならば、創作者は最も利益を上げられる創作を行うようになるから、有用な創作のincentiveとなるとする見解もある[29]。しかし文化・技術面での価値は経済性のみで決せられるものではないから、経済的価値ある創作を行うように誘導することは文化・技術の歪んだ発達をもたらすことになる。

知財法の目的を創作そのものではなく、創作のための資本投下の奨励とする見解もある[30]。しかし右肩上がりの経済成長や人口増加のために忘れられがちだが、社会の資源は有限だから特定の分野に資源の投入を促進することは、他の分野に配分される資源を減少させることになる。文化・産業の発達には知的財産に限っても、新規な知的財産の創作だけでなく、知的財産の普及や、新世代の知的財産創作者の教育も必要であり、国民全員が作家や発明者だとしたら社会は成立しにくい。従って新規な知的財産の創作への資本の配分は多ければ多いほど文化・産業の発達につながるとは言えない。どの分野にどれほどの資源を投入するのが文化・産業の発達に効果的かの判断は非常に困難であり、政府がその決定権をもつとすれば政府の失敗を引き起こすだろう。それよりも個々人の自由に任せて最も必要と考える分野にそれぞれの資源を投入させた方が神の見えざる手の働きにより社会的に見ても最も効果的な資源の配分になる。従って政府が特定の分野を奨励することは、資源の合理的な配分を人為的に崩すことになる。

しかも知財権を創作(のための資本投下)incentiveと解すると、報奨はincentiveとして必要十分な量にしなければならない。もし創作者が楽観主義者ならば後発者との競争、free rideされる不利益を過小評価するので、報奨は知的財産の価値以下でも十分なincentiveとなる[31]。しかし人間の特性は自らの運命を予測できる点にあり、理知的な人ならば常に最悪の事態を想定して行動するものであり、特に新しいことを始める人にはそれが言えるから、悲観主義者を想定すべきである。周囲からは楽観的に見えても成功者は周到に計算して行動する。例え現実の創作者の多くが楽観主義者だとしても、そのように想定して制度設計するのは国民を愚弄することになる。そうだとすれば、新規事業にはriskは不可避であり、投資を償却できる可能性だけではわざわざ危険な橋を渡ろうとしないから、知的財産自体の価値以上の報奨を与えなければincentiveとならない。しかし知的財産の価値以上の報奨を創作者に与えるならば第三者の自由はそれだけ圧迫される。incentiveによって誘発された知的財産はそのような損失以上の利益を社会に与えるかは疑問である。

3        情報公開

知財法の目的を知的財産の開示の促進とし、知財権を創作ではなく、創作を公開したことの報奨と考える見解もある。知的財産には独占権が付与されるため公開されても利用できないが、秘密の開示は同一の分野において他人の活動を刺激するから、それ自体有用である[32]。今口忠政他「『環境不測時代の経営』に関するアンケート調査2」三田商学研究392(1996)212が上場製造企業にアンケート調査したところ、新規分野進出や業務革新のideaを生み出す場合に最も役立つ情報systemとして、公開されたdatabaseをあげた企業が36.5%で最も多く、社内共有database(18.5%)・社内専用電子掲示板(2.6%)を引き離している。社会一般への情報の公開は、協力関係がないにもかかわらず、他人の創作活動に助力することになり、文化・産業の発達に貢献するところ大である。特に近年の技術の複雑・高度化によって研究開発費は膨大な額にのぼり、一企業が単独で負担する限界を超えており[33]、その需要は高まっている。

しかも工業所有権制度は単に発明を公開させるだけでなく、技術情報を集積させるので研究・開発の情報源としての機能も担っている。例えばホンダは低公害engineの開発に際し、主要国の特許文献を調査し、期限切れの米国特許からhintを得てCVCC engineを完成させた[34]。先端技術の宝庫である工業所有権情報が有効利用されるために、特許庁は特許公報閲覧所や、工業所有権情報総合資料館(cf.パリ条約12(1))Internetを通じて工業所有権情報提供serviceを実施しているし[35]DIALOG, PATOLIS等商用database systemでも工業所有権情報は提供されている[36]。又、膨大な各国の特許文献の検索を容易にするために国際特許分類International Patent Classification, IPCが採用された[37]best mode開示義務のある米国と異なり日本の公報は、読んでも最新技術の実施に役に立たないということもあってか[38]、従来の閲覧目的は主として、特許出願の事前調査や権利侵害の確認であり、工業所有権情報が、中小企業の技術開発や新規事業の育成にはあまり利用されていなかったが、今後は工業所有権制度の情報公開・蓄積・流通機能が重視されよう[39]JASRACも音楽著作権への一般の理解を深めるために自己の管理する楽曲を電子database化してInternet上で公開する。

偉大な知的財産の創作は他人の業績の上になされてきたといっても過言ではない[40]。天才と雖も巨人の肩の上に乗る小人にすぎない[41]。先人の遺産を自分のものとし、それを増大させることによってより優れたものを創り出すことができる[42]

だが、創作の公開が更なる創作を生むと言っても、それは結果論であり、創作者は他人の創作を手助けするために創作するわけではない。知的財産を創作したからといって、それをより優れたものにするために他人の批判・検討にさらさなければならないという義務を創作者は負うわけではないのは、資産家が自分の財産を慈善に使わなければならないという法的義務を負わないのと同じである。他人の成果を吸収することは必ずしも悪いことではないが、そこから得られるものは全くの僥幸であり、それを期待するのは筋違いである。

Volvoが三点seatbeltの特許を無料で公開し[43]、日本McDonaldO157の流行時に企業秘密である衛生管理manualを公開したように、知的財産の公開は企業imageを高めることにもなるが、知的財産制度が存在するからこそ自発的な公開が称賛に値する。文化・産業の発展という点では知的財産を自由に改良・発展できるようにしておくことが有益だが、社会は創作者に対し、そのようなことを要求する権利を何ら持っておらず、知的財産制度の存在理由にそのようなものを持ち出してはならない。

実際、知財法には、公表権(著作権法18)や秘密意匠のように情報の開示自体を妨げる制度も存在する。公表権が地方自治体保有情報(図面)の公開を妨げた事例もある(東高判H3.5.31高民集44-3-81)。本件の公表権の主体は営利法人であり、営利企業の人格的利益を無条件に認めている点で本判決は問題だが[44]、公表権が他人の情報へのaccessを妨げる機能を有することは否定できない。そのため改正著作権法は情報公開法(条例)に基づいて著作物が開示される場合の公表権・氏名表示権の制限について規定する[45]。国外から機密情報の暴露を企てる元スパイに対し、英国政府は政府の著作権に対する侵害行為として民事訴訟によって機密の流出防止を検討している[46]

先願主義も出願前の知的財産の隠匿を奨励する結果となるが[47]、これは情報公開の精神に反しない。先願主義はより完全な情報での開示を求めるからである。いい加減な情報が情報社会に与える打撃の大きさを考えれば、発明の実施に適切な様式で公開させる方が公開が多少遅れたとしても有益である。

営業秘密は開示が不要なため、その保護は情報の秘匿のincentiveになり、技術の公開によって技術の進歩を促進する特許制度の崩壊につながると批判される[48]。しかし営業秘密保護制度は情報の一般公開という点では産業の発展に貢献しないが、その他の点で発展に貢献している。営業秘密保護は不正競争を防止して競業秩序を維持しているし、特許庁のような審査機関を維持するcostもかからない点で特許制度よりも一般の負担が軽減している。営業秘密が適切に保護されるならば、事業者は優れたknow-howを開発して競争上優位に立とうとするため、企業内部での技術開発のincentiveになるし、know-howの流出の心配が少なくなるから安心して他企業と提携でき、技術移転も促進されよう。研究開発費のrisk分担・技術開発上の時間的な制約のために企業間の戦略的提携strategic allianceが盛んに行われており[49]、営業秘密保護は不可欠である。ただ、営業秘密は社会一般に公開されないので、無関係の他人が更にその技術を利用・改良・発展させる可能性(再発明re-invention[50])を閉ざすだけである。尚、あらゆる情報を企業秘密の名において隠匿し、公害や企業犯罪の解明を妨げる体質が企業にはあるが[51]、それは事業活動に有用な情報を保護する営業秘密制度とは無関係である[52]

知財法が情報公開を促進させるのは公開を望む権利者が安心して公開できる仕組みを整備した結果であり、情報公開を強制するために設計されているわけではない。知的財産は占有不可能な情報だから、隠し続けておくことは難しく、殆どのものはincentiveを与えなくても公開されてしまうし、創作者は完全に隠匿できると考える知的財産はincentiveが与えられても公開しようとせず、秘密を保持することのできないものだけを開示するだろう[53]

4        代替創作・流通

知財法の目的として摸倣の禁止による知的財産の独自創作の促進とする見解もある[54]。模倣必ずしも悪ならず、と言われ、模倣を発展の原動力と捉える見解があるが[55]、ありのままの模倣は何らの価値も生み出さない[56]。むしろ摸倣の禁圧は、独自に知的財産を創作する必要を生み出し、産業・文化の発展に寄与する。累積的に進歩する技術では標準化の便益もありうるが、いくら優れた知的財産であっても全ての人がそれを利用するような画一化された社会は貧しい社会であり、知的財産は多様性が文化・産業の発展を支えている。しかし既に存在している知的財産を人為的に利用させなくすることで同一の問題を解決する別の知的財産を創作させることは社会経済的に見れば無駄が多い。

知財法の目的を知的財産の流通の促進とする見解もある。知識には言語的・分析的な陽表知と非言語的・包括的な暗黙知の二種類がある。例えば人間はある人の「顔を千、あるいは一万もの顔と区別して認知することができる。しかし、それにもかかわらず、我々が知っているその顔をどのようにして認知するのかを、ふつう我々は語ることができないのである」。このような知っているが、語ることのできない知が暗黙知である[57]。人間は語ることのできる以上のことを知っており、暗黙知の方が陽表知よりもはるかに豊かだが、他人に伝達する場合は陽表知の方が優れている。従って情報の流通を促進するためには情報を陽表知化しなければならない。情報を私物とするためには、その範囲を確定しなければならず、情報の権利化は情報の陽表知化をもたらす。公開を予定しない営業秘密であっても権利として主張するためにはその内容が明確になっていなければならない。従って知的財産の権利保護はその流通の促進になる。しかし知識の広範囲にわたる使用を促進させるために、その知識の使用を創作者に限定させるのは非常にparadoxicalである[58]

5        競業

知財法、特に工業所有権法、中でも標識法に当てはまるが、その目的を不正な競争の規整に求める見解がある[59]。著作物は著作者の人格の流出物だから、著作権法は人の情的側面を保護するという面を有しており、この点において必ずしも競業法とは一致しない[60]。知財法を財産法であると同時に競争法とする見解[61]、標識法は企業主体・商品の同一性の表示によって、大量的・反復的な企業取引の円滑と確定化を図ることを目的とし、その限りで商法に属するとする見解もある[62]。知財法がなければfree rideが横行し、不公正な競争が起こるのは必至であり、知財制度が競業秩序維持機能を有していることは確かである。だが、所有権制度ももし存在しなければ競業秩序は崩壊するだろうが、だからといって所有権制度の第一次的目的を競業秩序に求めまい。創作者の権利擁護が知的所有権制度の最重要の目的である。

6        結語

管見は文化・産業の発展や創作の奨励等を知財法の目的とする見解を批判してきたが、知財法がそのような結果をもたらすことは確かであり、それらは知財制度の長所である。しかしそれらは知財法がもたらす結果に過ぎず、知財法がそのような機能を営むとしても、機能から本質を限定して、知的財産の保護を狭くすることは妥当ではない。知財法は創作者のMagna Cartaであり、知的所有権は創作者の利益を保護するために設計されなければならない。



[1] 吉野正三郎・集中講義民事訴訟法3(成文堂1998)245

[2] 佐藤文男「無体財産権の構造についての一考察」原退官 工業所有権の基本的課題上(有斐閣1972)1

[3] Mises, L., Human Action (Yale UP 1949) 658.

[4] 伊藤郁太郎「李秉昌コレクションの韓国陶磁」茶道雑誌63-8(1999)31

[5] Kahn, A.E., Deficiencies of American Patent Law, American Economic Review 30 (1940) 481.

[6] Strachey, L., Eminent Victorians (Penguin Books 1948) 10.

[7] cf. Yang, J. & Brief, R.D.F., Goodwill and Other Intangibles (1978).

[8] 萼優美・改正工業所有権法解説(帝国地方行政学会1961)563

[9] 佐野稔・ソフトウェアと知的財産権(岩波書店1997)38

[10] 高田忠・意匠(有斐閣1969)15

[11] 「メンタム商標デザイン」読売新聞夕刊2000.2.28

[12] 坂田貞雄「シンプルだが奥の深いオセロゲーム」週刊ダイヤモンド(二〇〇〇..)六五

[13] 松居祥二=權東勇・韓国特許制度の解説(発明協会1991)2

[14] 川越憲治「法律論からみた大型店対中小商店」季刊消費と流通7(1979)28。松下満雄・経済法概説(東大出版会1986)276。歌田明弘「デジタルの迷路」毎日新聞夕刊東京21998.10.912

[15] 竹森俊平・世界経済論(慶応通信1994)240

[16] 佐藤公俊「連邦制と『統合された市場』」法学政治学論究43(1999)299

[17] Dworkin, R., Hard Cases, 88 Harv. L. Rev. 1058-78, 1957; Wellington, H.H., Common Law Rules and Constitutional Double Standards: Some Notes on Adjudication, 83 Yale L. J. 221, 1973.

[18] いかなる場合にも、基本権はその本質的内容において、侵害されてはならない(ドイツ憲法192)。コンパクト六法(岩波書店1996)の訳。

[19] 高木八尺他・人権宣言集(岩波1957)408

[20] 播磨良承・情報社会における知的所有権U(ぎょうせい1990)7

[21] 高木八尺他編・人権宣言集(岩波書店1957)。樋口陽一=吉田善明編・解説世界憲法集3(三省堂1994)

[22] 岡本薫・マルチメディア時代の著作権(全日本社会教育連合会1997)7

[23] 山本敬三・民法判例百選I4(1996)15

[24] 石岡克俊「著作物再販をめぐる動向と理論」法時71-11(1999)63

[25] Ficsor, M. =原田文夫「デジタル・ミレニアムの足取りの下での人権としての著作権」コピライト461(1999)29、作花文雄「視聴覚障害者の著作物の享受と著作権制度」コピライト460(1999)86(石川達三)

[26] Taussing, F.W., Inventors and Money-Makers (New York 1915) 19.

[27] 森下裕「作りこみの天才 中澤信子さん」発明九七−二(二〇〇〇)八八

[28] 特許につき、Macfie, R.A., The Patent Question under Free Trade 2nd ed. (London 1864) iv.

[29] 特許につき、Pigou, A.C., The Economics of Welfare 4th ed. (London 1932) 185.

[30] 特許につき、Hadley, A.T., Economics (New York 1903)134; Clark, J.B., Essencials of Economic Theory (Macmillan 1927)360.

[31] Machlup, F., The Economics of Sellers’ Competition (Johns Hopkins Press 1952) 555.

[32] Stedman, Invention and Public Policy, Law and Contempolary Problems, 12 (1947) 666.

[33] 松行彬子「戦略的提携における知識連鎖と相互浸透」三田商学研究39-1(1996)109

[34] 下田博次編著・知的所有権の恐怖(にっかん書房1992)108(林義信)

[35] これは政府保有情報公開という点からも意義深いことである。米国ではInternetで政府保有電子情報の検索が可能であるし(電子情報自由法The Electronic Freedom of Information Act (1996))、韓国情報公開法にも電子情報の公開が定められている。それに比べると日本の情報公開は遅れている(関東弁護士会連合会・市民のための情報公開(明石書店1997)93(渡辺力他))cf.右崎正博=三宅弘「情報公開要綱案(中間報告)を読む」法セミ500(1996)

[36] 情報科学技術協会編・サーチャーのためのワンポイントアドバイス(1997)127

[37] 金平隆・国際特許分類入門(発明協会1975)3

[38] 松本直樹「ノウハウの温存と米国特許法におけるベストモード開示義務」パテント19936月号39

[39] 青山絋一・特許法改訂2(法学書院1997)7

[40] 米原万里「真昼の星空」読売新聞2000.1.9

[41] McGary,D.D. trans., The Metalogicon of John of Salisbury. A 12th Century Defense of the Verbal and Logical Arts of the Trivium, U. of California Press, III, 4 (1955).

[42] Klibansky, R., The School of Chartres, in Clagett, M. et al, eds., 12th Century Europe and the Foundations of Modern Society, The U. of Wisconsin Press, 5 (1966).

[43] 日経ビジネス1992.6.2922

[44] 玉井克哉「法人等に関する情報」法教201-18、中島徹・著作権判例百選2127

[45] 射場俊郎「情報公開法が成立、著作権法の一部改正も」コピライト459(1999)99

[46] 「元スパイ口封じに『著作権作戦』」朝日新聞2000.2.28

[47] Reimers, N.「大学及び大学教員は産業界と連携すべきか」TLOシンポジウム(慶大1999)4Vaughman, F.L., Economics of Our Patent System (Macmillan 1925) 155; Polanyi, M., Patent Reform, Review of Economic Studies, 9 (1944) 71.

[48] 染野「情報社会におけるノウ・ハウ規制の理論」ジュリ428(1969)44、河野尚孝「企業秘密漏示罪の新設は特許制度と矛盾する」工業所有権法研究400(1974)。反対、Kewanee Oil Co. v. Bicron Corp., 416 U.S. 470(1974)、小野昌延・営業秘密の保護(有信堂1968)481

[49] 松行彬子「多国籍情報通信企業IBMの経営戦略」公益事業研究42-2(公益事業学会1990)91、李甲斗「創造的組織能力と企業間関係」三田商学研究39-2(1996)105。例えばMicrosoftISPのネットコム社、AT&T社と提携した。これによって、提携ISPの利用者にIEが配布されることになり、これと引き替えに、MicrosoftWindows 95を改訂し、提携ISPnetworkに容易にaccessする仕組みを組み込むことになった。

[50] Rogers, E.M.=青池眞一他訳・イノベーション 普及学(産能大学出版部1990)26Finlandの大学生リヌス・トーバルズがUNIXをベースに作成し、Internet上でsourceを公開したOS Linuxは、世界中のprogrammerによる改良によって、制能ではde facto standardであるWindowsに匹敵するまでになった。これはUNIXベースのPDSでは珍しいことではない。net newsを利用してsoft makeruserが情報交換し、誰かが機能を拡張し、別の誰かがbugを見つけ、また誰かがこのbugを修正する。そうした作業が積み重ねられて、PDSに世界中の知恵が集結される。cf. Stephen EnoMacintoshとパブリックドメインソフト」Information 6-5(1987)、同「MacintoshPDS 2同誌6-12(1987)

[51] このような体質は企業の成長にとっても不利益であり、責任の追及から免れる不正従業員のみが利益を受けるにすぎない。秘密主義では契約相手と健全な信頼関係を築けないし(内村敬他「フランチャイズ大誤算」週刊ダイヤモンド1999.2.636)、企業内の情報共有も進まない。情報共有・異部門間の交流は新製品・新事業開発へのアイデアを創り出し、複数技術による新事業領域開発へと進展していく(神戸和雄「企業内の情報共有と情報技術」三田商学研究38-5(1995)89)

[52] 通産省知的財産政策室・逐条解説不正競争防止法(有斐閣1994)59

[53] Rogers, J.E.T., On the Rationale and Working of the Patent Laws, Journal of the Statistical Society of London, 26 (1863) 123.

[54] 技術につき、Marshall, A., Principles of Economics 8th ed. (London 1920)360.渋谷達紀「特許制度の経済的機能」石井照久追悼 商事法の諸問題(有斐閣1974)199

[55] 技術につき、小谷悦司「無限摺動ボールスプライン軸受事件控訴審判決の意味するもの1」パテント47-9(1994)27

[56] Batteux(山縣煕訳)芸術論(玉川大学出版部1984)33

[57] Polanyi, M.=佐藤敬三訳・暗黙知の次元(紀伊国屋書店1980)15、吉田謙二他訳・知と存在(晃洋書房1985) 184185

[58] 特許につき、Jewkes, J. & Sawers, D. et al, The Sources of Invention (London 1958) 251.

[59] 蓮井=森・商法総則・商行為法253(甘利公人)。中山・工業所有権法上9

[60] 中山信弘・知的財産権研究99(中山)

[61] 穂積保・並行輸入の法律論(東京布井出版1996)22

[62] 田中誠二・全訂商法総則詳論(勁草書房1976)30