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有料道路の概要 |
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ご意見、ご感想などは e-mail (←をクリック)でお聞かせ下さい。 特に年月日の記載がない記事は、全て2010年4月17日付のものです。 |
日本では、江戸中期、将軍吉宗の頃から「賃取橋」と呼ばれる有料道路がありました。当時の橋は木製でしたから、大火事で焼け落ちることが多く、財政の厳しい幕府が、有力な町人に命じて橋銭(橋の通行料)を取る「賃取橋」を造らせたようです。
明治に入ってからも、政府は太政官布告(明治4年)を出し、民間資金で橋を架けることを奨励しました。明治7年(1874年)には、隅田川の厩橋が地元有力者の出資で造られました。大正3年(1914年)にも木造の白髭橋が、地元住民が出資した「白髭橋株式会社」によって架けられましたが、採算が取れず大正14年に東京府に移管さています。
殆どの「賃取橋」は短命に終わりましたが、今なお健在なものとして、静岡県島田市の大井川に架かる蓬莱橋があります。明治12年に牧ノ原台地の開拓農民の出資で造られた長さ897mの木造橋です。1997年に「世界一の長さを持つ木造歩道橋」としてギネスの認定を受け、今では年間約8万人が訪れる観光施設としての性格が強くなっています。
有料道路は、明治9年に小田原板橋から箱根湯本間の東海道に、人力車がすれ違えるように拡幅した約4kmの区間が始めてとされています。ただし有料の期間は5年で終わっています。
有料トンネルも明治9年に、東海道の難所宇津ノ谷峠に初めて造られました。これも地元の有力者が結社を作り、50年間の事業許可を受けて完成させたものです。明治27年にトンネル内の火災で通行不能になり、有料道路の期間は、わずか18年で幕を閉じています。採算は順調でしたが、明治22年に静岡、浜松間の鉄道の開通によって東海道線が概成した結果、赤字経営に転落していたようです。国の登録文化財に指定されているレンガ造りの「宇津ノ谷隧道」とは別のものです。
有料道路と鉄道の競争の一幕という見地から興味深いものがありますが、しかし何れにしてもこれらはすべて歩行者を主な利用者とするものであり、自動車を対象にした日本の有料道路の歴史が始まるのは、第二次世界大戦後の復興が軌道に乗り始めた1950年以降になります。
イギリスでは、17世紀後半から車(この時代の「車」は自動車ではなく馬車)を対象とした有料道路の歴史が始まっていて、1663年(4代将軍家綱の時代)に最初のターンパイクが造られました。馬車通行の増大によって道路の補修費用が嵩むようになり、それまで地域住民の労役に頼っていた補修では足りず、その費用を捻出するために通行車両から料金を徴収することが必要になったからです。
因に、ターンパイク(turnpike) という呼び名は、料金所の番人が、車が近づくと槍(pike)を横にして停車させ、料金を徴収すると槍を上げて車を通したことに由来しています。
1700年代に入ると、全国のparish と呼ばれる地方行政区ごとにターンパイクを整備する方式が確立されました。この方式では、ターンパイク・トラストという事業体が地方政府の認可を受けて作られ、通行料金から利潤を上げる企業として扱われました。同時期には道路舗装の技術も進歩し、最盛期にはターンパイクの総延長は35,000km(全道路延長の21.3%)に達し、鉄道網が発達する以前の交通手段として重要な役割を果たしました。
しかし、産業革命の進展によって国の財政も豊かになり、一方、規模の小さいターンパイクが増え、料金が高いのに路面の補修が十分でなかったり、ターンパイクの認可や経営期間の更新に際して多額の政治資金が必要だったり(!)という問題点も指摘されたことなどもあって、1860年代に入ると国が道路管理に責任を持つことになります。そして認可期間の更新が行われなくなった結果、順次ターンパイクが廃止されて行き、1895年(明治27年)には全てのターンパイクが消えてしまい、200年に及ぶイギリスの有料道路の歴史が幕を下ろしました。
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Clapton Gate 料金所 1810年頃
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White Chapel Turnpike料金所 1813年
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上の写真は、いずれもイギリスLaw Commission の資料によりますが、この頃にはもう槍を持った番人に代わって、シルクハットの係員の姿が見られます。
アメリカでも少し遅れて、各州別にターンパイク会社の設立を特許する方式でターンパイク時代が始まっています。第一号は、1794年に開通したペンシルベニア州のフィラデルフィアとランカスターを結ぶ約100kmのターンパイクでした。それから1830年頃迄に合計約13,000kmが建設され、産業革命前期の馬車交通の発達を可能にしました。
しかし、アメリカでも、1820年頃から政府による道路整備と運河交通の発達が進み、更に1835年頃からは鉄道の建設ラッシュが始まり、ターンパイク時代は終息に向かいます。
自動車時代になってからは、1924年にその一部が完成し、翌1925年に全線が開通したイタリアのミラノとコモ湖地方を結ぶ路線(延長24km)が、世界初の自動車専用の有料道路とされています。
アメリカで有料道路が復活するのは、1930年代のニューディール政策の一環として建設されたペンシルベニア・ターンパイク(1940年開通 延長257km)まで待たなければなりませんでした。(有料の橋はもっと早く1920年代には多数完成。)
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ペンシルバニア・ターンパイク
開通時の料金所 |
同左 スタントンインター付近
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有料道路は、自分が使う道路の建設費、管理費用などを直接、通行料金として負担しますから、利用と負担の関係がきわめて明確であることが最大の特徴であり、優れた点です。
無料の道路も、実は誰かが、何らかの形でその費用を負担しています。道路利用者は、ガソリン税、軽油引取税など、自動車関係のもろもろの税金の形で普通の道路の建設費や管理費を負担していますし、大きな住宅団地の中を走る道路の建設費用は、宅地の価格に転嫁されていたりします。
そう言う意味では、世の中に本当の意味で無料の道路はないと考えるべきです。このことを一番良く表しているのが「世界有料道路協会」 IBTTA(International Bridge ,Tunnel and Turnpike Association)のトレードマークになっている次の言葉です。
There are no free roads.TM (世の中にタダの道路はない)
「世界有料道路協会」IBTTAは、26カ国、約300の有料道路経営者(公社、公団など)が正会員として加盟している団体です。有料道路関連企業も賛助会員として参加できます。本部は、ワシントンDCにあります。日本からも従来、正会員として日本道路公団が参加していましたが、現在は中日本高速道路株式会社だけが加盟しています。
ガソリン税などの税金は、最近まで目的税として道路の建設・管理に使われてきましたが、どこでいくら集められ、どこで、どのように使われているのか、利用者には分りません。一番多く費用を負担している大都市周辺よりも、道路族と呼ばれる声の大きい政治家の選挙区の、交通量が少なく投資効率の低い地域に、立派な道路が出来たりします。これが「道路特定財源」の問題点として、強い批判の対象になった訳です。
有料道路であれば、交通量が少なく、従って料金収入の少な地域では経営が成り立ちません。従って、有料道路は、道路の建設に経済的合理性、効率性を取り入れる最良の方法です。
有料道路は、建設の必要性が高く投資効果が見込める道路に、国の予算にとらわれずに民間資金も活用し、金利負担を最小にする必要からも短期間に完成させるという、優れたシステムだったのです。
特に高速道路は、利用効率が高い上に出入り口が限定されていて、料金の徴収にも便利な点で最も有料道路に適していると言えます。
東名・名神・中央道.東北道などの高速道路は、極めて採算性が高く、有料道路としては全くの優等生でした。ところが、高速道路の路線に指定されていても、北海道の帯広付近のように、通行量が少なくて収入が料金徴収の経費にも足りないところまでが有料道路で作られるようになったため、全体の採算性も危なくなり民営化の議論に発展した訳です。
有料道路のもう一つの利点は、料金による交通料の調節が可能なことです。ロードプライシングとも呼ばれ、ロンドン、シンガポールの市街中心部の渋滞対策としても活用されています。有料道路では、急いでいる車が料金を払い、無料の道路より速いスピードで、渋滞に巻き込まれずに走ることができます。一番わかり易い例として、カリフォルニヤの有料道路 91Express Lanes (91X) を紹介しておきます 。
下の写真で、両側の5車線と4車線が無料の高速道路 State Route 91 (SR 91)です。SR 91の最も渋滞の激しい区間の中央部分、両方向各2車線、延長16kmだけが有料道路になっています。この部分は、もとは中央分離帯だったところです。1995年から、地元のCounty(郡)が民間企業に有料道路(91X)として建設、運営させていましたが、2003年に買い戻して、現在は Orange County Transport Authorityが運営していて、ETC で料金を取っています。その料金は91Xの混み具合によって決められます。
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スタート時は、曜日と時間帯によって、最低$1.15から最高$5.75までの範囲で決められていました。次第に利用者が増えて、91X でも時間帯によっては Express Lanes ではなくなる傾向が出始めたため、2007年1月から、最高額を$9.25に値上げしました。
つまり、常に時速100Km(65mile)で走れるように、料金によって交通量を調節するシステムを採用している訳です。
有料道路では、借入金を使って短期間で道路を完成させ、料金収入で管理費を支払い、借入金の返済などに充てるのが基本的な制度の骨格です 。料金収入で管理費も金利も賄えない有料道路は、借入金が雪だるま式に増えていきます。ですから、そういう道路を有料道路として作ることは明らかな間違いです。
間違った有料道路の分りやすい代表的なものが、本四架橋であり東京湾アクアラインです。通行量と収入を過大に見込んで、借金が返せないのを承知の上で、返せると言う机上の返済計画を作り上げたと言う点で、二重、三重の誤りを犯してしまった例です。本当に必要なものだったのなら、料金で負担しきれない部分には、最初から税金を投入して作っておくべきでした。(この点については「現在の有料道路の問題点」をお読み下さい。)
欧米では、民営の場合は勿論、公的な機関が運営する有料道路でも、プロジェクトごとに事業計画が公表されます。不足する部分には税金を投入し、料金で負担できる額について道路債券が発行され、建設資金の調達が行なわれるのが普通です。確かな交通量が見込まれない計画は、資金調達が出来ず、実現できません。
日本でも、名神・東名高速道路を建設するときには、国内では資金が調達できず、世界銀行から建設資金を借り入れましたが、予想交通量をはじめ、建設計画のすみずみまで、厳しい審査を受けました。幸い高度成長とモータリゼーションの伸展に乗って、予定より早く借入金を返済することができました。
ところがその後、郵便貯金や厚生年金の積立金などが潤沢になり過ぎ、他に有望な投資先がありませんでしたから、厳格な計画の審査も無いまま、高速道路などに、優先的に巨額の「財投資金」がつぎ込まれる状況が続いてきた結果、四公団だけでも40兆円を超える債務を抱え込み、返済が危なくなったのが「民営化」問題の発端でした。
有料道路制度だけでなく、これを資金面で支える財政制度にも大きな問題があった訳です。年金問題でも指摘されていますが、国民が営々として蓄積した郵貯・年金などの資金の相当な部分が、政治と官僚の無責任な資金運用によって不良資産化していることと裏腹の問題です。住宅金融公庫の貸付金も、高速道路の建設と同様に財投資金を消化する役割を果たしてきました。
バブルがはじけた後には、景気対策のために“採算性など心配せずにどんどん造れ”と言う風潮が一層強くなり、更に「民営化」論議の中でも“高速道路は採算性だけ考えて造るべきではない”という道路族、建設官僚、建設業界の大合唱が通り、最終的には“高速道路は国が責任を持って造るべきだ”という結論に飛躍してしまったのです。
つい最近まで「高速道路」と言えば当然「有料道路」と広く国民に理解されてきたと思われます。高速で走れる道路の整備が遅れて始まったという日本の特殊な事情もありますが、厳しい財政状況下での道路整備を進める観点からは、結果的に大変恵まれた環境だったと考えるのが正しいと思います。
ところが、民営化論議の結果、高速道路の一部は、無料の道路として建設する事が出来るようになりましたから、有料道路である高速道路と、無料の高速道路の区分をどう考えるのか厄介な問題が未解決のまま残されていました。
元々、道路財源が不足していたために高速道路は有料道路でスタートしたのですが、道路財源が余り過ぎる時代を迎えて、いつの間にか高速道路にも道路財源が注ぎ込まれる事態になっていた訳です。そこに民主党が政権の座に付き、高速道路無料化が始まり、一層の混乱を招いています。
高速道路は、国道バイパスなどに比べて、行き届いた維持、修繕が行われ、圧倒的に早い速度で、安全、快適に走れるのは勿論、サービスエリア、パーキングエリアのような休憩施設も計画的に配置されています。非常電話、交通情報盤などもきめ細かく設置され、道路巡回、事故発生時の体制なども手厚く整備されてきました。
その結果、料金が高いという苦情を除けば、料金を払っても利用する価値があるのが高速道路だ、という評価が社会一般に定着したものと考えています。有料道路は、鉄道に例えれば、在来線と新幹線、普通車とグリーン車の違いの役割を果たしている、という説明が広く受け入れられて来たのではないでしょうか。
高速で車を走らせるためには、高速道路であるに越したことはありませんが、予算の効率性を考えれば、本格的な「高速自動車国道」でなくても、時速60〜70km程度で走れる国道バイパスで充分な場合も多いと考えます。最近開通した立派な国道バイパスの例を下の写真でご覧下さい。
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国道1号 静清バイパス
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国道4号 郡山バイパス
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欧米では、こんな立派な分離帯付き4車線の道路でなくても、時速80kmで走れる一般道路が沢山あります。かなり古いものですが、私が撮ったスイス山岳部の道路の写真を見て下さい。
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坂の上り側が2車線(後部座席から)
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車線縮小の予告(反対側が2車線になる)
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渋滞でノロノロ運転が続いたりする都市部の道路は、バイパスを造る必要があるでしょう。時速20km〜30kmでしか走れない地方の山間部の道路でも、交通量が1日7〜8千台位までなら、スイスの例のように追い越し車線を活用した普通の国道か県道を整備すれば、緊急時の交通手段としても充分です。
バブルの最盛期に、11,520kmの有料制を前提にした高速自動車国道が計画されましたが、この計画自体に問題があったと思います。この中のかなりの部分が、時速60〜70km程度で走れるように改良された国道、県道の改良かバイパス建設で代替できた筈です。
ところが、高速自動車国道の全体計画はその後一度も検討もされず、そのまま生き残っています。そして採算の取れない区間は「直轄高速道路」として、いきなり無料の高速道路にしてしまうという乱暴な方式がとられた訳です。
一方で、道路の大部分を国が道路財源で建設して高速道路会社(以前は公団)に引き継ぎ、最終の舗装工事だけとか、もっと極端な場合は料金所だけを会社(公団)が借入金で作った例もあります。
この工事のやり方は、饅頭のあんを包む皮の表面にできる薄い皮にたとえて「薄皮方式」と呼ばれています。最近のケースでは80%〜90%が普通で、最大98%が道路財源という所もありました。
「隠れ高速」と呼ばれるものもあります。高速道路の計画には入っているのですが、採算性が悪くて、有料道路が原則だった高速道路としては、法律上、着工できなかったところを、有り余る予算=道路特定財源を使って「高速自動車国道に並行する自動車専用道路」と称して国交省が無料の国道として完成させた区間です。
2010年6月から始まる第一次計画で無料化される高速道路の近くにこの「隠れ高速」が沢山あります。両方とも、最初から国道バイパスで十分だった区間かも知れません。
いずれにしても、高速道路の有料区間は100%借金で造り、無料区間は100%税金で造るという区分はどう考えても無理があります。
財政状況は厳しくなる一方です。利用者にとって便益の高い高速道路については有料道路にすることを原則にすべきです。その場合に、料金収入だけで建設・管理費を返済する「償還主義」を止めて、高速道路の利用で受ける便益で収入を算出し、不足する建設費は最初から道路財源を投入する考え方を確立しておく必要があると考えます。
現在、高速道路と呼ばれるものに3種類があります。第一が計画延長11,520kmの「高速自動車国道」です。これは直轄高速制度が導入されるまで、全部が有料道路でした。
第二が計画延長2,480kmの「一般国道自動車専用道路」です。この中で有料道路として造られたものが高速道路と呼ばれます。本四架橋や圏央道などが含まれます。
高速自動車国道と一般国道自動車専用道路の合計14,000kmが「高規格幹線道路」と呼ばれます。
第三が「地域高規格道路」で、開通済み、計画中を併せて約7,000kmあります。首都高速、阪神高速、第三京浜などもこの分類に含まれます。因に、首都高速は、例えば都内部分は、都道高速◯号線で、道路法上は都道です。
「地域高規格道路」は高規格幹線道路と一体になって、地域の発展に役立つ道路を整備する目的で1994年に作られた制度で、国道から都道府県道、政令指定都市の市道までが入りますが、その中には紀淡海峡大橋などの六大海峡横断道路も「候補路線」として入っています。
以上合計約21,000kmが高速道路と呼ばれる(可能性がある)道路網ということになります。
地域高規格道路の中には、国交省の国道事務所が国道253号線のバイパスとして建設している「上越魚沼地域振興快速道路」と呼ばれるものもあります。北陸道の上越IC と関越道の六日町IC を結ぶ延長60km、設計速度80km(一部60km)、計画4車線(暫定2車線)のれっきとした自動車専用道路です。
本当にこんな高規格の道路がこの地域に必要なのでしょうか。県知事や議員さんが「高速道路が欲しい」「バイパスを造れ」と叫ばれる場合にも、本当に「道路」が必要なのではなく「道路工事」が欲しいという意味であることが多いことにも注意すべきです。
高速自動車国道でなくても、国道や県道の改良やバイパス建設でも十分に目的が達せられるところが多いと思われます。
ただし、この場合には大切な条件があります。日本では、新しくなった道路に接して直ぐに家や店舗が建ち並び、家や店の前は駐車場になります。カーブしていれば見通しも悪くなります。これでは安全な走行は確保できません。これを防止するために「沿道区域の指定」の制度を活用すべきです。
道路法44条に、安全に走れるように、道路から20m以内には建物を作らないようにできる規定があるのですが、法律が制定されてから半世紀以上たっても、まだ1カ所も指定されていません。指定に必要な政令や条例さえも制定されていません。怠慢というしか無いと考えます。
今、民主党に一番期待されているのは、高速道路無料化などではなく、道路族(民主党の中にも多い!)、建設官僚、ゼネコンの利権構造の中核になっているこの「高速道路」の大規模な建設計画の抜本的な見直しではないでしょうか。