「雪国」川端康成 新潮文庫 CD新潮文庫の100冊
国境の長いトンネルを越えると、雪国だった。
という有名な一節しか知りませんでした。読みはじめたら、ぐんぐん引き込まれて、おもしろかったです。
雪国の芸者駒子と、定職に就くことなくなんとなしに趣味に日々を過ごすような男島村との交情を描く……
汽車に乗って国境を越えますが、その汽車の中で、窓に映る女性の顔と、後ろの風景とガラスに映る灯りとが渾然となって時間と共に周囲の風景と共に変わりながら過ぎていく光景の描写がありました。列車通学をしていたころ、そんな光景を、たしかに見たことがあったのを思い出しました。文豪の手にかかればこのように描写されるのね。後で解説を読むと、有名なシーンだったようです。
移りすぎる風景と、動きのない車内。しかし車内も、時は過ぎていくし、列車そのものも、動いていくもの……
駅の土産物売り場で、汽車の時間までの時間つぶしのために買い物をする、というのが、ほっと思いました。私には縁のない世界……暇と金がある人間の時間のつぶし方。芸者遊び自体、暇と金がある旦那衆の遊びだものね。
待つ女のいじらしさ、やるせなさ。もてあましてしまうような心の動き。「なよなよとした」という形容は、一人では立っていられない駄目な女と認識していて、そういう女にはなりたくない、そういうなよやかさを売り物にするような女に心引かれるような男はつまんないやつ、と思っていました。、駒子ちゃんの様子を見ていて、なよなよとしたところが私からみても魅力的に思えました。あ〜、こういうところが(特に男の人に)魅力的なのね、と。なよやかな、柔微な女性の良さが腑に落ちた感じ。
島村は素直な男じゃないから、いいなあ、魅力的だなあと思いはしても、駒子ちゃんに恋したり、駒子ちゃんが望むよう応えてあげることはしないのでしょうけれど。
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