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年明け早々から、沖縄県名護市、那覇市、秋田県横手市、埼玉県桶川市、 北海道小樽市、栃木県那須塩原市と日本列島を行ったり来たり。 各地の気温の差は実に20度以上。 何を着て何を履いていけばいいか混乱してくる。 なぜこんな過密スケジュールになったかと言えば、 今月後半からアメリカ西海岸へ行くことになったので、仕事のしだめ。 マーフィーさんの法則通り、出発直前に続々と大事な仕事が入ってくる。 極めつけは、出発の日に重要イベントである「日本ショッピングセンター」との コラボレーションであるセミナーが重なってしまった事。 このセミナーでは、商店街とショッピングセンターの共存を探るもので、 国土交通省のご担当と、 TOMネットの専門者会員が改正都市計画法をテーマにリレートークをする。 昨年の秋にも、訪米直前に個人的な事件が発生し、出発を断念しているので、 今回はコーディネーターの役割を不死身の幹事長にお願いし(ああ・・心配) 目をつぶって飛行機に乗り込む。 帰国後に聞いたところ、パネラーのギリー理事や女座長、 ド派手なイベントプロデューサーの活躍でセミナーは大盛況の内に終了したらしい。 代表理事はなくとも、NPO活動は何の支障もなく進んでいくのですね。(ちょっとさみしい) 今回の米国西海岸訪問は、ずばり「アメリカの商店街は生きているのか?」がテーマ。 郊外型ショッピングセンターの展開が日本よりもはるかに進んでいるアメリカで、 サンタモニカやサンアントニオのような観光商店街ではなく、 地元密着型の商店街はすでに壊滅したとTOMネットの商業コンサル会員から聞かされていたが、 本当かどうかを自分の目で確かめる。 それによって、瀕死状態の日本の商店街がどうなっていくかを考えてみたい。 まずは、サンフランシスコの住宅街にあるユニオンストリート、フィルモアストリート。 立派にやってます。 地域住民の人たちと和気藹々、 チェーン店とも共存し大型ショッピングセンターとも使い分けられて、 ちゃんと営業しておりました。 そして、ちょっと特殊なヘイトアッシュベリー。 ヒッピー文化を残した独特の雰囲気の商店街も、 広域から客を集める古着屋等を中心に個性を発揮して存続していました。 中心市街地のパウエルストリート駅に再開発で昨年オープンした「サンフランシスコセンター」は、 歴史的建造物(昔の百貨店)のファサードを活かしながら、 見事な都市型ショッピングモールとして多数の市民を集めている。 サンフランシスコ市の都市計画は、成功例として有名だが、 地域の商店街も都心同様に元気であった。 うれしくなって、フィッシャーマンズワーフとチャイナタウンでカニ&ビールのはしご。 例年になく息が白く見えるほど寒く、途中でホット紹興酒に切り替え。 あまり日本の生活と変わらない。 ロサンゼルスでは、PPP(Public Private Partnership)によるハリウッドの再開発、 「ハリウッド ハイランド」のホテルに泊まり、商店街の研究。 「ハリウッド ハイランド」の目玉は、アカデミー賞授賞式を開催する「コダックシアター」。 大きなイベント広場を中心としたハイブリッドモールで、 有名ブランドショップも多数入店している。 しかし、周辺商店街は、以前のちょっとコワイまま。 ホームレスが寝転んでいて、客引きも多数。 地元の人に聞くと、 地域住民のレベルとショッピングモールのレベルがあまりに違いすぎる「ミスマッチモール」らしい。 横手市や那須塩原市の再開発施設でつくるイベント広場の参考に写真を撮りまくる。 9時過ぎに寿司でもつまもうと、モールの「寿司禄」へ向かうが、予約でいっぱい。 仕方なく苦手の洋食でビールと思ったが、すべてのレストランが満員。 部屋へ戻ってルームサービスで我慢しようと電話すると、 ルームサービス用の食事も、 先ほどの予約で一杯のレストランが作っているということで、やはりだめ。 このまま、ハリウッドの空の下で餓死するのかと諦めかけたが、 思い直してメキシカンファーストフードの店で巨大なタコス&サラダのセットを購入。 部屋の冷蔵庫のワインとビールで流し込む。 わびしい・・・・ ロサンゼルスは、サンフランシスコと違い、 車が無ければ生活ができない街なので、運転手付の車をチャーターして商店街巡り。 一昨年に続いて二度目の訪問の 「オールドパサディナ」(歴史的建造物のファサードを活かした商店街)は、 相変わらず近隣の大型ショッピングモールよりも人を集めているし、 商店街をパクったライフスタイルセンター「グローブ」はますます絶好調。 おかげで、以前は画期的ショッピングモールとして皆が視察に行った「ビバリーセンター」も 集客に陰りが出ているそうだ。 住宅街では、ストリート沿いに、個性的な店舗が自然発生的に集まり、 そこに芸術家や芸能人が食事等に来て新たな商店街になったところがあちらこちらにできた。 やっぱり商店街の存続は可能なのだ。 詳しくは、セミナーでお話します。 晩飯は「はずさない店、BENIHANA」を予約。 運転手さんが「ビバリーセンターから歩いて行けるよ。」と言うので、 車を返し、言われた方向へ歩き始めた。 しかし日は暮れて真っ暗なのに、人気はどんどん無くなり、 治安の悪いLAで昨夜に続いて生命の危機。 徒歩は断念し、ビバリーセンターに戻ってタクシーに乗ろうと思ったが、 すでに閉店時間が過ぎておりタクシーはつかまらない。 周りを見回すと、少し先に超高級ホテルらしき建物が見えた。 これは助かったと、タクシー乗り場のあるホテルのエントランスに向かうと、 さすが超高級ホテル、立派な制服を着たベルボーイたちが威厳を持って構えている。 宿泊者でもないものが、ここでタクシーを呼んでもらうのにも気が引けて、 まずホテルのバーで一杯やる事にした。 しかし、私の服装は街歩き用のよれよれジャケット&コート。 精一杯背筋を伸ばし、 お忍びでLAに遊びに来た日本の「IT長者」のような雰囲気で(絶対そうは見えない) ベルボーイにバーの場所を聞き、高そうな雰囲気のバーのカウンターでマティーニ。 見廻すと、薄暗いバーのソファーでくつろいでいるのは、 アメリカ映画のパーティの場面でよく見るカクテルドレスに身を包んだ美女たちと、 彼女たちをエスコートするタキシードの紳士たち。 どうやら本物のセレブらしい。 よれよれジャケット&コートとしては、しっぽを丸めて逃げ出したい気分だが、 もう一度背筋を伸ばしてマティーニを飲み干し「チェック プリーズ」。 カウンターの中の金髪のオネーサンは、「部屋付けにしますか?」などと、 どう見ても宿泊者ではないことがわかっているはずなのに聞いてくる。 カードで支払い、ゆっくりとエントランスに向かい、先ほどのベルボーイにタクシーを呼んでもらい、 1ドル札を二枚握らせる。(少なすぎるだろうか?) 「BENIHANA」に何とか到着し、熱燗を一杯。 疲れた〜・・・。 |
次回へ続く・・・次回へつづく・・・
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