くずまき高原省エネルギー対策・まちの活性化 研修
TOMネット 東京会 理事 小俣 光一
(
INA新建築研究所 理事 事業開発部長)
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今や小学生でも知っている「省エネ」。私の姪が「叔父ちゃん、太陽光発電て知っている? 牛のウンチも電気作れるんだって」といきなり話しかけてきた。学校の課外授業で見てきたようだ。省エネルギーを語り実行する時に、各所においてハード面はきちんとプレゼンテーションされる。しかしながら、ソフトについては将来計画・街づくりにおける役割を含め多くは議論されない。ヨーロッパにおいては、一地方都市においても住民そのものが次世代に対する責任と将来像を見据えて自分自身の問題として具体的に省エネルギー問題に取り組んでいる。
日本においては、省エネルギーは、大企業や国の問題としての認識が強い。市民や中小企業・地方行政や学校などは間接的に協力し「国の方針に従う」と言うのが大半である。最近になり、ようやく個人住宅にも緑のカーテンや省エネ商品の購入がメディアを通じて普及し始めたが自分の行為がどのような目的と成果を生むかは、多くの人が理解せずに行っている気がする。
省エネルギーを実施するに当たり、日本での対応商品は大型で投資額が大きく、個人向けのものはまだ多くない。ヨーロッパにおいては個人農家に対しても使える様なコンパクトで安価な対応商品や個人農家が対応できる省エネの手引き的な情報が手安く入手できるようになっている。
そんな中、メディアで取り上げる機会が多い葛巻町が頑張っている姿をこの目で見たくて会社の仕事には絡めずに個人的立場で参加申し込みを行った。偏見ではあったが、事前の予備知識の中では、葛巻において国の補助金を多く使い賢い政治家と役人が多くいる地方都市のイメージを持って研修に向かった。その後この偏見は大きく、くつがえさせられた。
6月25日初日お昼の12時に東京を出発した。その日東京から仙台辺りまでは、熱風が体を包み込むような暑さだった。盛岡を過ぎ東北自動車道お滝沢IC.を下りて一般道を走る。両側は山と田んぼで顔の周りは細かい虫がいっぱいへばり付いていた。東北新幹線のいわて沼宮内駅を過ぎた辺りから、冬は雪深い事を感じさせる町並みと風景が始まった。そこからは、一気に気温が下がり薄手のジャケットを貫く冷たい空気は体を震えさせるほど冷たく突き刺して来た。暗くなった高低差の激しさを思い知る坂道の続くワインディングロードは寒いが気持ち良い感覚だ。そしてついに、その日の夜20:00に岩手県葛巻町に到着した。(交通手段については後で述べることとする)すでに宴会は終盤に差し掛かっていた。後から着た我々は体をお風呂で温め、すぐに宴会に加わり一気にワインを飲み、周囲の出来上がっている参加者に追いつくべく、程よい酔い加減を得た所で自己紹介をかねたスピーチに入った。
そこで私は今回葛巻に来た趣旨と私が見てきた海外事例について話をし、「省エネ〜まちづくり」は、ソフト・運営が最も重要であることを最後に喋った。それに答え葛巻町の中村さんが「明日十分見てくれ。」と熱く話し始め、私の期待は大きく膨らみ夜は深けた。
翌日の見学は一箇所事の移動が40〜50kmもあり葛巻町の広さを改めて実感した。町の人口の数より牛の数の方が多いことも実感できた。すべてが人間中心で動いている東京に比べると、ここでの価値観が改めて自然との共生を基本と考え都心における街づくりとは違うことを考えさせられる。
研修のスタートは、町全体と取り組んでいる事業の概要説明から始まった。そして自然エネルギーでの発電事業の見学そしてバイオマス発電のきっかけとなった子牛の育成事業、其れを可能にする格安牛舎建設のアイデアと努力は建築を本業とする我々からは理解しずらい部分もあった。仮設材を使って牛舎を作っても機能は十分満足する。当たり前に補助金事業と考えると大げさで重い物になり事業その物が継続性を失うことが多い。その後、風力発電の実態を見た。山林の占める割合が葛巻町全体の85%である事を実感しつつ、山の頂上にバスで上がった。年間平均風速5メートル/秒きびしい環境を想像させる。
日頃我々の関わっている街づくりは全国どこでも同じスキームが基準になってきた。葛巻の町の人たちがパワーとアイデア・協力をもってすばらしい街づくりが出ているのは十分すぎるくらい理解できた。しかしながら成功への道の一番大きな要因は、葛巻の町の住民が葛巻の町を誰よりも愛し・誇りを持ち・無理をしない範囲で自分の出来ることの可能性を含め考え実行している事にあることを感じた。歴史が薄れてきている町に歴史と文化を題材にして無理やり町づくり活性化は成功するのでしょうか。
取れたての魚や野菜を道の駅で売るだけで賑わいは復活するでしょうか。そこに暮らす人たちが出来る範囲で自分らしさを超えずに一番誇れる物作りと最高のサービスを提供する事が本来の地域ごとの街づくり・活性化・賑わい再生に繋がると思います。
葛巻町の市民による街づくりを見ていたら、ふと思い出したことがあった。郊外型の商業施設は、便利で欲しい物が適当に揃って手に入ってしまう。車を中心とした生活においては、郊外型の商業施設が必要不可欠な存在になってしまっている。しかし車を使わずに生活するにはとても不便なものである。20年弱前にイオンモールの日本で第一号店を青森県の五所川原の隣の柏村に、企画・基本設計監修を行った。見渡す限り水平の田んぼのど真ん中、真冬は地吹雪体験ツアーが行われる場所であった。このときの記憶は、そこにポツンとインナーモール形式の大型商業施設を作る事での大きな課題点2つだった。一つは、周りに樹木が一本も無いため環境や風害を考えると周囲に木を植える必要があったこと。もう一つは公共交通機関がほとんど無く、子供や高齢者は施設に来れない事の解消方法の検討が必要だった。大きな企業はこれを企業力と経済力で解決した。
葛巻町は、中心市街地に比べて不便な所が多いかもしれないが、生活に困ることも少ない。しかしながら住民が満足する生活がそこにある。我々の都会での生活にどれだけの満足があるかは、比較すると考え深い所である。子供達にとっても良い成果が見られる。子どもたちさえも自分で出来る環境問題を真剣に考え対処している。日頃の我々の生活の中にその様な意識があるだろうか。
普通に牛肉を食べている我々は「肉質が良い」とか「黒毛和牛である」とかこだわっているが、その牛の肉を食べるにあたり牛によっては旬な時期があり何時でも食べられる訳ではない場合があることは知らなかった。お肉でさえも食べたいときに何時でも食べられることに疑問を持たなくなっている自分に問題を感じてしまった。
しかしながらお昼に頂いた焼肉のランチで骨付きラム肉・牛肉そしてヨーグルトドリンク・牛乳は景色も加わり絶品でした。その後はワイン工場でのプレゼンテーション。案内役の女性は、海外研修の経験もあり真剣に説明をしてくれました。これも自分達が自信を持ってワインを作っている証明だと感じた。強いトップが居てカリスマ的に工場を経営しているのではなく、自分たちの出来る事を120%やり出来上がった成果に誇りを持ち全員が作る事に意欲を持っている事が良く伝わってきました。
最後にホテル:グリーンステージで葛巻特製のソフトクリームをご馳走になりこの味にも葛巻町らしさを感じました。加えてホテルの浴衣が白地に黒の牛模様がプリントされておりこの牛模様を使ったタオルをプレゼントされたのにはびっくりしました。これも営業の一環である事は頭の中では理解したが何となく嬉しくなって次回は此処にとまろうと思っている自分が可笑しくなってしまった。改めて葛巻の人達のホスピタリティーに感動でした。
最後のバス移動の中で葛巻の山々の風景をしみじみ見ていた。此処には半年もすると雪深い風景が広がる事を想像した。そして葛巻の人達の生活をふと考えた。葛巻に過す子供たちは食べごろを知り、寒い冬をどの様に過ごしたら楽しめるか良く知っている。おそらく非常事態が起こり真冬を身近に在る物だけで過ごす状況になったら、葛巻の人たちは生き残れるが我々は生存できないかもしれない。改めて課題を感じる。
我々の葛巻町における研修はこれで終わった。
さて今回の我々小俣・高城2名のツアーは第二部が此処から始まる。50歳の肉体に鞭打ちながら、残り2泊3日のバイクツアーは特に準備もされずに岩手〜仙台〜新潟・燕三条〜長野〜山梨〜東京と初日から含めると総走行距離1800kmとかなりハードなものである。
二人の目的は共通で綺麗な空気・綺麗な景色そして美味しい魚・美味しい酒(地酒)である。そのためにはひたすらバイクで当ても無く走る。そして五感を駆使して美味しいものを探す。出来ればヘルシーなものが良い。
仙台では友人と合流し地元の人のみで賑わう大衆割烹店に入った。店の名前は「樽」ちょっと気の強い女将さんと不器用なスタッフが一味加わってまた面白い。そして仙台と言えば、なんと言っても牛タン。これは絶品。店の名前は「司」。連れて行ってくれたのは有名ラーメン店の社長間違えは無い。気がつくとヘルシーな旅はすでに終わっていて、誘惑に負けていた。なんと3軒目はショットバーでニッカの仙台工場のウイスキーを満喫していた。
翌日、朝9時仙台の南にある亘理町を径由して蔵王エコーラインのワインディングを気持ちよく走る。さすが標高1,800m空気が冷たく下界とは大違い。そこから山形南陽町を抜け、途中10割板蕎麦を食べ一路燕三条のホテルへと向かった。ホテルには温泉があり、ゆっくりと疲れを癒す。その後は近くの何軒かある居酒屋へ、最後に覗いた店は地元の日本酒が10種類以上あり安いほうから端から頼んでみた。ちょっとメニューは若者受けを狙った東京風のものもあったが、地元の魚はやはり美味しい。あっと言う間に夜も吹けた。
翌日またも9時出発、高速道路をなるべく使わずに長野まで向かう。途中の山々は米どころ魚沼地域。 地震で被害のあった小千谷地区をかすめるように山間を抜け野沢温泉から飯山へと走る。信州中野市で地元の人とインターネットの情報を集め美味しい蕎麦屋を探す。知る人ぞ知る地元の蕎麦屋は、大当たり。こんなに美味しい物に沢山出会う旅は珍しい。後は高速を使って山梨から東京へと帰路に着く。
今回は、確かにハードではあったが葛巻の見学や仙台・燕三条の美味しい旅と何年かぶりの有意義な休日でした。この所何年もまともな有休を取っておらず余裕の無かった自分には大きな意味のあるツアーでした。
また行きたいなァー。葛巻は、いいよ。
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