国際交流ボランティアとは?
私は国際交流協会という組織でボランティア登録をしています。
(以前隣の市に住んでいた時も同様でした。)
国際交流ボランティアには、ホームステイの受け入れ、
在日外国人の通訳や各種パンフレット作成、
国際交流イベントのお手伝い、、等など色々な活動があります。

登録は国際交流協会や市の国際交流課で随時受け付けています。
(全ての市にそういう組織があるのかどうかは不明ですが)

ホームステイの受入れ
国際交流協会の中の「ホームステイグループ」に登録すると、
不定期にホームステイ受入れの案内が来ます。
受け入れる人たちの国や年齢や期間は様々で、
その都度、受入れするかしないかの選択は自由です。
英会話力もそれほど問題ではありません。
ただ1つの条件は「個室を与えられる」ことです。

原則として報酬はなく、多少の食事代が出ることもありますが、
滞在費用は全てホストファミリー側の負担です。
ステイとは違って、日中にお茶だけお招きするホームビジット
というものもあります。 最近(2000年2月)では在日で日本語の勉強を
しているアジアの学生さんのホームビジットのお話などが。

1991年   世界卓球選手権のお手伝い

千葉県幕張メッセで世界卓球選手権が開催された時に、
そのお手伝いをしました。その時は会場やホテルでの案内などの
仕事があったのですが、私が振り当てられたのは、
ホテルでの選手達への簡単な案内係でした。
担当のホテルはアジアの選手たちが宿泊していましたが、
親しみやすい若者が多く、4日間とても楽しかったです。
takkyuu0004.JPG (4133 バイト) takkyuu0001.JPG (6176 バイト) takkyuu0002.JPG (4360 バイト)
コーチと選手2人の
ミャンマー
明るく親しみやすかった
タイ
会議参加1人の
モーリシャス
その他一番平均年齢が低かったのは、フィリピン

また、その頃はちょうど初めてのホームステイの受入れへの回答を
迷っていた時だったのですが、その時ホテルで一緒にお手伝いした
年上の女性の方が、「そんなに心配しなくても大丈夫。いい経験だから
ぜひやってみたら?」とアドバイスして下さったことで、初めてのホーム
ステイの受入れも決意したのでしたから、その点も有意義でした。

1991年 デンマークの男子高校生のホームステイ受入れ
kurauzen0002.JPG (6852 バイト) 「サーン.クラウゼン」君    17歳、身長約180cm
   デンマーク、オーデンセ市の男子高校生

   来日目的:市立高校サッカー部との親善試合

   ホームステイ:2泊3日

初めてのホームステイ受入れは、当時住んでいた市の姉妹都市の
デンマークの男子高校生でした。市立高校のサッカー部との
親善試合の為に来訪したメンバーでした。
2泊3日だったのですが、真ん中の丸一日がサッカーの試合だったので、
実際にホスト側がどこかに案内することはなく、
ただ2泊のお部屋と夕食と朝食を提供するだけでした。

ドキドキしながら対面会場に向かうと、金髪や栗色の髪の
かっこいい男の子ばかりなのびっくり。そして、わが家に来ることになった
男の子の人なつこいかわいい笑顔を見た途端、
いろいろな不安は消えていったのでした。

お部屋は4畳半の和室で、布団を敷いて寝てもらうことにしました。
床に寝るのは抵抗あるかな?とも思いましたが、まあせっかく
日本に来たのだから日本らしいのもいいよね?などとその点は
割り切って考えました。ただ、日頃は納戸状態の部屋だったので、
片づけたとはいえ殺風景なのは申し訳なかったです。

そして夕食。 1日目は鶏の立田揚げなどを出してみたのですが、
「自分の国にはない味だ」と珍しがっていました。
全部食べてはくれましたけど、もしかしたら困っていたのかも(^^;?
それで2日目は無難にステーキを。
そちらの方がやはり食べやすかったようです。

彼は母国語のデンマーク語の他にドイツ語、英語に不自由ないそうで
(なんてウラヤマシイ!)、会話は一応英語でしました。

ヨーロッパの男子高校生というのはもっとスレているのかと思いきや、
全く違い、日本の高校生よりずっと初々しい感じで、私も夫も
大変好感を持ちました。「GFはいるの?」という質問の答えも、
はにかんで「No」だったのは意外でした。

20人近いメンバーの受入れをしたのは中学生や高校生のお子様が
いらっしゃる方たちが多く、当時わが家は夫婦二人だけでしたので、
その点が1番心配でしたが、2泊めは私の弟も来ましたし、
TVゲームやM.ジャクソンのビデオなどで結構話が盛り上がり
それなり楽しんでくれたようでした。

サッカーの試合の方も応援に行ったのですが、彼らの方が
負けてしまい、結構みんなシュンとしてかわいそうなくらいでした。
ホームステイでは普通洗濯はしないのですが、
今回ユニフォームだけは2回洗ってあげました。

いろいろ不安があった初めてのホームステイの受け入れでしたが、
終わってみたら、2泊などあっという間でとても良い思い出となりました。

1999年12月 中国の女子大生のホームステイ
 
liuyuaun4.jpg (3668 バイト) 劉媛(LIU−YUAN リウ-ユエン) さん
  中国人民大学(北京で3番目に難しい大学)2年生
  日本語専攻だが、院では法律を学ぶ予定で将来は弁護士志望
  父親はコンピュータ関係、母親は弁護士
  日本で好きなアーチストは、SMAP、キロロ、SPEED,
  キンキキッズ

来日目的:日本の企業や大学の視察(日本の政党の招待)
ホームステイ:2泊3日

最初のホームステイ受入れを経験した後、
子供が生まれたりしたことや、受入れ要請自体があまりなく、
案内が来ても日数が長くてお断りしたことなどがあり、
2回目のホームステイ受け入れは8年ぶりとなりました。

今回は中国の大学生の団体です。やはり2泊3日で、
男女のリクエストが出来ましたので、女性を希望。

対面会場へは1番に着いた為、既に座って待っていた
学生さんたちから拍手を受けて照れてしまいましたが、
全員とてもニコニコしていて親しみやすい様子だったので、
久しぶりのホームステイの不安もこの時点で消えました。
日本語は全員ペラペラです。わが家へ来ることになったのは
髪の長いおとなしそうな女性でした。

お部屋は4畳半のフローリングにカーペットを敷いてある部屋で、
お布団で寝てもらいました。普段は洗濯物を乾したり、
子供が遊んでいる部屋で、殺風景でしたので、
慌てて絵など飾りました。

夕食は1日目は洋風にしましたが、少食とのことで、
わが家の量に驚いたようでした。
2日目はディズニーランドで軽食を。

2泊3日の中1日は各ホストでやることを考えなければ
いけなかったのですが、
彼女の希望により
わが家が案内したところは、古本屋さん、ショッピングセンターでした。
夜の東京ディズニーランドをこちらから提案してみると
大変喜び、私と7歳の息子と3人で行きましたが、
とても感激してくれたようです。

改めて彼女から話を聞くと、彼女たちは日本の政党の招待で、
北京の3つの大学から成績順に選ばれた日本語専攻の学生たちで、
ホームステイ前に1週間程あった会社や大学の視察の合間には、
招待者の政治家の小沢一郎氏や小渕首相、ダイエーの中内氏とも
対面したとのことで、そういう事情を把握していなかった私と夫は、
彼女たちの優秀さを知りびっくりしました。

彼女は素直なとても感じの良い女性で、一人っ子政策で
兄弟がいないため、わが家の子供たちの相手も喜んでしてくれ、
子供達も大変なついていました。
それだけに、わずかな日数にも関わらずお別れする時は
親子ともども大変寂しく感じました。
最終日の夜にはさよならパーティーがあったのですが、
どの学生もホストファミリーも同じような思いらしく、
あちこちで別れを惜しむ光景が見られました。

というわけで、今回のホームステイもまたとても良い思い出となりました。

● ホームステイ2泊3日の詳しい日記こちら
● 彼女から聞いた中国の話こちら

2000年12月 中国の女子大学院生のホームステイ
 
chen.jpg (2892 バイト) 郁 茜茜(イウ チェンチェン) さん
  南京師範大学音楽系院生
  古琴専攻 (写真の衣装は舞台用2着のうちの1着)
 
来日目的:音楽を通しての交流(日本の政党の招待)
ホームステイ:3泊4日中、わが家には2泊3日

昨年と同時期に今年も中国の大学生の団体が来日。
今回は音楽大学生で音楽を通じての交流が目的です。

受け入れ要請は3泊4日だったのですが、
1日わが家の都合が悪く2泊3日だけお引き受けすることに。
今回も女性を希望。

昨年と違い今回の学生さん達は日本語は全員話せません。
ということで久しぶりの英語でのホームステイに。

対面会場での学生さん達の印象は、院生も多く
昨年より平均年齢が高く22、3歳というところでしょうか。
きれいな女性が多く大人の雰囲気なのですが、
それぞれ初めてのホームステイに緊張の様子でした。

わが家へ来ることになったのは髪の長いきれいな女性でした。
彼女だけわが家の都合で最後の1泊だけステイ先が変わるわけですが、
そちらのホストファミリーが本日の対面式には見えてないことを
大変不安がり、その場にいらした世話役の方のお宅にステイ先を
急遽変更することでやっと納得してもらうことになりました。
(正直、大人なのに心配し過ぎるのに驚きました。)

楽器は琴が専門です。

お部屋は昨年同様普段は子供が遊ぶ4畳半のお部屋です。
お布団なのも同様です。

食事は日常的な日本の食卓を知ってもらえればよいかな?と
普段わが家でよく作るお料理にしました。

最初はあまり打ち解けそうに見えなかった彼女ですが、
慣れるてみると結構話好きで、料理中にはキッチンまで来て
お皿や料理などのことをアレコレ話していました。
お互い辞書の助けを借りながらですが
いろいろな話が出来ておもしろかったです。
彼女の電子辞書は、BFのプレゼントだそうで、
BFの話をする時の嬉しそうな笑顔が印象的でした。

子供たちもすぐに慣れて、私が食事の用意をする時間など
言葉は通じなくてもまとわりついて一緒に遊んでました。

今回は毎日彼女たちは日中は演奏会などがあり、
夕方市役所に迎えに行っては翌日の朝やお昼に送るパターンで
ホストファミリーと外出出来る時間は結局数時間でした。

その時間には近くのショッピングセンターへ行き買物を。
小花が散る模様のお椀に興味を持っており、
家族へのお土産に買おうとしていたので、
そのまま私がプレゼントしました。

自由時間があまりない2泊3日でしたので
あっという間でしたが、楽しんでくれたようでよかったです。
帰国後にもクリスマスカードや写真などを頂きました。

またいい思い出が1つ増えました。

2001年6月 シカゴの小学生のホームステイ
 
chris.jpg (4303 バイト) Chiristina Chambers ちゃん
  シカゴ市内ラングストン・ユーズ小学校6年生
 
  来日目的:日本の子供たちとの交流(小沢一郎氏の招待)
  ホームステイ:2泊3日

政治家の小沢一郎氏が、日米の草の根交流の為に
日本語教育に取組んでいるシカゴの小学生を15人を
小沢氏の個人負担で招待されることになりました。

8泊9日の日本滞在の中、2泊3日がホームステイ。
3年生から8年生のうち、わが家には6年生が来ることに。
(今回は全員女の子)

ホームステイ受け入れも4回目となりますが、
お子様の受け入れは今回が初めてです。
大人以上にこちらから世話を焼くこともありそうで
ちょっと不安でしたが、何事も経験だわ、と。

あちらの子供は大人びていると聞くので
わが家の子供たち(8歳、4歳)では物足りないかな?と思ったことと
息子のお友達のお姉さん(小学6年)が英語を習っており、
せっかくならネイティブの人と話す機会を上げたかったことで
2泊目の夜にはそのお姉さんとそのお友達も呼ぶことにしました。

対面会場に現われた小学生は全員肌の色が黒く
ドレッドヘアでした。小学3〜8年生だけに
子供子供した子から大人びた子までいろいろです。
みんなで日本語の歌を歌ってくれた後に
一人一人日本語で自己紹介が。
わが家に来ることになった女の子は結構静かそうでした。

さて、いよいよホームステイの始まりです。ちょっと緊張。
週に何時間か学校で日本語を習っているとのことですが
予想と違って実際にはほとんど日本語は話せませんでした。
自己紹介は紙を読みながらなのでちゃんとした日本語なのですが
あとは単語をたまに口にするくらいです。

日本語が出来ないのは1回目と3回目のホームステイでも
同じですし、そもそも普通は出来ないことが多いわけですが、
今回の女の子はなんといっても性格がおとなしく、
なかなか自分からは話をしないのです。
話し掛けても首を縦か横に振るだけのことも多く、
会話があまり盛り上がりません。

また、そんなに小さくもないかわりに大人でもない分、
わが家の子供たちにも特に積極的に話し掛けることもなく、
子供たちが本やおもちゃを見せても
反応はおとなしいものです。その為子供たちの方も
過去のホームステイほどゲストにまとわりつきません。

盛り上げられない自分たちの英語力不足も痛感し、
「わが家で楽しんでもらえているのかしら?」と心配にも。

食事は特に和風洋風にこだわらず日頃の食卓程度のものに。
彼女の好きなものはハンバーガー、タコス、ピザとか。
でも、お箸を使い一通りは食べてくれました。

今回は2泊3日間ずっとホストファミリーと一緒に過ごすので
その間をどうもてなすか、結構迷いました。
アメリカの子供が喜ぶところを考えるのは結構難しかったです。
(今回は子供なので、ステイ先によって不公平感が出ないよう
TDLには連れて行ってはいけないことになっていました。)
日本にあるものはアメリカにはありそうですし
東京や横浜などの主要な観光名所はホームステイ以外の時に
既に観光していましたし。

結局1泊した翌日は午前中は品川水族館に行くことにしました。
もちろん水族館はアメリカにもあるとは思ったのですが
チューブ式の水槽なら喜んでくれるかな?と。
結果は、珍しい魚など私をわざわざ呼んで指差したり
イルカのショーも結構楽しんでいたようなので
まあまあの選択というところでしょうか?

午後は家の近くのショピングセンターへ。
外のテーブルでハンバーガーで昼食を取っている時に
ホームステイ中の仲間2、3組と出会い、
うち1組と一緒に同SC内の雪遊びの施設に行くことにしました。
(シカゴも雪は多いのでしょうが、そこは1年中遊べる
屋内の雪遊び施設なので6月に雪遊びなら珍しいかな?と)
小さい施設ながらゴムボートのスライダーがあり
それに彼女とそのもう1組の子(2人)は夢中。
みんな声の上げ方がとても大きく注目の的でした。
楽しんでくれたようでホッと。

夕食後は息子のお友達、そのお姉さんとそのお友達の
5人のお子様がわが家に。

日本の小学6年生の女の子3人も緊張していましたし、
シカゴの女の子も恥ずかしそう。
すっかり私は先生になって、会話を繋ぐのに懸命でした。
まずそれぞれ自己紹介を。そして日本の女の子達が
用意してきた質問に彼女が答えるという形に。
(やはり彼女の方からは質問などありませんでした)

最初はお互い緊張していましたが、色々なゲームをしたりするうちに
結構盛り上がって来て、彼女の表情もかなり子供らしいものになり
その女の子達を呼んで本当によかったです。

夜も遅くなってきたので、お別れを。
仲良くなれたので、同じメンバーで
翌日日曜の午前中もわが家で遊ぶことになりました。

そして翌朝。
ドレッドヘアは難しそうなのですが、彼女はしょっちゅう
編み方を変えていましたので、娘の髪もお願いしてみました。
でも結局日本人のサラサラの髪では難しいらしく
悪戦苦闘した後ギブアップ。残念。

朝食の後、昨夜の女の子達がまた家に。
今日は折り紙を中心に。
ただ、残念ながら昨夜ほどみんなのテンションは上がらず
ちょっと静かな折り紙教室となってしまい
会話が弾むように気を使ってしまいました。

お昼前にはそのみんなとお別れし、
集合場所に近い前日と同じショッピングセンターへ。
家族へのおみやげをいくつか買った後に
解散式に向かいました。

お友達と会った彼女は嬉しそうだけどやっぱり
口数はそう多くありません。結局そういう性格のようです。

引率されていた先生からステイ中のことについて
インタビューを受け(日系の方なので日本語で)、
その後世話役方の方のお話を聞き解散式は終わりました。

そのお話によると、
このメンバー(学校?)は複雑な家庭の子供が多いそうで
愛情に飢えている子供も多く、ステイ先の暖かなもてなしを
本当に喜んだはずだ、とのこと。
みんな明るそうなだけにちょっと意外な感じでしたが、
いずれにせよそれぞれ歓待を受けたのは確かなはずです。
みんなにとって良い思い出が出来ていることでしょう。

私は「もっと盛り上げてあげられなくてごめんね」と
ステイ中に思うことも多かったのですが、
わが家に来た女の子もニコニコして私達にお礼を言ってくれて
私も夫もホッとしました。

この小学校を招待するのはこれから毎年続く予定とか。
でも、もし、来年も受け入れをするとしたら、
今度はわが家は大人の先生がいいかな?