〔心身障害教育〕
重度知的障害児の実態把握の方法に関する研究
−言語の表出の指導を通して−
東京都立教育研究所 相談部 心身障害教育研究室
東京都立江東養護学校 教諭 富岡 康一
T 研究のねらい
一人一人に応じた適切なねらいの設定を行うには、的確な実態把握が必要である。そこで、知的障害養護学校で活用できる実態把握法(試案)を作成し、これに基づく実践を行う。
U 研究の内容・方法
V 研究の結果と考察
1 重度知的障害児の実態把握法(試案)の作成
実態把握の視点を「対人関係・知的発達・身体機能」(表の横軸)に定め、児童の理解を深め、適切なねらいを設定するまでの段階として5つの「レベル」(表の縦軸)を定めた。
レベル1から3は、児童の実態(プロフィール)を把握する簡便な方法である。レベル4、5は、プロフィールを授業のねらいと個別のねらいの設定に結びつける具体的方法である。
ア 児童の実態(プロフィール)の把握
レベル1では基本的な情報を書類から収集する。レベル2では行動観察の視点を明確にすることによって、簡便に発達の段階を把握する。また、児童の特性を把握し、保護者の願いを聞き取る。レベル3では心理テストを活用して客観的理解を深める。
<表1>児童の実態(プロフィールの把握)
|
目的と方法 |
対人関係 |
知的発達 |
身体機能 |
実施時期 |
| レベル1 |
|
氏名、障害名、医療的配慮事項、教育歴など |
入学・進級前 |
| レベル2 |
step1 |
|
呼びかけに対する反応と
アイコンタクトの様子 |
階段昇降の
様子 |
担任した初期 |
| step2 |
|
対人関係
の特色 |
あそび |
運動能力
感覚の発達
身体の障害 |
4月第2週〜
第3週 |
要求手段
コミュニケーション |
描画 |
| step3 |
|
興味関心、性格傾向、情緒、その他(注意など)、問題行動、保護者の願い |
第3週まで |
| レベル3 |
|
新版S-M
社会生活能力検査 |
LDT-R
(言語解読能力テスト) |
MEPA
(ムーブメント教育アセスメント) |
第3週〜第4週 |
イ 授業のねらいと個別のねらいの設定
レベル4では、児童一人一人について、言語の表出に関する学習が現在どこまでできているのか、次にできそうなところはどこかを調べる。レベル5では、今その子が必要としている言葉は何かを明らかにする。これにより、授業のねらいと個別のねらいを設定する。
<表2>
|
目的 |
方法 |
言語表出に関する実態把握 |
| レベル4 |
|
児童一人一人の学習上の課題の達成状況の把握 |
Stage別重点課題の達成状況の評価 |
| レベル5 |
|
児童一人一人の日常生活の様子の把握 |
コミュニケーションサンプルの収集 |
2 授業実践
高学年の児童6名を対象として研究授業を行い、A児(5年生)を観察対象児とした。
ア A児のプロフィールの把握
レベル1から3までを実施し、<表3>の結果が得られた。
| 対人関係 |
知的発達 |
身体機能 |
| 型 |
孤立型 |
あそび |
機能遊び |
運動能力 |
5歳相当以上 |
| 要求手段 |
発声+指さし |
描画 |
5歳相当以上 |
感覚発達 |
聴覚・触覚が過敏 |
| 動作模倣 |
3歳相当 |
LDT結果 |
StageIII-1 |
身体機能 |
なし |
| 所見 |
総合的には、おおよそ3歳相当の発達段階にある。
描画の能力と運動能力が特に優れ、対人関係面がやや弱い。
感覚過敏を有するので指導上留意する必要がある。 |
| コミュニケーション |
興味関心 |
| 身近な親しい人となら関係が持てる。簡単な言葉が理解でき、要求の表現は「チ」という発声と物の差し出しで行う。特定の場面でジェスチュアを用いることもある。 |
食べ物や乗り物、動物の絵を描いたり、粘土で造ったりすることを好む。 |
イ 授業のねらいの設定
レベル4を実施した結果、<表4>のように「簡単な文の言語表現」の課題で芽ばえ(▲)が3名に認められた。そこで、「○○さんが△△している」という言葉の表出を授業のねらいとし、担任や友達の動作を撮影したデジタルカメラの画像や、友達の動作を見て表出できるように指導した。
| Stage別発達課題 |
評価の観点 |
A |
B |
C |
D |
E |
F |
| 動作語の理解 |
「〜しているのはどれ?」
で絵カードを選択できる |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
| 動作語の言語表現 |
動作語絵カードを見て
「〜している」と表出できる |
▲ |
○ |
○ |
○ |
○ |
▲ |
| 簡単な文の言語表現 |
絵カードを見て「〜が〜している」
と表出できる |
× |
○ |
▲ |
▲ |
▲ |
× |
| ○できる ▲芽生えがある ×難しすぎる |
ウ 実態把握の結果の活用
レベル1から5までの実態把握の結果を総合的に判断し、A児の個別のねらいを設定する。要求手段が「チ」という発声とジェスチュアであること(レベル2)や、日常生活で自発している言葉が2音節までであること(レベル5)を考え、「言葉の表出」ではなく「写真カードの選択」という個別のねらいを設定した。その結果、教師の動作を見て該当する写真カードを正しく選ぶことができた。また、興味・関心の対象が絵を描くことであること(レベル2)から、A児が絵を描いている様子を写真撮影して教材に活用した。その結果、自発的に前に出て人差し指で自分の鼻を指し示し、「描く」と言いながら右手で描く動作をして解答することができた。
この授業中のA児の行動をビデオで記録し分析した。その結果、以前実施した授業で手の平を噛む行動(退屈になるとあらわれる)が12回観察されたが、この授業では観察されなかった。
3 まとめ
レベル1から5の情報を教師が総合的に判断することで、A児の個別のねらいが明確になり、これを達成するための具体的な指導の手だても得ることができた。また、一人一人の学習上の課題の達成状況を把握することにより、授業のねらいを適切に設定することができた。
このことから、「対人関係・知的発達・身体機能」の3つの視点と5段階のレベルという方法で実態把握を行うことは、適切なねらいを設定するために有効であると考える。
W 今後の課題
実態把握法(試案)を小学部に取り入れ、実践を積み重ねることで、より活用しやすいものにするとともに、行動観察の評価の観点の信頼性を高める。