大正泥流とは?


大正泥流って何?

大正泥流とは、大正15年(1926年)5月24日に十勝岳噴火を起因として発生した火山泥流のことを言います。


火山泥流って何?

大雨などで増水した川の水と土砂(岩石、砂、泥)が一体となり、下流に向かって高速に流れ下る自然現象を「泥流」と言います。火山噴火が原因で発生する泥流のことを「火山泥流」と言います。土石流と泥流は同じと考えてかまいません。火山泥流は降雨等で発生する泥流に比べて規模が大きくなることが多いと言われてます。別名「山津波」などとも言われます。


大正泥流はなぜ発生したの?

5月24日の十勝岳には、まだ大量の残雪がありました。この大量の残雪が十勝岳噴火が原因で瞬時に融け、その際に発生した大量の融雪水が大正泥流を作り上げたと考えられてます。融雪水は上富良野町に向かって流れ下る際に、大量の土砂や流木を巻き込みながら流れ下り、さらに巨大な火山泥流へと発達しました。


どんな災害を引き起こしたの?

大正泥流規模が巨大なばかりではなく、場所によっては時速60qと言う猛スピードの泥流ですので、建物や人や家畜など全ての物を一気に下流へと押し流し、上富良野村(当時)のかなりの面積に大きな被害を与えました。結果として死者行方不明者は144名(上富良野村137名、美瑛村7名)を引き起こす20世紀国内最大の火山災害になってしまいました。

被害の詳細

被災を受けた市街地の状況


なぜ大災害になったの?

1.巨大規模&高速移動だった。

大正泥流は場所によっては水深5m以上もあり、建物を一気に飲み込み下流に押し流すほどの巨大なものでした。また大正泥流は場所によって時速60q(秒速17m)と言う超高速で移動したため、逃げることすら出来ませんでした。

2.当時の村民は火山泥流(十勝岳噴火)に関する知識が乏しかった。

上富良野村(当時)は明治30年(1897年)に三重県津市からの入植によって出来上がった歴史の浅い村です。つまり村が出来てから29年目で大正泥流に襲われたのです。よって十勝岳の噴火が泥流を発生させるなどと言うことは誰も知らず、小学校の避難訓練は“バケツを頭からかぶる”と言った噴石を想定したものでした。このように火山泥流(火山噴火)に関する知識が乏しかったことも被害を大きくした原因の一つでした。


火山泥流災害に遭わないためにはどうしたらいいの?

火山防災行政の努力により、災害規模を減少させる事、防災情報をいち早く伝える事、など防災環境は確実に整いつつあります。しかし一番大切なのは「自分の命は自分で守る」と言う心構えであり、心構えなしでは行政が整備した防災環境を有効に利用できません。

1.安全な避難場所を覚えておく。

いざと言う時に、近くの安全な場所を知らないと、逃げることすら出来ません。緊急避難図に示されている避難場所を覚えておきましょう。

2.役場やテレビ・新聞の出す火山情報に注意し、早めに避難する。

最近は気象庁が十勝岳の火山観測を行っており、異常が確認された場合は火山情報が発令されます。また必要に応じて役場から避難を勧告する情報が発令されます。防災無線を通して伝えられるこれらの情報に日頃から注意を払い、早め早めの避難を行うことが大切です。

3.年に一度の避難訓練に参加する。

近くの安全な場所を確認したら、年に一度(2月下旬)役場が主催する「避難訓練」に参加しましょう。そうすれば、避難所に到着するまでにかかる時間や、多くの人が1度に避難したときに生じる問題点が分かってきます。