あなたのイメージする「サンタンタクロース」は、どんな顔や風貌をして
いますか?
そう聞かれたら多分皆さんは、白い縁取りの赤いガウンを着た、ふさふさの白髭
をたくわえた、お腹の出た優しい顔のおじいさんを思い浮かべる事でしょう。
クリスマスイブになると、空飛ぶトナカイのソリに乗って、煙突から世界中の子供
にプレゼントを配って回る事も今ではみんな知っています。
その「サンタクロース」が、実はニューヨーク生まれだという事を皆さん
はご存知でしたでしょうか。
サンタクロースのルーツは、遠く4世紀にさかのぼります。現在のトルコの
パタラという所に生まれ、後にミュラ司教になった「聖ニコラス」という人物
が、今日のサンタクロースの原型になったといわれています。
この聖ニコラスがオランダに伝播し、『ジンタ・クラース』と呼ばれ、植民地
建設の波に乗って、17世紀に大西洋を越え新大陸アメリカに渡ってきました。
サンタクロースという呼び名はそう古いものではなく、アメリカに渡ってから
初めて呼ばれるようになったのです。
そう、私達の知っているサンタクロースはNY生まれだったのです。

1620年代、オランダ移民はハドソン川流域を中心として、マンハッタン島に
ニューアムステルダムを建設しました。ここが現在のニューヨークです。
オランダ移民達は、故郷と同じ様に12月6日の「ジンタ・クラース祭」を祝い
その前日には子供達にプレゼントを配っていました。
その後この地は、オランダ領からイギリスの植民地に変わりニューヨークと改称
されました。しかし、イギリスのピューリタン達にはクリスマス時期の風習が無い
為、この「ジンタ・クラース祭」はそのまま受け継がれていきました。

1809年にワシントン・アーヴィングが書いた「ニューヨークの歴史」にこの
風習が描写されています。この本にはオランダ風の「ジンタ・クラウス」ではなく
英語読みのセント・ニコラスとなっています。
この頃はすでに、プロテスタントの人々が祝うセント・ニコラス(前述の聖ニコラ
ス)を指して、サンタクロースと呼び始めていたようです。
この作品によって、19世紀初頭にはアメリカの風俗として定着していた事を知る
事ができます。しかし、まだこの頃サンタクロースがプレゼントを配るのは、24日
ではなく、依然12月5日だったのです。

1822年、神学校の教授だったクレメント・クラーク・ムーアが自分の子供達
の為に『セントニコラウスの訪問』という詩を作りました。これが人々に評判になり
「クリスマスの前の晩」という題に変わり、あちこちで紹介されました。
この詩は「クリスマスの前の晩、みんなが寝静まって・・・」という一節で始まり
ます。この頃には、12月6日のジンタ・クラウス祭の前夜ではなくなっています。
この有名な詩は、何度となく出版され、その度に有名な挿絵画家が挿絵を書きま
した。しかしこの頃のサンタクロースは現在の物には程遠いイメージでした。
現在のサンタクロース像のイメージに決定的な影響を与えたのは、当時人気の
イラストレーター、トマス・ナストでした。
1863年の『ハーパーズ・イラストレッド・マガジン』に発表された彼の挿絵は
彼の想像を膨らませ、お馴染みのサンタ・クロースが出来上がり、当時大変な人気
になりました。こうしてナスト以前と、以後のサンタクロースのイメージが大きく
変わる事になったのです。
こうして人気者になったアメリカ生まれの陽気なサンタクロースは、世界中から
愛される独自の存在となったのです。

1890年以後、アメリカでは広告にサンタクロースが登場するようになりまし
た。しかし、1930年代までは、背丈や大きさは依然として小さいままでした。
でっぷりと太ったいかにも陽気なキャラクターを作ったのは、コカコーラ社でした。
1930年代〜60年代後半にかけて、ハッドン・サンドブロムの描く、この広告
キャラクターはアメリカ中の商店の看板や店先、雑誌に溢れるようになりました。
サンドブロムの描いた「等身大のサンタクロース」は、すぐに他のサンタクロース
にも影響を与え、、クリスマスセールの強力な宣伝マンになっていきました。
また、ノーマン・ロックウェルの人間味溢れるイラストも有名になりました。
こうして、現在私達が親しんでいるサンタクロースが完成したのです。

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