クリスマス禁止法案

1647年6月3日、オリヴァー・クロムウェルと

ピューリタン達の長期会議が種々の祝日と共に
クリスマスの祝賀を廃止しました。

世に言う『ピューリタン革命』です。

1620年代、オランダからアメリカに移り住んだ移民達は
ハドソン河流域を中心として、マンハッタン島に
『ニューアムステルダム』の街をを築きました。

オランダ人はこの地で、故国と同様に12月6日に
『シンター・クラース祭』を祝い、その前夜に子供達
への贈り物をしていました。

1664年、この地がイギリスの植民地となり、ニューヨークと
改称されましたが、このオランダ人の風習は受け継がれました。
この頃のイギリスのピューリタンは、クリスマスの贈り物の
風習がありませんでした。

しかも、上記の通り12月25日にクリスマスを祝うのは
彼等にとって、違法行為だったのです。
ニューイングランドに定着したピューリタンの多くは
クロムウェルの抑圧勢力を引き継いで、1959年5月11日に
クリスマス行事の全面禁止法案が成立したのです。

これを破った者の罰金は5シリングで、当時としては
たいへん高額な罰金でした。
この法律が廃止されたのは、1681年になってからです。

本国イギリスでは、1660年に王党派が盛り返して
チャールズ2世が王座につき、ようやくクリスマス
の祝賀を復活する事ができました。

このクリスマス行事の禁止法が廃止され、
一番最後に、12月25日が法定休日となったのは、
オクラホマ州で、なんと1890年になってからでした。

あのアメリカで、クリスマスを祝えない時期が
あったとは・・・信じられないエピソードです。

TOP