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Silent Nightのその後
1818年12月24日、オーストリア・ザルツブルグ近郊の小さな町
オーベンドルフの聖ニコラス教会の助任司祭モアとオルガン奏者
グルーバーによって作られた『Silent Night』は、どのようにして
世界中に広まっていったのでしょうか。
 
1819年、チロル地方のヴァイドリングの教会でSilent Nightは
聖歌集に加えられ、地元のライナー・ファミリー合唱団が歌っています。
1822年、合唱団はフェルゲン領主の屋敷に滞在中のオーストリア皇帝
フランツ一世とロシアのアレキサンダー一世の御前でSilent Nightを
歌った記録も残っています。
彼らはその後、ヨーロッパ各地やアメリカに公演旅行をしました。
1827年、イギリス。1839年、ニューヨークでクリスマスに歌ったのです。
1849年にはメジスト派の讃美歌集に、1858年にはイギリスでも英訳の
歌詞が登場し、英語圏でも愛される歌になって行きました。
インスブルック民芸博物館では、ライナー・ファミリー合唱団を、
「Silent Nightを世界的に有名にした国民的合唱団」
として紹介されているのだそうです。

1821年、フュルゲン村からオルガン職人のカール・アウラッハーが、
聖ニコラス教会のオルガン修理の為にオーベンドルフを訪れます。
彼はこの曲をとても気に入って、楽譜を写して持ち帰りました。
当時、アルプス地方ではヨーデルやツィター等の合唱団や楽団が
数多く存在し、コンテストやテレビ出演することもありました。。
アウラッハーの持ち帰った曲を、こうした合唱団がレパートリーに加え
ドイツ国内の色々な町、色々な場所で歌われるようになりました。
例えば、手袋を作り販売しながら演奏活動をしていたシュトラッサー・
ファミリー合唱団は、毎年ドイツ各地のクリスマス市などの市場を訪れ
Silent Nightをドイツ国内に広める事に一役買いました。
1831年にはライプチヒの王宮礼拝堂のクリスマス・ミサで歌い、大喝采
をあびました。翌年にも招かれ、市内のホテルでコンサート行いました。
この公演を、ドイツの楽譜出版者フリーゼが聞き、1833年フリーゼ社は
『4つのオリジナル・チロルの歌』を発売し、その中にSilent Nightが
収録されていました。

こうして各地に広まったこの曲は、いつしか作詞・作曲不詳のまま
歌い継がれていきました。
プロイセンのフリードリヒ・ヴァイヘイルム四世は、この曲が大好きで、
毎年クリスマスの季節になると王宮で、大聖堂合唱団に歌わせて
いたのだそうです。カソリックもプロテスタントも、宗派を問わず広く愛され
歌い継がれていったSilent Night・・・

その後、宣教師とともに、アフリカやインド、ニュージーランド、南アメリカ
こうして日本にも、Silent Nightは広まっていきました。
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