イルミネーションの歴史は、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison)の
電球の発明から始まる。

イルミネーションが発明される前、ツリーにはロウソクが点されていた。18世紀のドイツ
では、4m程のツリーに大小あわせて400本のロウソクが飾られるのが普通だった。
ツリーにロウソクを吊るす作業は、火事にならないように細心の注意をしなければ
ならなかった。 お金持ちの家では、新参の召使が濡らしたスポンジやモップを持ち
ツリーの脇に見張りに立ち、ひとたびツリーに火が燃え移ったら消火活動を
していた。水の入ったバケツも美観を損ねないように、ツリーのそばに置かれていた。
それでも毎年、ツリーのロウソクが原因で何件かの火災が起こっていた・・・

エジソンの発明した点滅する電球が、こうした悲劇を救ったのだ。




彼は、10歳にして自宅の地下室に実験室を作り、色々な研究を始める。
23才の時ニュージャージー州のニューアークに大きな研究室と工場つくり、
特許を核に事業展開を進めた。6年後の1876年には研究所をメンロー・パーク
に移した。ここが有名な発明工場となる。この工場で、炭素通話機、蓄音機、
そして白熱電球が発明された。1879年、32才の時だった。
彼は、大きな電気抵抗をもつ素材として、木綿糸を炭化した炭素繊維を使用した。
これをガラス球の中に入れ、真空に近い状態までに空気を抜いて電気を流しと、
当時としては画期的にも45時間も輝き続けたのだ。
しかし、更に長時間点灯させる研究を試行錯誤していたある日、机の中の扇子の
竹に眼が留まる。この竹を素材にく実験を試みたところ、なんと200時間も点灯
したそうだ。エジソンは世界中の1200種類もの竹を集め、実験を繰り返した。
その中の京都男山の石清水八幡宮境内の竹林から採ってきた孟宗竹は、
900時間も点灯しエジソンはこの竹で白熱電灯の実用化することができた。
タングステンのフィラメントが出現するまで、12年近く世の中を照らし続けた。

"Anything that won't sell , Idon't want to invent”
「商品化できないものは作らない」
これが、発明家エジソンの生涯の哲学。



1878年10月15日、白熱電灯を研究製作するためエジソン電灯会社を設立した
エジソンは、1882年ロンドンとニューヨークに中央発電所を作り電灯照明事業に
本格的に乗り出した。
1882年、マンハッタンの900棟のビルを1万4,000個の電球のイルミネーションで
飾り、当時の人々の度肝を抜いた。


このイルミネーションのデモンストレーションは、従来のランプやローソクだけの
暮らしから、人々を新しい文明へ導く始まりとなった。
そして、これが世界で初めてのイルミネーションの始まりなのだ・・・
クリスマスツリーのライトは、1890年に大量生産が始まった。1990年には、大きな
ツリーにイルミネーションを点灯させたものを、各デパートが競って飾り始めた。




1885年(明治18年)、横浜で『明治屋』を創業した磯野計は、イギリス留学の経験
から、クリスマス・デコレーションを店のPRに創業当時から大金を投じていた。
日本で初めて『イルミネーション』が登場するのは、
1903年、大阪で開催された
内国勧業博覧会の夜間開場。その後、なかなか一般には普及しなかったのだが、
1904年(明治37年)の京橋銀座1丁目にあった『銀座明治屋』で、日露戦争の戦勝
と家屋増築のお祝いを兼ねて、
12月15日から毎夜イルミネーションを点して、人々
の話題になった。
書店『丸善』では、早くから洋書の輸入を手がけ、1885年頃から
クリスマスカードを輸入。クリスマスの時期になると店内には、2階の天井に達する
ほどのクリスマス・ツリーに5色の豆電球をデコレーションしていたそうだ。