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“おふたりのロマンチック北海道3日間”
(第1日/函館〜大沼)
“忙中閑あり”
「天の川七夕星まつり」の準備やパソコン教室の立ち上げ、日本ベンチャー学会
のために上京するなどで多忙な毎日を送っていたので、6月17日から北海道に
旅立ちました。イタリア人の生きざまを知ってからは自分から多忙とか忙殺とか
いうことを言わないようにしているのですが、今度ばかりは弱音が出そうになり
ました。忙中閑ありの心境になれることを、そして明日の活力となることを願っ
て急に旅立をした。“いい日旅立ち”である。
“おふたりのロマンチック北海道3日間”というツアーにワイフと参加しました。
今年は何故か北海道づいていて、今回は2月の冬の流氷の旅では行けなかった函
館が中心です。これで北海道全周と冬及び初夏の北海道を(雪と緑)を楽しんだ
ことになります。
魅力の第一は2泊3日で僅かに29,800円という信じられないような格安の旅で、
飛行機は往復ともANA、ホテルは大沼プリンスと札幌ロイヤルという2泊共に
高級ホテルです。そして本格的梅雨の始まった関西を避けて、3日間共に快晴で
時期も最高。北海道に梅雨はないそうです。
どのようなコストパフォーマンスなのか興味のあるところですが先ずは旅の案内
からしましょう。関空14時50分発のANAは順調に飛行して1時間半後には
函館空港に着いた。そこでツアーの仲間と初めて一緒になった。通常のツアーで
は女性が圧倒的に多いのだがさすがに今回は二人ずれがほとんどでした。
バスの乗客は49名で座席は満席、添乗員も乗客の間にある補助椅子に座る。
函館市内の教会、学校、坂道などの由緒の説明を聞きました。
函館は夜景の美しさが内外に宣伝されていますが、その歴史は、意外と災害の多
い町です。函館は坂道の多い町です。かなり高い坂道の中腹で、かつて異常気象
の中で沈没した洞爺丸の犠牲者の千を越える屍があったと聞かされた時には新聞
やラジオのニュースで記憶していたあの事故が現実のものになった。そしてこん
なにも高い所まで波が来たのかと驚かされました。
函館は火災でも有名で、近年だけでも大小20回以上という。それは絶えず吹い
ている強風に起因するところが多いとの説明を受けました。
元町、ベイエリアの海産物、ガラス工芸品店を見学した後、函館の夜景を見るた
めに夕食付きのオプションコースに出掛けました。フランス製の日本最大という
120人乗りのロープウエイで函館山の山頂に着いた。ロープウエイは満員で山
頂はバスで来たと思われる修学旅行生も加わって大変混み合っていました。
好天にも恵まれて、はるか彼方まで電飾された夜景は素晴らしかった。
この夜景は良く写真で見慣れていたが、両側に弓なりの線を描いてくびれた腰の
ような地形は当地に来るまでは鎌首のようになった渡島半島だと思っていました。
しかし、眼前の夜景は一番狭いところが幅1キロくらいで、先程見たばかりの函
館市役所がその中にあるのを知って大きな誤解であった事を知りました。
名残惜しい夜景を後にしてバスは大沼湖畔にあるプリンスホテルへと向かった。
(第2日/大沼〜昭和新山〜洞爺湖〜)
大沼プリンスホテルは一流ホテルで、豊富な温泉を24時間利用出来る。
大浴室は露天風呂にもつながっていて、誠に至福の時を過ごす事が出来ました。
早朝目が覚めたので、早速朝風呂を楽しみました。露天風呂の景色が昨夜はとま
るで変わって新緑の中で再び至福のときを味わうことができました。
朝食はバイキングスタイルでしたが洋食、和食の種類は豊富で平素はご飯を半膳
又はパン一切れで済ますところをお粥を2杯と湯豆腐を余分に賞味しました。
今回の旅行を申し込んだ理由は勿論旅を楽しむことでしたが、ANAで往復して
一流旅館で2泊して29、800円という価格がどんなものであるか?どこにからくり
があるのかにも興味がありあした。そんな訳で出来る限り詳しく報告しますので
お付き合い願います。
大沼プリンスホテルで初めて経験したことですが、部屋の案内ノートに“浴衣と
歯ブラシなどの取り替えを必要としない場合は千円引きますので、事前に申し出
て下さい”と記してあった。これは連泊する人には経済的であると同時に省資源、
省力になる良いアイデアです。
早朝8時に出発したバスが最初に立ち寄ったのは、その名も“昆布館”で、昆布
採集の歴史館と土産物店が併設されていました。珍しい昆布の珍味を十分に試食
したうえで、大阪では買えそうにない数種類の昆布を買って最後に“昆布アイス
クリーム(250円)”を賞味しました。
快晴の大沼国定公園からは駒が岳が新緑と清水の中に雄馬のように体を横たえて
いました。ここでは僅か20分の休憩時間に記念写真と観光を済まさなければな
りませんでした。49名バス1台満席の乗客の多くは10分間(1300円)で大沼
を周遊するモーターボートの客となったが、我々夫妻は大沼の畔を散策しました。
バスは昭和新山の前に並ぶ土産物店の前に止まった。ほとんどの客が2階で、オ
プションになっている鉄板焼きの昼食(1200円)を取りました。
食後は馬鈴薯アイスクリーム(250円)を味わった。
昭和新山には友人3人と大学の卒業旅行で来てから40余年になるが、その間に
緑が随分増えた印象である。聞けば溶岩の中に植物を育てる養分があるという。
バスは太平洋側に出て、幕末に反幕の榎本軍が上陸し松前藩(幕府軍)と戦った
函館戦争の古戦場跡を車窓から説明を受けて一路長万部に向かった。長万部とい
えば最近他界した喜劇役者の由利徹の独特の東北なまりのお陰で有名になったこ
とで町民は彼に感謝しているという。
洞爺湖と羊蹄山の写真が撮れる場所でトイレ休憩を済ませるとここから余市まで
は特別な説明もなくバスは内陸部を走り続けました。
(第2日/余市付近:無情の車窓風景)
バスは太平洋岸から内陸部を抜けて日本海岸の“余市”に出た。
バスは小樽へと急いでいたのでバスガイドによる車窓から説明だけだったがニッ
カウイスキー創業者の竹一が英国でウイスキーづくりを学んで帰国後、日本中で
ウイスキーづくりに最も適した土地として選んだという。
現地にくるまではもっと山間の新緑と清水の流れる土地と思っていたが意外と海
に近く今は市街地の真ん中で、JR余市駅の正面にあった。
何故か中国で紹興酒の古里、紹興市に行った時も同様で意外な環境であった。
この付近には宇宙飛行士の毛利衛さんが学んだという黒川小学校があって、エン
デバー号の模型がロータリーに据えられるなど今はウイスキーよりもそちらの方
が有名で今年(99年)の9月16日には毛利さんが再び宇宙飛行士として飛び
立つという説明があった。
又、この付近にはフロッペ(アイヌ語で波声高きところという意味)洞窟と呼ば
れる洞窟と大型の石を円形に並べたストーンサークルがあって、洞窟には古代文
字が残されているそうだ。
ストーンサークルは“アイヌは戦わず、話戦あるのみ”といわれているので話し
合いの場所であったと考えられているそうだ。是非バスを降りて見学したい所だ
った。私の好奇心が騒いだがバスは一瞥の機会をくれただけで無情にも素早く走
り抜けた。
(第2日 小樽市:石原裕次郎館)
小樽市は昨年雪祭りの時に来て以来2度目である。今日は札幌泊なので小樽での
観光時間は1時間と決められた。銀の鈴のコーヒーもガラス館もアイスクリーム
も昨年体験済みなのでタクシーを飛ばして石原裕次郎館へと急いだ。他に見学し
たいところが無かったのと近くに吉本(興業)館があると聞いていたからだ。
最初に石原裕次郎館のビデオ映像ルームで彼がヒットさせた“嵐を呼ぶ男”“銀
座の恋の物語”“赤いハンカチ”など数々の歌を映像とともに約7分間流された
とき何故か涙が出そうになった。僕は裕次郎フアンでもなかったし、当時の彼は
足が長いだけで歌もアクションもそれほどうまいとは思わなかった。
しかし、そこで涙が出そうになったのは何故なのだろう。
同世代、年のせい、環境のなすところなど考えて見たがそれだけでは片付けられ
ない何かを感じた。
そして彼の育った環境、中学生時代の成績表、絵心などを約1時間熱心見た。彼
は神戸で生まれて、山下汽船に勤務し、サラリーマン重役になった父の転勤で小
樽市で育った。彼は父親と同じ52歳という若さで他界している。
普通のサラリーマン家庭に育った石原兄弟が石原軍団と言われる程のグループを
作ったり都知事にまでなった要因が何なのか興味あるところだ。
ただひとつ言えるのは“兄弟の力”の相乗効果が大きい。これは政界の鳩山兄弟
やゴルフの尾崎兄弟にもいえそうだ。だとすれば少子化現象が顕著な我が国では
今後スーパースターが生まれる環境は少なくなったといえる。
石原裕次郎館でもうひとつ印象に残ったのは彼が児童であった頃の成績表や絵を
はじめ成人してからの日常品などが最初から記念館の設立をを意識したように数
多く保存されていることであった。これは母親とまき子夫人(現在館長)の貢献
が大であると思われる。
僕は石原裕次郎館の個室で彼の歌をバックにもうひとつの至福の時を過ごした。
幸か不幸か大をもようしたのである。僕が選んだ個室は和式に出来ていてペーパ
ーの先が未だ三角に折られたままだったので、僕が最初の客人であったことに満
足し、ゆっくりとお土産を残して来た。
(第2日 札幌:二つの時計台、倒木近いポプラ並木)
バスは一路札幌に向かった。比較的空いた高架路をスムースに走り抜けて北大の
ある北側から札幌市内に入って札幌駅、冬場の雪祭りのメイン会場であった大通
公園を通り過ぎて“すすきの”に比較的近いロイヤルホテルに着いた。
夕食は“かにの食べ放題”(4000円)がオプションコースであったが、ホテルへ
入る途中でバスガイドが紹介してくれた“回転ずし”の店と“味の時計台”とい
うラーメン店をハシゴすることにした。
“回転ずし”と言っても一皿80円の烏賊から500円の別注まであり、カニみそな
どは板前に注文して作ってもらうのである。回転ずしではつい手が出て多めにな
るのを自制して腹八分目くらいで、味の時計台へ行ったが、ラーメン店独特の大
鉢になるので、ワイフと二人で一鉢注文して小椀を貰った。このハシゴコースに
満足して歩いてホテルに向かった。
週末ということもあったのか予想以上に大勢の人出で、ストリート演奏を楽しむ
若者が札幌市街にも大勢いて、夜更かしをしていた。
今日は午前8時に大沼プリンスホテルを出て、札幌ロイヤルホテルに到着するま
での12時間、たっぷりと目まぐるしく観光した。もう少し年を取ったらこんな
強行軍は難しいのではないかと思ったが同行の人達は元気な老人揃いであった。
(第3日/札幌〜道産市場〜千歳〜関空)
早くも帰阪の日である。幸い早朝めを覚ました。外は午前4時で既にかなり明る
くなっていた。そういえば大阪が東経136度くらいなのに札幌は141度とかなり東
である。40年前の記憶を辿って北海道大学のポプラ並木とクラーク先生の像に会
うために早朝ウオーキングをすることにした。途中で前回の訪札時には改修工事
中であった時計台に立ち寄って薄らいだ記憶を確認した。
さらに北へ進んで札幌駅でコーヒーを飲むことに決めていた。駅構内をくまなく
歩いたが、早朝の札幌駅は一番列車が出発する6時頃までは一軒の店も空いてい
なかった。自販機はあるが何故か全てコールドだけでホット飲料は何も見つける
ことが出来なかった。寒い北海道にホットドリンクが見当たらないのは不思議だ。
駅を抜けて北側にでるとコンビニが一軒見つかったので、ようやくホットコーヒ
ーにありつけた。
緑豊かで広大な北大の敷地に入ると案内板で確認してからクラーク先生の像を目
指した。記憶の中ではもっと大きな像であったが実物は比較的小さかった。
我々以外にインド人らしい家族が散歩していた。留学生の息子を頼って来たので
あろうか。
続いてポプラ並木を目指した。こちらは案内板ではなくて大木が並んでいるのを
遠くから確認して近寄ったが、並んだ列が想像していたより短いので、案内板を
確認すると農園のある外れに懐かしいポプラ並木が並んでいた。さらに大木にな
ったような感じだが、既に老木になっていて倒木の危険があるので近づけないよ
うにしていた。6時半頃になるとジョギングをするグループや見学人の人影が目
立つようになった。写真を撮っていると教授らしい人が来て二人の為にシャッタ
ーを押してくれた。先生は毎日そうしているというようにポプラ並木の中を通り
抜けて行った。
このころになると白い綿毛のようなものが一斉に飛び始めていた。中国で体験し
た柳の花弁によく似ていたがポプラの花弁であった。長時間歩き疲れたのとホテ
ルの朝食の時間が迫っていたので、北大の構内から外に出てタクシーで引き返し
た。丁度朝食の時間になっていた。ロイヤルホテルの朝食は和定食セットが配膳
されてきた。バイキングスタイルではないが十分な内容であった。
午前11時半のANAに搭乗するために8時半に出発して途中道産土産物店に立
ち寄った最後の買い物ということで遂に大枚一万円でタラバガニの足を買って冷
凍の宅急便で送って貰う手続きをした。
好シーズンに一流ホテルの朝食付きで北海道2泊3日29800円という安さはの秘
密の一つは土産物店にあるらしい。海外の悪徳旅行者のように長時間閉じ込める
ということは無かったが、時間配分は観光よりも土産物店に立ち寄ることを優先
していたようだ。前回の朝日旅行の場合は少しリッチな価格で特別に土産物店に
わざわざ立ち寄るということは全く無かった。
しかし、どこの観光地も土産物や飲食物に工夫をこらしていて、アイスクリーム
を例にとっても昆布、馬鈴薯、トウモロコシ等など味はともかく少なくとも興味
をひくような食材で、又、昆布館のように博物館と加工工場を併設している所な
どは避けて通る必要は無く観光としても楽しく、旅費のコストダウンつながって
いるのであれば歓迎である。
時間的には関空を午後3時頃出発して3時頃帰着するという2泊3日と言いなが
ら正味48時間の旅であった。
それにしても現地旅行者の添乗員とバス会社のガイドがついての格安料金の仕組
みはやはり謎である。皆さんの謎解きはいかがでしょうか。
☆(北の旅人Ed.)☆
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