郷里山梨に帰省するとき、長野県から山梨県に入るところで、生き物のようになだらかに 隆起する八ヶ岳の裾を横断して越えます。太古の時代の地殻変動のすざまじさに思いを馳せながら 広大なランドスケープのダイナミズムと美しさに身を任せて車を走らせています。
郷里山梨に帰省するとき、長野県から山梨県に入るところで、生き物のようになだらかに 隆起する八ヶ岳の裾を横断して越えます。太古の時代の地殻変動のすざまじさに思いを馳せながら 広大なランドスケープのダイナミズムと美しさに身を任せて車を走らせています。
紅葉の盛りが過ぎると、葉はすこしずつさび色に変色してゆきます。
変色の速度がそれぞれ異なる木々の葉が折り重なり、静かで奥行きを感じる風景です。
いくつもの色と時間がこめられた一枚の蒔絵を見ているように感じました・・・。
フィレンツェに滞在した際、アルノ川に面したホテルから見た風景です。
冬の曇天の下、時折射す陽光が川に面した建築を浮かび上がらせていました。
古い建築が織り成す夕暮れの風景を眺めながら、静かな時を過ごしました。
昨年夏、10年ぶりに伊勢神宮に参拝しました。
時折り森の木々の間から差し込む陽光に、さまざまな場所が浮かび上がり、また消えてゆきます。
時々刻々と映り行く風景と濃密な空気を心ゆくまで堪能しました。
いつもは多くの車が行きかう平和大通り。年に一度のフラワーフェスティバルのときには
100メートル幅の道路が歩行者天国となり、人々であふれかえります。
広島に住んで16年目、はじめて見る美しく躍動的な都市の風景に魅せられました。
大きな群青色の布が一面に垂れているかのような空の下、
西には鳳凰三山がたなびき、残照の空に林のシルエットがくっきりと浮かび上がっていました。
幼少からの記憶の中に残っていた風景に、久しぶりに出会うことができました。
昨年の秋、ふっくらとした綿雲がいつもより低い高度を速い速度で東の方向へ進んでいました。
一方、はるか高いところを空いっぱいに広がる羊雲が逆に西の方向へゆっくりと動いていきます。
澄んだ空気と二重に重なる雲の動き。意識がどこまでも広がってゆくのを感じました。
今冬の棟上の風景です。
木造建方の大工さんの手際のよさや組み上がる木の清々しさに、いつも心を洗われます。
一段落して遠くの山並みに目をやると、ひときわ目立つ山がずっと棟上を見守ってくれていた
ような気がしました。そのとき、くの字型の切妻の屋根が山と呼び合っているように見えました。
昨年秋の棟上風景です。
扇状に架けた垂木によって、開放的でフラットに傾斜する架構となりました。
東に開けた里山の風景を大きく深呼吸するようなすまいになることを願っています。
昨秋、現場の棟上の風景です。
若く頼もしい大工衆によって、連続する三角形の架構が空に向かって組まれていきます。
合掌の空間の先には、遠くに瀬戸内海のきらめきが見えていました。
郷里山梨の小学校の校庭に立つと、山々の稜線に縁取られた大きな空が身体をすっぽり
包んくでれます。昨夏の夕暮れ時に、西の森の木々と背後の雲が相似形を描いている風
景に出会いました。
自然が生むかたちの中に共通して存在する心地よい波動を感じたような気がしました。
ヘルシンキから湖水地方の風景のなかを車で北に移動し、セイナツァロという村の役場
を見学したときの写真です。遠くからみる施設は想像以上の大きさでしたが、入口がある
2階レベルは、住宅スケールの役場と森の木々、さらにその奥に見える薄光の空に意識
が広がっていくような親密な中庭空間でした。噴水の水音が静かな時を刻んでいました。
細見谷は広島市内を流れる太田川の源流域です。
ここで過ごした多くの時間と、いくつにも折り重なる記憶が
自分の設計の仕事に深くかかわっているのではないかと感じています。
独立して最初の現場となった大朝町で、秋の夕暮れ時に見かけた風景です。
木々に抱かれて、ぽつねんとたたずむ小屋の表情に心惹かれました。
今年の春にビルの屋上からみた大阪湾です。
手前の建物の形と遠景の山並みや雲のラインが相似形にたなびき、
黒く垂れた雲間から光のカーテンが落ちていました。
都市と山々のあいだに海面が黄金色に浮かび上がりました。
いつも散策している道筋で出会った、朝日に輝やく棚田の風景です。
ひとつひとつ丁寧に積み上げられた石垣と、緩やかに蛇行する畦道。
その先に見える一本の木が、懐かしい時空間へと人を誘います。
山梨の片田舎を散策中に古いガラス戸 が連続してはめ込まれた小屋の風景に出会いました。
二枚の片流れ屋根をずらして空気抜きのスリットを水平につくっています。
古屋の建具を使い、最小限の形態操作で室内環境を整えた原初的な建築の姿がそこにありました。
11年前のイタリア旅行で、はじめて本場のサッカー(カルチョ)を観戦しました。
発煙筒の赤い光に染まったスタジアムにサポーターの歌うヴェルディーの「アイーダ」が響きわたります。
スタジアム全体が揺れるほどの声援と地鳴りのような歌、それに応えて必死にボールを追う選手の姿に心をうたれました。
新緑の美しい5月の中旬に、広島県北部の臥龍山に登りました。
あいにくの天気でしたが、驟雨のブナの森は空気中の水分に反射する淡い光に満たされていました。
薄霧の風景の中をどこまでも意識が広がってゆくような不思議な幸福感につつまれました。
4年前、錦帯橋の平成の大修理を見学しました。
アーチ状の橋を歩行するための段板を付ける前の純粋な構造体の姿を見ることができました。
今ではほとんど使われることのない和釘によって木が密実にかつ弾力
ある架構として山々の稜線に沿うように組み上げられていました。
昨年春の早朝、山口市内を流れるふしの川のほとりを散策しました。
桜の老木が見事な満開の枝を川面に投げかけていました。
霞がかった裏山とその先に広がる透明な空が水面に映っています。
はじめて出会う光景でしたが、しみじみとした寂寥感をともなう懐かしさに包まれました。
17年前、旅行ではじめて広島の地を踏んだ時、真っ先に訪れたのが
夕暮れ時の平和公園でした。
平和資料館の端正なフォルムが群青色の空に映え、月の光が公園をやさしく包んでいました。
心が空に抜けてゆくようでした・・・。
11年前の冬に訪れたサンマルコ。陽光輝く地中海の島という
イメージとはかけはなれて、広場は冠水し冷たい風が吹いていました。
広場を囲む白い列柱が、水面に揺らいでいます。
曇天の空を映しこみ鉛色に光る水面に浮かぶ建築の実在感に、寒さを忘れました。
郷里山梨に帰ると、まず早朝の小学校の校庭に行きます。
校庭からは甲斐駒ケ岳・鳳凰三山・そして南に富士山を望むことができます。
久しぶりの張りつめた静謐な空気感に身をまかせて、サッカーボールと戯れます。
黎明の光を受けた富士はまさに霊峰・・・初心にかえります。
フィンランドが最も陽光にかがやく6月、アルヴァ・アールト設計のマイレア邸を訪れました。
庭に面したサウナ小屋はフィンランドの伝統的な木造工法でした。
屋根と石垣の上に生えた草が日の光をいっぱいに浴び、はじけるような緑の光で
サウナ小屋をつつんでいました。
稲穂がこがね色に輝く広島北部の里山の風景です。
背後の緑や稲穂のこがね色、畦のラインが水平に伸び、みごとな抽象の景を描き出しています。
しかし、いったん風が吹くといっせいに木々と稲穂がざわめき、
生命力あふれる大地のエネルギーに包まれます。
2年前、広島北部の現場に車で通っていた頃、無意識に眺めていたのどかな田園風景です。
ある日、木々や草花に囲まれてたたずむ古い土蔵小屋の姿に強く惹きつけられました。
前年の豪雪で傾きかけた危うさが、いつもと違った印象を与えていたのかもしれません。
昨年再訪したとき、小屋の姿はそこにありませんでした。
記憶のなかの小屋の残像を、残された木々や草花の間に探しました・・・。
10年前にイタリアを訪れました。旅の目的のひとつはアンドレイ・タルコフスキー
の映画「ノスタルジア」に映し出された空間を巡ることでした。
ローマから電車とバスに乗り継いでたどりついたトゥスカニア村の広場から
冒頭のシーンが撮影されたバシリカ・デ・サン・ピエトロという教会を遠くに望んでいます。
この場所に立った時、「ここに来るためにイタリアに来た・・」と思いました。
6月に北欧フィンランドの自然、建築、人々の暮らしを訪ねるツアーに参加しました。
フィンランドの建築家アルバー・アアルトの別荘があるコエタロを訪ねた時の湖畔の風景。
サウナ小屋から緑と空が映り込む透き通った湖面に伸びる水浴のためのデッキ。
いつまでもここにいたい・・・と思いました。
初めて山口を訪れた時に、市内から自転車でこのカルスト台地まで走りました。
そよそよと乾いた風が吹き、緑に反射するやわらかな光に包まれた砂丘のような草原の出現に疲れを忘れました。
一方、草原の下には冷ややかで湿った空気に満ちた暗闇の鍾乳洞が広がっています。
ふたつの空間が表裏一体となって、気が遠くなるような時を静かに刻んでいました。
はじめてこの橋の前に立ったとき、橋の上を歩く人たちが
空に上っていくような不思議な浮遊感を覚えました。
たび重なる水害を乗り越えて、今も美しいシルエットを空に描いている姿に、
先人たちへの感謝の気持ちが湧いてきました。
18年前、はじめての海外。友人とふたりでモロッコ国内を1500Km車で巡りました。
モロッコはアトラス山脈を境に地中海側とサハラ側で風景や気候がまるで違います。
ティネリールはサハラ側のオアシスのひとつ。
朝の散歩途中、コーランが響き、朝日がほぼ水平 に照射しました。
そのとき、闇の中で土の色と同化していた廃墟のかたちがくっきりと浮かび上がりました。
17年前、東京で会社勤務していた頃、中国地方を自転車で旅行しました。
隠岐に渡るフェリーを降りてすぐにこの摩天崖に向かいました。坂道を自転車で登り切ると、
陽光にきらめく海と長大な水平線に圧倒されました。海面まで物が落下するのに7秒かかるという
断崖の上 には、野生の馬がゆったりと草を食んでいる草原が広がっていました。
ゆるやかに流れる時間と厳しい地形がつくりだした浮遊感あふれる不思議な風景に魅せられ、
予定を越えテン トで3日間を過ごしてしまいました。
11年前、西中国山地の林道を散策中にブナの原生林に出会いました。
森が湛える濃密ですがすがしい空気に、身体が解き放たれてゆくような感覚をおぼえました。
清流にはイワナやアマゴが生息しています。
冬は雪に閉ざされますが、かげろうが舞い、木の芽が吹き始めると、水も輝きを増してきます。