00/04/11 赤カマロのところの『NOAM』にブックマークつけました。飛んでみて
00/04/12 白カマロ写真変えてみました
| バイク | ヤマハ GR50 | スズキ ユーディーミニ | ヤマハ XS250 | ヤマハ ベルーガ80 |
| ヤマハ XJ400D | ||||
| クルマ | セリカLB | 71 レビン | シボレー カマロ | シボレー マリブ |
| カリーナST | カプチーノ | シボレー カマロ | ランサー1.8D | |
| ディアマンテ | トーラスワゴン | もどる |

人力以外で動く初めての乗り物。
コレは確か兄貴から1万5千円で買ったような気がする。
写真は82年正月の新宿副都心で初日の出を見に行った時のもの(当時のトレンドスポットは新宿)。
中央でしゃがんでいるのは友人のM君
後ろの3人組みは知らない人(^^;)。
さるみつが写真を撮っていたらどこからともなく現れて写真に納まっていった。
このバイクはどちらかというと兄貴世代のバイクだった為同世代の
友人からは『GR』とは呼んでもらえずしょっちゅうスズキの『RG』と呼ばれていた。
その後中野区役所隣の90度直角カーブを曲がりきれずにフロントフォークを曲げてしまい修理に3万円ほど掛かる。
それまでエンジン関係に手を入れるか外観に手を入れるか迷っていたがこれを機に外観に手を入れることにしました(バイクを操る腕がないので外観にしたともいう)。
■ 主な変更点
メーカ不明のチャンバー×2 カヤバ8段ショック イノウエ製フルカウル
バーエンドミラー ビッグキャブ 80ccエンジン換装
写真はないがタイヤサイズがまったく一緒という単純な理由で『スズキ マメタン50』のフロントフォークを移植。なぜ移植したかというと「ディスクブレーキが欲しかった」(^^;)。
しかし、フロントフォークの長さが若干違った為ブレーキを掛けるとガクガクと揺れました。
■ 最後
中型免許を取った事によりあまり乗らなくなりましたが、初めての愛車で非常に愛着があり廃車には出来ずしばらく置いておきました。
写真はありませんが親父の知人がただでくれるというのでもらっちゃいました。
今にして思うと赤フレームに紫ボディとは実に悪趣味だ(^^;)。ちなみにメーカ純正のカラーリング
当時なんでも分解してしまうくせのあったさるみつは入門書片手にボアアップを計画。シリンダーヘッドは取れたものの専用工具がなかったのでピストンが取れません。仕方ないのでヘッドを風呂場にて研磨。いい具合にツルツルになったところで付けてみる。トルクレンチなんて無いので適当に締めてみる。で、効果の程は体感できず(^^;)。
■ 最後
友人がミニバイクレースに出ると言うのであげました。
ヤマハ XS250 中型免許を取り初めて購入したのがコレ。RZ350を所有していた友人は出たばかりの『ホンダ VT250』を薦めましたが峠を攻めるよりものんびりと走る方に重点を置いていたさるみつはこちらを選びました。
でも、本当はVT250は納車までに1ヶ月かかるといわれXSなら即納といわれたのがXSを選んだ本当の理由です。
まだ分解癖が直っていないさるみつは洗車のついでにタンク・シートまで外して洗っておりました。
しかし、困った事にタンク・シートを取りつけた後には必ずといっていいほどねじが余っていました。
■最後
右直事故により廃車。さるみつがバイトして買ったバイクだったのでタンクとメーターは記念に部屋に飾っておりました。
近所のクズ鉄屋にナンバー無しで置いてあったものを譲渡証明を書いてもらい2千円で購入。
当時原付はノーヘル乗車可能だったのですがこちらは80ccの為そうはいかず、気軽に乗れないスクーターでした。
■ 最後
事故っていないのは確かなのですがどの様に処分したのか憶えていません(^^;)。

XS亡き後しばらくはGRやベルーガを乗っていましたがどうしても4ストマルチが欲しくて購入。
右の写真はノーマルですが後に定番のヨシムラの集合&バックステップを装着。
■ 最後
友人と3人で岐阜の木曽路にツーリングに。
友人2人はピカピカの新車の『FZ250』で山梨県内の中央道で最高速チャレンジ。
さるみつもそれに続きましたが5速9000回転(速度は想像にお任せします)でエンジン焼き付き!高速道路を200メートル以上もバイクと共に滑走していました。
滑走している時妙に冷静で全身の力を抜き滑走した為中度の裂傷だけで済んだのは不幸中の幸いでしょう。
バイクは追い越し車線を滑走していましたがさるみつは左側からこけたので気が付いたら路肩に倒れていました。フト本線を見るとバイクはさるみつよりも50メートル程先に止まっていまして渋滞が始まりかけたので「バイクを片付けなきゃ」と立ちあがったところドライバー数名がびっくりしていました。
多分ライダー(さるみつ)は死んだと思っていたのでしょう。
その後親切なドライバーさんに救急車を呼んでもらい、ずっと先に止まっているであろう友人に連絡をとってもらいました。あの時のドライバーさんありがとうございました。
後日事故現場近くのインターまでバイクを取りにいき自宅保管。数ヶ月後近所のバイク屋さんがGRと共に引き取りました。レストアして売ったようです。
トヨタ セリカ LB2000GTV (S.51年式) XSの事故の慰謝料で買ったクルマ。当時XJとの6輪生活でまだバイクのほうにウェートを置いていたがXJも事故りコレ1台になり車の運転の楽しさに目覚める。
10年落ちと古い事もあり、なおかつシンクロがついていなかったせいかシフトダウン・アップのたびにダブルアクセル、ヒール・アンド・トゥを実行、若葉マークで習得しました(^^;)。
マニアの間ではこのデカバンパーは評判悪いようです
がさるみつはこっちの方が好きです。
深夜環八を走行中隣にポルシェが並び空ぶかしをしながらアオってきました.。どうやらバトルしたいようです。さるみつのクルマは51年式、つまり排ガス規制をモロに食らってしまいダメエンジンのためバトルはしませんでした。どっちにしても勝ち目は無いけど(^^;)。
ポルシェのドライバーとちょっと話をしたのですが以前同じセリカを乗っていて懐かしくなったと言っていました。
右の写真は成人式の日に撮ったもの。今の茶髪のおにぃちゃんとは大違いですね。
■ 最後
車検切れの為廃車。今思うと実にもったいないですね.

セリカの次に買ったのがコレ。本当は86レビンが欲しかったのだけど中古でもまだ高価だった為同じレビンと言う事で決めました。
初めはおとなしく乗っていましたがダートラに目覚めダートラ仕様に。友人Y君とダブルエントリーで草レースに出場し、二人してブービー争いを繰り広げました。
その後Y君は86トレノを購入。2台で近所の川原で練習走行をしていました。
■ 最後
そんなある日、86が大きなギャップにハマり転倒、大破。車の買い替えを考えていたさるみつはY君に数ヶ月後あげました。
しかしこのクルマ、ダートの走り過ぎでフレームがガタガタ。高速道路では80キロ以上出せなくなっていました。
'89 シボレー カマロ IROC−Z conv アメ車かオープンカーどっちかが欲しくて悩んで末、両方を満たすと言う事でバブル崩壊寸前に新車で手に入れたクルマ。
このクルマ購入を機にオープンカーオナーズクラブ『NOAM』を設立しました。
■ 最後
ローン返済の為、日中はトラックの運転手をし、夜は近所のファーストフード店でバイト。そんな生活が辛くなり1年ちょっとで惜売してしまいました。
今でもまた乗りたい1台です。
カマロ売却後、手にしたのが69年型のマリブ。しかし、このクルマ恐ろしく程度が悪く所有3ヶ月のうち半分は工場に入っていました。
「こんな適当な車売るな」とクルマ屋に文句言ったところ出てきたのが左下の'64マリブです。
こちらは程々に程度がよくて楽しませてもらいました。唯一の欠点は自転車並のブレーキでした。
このクルマで『所さんのくるまはえらい』にも出ました。
放送後しばらくしてからテレビ局から電話があり今度はこのクルマで『ねるとん紅鯨団』に出ませんかといわれましたが断りました(^^;)。
■ 最後
さすがに普段のアシには使えないので売却を決意。雑誌の売買欄に出したところ「わたしは車屋ですが個人的に乗りたい車なので大切にしますので売ってください」と言う人に売ったのですが数週間後カーセンサーに掲載されていました。
←ちなみにコレは軽井沢の貸し別荘の私有地内です(^^;)。

次のオープンカーは何にしようかと模索中、知り合いのクルマ屋に遊びに行ったときコレを紹介してもらいました。買う気はなかったのですが目の前にオープンカーがあるとどうしても欲しくなってしまい、つい契約しちゃいました。
事前になんの勉強もしていなくて車屋の言うなりに契約したのですが納車後スズキのディーラーの前を通ると新車がさるみつが買った値段よりも安く売っているのです。コレはどう言う事かとクルマ屋に電話してみると「あぁ、それはプレミアですよ」…って、プレミア付けてまで欲しい車じゃなかったんだけどなぁ〜。
購入前にはちゃんと勉強しないとね。
■ 最後
オークションに出して売っちゃいました。
何か安いアシ車ないかと探していたところ友人Mさんが程度のいい車を見つけてくれました。アシ車だったので写真はありません。
■ 最後
友人の弟に安く譲りました。

次もオープンカーだと探していましたが予算的にはRX−7かと思いカーセンサーを見ているとRX−7が出ていたので見に行く事に。
が、その前に別のページに出ていたカマロから目が離れませんでした。先にカマロを見に行き即決。予算は大幅に越えましたが非常に満足しています。
性能的にはIROC−Zにはかないませんがディ
ーラー車で東京の真夏の渋滞でもストレスなく走ってくれました。
個人的には3rdカマロが一番好きでまたカマロのオープンに乗りたいです。
■ 最後
北海道に引っ越す為またしても惜売。
北海道に引っ越すさるみつの為に友人Mさんがネットの掲示板で探してくれました。購入価格はゼロ。つまり見ず知らずの人からタダでもらっちゃいました。
このクルマのいいところは四駆で燃料代の安いディーゼル、しかもスタッドレス付だったのです。
■ 最後
車検切れの為次のクルマの下取りに。車屋さんは代車に使うといっておりましたが数ヶ月後聞いてみるとロシアに売ったらしい。ここ北海道では結構ロシアの人たちが船で買い付けにやってくる。車代は現金もしくは船満載の『かに』だとか。ランサーもかにと交換したらしい。
ランサーの代わりに探してもらったのがコレ。国産上級車は初めてだったのでちょっと嬉しい。
■ 最後
本来ならずっと壊れるまで乗るつもりだったのですが走行距離たったの7万キロでオイル上がりを起こしてしまい修理に30万円近く掛かるというので車検を機に買いかえる。
コレも時期『かに』候補か?
で、今の愛車がコレです。まだなにも手を掛けていませんがコレから色々イジっていくつもりです。