須賀 敦子 著 

『コルシア書店の仲間たち』

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  翻訳書の訳者あとがきには、上手い文章が多い。これだけ書けるのなら、この翻訳家は自分自身の小説や評論を書いてみようと思わないのだろうかと思うことがよくある。

 もちろん本人たちもそう考えるらしく、翻訳から始めて文筆専業になった作家が幾人もいる。また、あくまでも翻訳を仕事の中心に据えつつも、味わい深い随筆を綴る訳者もいる。

 須賀敦子は後者である。

 本書を読みはじめるとすぐに、読者は1960年代のミラノの街角に立たされる。石造りの建物と曲がりくねった狭い通り。城壁と、今はない運河 " ナヴィリオの輪 " に囲まれた都市の中心には、大聖堂が「置き忘れられた白い百合の花のように」建っている。冬の晴れた日には遠くアルプスも眺められる。

 しかし、著者にとってのミラノは、何よりもまずコルシア・デイ・セルヴィ書店なのだ。書店があった通りの古い呼び名「セルヴィ修道院前の馬車道」をそのままつけたその店を拠点にして、30代だった筆者は様々な人と出会い、語り合い、やがて時代の流れに背を向けてそこから去って行く。

 対独レジスタンスと反ファシズムの思想から生まれた コルシア書店に集う個性的な人々の風貌を、著者は生き生きと描き出す。

 詩人で大男の司祭 ダヴィデ。その無二の親友、寡黙で明晰な頭脳の持ち主カミッロ。著者の夫となる書店の実務者ペッピーノ。良家の出だが飾らず誠実なルチア。そして、書店のパトロンである上流社会の紳士や貴婦人たち。

 文学を巡る知の遊戯めいたサロンの会話や、貴族の館の図書室に並ぶ革装と金文字の蔵書といったその重厚で華麗な生活と、経済的には恵まれない書店の若者たちとの落差は、イタリアに厳然と残る階級制度を垣間見させる。

 のみならず上流階級の人々が左寄りの書店を支援したり、書店の若者達が屈託なく豪華な食卓に与り一緒になって本の話をしたりする場面に、西欧社会の成熟や寛容が感じられて印象深い。

「あの男のつくる映画は、どうもしちめんどうくさくて。子供の頃は、あんなじゃなかったのだけれど」という " あの男 " が、ヴィスコンティだったりする会話がある一方で、ぼこぼこの中古車さえ買う余裕がなかった、と述懐される。

 ユダヤ系家族のエピソードのように、戦争がいまだ生々しい記憶として人々の胸に残っている様子も、そのまま昨日の出来事であるかのように鮮やかに、しかし淡々と語られている。

 かれらは共同体の理想という点でゆるやかに結ばれていた。けれども、やがて仲間たちの病いと死、社会の変化によって書店は解体されていく。

 30年の後、哀惜と懐かしさをこめて著者は静かに思い出を書き記した。それらは歳月を経て悲しみも青春の輝きも風に磨かれた骨のようにさっぱりとしているが、耳を近付けるとあの頃の歌が次第にはっきりと聴こえてくる、そんな白日夢を見るような気持ちにさせてくれるのだ。

 経過した時間を考えると、隅々まで事実と実際の見聞だけが書かれているとは考えにくい。そこから小説までの距離はごくわずかである。

 須賀敦子が書いた本のなかで、夫ペッピーノについてだけはどんな人だったのかごく断片的にしか語られておらず、また二人が結婚するに至った経緯などの記述はほとんどない。おそらく、意識的なのだろう。

 それは、やがて書かれるはずの物語であったような気がしてならない。著者が亡くなった今では、その物語も遠いざわめきの向こうに埋もれてしまった。

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1992年4月 (株)文芸春秋, 1995年 文春文庫刊

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