佐野 眞一著
『だれが「本」を殺すのか』
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タイトルを新聞広告で見た時、ぎくっとした。これは自分が犯人として告発されているのではないか。というのも、日頃本を読むことが娯楽のかなりの部分を占めているにもかかわらず、決して自分が出版業界のいいお客さんではないという自覚があるからだ。
初出の雑誌連載では、タイトルは『本は届いているか』だったという。欲しい新刊書が店頭にない、注文しても長く待たされる、あげくには絶版で手に入らないなどということは、以前から書評誌などでよく話題にされていた。
本が読者の元に届かない。そのとき悪者にされるのは、たいてい取次と呼ばれる問屋・流通業者だった。しかし、このところの本の売り上げ減少や本離れの傾向は、とてもそうした部分的な問題で説明できるものではない。
本書は、現在の未曾有の出版不況とこれからの「本」の運命を、" 著者、版元という最川上から書店、読者という最川下まで " 徹底したインタビューと論考から解きあかそうとする。
著者が取材していく、その顔ぶれが興味深い。
神戸から全国展開をしかけている大型書店ジュンク堂、本屋業界ナンバーワン紀伊國屋書店の「松原閣下」、ヤマト運輸関連の書籍宅配会社ブックサービス、破綻した長銀からの融資でつくられたという日販の流通センター、そして雑誌を含めた書籍売り上げ日本一のセブンイレブン会長、鈴木敏文。
版元からは、台頭著しい幻冬舎の見城徹、草思社の加瀬昌男、あの超訳とイングリッシュアドベンチャーのアカデミー出版社長まで登場し、さすがの著者も煙に巻かれたりしている。
さらに、『五体不満足』、『永遠の仔』、『完全自殺マニュアル』、『ハリー・ポッター』シリーズなどを手掛けた有名無名の編集者たち。「本」殺しの最有力容疑者と目されるであろう、ブック・オフ。
いずれも、本の周辺が多少とも気になる読者なら関心を持たずにいられない面々である。また、業界有名人だけでなく地方の出版や書店の事情もきめ細かく取材して書かれている。それを読むと地方では出版=文化事業の図式がいまだ健在であることがわかる。
図書館、書評誌、電子本と著者の旅は続き、最終章にたどりつく頃どうやら「本」を殺そうとしている者の顔が見えてくる…。
あとがきにある通り、重層的ストーリーを綿密に描いた社会派推理小説を読んだような充実感があった。
ただ物足りないのは、本書では読者の状況が具体的に書かれていないことだ。著者の手法は、それぞれの流通段階の中できわだった活動をしている者を選んで取材し、時代の特徴を浮き彫りにしていくというものなので、千差万別の無名の読者を捉えることには向いていなかったのかもしれない。
作家である著者のスタンスがどうしても本の受け手としてでなく、送り手、売り手の視点から離れられないからとも思える。
そのせいか、最後の詰めがややあいまいである。もっとも、本を殺すのが誰かということを、そう簡単に断定することはできないということかもしれない。インタビューの中で読者の立場にまあ近いかと思えたのは、目黒考ニの話くらいである。
ところで、図書館をよく利用する者としては図書館で本を借りるのはタダ読みだ、という批判(著者の意見そのものではないが)には反論したい。自分の個人的な考えでは、一度読むだけで足りる本なら図書館で借りて読むのも一つの方法だと思う。
とはいえ、利益だけを得て作り手に何も返さないことには多少良心のとがめがあり、その気持ちがタイトルを見たとき感じた加害者意識になったようだ。
だから、公共図書館がベストセラーの副本を何十冊も購入して一時的なリクエストの殺到に対処するという話には著者と同様疑問を覚えるし、貸出し册数を増やすことのみに力をいれる図書館がどこか違うのではないかという意見は正論だと思う。
大きな声では言えないが、ベストセラー本をどうしてもタダで読みたいのだったら、書店でまる1冊立ち読みしたらどうか。1時間もあれば読める本が大半なのだから。
ベストセラーは論外としても、作家や出版社にすれば図書館で1冊貸出しがある度にその分売り上げが減るイメージがあるのだろう。本当にそうだろうか。
何度も読み返す本、いつも手許に置いておきたい本であれば、仮に初回は借りて読んだとしても改めて自分で買うことがあるのではないか。そして、流通していない場合は図書館で探すのが最も合理的な方法だ。特に、地方では図書館によってのみ読者に届く本が多いのではないか。
少なくとも、私は「金太郎飴書店」よりは図書館の棚のほうがずっとわくわくする。図書館を新刊本貸出し中心に考えるなら、筆者の言う通り時代について行けなくなるかもしれない。しかし、今ある紙の本を普通に扱っても50年や80年くらいは保つはずだ。浮き足立って十分な見通しもなく情報センター化するより、蔵書計画を立て直すのが先ではないだろうか。
(余計なことだが図書館員のことを「ライブリアン」と誤記している箇所が気になった。取りあえず4版までは訂正されていない。)
読書は好きだが愛書家ではない私のような読者にとって、電子本は個人生活にかなりメリットがあるように思う。重くて場所をとるという、日本の貧しい住環境において看過できないマイナスの特性が解決されるからだ。高品質で高価な紙の本と、手軽に読める多様なe-Bookという住み分けができるようになったら面白い。
それにしても不況なのは出版業界だけではない。だが本書を読んでいると、本の送り手たちはいくら危機感を口にしてはいても、内心では自分(の会社)だけはもっともっといくらでも儲かっていいはずだとわれがちに主張しているような気がしてくる。
本は、他の商品と同じように薄利多売の消耗品となった。そのことが1点1点の本の力を希薄にさせてしまっている。
やはり本を殺すのは私のような読者らしい。しかしそれは悪意からではなく、どうでもいいからなのだ。
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2001年2月 (株)プレジデント社発行
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