若林 忠宏 著
『民族楽器大博物館』
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旅芸人や吟遊詩人に強い憧れがある。
楽器一つを背負って町の辻や酒場で歌い奏で、町から村へと漂泊の生涯を送ることができたら、どんなに自由であることか。現代に置き換えても、ヴァイオリンやリュートといった小型楽器のソロリサイタルを聴くと、この人は世界中どこへ行っても食べて行けるのだろうと羨ましく思い、その人生を想像してみないではいられない。
もちろん、現実はいろいろ厳しいに違いないが、だから憧れなのだ。
本書は、シタールをはじめとする民族楽器演奏家・民族音楽研究家の著者が、20年以上かかって収集した楽器コレクションを公開したものである。文庫版ながら全てカラー刷りで、400点もの楽器の写真図版に添えて、楽器のたどった歴史や著者の演奏のエピソードが載せられている。
内容は、三つに大別される。「弾く楽器」、「叩く楽器」、「吹く楽器」である。最も多数紹介されているのが、「弾く楽器」弦楽器だ。
東から西へ向って国別に掲載されているため、同族の楽器がとびとびになってまとまりがないのが難だが、とにかくあるわあるわ、リュート型楽器、ギター型楽器が次から次へと出てきて多様さに圧倒される。
同一の起源を持ちながら、旅人に運ばれて山を越え海を渡り、その土地土地の事情で少しずつ改変を加えられていくうちに、無数のヴァリエーションが生まれた。図版を1ページずつ眺めながら、音色を想像していくのが楽しい。
人工物の機能を極限まで追求すると、その姿形も高度に洗練されたフォルムを持つようになるといわれる。楽器もまた然りで、クラシック音楽の演奏で使用されるような普遍化された楽器はどれも無駄がなく均整が取れている。
民族楽器はその点、垢抜けないものも多いが、かわりに愛嬌があり奇抜な姿で楽しませてくれる。
その一つ、トルコのヤーレーンは3つの涙型胴ギターが胴のところでくっついたトリプルネックの楽器である。高、中、低の音程を一つの楽器で持ち替えずに弾くためだが「主たる目的はハッタリかもしれません」と著者はいう。
叩く楽器になるとさらにプリミティブで、鳥の巣箱そっくりのカホン(ペルー)や、水を入れた磁器の椀を並べたジャル・タラング(インド)からバチを添えたファンタの壜(ケニヤ)まで、澄まして紹介されている。
今の日本でこそ、レコードやCDによりいつの時代のどの国の音楽でも気軽に聴くことができるが、その昔は当然、生演奏しかなかった。
まず声楽そして器楽がしばしば舞踏を伴って、人に娯楽を提供し、さらには宗教的、政治的熱狂に駆り立てたりしていたのだろう。
なぜ人間は音楽を必要とするのか、考えてみると不思議なことだ。
それにしても、これだけの楽器を集め、しかも9割以上は演奏可能な状態にしているという著者の執念に感心を通り越して呆然としてしまう。いったいどうやって保管しているのか、収集した楽器は総数で2千点を超えるそうである。
どうも旅芸人の身軽さとは、縁遠いようだ。
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1999年5月 (株) アートダイジェスト 発行
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