木村 晋介 著  

『遺言状を書いてみる』

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 欧米の小説を読んでいると、遺産相続に関する話がごく当たり前に出てくる。 特にミステリーの分野では、犯罪の動機として人気だ。知らない独身の伯父さんなどから思いがけず莫大な遺産を遺された娘が、悪者に狙われて殺されそうになる、とか老人の相手役をつとめていた看護婦が遺産相続人に指定されていて、親族に恨まれ陰謀にはめられる、などという話が少し前はよくあった。

 契約よりも世間的な慣習を重んじる社会に暮らす日本人には、いかにも外国の話という感じであまり身近には思えなかったものだ。

 しかし最近は日本人も小金持ちになり、肉親の情や外聞よりも権利意識のほうが強くなってきたせいか、遺産をめぐって骨肉の争いが起こることも珍しくはないようである。

 そうはいっても、よほどの財産家でもない限り、遺言状を用意しているという人はまだ少ない。本書では、なぜ遺言状を書かないのか、よくある理由として

・ 書くほどの財産がない

・ 多少の財産はあるが、法律で決められた通りに分けてもらえばよい

・ 死んだ後のことは、残った者たちでなんとかすればいい

という3つを挙げている。どれも、もっともに思えるが、著者によるとこれが後でもめる元だというのである。

 たとえ百万円程度だとしても、もらえるか、もらえないかということになれば、誰でももらったほうがいいに決まっている。そして、法定で二分の一とか、均等に、とか決められていても、不動産だったら売り払って現金化でもしない限り、公平に分けるのは難しい。一番多いと思われるのは3つめの理由だが、もっといえば、誰もまだ自分が死ぬとは思わないか、思いたくないからだろう。しかし若い人ほど、死は突然やってくる。

 現役で活躍する弁護士である著者の説明には説得力があり、読んでいると、こうしちゃいられない、自分も早く書いておかねばという気になってくるから不思議だ。

 その気になった人のために、本書には具体的な書式や証書として発効させるための方法ももちろん書かれている。とりあえず、「遺言状」という表題があり、本文の後、年月日、氏名、捺印があれば、成立するらしい。難しく考えず、一度気楽に書いてみると、家族に対する気持ちや、自分の人生観が自覚されていいかもしれない。

 これまで日本では、家族や親戚の関係が比較的密着していた。親が死ねば同居の子が相続し、他の子は相続放棄するというケースが一般的だった。しかし、近年は少子化非婚化が進んでいるので、これからの死者には近しい相続人がいない場合が増えるだろう。

 私など、狭い日本の人口が減るのは大変良いことのように思うのだが、それにしても遺言状の重要性は増すに違いない。財産をどうするか生前に意思表示しておくのが、たいして付き合いもない親族をわずらわせない思いやりというものだ。もっといいのは、余計なものは遺さないようゼロにして死ぬことだろうが、自殺でもしない限りそれは難しい。

 著者が遺言や相続をテーマに講演すると、聴衆が聞きたがるのは遺言状の書き方ではなく「うちの親父にどうやって書かせるか」ということだそうである。

 そのうち国内作家のミステリーにも、相続にまつわる話が増えてくるかもしれない。楽しみになってきた。

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 2001年2月  (株)筑摩書房 ちくま新書 

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