鈴木 淳史 著
『クラシック批評こてんぱん』
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書かれた批評は、広告文である。もしくは滑稽文学である。『クラシック音楽こてんぱん』は、「音楽やメディアの批評、およびそれらの再批評」をもっぱらとするライターである著者が、つまらないといわれる音楽批評の「本当の読み方」を解説した本である。
音楽と、音楽について書かれた言葉の間には断絶がある。どんなに言葉を費やしても、音楽体験そのものを語ることはできない。「音」という目に見えないものを、言葉で名付けるのは不可能なのだ。的確に言いあらわそうとしてあれこれ考えても、結局、紋切り型の表現しか出てこない。
プロの音楽評論家とて、事情はそれほど変わらないのではないか。いや、むしろ批評を職業としてしまった彼らは、もはや純粋に音楽を楽しむことなどできないだけに、不幸だ。コンサートの主催者、CDの版元に義理があれば、多少難があっても褒めることを要求されるし、語るだけの内容に乏しい演奏なら、曲や作曲者のことや直接関係ないエピソードで字数を埋めなくてはならない。
では、音楽を批評することは無意味なのだろうか。いや、音楽評論はそれ自体独立したものとして読むことができるはずだ。それが著者の言い分である。深く読んでいけば、評論は、一定の規則や枠を持ち、評者の思惑や嗜好やそれを書いたことの背景にあるものが見えてくる、楽しく笑える文学なのだ。
批評を面白がる方法のひとつに、定義づけがある。
「音楽学者が音楽批評家を兼ねる。それって、昼間は1人の警察官として真面目に仕事をこなし、勤務後は裏通りの賭博場にいそいそと出掛けて、さすらいのギャンブラーになってしまうようなものだ。(中略)(でも、地道に勝ってしまうところが公務員っぽい)。」
評論家ひとりひとりの特徴をつかむのも、興味を増す助けになる。自身の個人的な印象を権威ある意見のように言い包めるのも、評論家の手腕のうちなのである。
「そして八十年代に顕著になった、軽さへの志向、クラシック音楽と多ジャンルへのボーダーレス化、そしてスマートな存在のあり方、すべてを体現しているのが黒田恭一なのだ。」
「音楽の内容よりも、それについての文章のほうが数倍も面白く書ける評論家なんて、そうざらにはいまい。事実、彼(註:片山杜秀のこと)の口車にノセられて、どれだけ多くの人がくだらないCDを買わされただろう。(特にゲンダイオンガク)。一流の評論家は一流の詐欺師でなければならない。」
挙げられる評論家は、吉田秀和、小石忠男から、許光俊、山尾敦史まで新旧多数にのぼる。
また、暗黙のうちに守られるルールを知るのも重要だ。例えば慣用表現や専門用語を多用すれば、どんな文章も音楽批評らしくなる。著者は、批評を笑って読む方法を書きながら、日本人が西洋音楽を語ることの可能性と限界を考察しているのである。
何かについて書いたものは、必ず書き手自身をもあらわにしてしまう。この著者にしてから、きっと本来は真面目で知識欲旺盛な性格なのだが、見栄っ張りなところや権威に弱いところもあり、けっこう苦労もしていて屈折した自負心を持つ人なのだろう、などと勘ぐらせる。音楽業界の内部に取り込まれるより、距離を置いて周辺から発言したほうが、面白いし勝手気ままにいいたいことが言える。地位や肩書きなどなくてもいい(あったら、もっといいのだろうが)。そうした著者の立場は、批評の世界のフリーターとでもいえそうだ。軽薄そのもののようで案外真剣なところに愛嬌があり、その斜に構えた姿勢にはからずも親近感がわいてしまう。
前著『クラシック名盤ほめ殺し』では、ギャグにならない変な日本語が目立ったが、この本はその点、だいぶ改善されている。本人もいっているとおり、『ほめ殺し』音楽批評家版である。ただ、ふざけた言い回しをもう少し抑えたほうが、おかしさが増幅するだろうと思う。
新書というと、かつては特定のテーマに関する一般読者向け啓蒙書という印象だったが、この分野も当然のことながら時代とともに様変わりしてきた。特にこの1、2年の間に集英社新書や宝島社新書などが続々と出てきて、いよいよフィクション以外はなんでもあり、になっている。何が売れるか予測不能な現代だから、とにかく数打てばそのうちの一つが大当たりになるかもしれない、という出版社のやけっぱちな期待がありそうだ。『日本語練習帳』や『捨てる!技術』の功罪だろう。
結果として、娯楽系ノンフィクションとでも呼びたいような新書が多数を占める。この本もその1冊。まったくの玉石混交状態だが、10年後も残る本はどれくらいあるのだろうか。
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2001年8月 (株)洋泉社 新書y
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